第294話・珍客が来まして
これからも、楽しんで書いていこうと考えています。
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「ひええぇ、ご、ごめんなさい!」
絨毯が敷かれた床に額をこすり付け、体を大きく震わせながら謝罪する、ベアルの領主である大公様。
隣で控えていたメルシェードも、倣ってお辞儀をする。
彼らの前には無慈悲な覇王と謳われる、魔王が整然とした様子で立っていた。
ここはベアルの屋敷の中であり、普通に考えれば魔王など居るはずがない。
ではなぜ、彼の屋敷でこのようなシュールな光景が繰り広げらて居るのか?
そもそも事の起こりは、カイトが勝手に『龍脈』の流れを変え、世界の生態系を変えてしまった事から始まる。
これにより魔族の地の『魔素不足』という問題が起こってしまったのだ。
困った魔王は何かを知っていそうな人間の、カイトの元を訪れたワケであるが・・・
それが彼の仕業である事は、先述の通りである。
ベアルの領主は知らずとはいえ、なんと恐ろしいことをしてくれたモノだ。
「そんな事になっていたなんて、知らなくて・・・・」
「分かって下さればよい。 やはり来てよかった。」
魔王としても、起こってしまった事を、あまり蒸し返すつもりは無かった。
だが、それはそれとして傍観するつもりも無い。
恐い顔を一層に険しくさせ、魔王は平伏するカイトへ相対した。
「・・・して、この事態をどうにかして下さるのであろうな?」
「もっももも、もちろんですよ!! ね!??」
カイトが後ろを振り返ると、そこには一体の仏像があった。
いぶかしむ魔王をヨソに、仏像は僅かに動いたかと思うと目が突如、キラリと赤く光った。
『小僧、我輩をこんな辺境にわざわざ呼びつけるとは、一体どういうつもりだ?』
怒気をはらませ、小さな体をガタガタ震わせる石神様。
魔王たちは現在、バルア郊外の魔石採掘現場の近くに居る。
グレーツクの社で住民と駄弁っていた所、ロクに理由も聞かされずにこんな辺境へ連れて来られたのだから、怒るのも無理は無いだろう。
「すみません、偉大なる石神様に是非お頼みしたい事がありまして・・・」
『頼み事だと? ならば供物を捧げぬか、供物を!』
ゴマをするカイトを軽くいなし、仏像様はお怒りの様相を崩さない。
その間も魔王に睨まれているため、チキンハートのカイトは必死になった。
「供物は後で持ってきます、せめて話を聞いてください。」
『用意の悪いやつだ。』
チッと舌打ちする音が聞こえてきそうな悪態をつく仏像。
とっさに蹴飛ばしたくなる衝動に駆られるカイトだったが、今後の関係のことを考えて、ぐっと我慢。
併せて当事者である魔王も、この仏像へ頭を下げた。
「お頼みしたい。 この状況が変えられるならば、魔族の王として如何様な要求をも呑む覚悟である。」
『ふむ、良い心がけだ。』
お前も見習えと重ね業でカイトをディスると、石神様は少し機嫌を直したように改めてこちらへ向き直り、話を聞いてくれた。
『龍脈』を変えてしまったせいで、魔族さんたちが困っていることは既に伝えてある。
モチはモチ屋で。
流れを変えたのは石神様なので、元に戻してもらおうという考えだ。
すっかり気を良くした石神様はカイトを無視し、魔王との対話を進める。
聞き耳を立てていたのではないので詳細は分からないが、どうやら合意に至ったようだ。
ここぞとばかりにカイトは、魔王へ話を切り出す。
「すみません魔王様、少しお頼みしたい事があるのですが・・・・」
「何用かな?」
今度ばかりはカイトも、チキンハートを炸裂させているわけにも行かず話をそのまま続ける。
もともと事の発端は、カイトが鉄道を造るにあたり、不足する魔石を補填するために造成してもらったもの。
無くなれば、鉄道は断念することにつながる。
「そこでですね、領地の境界付近で魔石を掘らせて頂けたらと思うんですけど・・・」
「境界か。」
もちろん話は、スンナリと行く事ではない。
魔の森には明確な境界線が定められているわけではなく、いわば森自体が境界線の代わりとなっている。
そこには多くの魔物たちが跋扈しており、そこで人間達が勝手をするのには、どうしても不都合や偶発的な衝突が発生する事もありえるのだ。
魔王は首を、縦にも横にも振らずにただ沈黙する。
その静寂を仏像・・もとい石神様が破る。
『よし小僧、持ち前のバカ力で我輩らを魔の森へ送れ。』
「え!?」
突然の発言に対し、カイトは抗議の声を上げた。
どうやら仏像は、彼の転移を当てにしているらしい。
「冗談じゃないですよ、次に転移したら家に帰れなくなります!!」
『知るか。 さっさと行くのだ!』
まるでタクシーでも使うみたいに気軽に、カイトをこき使う石神様。
こんな状態で果たして、これから上手くやっていけるのか。
カイトの背筋には、悪寒が走った。
◇◇◇
「今日は、ありがとうございました。」
『貴様のためではない、あまり魔王が不憫なので、力を貸してやっただけだ。』
魔石の採掘地の移動は滞りなく進み、カイトは石神様をグレーツクへと届け終えた。
鉄道一つでここまでこじれた話になるとは思いも付かなかったが、ともかく話は済んだ。
グレーツクのドワーフ数人が、戻ってきた石神様を出迎える。
「よぅ小僧、あまり頻繁に石神様を社から連れ出すんじゃねえぞ?」
「そうだよ、あんまり馴れ馴れしくしていると、いつかバチが当たるよ!」
「すみません、気をつけます。」
今回ばかりは冗談ではなく、本気で釘を刺された。
彼らはベアルでマイヤル教という宗教が信心されているように、社に祀られている(?)仏像を信仰し、そして大事にしている。
だと言うのにグレーツクの領主は事あるごとに頻繁に、この社からご神体を持ち出しては様々な場所で手を煩わせていると聞く。
いくら領主のすることでも、それは住民の容認の限界を超えている事だった。
『問題ない。 小僧も反省して今後は、ワシに馴れ馴れしくはしないと約束させたからな。』
「「「え!??」」」
詰め寄って来る住民に対し、意外なところから助け舟が来た。
むろんカイトは彼とそんな約束をした覚えは無いが、状況をかえり見て、首を縦に振る。
名前に『神』が付いているだけあるし、これからはよくよく気をつけようと心に誓うカイトだった。
「それじゃあ俺は、この辺で帰ります。」
『うむ。 供え物を忘れるなよ。』
なんとか魔力もベアルに帰る分だけは残っていたので、何事も無くカイトは帰途へつく。
・・・の前に。
「メルちゃん、どうもありがとう。 今日は助かった。」
「いえ・・・。」
一日に何度もの転移は、いくらチートカイトでも無理がある。
転移の魔法というのは魔王クラスの魔力でも、日に2回程度が限界なのだ。
許容を超える転移魔法の行使を可能にしたのは、付きっきりの秘書であるメルシェードの存在だった。
少し前に彼女のステータスを覗いたのだが、魔力がとてつもなく高かったのだ。
そこでダリアさんではないが、魔力を少しだけ吸わせてもらったというワケである。
おかげで帰宅困難問題は、解消された。
「さァ帰ろう。」
屋敷に帰ったら、すぐにベットへダイブをと、ウキウキ気分で屋敷へ転移した。
すると到着するなり、使用人の1人が血相を変え、カイトの下へ駆け寄ってくる。
留守中に、何かあったようだ。
「大公様、数刻ほど前にお客様がお見えになったのですが、その・・・・」
「?」
妙にメイドたちの態度が、余所余所しい。
何事かと疑問を感じつつ、カイトは客間へと向かった。
するとそこにはアリアと数人の使用人たちのほか、とんでもない人が・・・
「邪魔をしている。」
「えぇ!?」
そこには魔王様が、魔族の姿で居た。
パッと手を上げる魔王と、周りのピリピリした空気感がなんとも、ミスマッチである。
なんてこったい・・・。
「これは一体どういうことですか、カイト様!?」
「えっと、俺にもさっぱり・・・・。」
ツカツカとアリアが歩み寄り、カイトへ睨みを利かせてくる。
何も聞かされず、ある日突然に屋敷を魔王が訪問した驚きは、彼以上のものがあっただろうと推測された。
だがそれは、カイトだって同じことだ。
さっき別れたのに・・・・。
「あああの、お忘れ物ですか?」
「話は終わっておらぬであろう?」
カイトは全身の血の気がひくような思いだった。
魔王様はどうやら、魔石採掘について話をしに来たらしい。
時間から考えて別れた後、まっすぐここへやってきたのは間違いないだろう。
そういえば『龍脈』とやらの移転はしたが、肝心の『採掘してよいか』という部分に関しては、魔王は明確に判断を下していない。
鉄道などの燃料を考えれば、ここはどうして承認が必要である。
「必要な魔石さえ掘らせていただければ、ウチとしては十分なんです。 どうにかなりませんか?」
「境界近くに住むゴブリンは、頑固で人間嫌いだ。 オーガやオーク、他の魔族を説き伏せるのは困難を極める。 それは人間たちも同じことではないのか?」
魔王の歯切れは、思っていた以上に悪かった。
異世界から来たカイトはともかく、この世界の生物達は魔物とそれ以外が長い間、敵対関係にある。
ベアル領主の一存で事を構えるには、カイトが考えている以上に、大きな溝が立ちはだかっているのだ。
「そこをどう考える、カイト殿よ?」
「・・・・・えっと。」
交渉は、中々に難航しそうである・・・。




