第295話・試作車両
これからも、楽しんで書いていこうと考えています。
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今日は珍しく、カイトは予定が立て込んでいた。(※急用で忙しくなるのを除く)
魔石の諸問題も解決したところで、やっと交通関係に着手できる下地が再び整ったのだが。
それに関係した事で、彼はこれからグレーツクへ向かうことになっているのだが。
「行かないの?」
「お兄ちゃんなんか嫌い!」
ヒカリはアレからずっと、ご機嫌斜めだ。
魔王が突然、屋敷を訪問して居たときの事。
会談中にヒカリが、すごい剣幕で客間に入ってきたのだ。
『お兄ちゃん、また私を置いていったでしょ!?』
『げ、ヒカリ!』
あのときの彼女の顔は、忘れようったって忘れられない。
怒っているときのアリアと同等か、それ以上の迫力があった。
彼女とカイトとは、了解ごとで必ず出かけるときには連れて行くと決めていた。
今回は急用が出来たため連れて行けず、ヒカリはそれを怒っていたよう。
さんざ怒りをブチ撒かせて、台風のように去っていった。
事情が事情のため、どちらにせよ連れては行けなかったのだが、それはそれとして、きちんと彼女へ伝えるべきだったろう。
反省点は山ほどある。
『ごめんなさい魔王様、ウチの子は癇癪持ちでして。』
『なぜ・・・』
突然のことに驚いていた魔王には、もちろんカイトは謝罪した。
こんな場所に魔族の子供が居れば驚くのも、当然であろう。
間違っても『攫ってきた』などという誤解を受けたくないので、森で会って保護したなど、これまでの経緯を簡潔に説明はした。
最初こそ訝しげであったが、こうして今も居るとおり、一定の理解は得られた。
もののついでにと、彼女の素性に関する何かの情報が無いかを聞いてみたのだが、魔王にも、それは分からないとの事であった。
その上で、『見つかった』との事で、彼は少し前に交わした『行方不明の魔族の捜索』の中止を申し合わせてきた。
すっぱり忘れていたので、これに関しては命拾い。
更にこの日、一番の目的であった魔石の採掘についての話についても。
『面白い、掘ってみるが良い。 我が配下の者たちには、周知させておく。』
『ほ、本当ですか!??』
それまでの難色がウソのように、魔王は魔石採掘を認めてくれるような発言をしたのだ。
どういう心境の変化かとカイトは不思議に思ったが、深く考えるのはガラで無いので、すぐ止めた。
そんなワケで肩の荷も下り、魔石が枯渇する心配も無くなり。
魔石の中には莫大な力が秘められており、列車を動かす動力には必要不可欠なので、素直に喜んだカイトであった。
「・・・とうとう、来なかったな。」
「カイト様、まもなくお約束の時間です。」
結局ヒカリは来ず、秘書のメルシェードだけを伴って、グレーツクへと転移してくることとなった。
まあ、過ぎた事は仕方ない。
「・・行こうか。」
「はい。」
そもそも今日グレーツクへ向かうことになったのは、『魔動力機関の試作品』が完成したという情報がもたらされたことに起因する。
鉄鉱石の産地であるグレーツクと、魔法文明の高いオア大陸の文明。
それらの交易の窓口となっているベアル領であったが、それには風だけが頼りの帆船だと、運搬力などに大きな難があった。
そこで収容力も合わせ、船の大型化と定期航路の確立が急務となった。
さらに鉄道。
今はカイトが『1号機関車』と名付けている、豆タンクのような小さな機関車しか居ない。
比較対象が無いので大きさを表しにくいが、この小さな物置にすっぽり入るくらいの大きさと考えて欲しい。
小さければ小回りは利くが、その分だけ運べる荷物は少なくなる。
今は短いので、それでも十分だが、王都まで行くともなると、力不足は歴然である。
これについても、機関車の大型化が急がれた。
あくまで『試作』なので量産はまだだが、カイトが想定していたよりずっと早く出来上がったのは、グレーツクの人たちが頑張ってくれたおかげで・・・
「カイト様、あぶない!」
「え!?」
メルシェードの鬼気迫る声が聞こえた瞬間、カイトの体は空中にあった。
いや、正確には彼女に体を抱きかかえられた状態で、数十メートルを跳躍していた。
刹那、その背後を大きな音を周囲に轟かせて、列車が通過していく。
カイトはボーッとしていて、接近する列車に気が付かなかったのだ。
秘書が居なかったら、大好きな汽車に、二度目のミンチにされていたところである。
「あ、ありがとう、危ないところだったよ。」
「いえ・・・。」
地面に下ろされて感謝するカイト。
怒らせてしまったのだろう、彼女の顔を伺う事は出来ない。
デリカシーのないカイトが、それをうかがおうとした瞬間、それは止められた。
メルシェードのせいではなく、横方向から与えられた打撃によって。
「げぶほっ!??」
「バッカヤロウ、轢かれてぇのか貴様は!」
機関士らしきドワーフのおっさんは、怒声を張り上げてカイトを殴りつけた。
領主の彼が轢かれていれば、鉄道の試運転どころでは無くなっていた。
こうなれば相手が領主だろうが何だろうが、そんな事は彼らには関係ない。
だが一切の躊躇ない行動に、メルシェードは驚きを禁じえなかった。
「な・・、カイト様になんて事をするんですか! 彼は領主様なのですよ!?」
「なんでぇお前は! 小僧ならなおさらタチが悪い、子供が真似したらどう責任とってくれるんだ!?」
「何を言っているんですか、あなたは!」
頭に血が上っているためか、互いに冷静な判断が出来なくなっていた。
ドワーフの間でカイトは『とんだバカ』扱いされていたので、それを加味すれば彼の言っていることも分からなくはない。
だがその彼を尊敬してやまないメルシェードが聞けば、意見の衝突は免れなかった。
もはや殴り飛ばされた本人は、蚊帳のそとである。
「お怪我はありませんか、カイト様!?」
「おー痛・・・、あれ君は?」
ケンカを傍目に、カイトの方へ駆けつけたのはルルアムであった。
真っ黒に汚れたツナギを着たその風貌からは、かつて貴族だった頃の面影は無い。
どうやら機関車を運転していたのは、この2人だったようだ。
「こちらこそゴメン、考え事をしていたんだ。」
「カイト様といえど、注意確認をしなきゃダメではないですか!」
そしてルルアムにも、カイトは怒られた。
これでも彼は領主だし、既に20歳は超えている。
そんな貫禄、どこかに置き去ってしまっている気はするが。
「気をつけるよ。」
「こんな事で命を縮めるようなことは、しないでくださいね?」
まったく、と口を尖らせるルルアムだったが、怒っているというより呆れた様子が感じられた。
いろいろ前科があるので、そういう含みがあるのだろう。
それよりカイトには、気になる事があった。
「ところで今日は、機関車が出来たって聞いて来たんだけど、別の仕事してたの?」
「そうでした、この機関車がそうです!」
「・・・・へ?」
彼女の思いも掛けぬ発言に、領主様はヘンな声を出した。
彼が轢かれかけた列車は、よく見ると先頭が客車。
ついで空の貨車の次位に、大きな機関車がつながれていた。
ようは『推進運転』である。
なかなかカイトが来ないので、一足先に出来た新しい機関車の試運転をしていたらしい。
カイトの目の前に止まっている機関車は、黒光りするその巨体を、どっしりとレールの上に乗せていた。
先述の豆タンクの5倍はありそうで、これならベアル近くに出来る坂を登って王都へも、スイスイ行けそうだ。
もう少しで、そのピカピカの機関車を、カイトの血で汚すところである。
危ない危ない。
「大っきいね・・・びっくりだよ。」
「お褒めに預かり光栄です、でも大きさだけではなくて性能もグンと上がっているんですよ?」
念を押すように人差し指を立て、機関車を誇示するルルアム。
それに呼応するかのように、メルシェードとケンカしていたおっさんも仁王立ちして、横に立った。
いわゆる、職人気質ってヤツなのだろう。
彼女もここでの暮らしが、板についてきたようだ。
ホっとしたら、カイトは無性にこの新型車両に乗りたい衝動に駆られた。
こっちは職人と言うより、マニア心をくすぐられた口である。
「ね、ねぇこの機関車・・・」
「お前には乗せねえ。」
言い終わる前に、希望はバッサリと切り捨てられてしまった。
カイトは残念に思ったが、あくまで『機関車に乗せない』というだけで、死重目的でつないでいた客車なら乗っても良いとの許可が下りた。
乗り込むと中はレトロ調というか・・向かい合わせの4人掛けボックスシートが並ぶ、整然とした光景があった。
客車が大型化したおかげで、窮屈だった前の客車の弱点も克服されていた。
これで長い旅路も耐えられる、居住性はグッと増すだろう。
「あの・・、大丈夫でしょうか?」
それよりもカイト的には、ガクブル状態のメルシェードの方が気になった。
考えてみれば彼女を鉄道に乗せるのは、初めてのことである。
「大丈夫さ、口は悪いけどドワーフさん達の腕は確かだよ。」
ボーッという大きな汽笛が鳴ると同時に、体が大きく揺さぶられる。
どうやらこのまま、試運転列車は港へと向かうらしい。
カイトを乗せた列車は彼の乗る客車を先頭にして、ジェットコースターのような高架橋の坂を滑り降りていった。
一応、補足で。
カイトが最初に列車にひかれたのは、第1話のちょっと前です。




