第293話・珍客のお越しですよ
これからも、楽しんで書いていこうと考えています。
感想や気になる点などがありましたら、えんりょなくお寄せ下さい。
平和と共に大きく発展を続けるベアルとは打って変わり。
急な侵攻の取りやめにより、魔族領は怒涛の騒ぎとなっていた。
「どうなっている?」
魔王のドスの利いた声が、魔王城に轟く。
彼の座っていた玉座は、砂のように砕けてしまった。
恐怖で体を震わせた魔将の1人は、「申しわけございません!」と謝罪をするが、魔王の腹の虫は収まらない。
「龍脈の流れは何故、急に変わったのだ? 『地響き』よ、きちんとした報告をなせ。」
「それが・・・」
嵐の前の静けさのように魔王が疑問を呈すと、『地響き』と呼ばれた魔将は恐縮しつつ、報告を再開する。
話は魔王が、人間たちの領地へ侵攻する少し前まで遡る。
この世界には、空気中に魔力の根源となる『魔素』というものが、どこにでも存在している。
この濃度により、魔族や魔法の発動に大きく関係するのだが・・・
そもそも魔素とは、どこにでも無尽蔵にあるようなモノではない。
大地には河のような大きな魔力の流れがあり、その周囲の魔素が濃くなるという傾向がある。
それが所謂『龍脈』と呼ばれているものだ。
しかし魔族領では最近になり、空前の『魔素不足』が発生していた。
濃い魔素を糧に、生命の源とする彼らにとってそれは、人間にとって土地に水が無いぐらいの死活問題となる。
『地響き』の調査結果によると、どうやら大地を流れる魔力の流れ『龍脈』の流れが大きく変わり、ビルバス山脈の向こうになってしまったらしいのだが・・・・
さて。
ここまで聞けば、察しのいい人は気が付いたのではなかろうか?
『龍脈』の流れを変えてしまったのは、石神様だ。
バルアの魔石鉱を造るにあたり、彼は魔族の土地を流れる龍脈を、こちらへ捻じ曲げてしまったのである。
魔王とて、魔族を統べる王。
自分の愛娘が行方不明だからと言って、私情を挟んで全軍を動かすほど愚かではない。
このような事情もあって、ベアル方向へ軍を進めたのである。
ようは遠からず、魔王軍侵攻はカイトのせいでもあったわけである。
知らぬが仏。
そうとは知らず、魔王たちは頭を悩ませ続けた。
「『龍脈』の流れが変わる気配は、無いと言うのだな?」
「恐れながら・・・」
魔王は怒りをいったん鎮めると、ため息を洩らしながら天井を仰ぎ見る。
悪いことは、続くものだ。
愛娘は行方不明。
龍脈と言う水源は失う。
さらに魔将2人までもが蒸発。
これを踏んだり蹴ったりと言わずして、何と言い表したものか?
(しかも全部、カイトが少なからず関与している)
報告が済んで平伏の姿勢をとる『地響き』の魔将を尻目に、魔王は外へと通じる扉のほうへ進み出る。
「あの魔王陛下、何処へ・・・?」
「少し出てくる、夜半には戻ってこよう。」
諭すような口調で、魔王は外出を告げる。
彼がどこに行こうとしているのか、魔将はすぐに見当を付けた。
「まさかあの人間の元へ!? 危険でございます魔王様、何かがあったら・・・!!」
「もし、そうなろうともアレと敵対するな。 手を出せば、我らが滅びる。」
「・・・。」
平伏したままの魔将を置いて、魔王は向かう。
何らかの『手がかり』を持つであろう、あの人間の元へ・・・・
◇◇◇
「俺に客?」
時は陽がまだ、東側に傾いている頃。
朝食を食べ終わって間もない時に、ベアルの大公屋敷を来訪する客があった。
忙しいところではあるが、来た人間を帰すと言うのも、何だか申し訳ない。
報告に来たメイドに「客間へ通すように」と言い渡し、カイトは私室へ向かう。
現在、ベアル領近辺では、
・王都方面への鉄道建設工事
・グレーツクとボルタ両港の、整備工事
・バルアのリゾート化計画(整備中)
・ベアルその他の、街整備
など多くの事業が、進んでいる。
当然のようにそこへ目をつけ、自らの独占的権益へとつなげようとする商人が多く存在している。
奴らはしつこい。
何度帰しても、何度と無く舞い戻っては、金の話をする。(収賄の話を含む)
もう、うんざりだ。
貴族の特権とやらで、どにかならぬものかと辟易するカイトの姿が、そこにあった。
「カイト様、対商人用の資料はここに。」
「どうも。」
上げ膳据え膳の要領で、メルシェードから対敵・・・
もとい話し合いの場で提示するための、公式資料を受け取る。
「お兄ちゃん、どこか行くの?」
「いいや、お客さんを迎えるだけ。 たぶん、すぐ終わるよ。」
大した客ではないのだ。
頼みたいことがあればギルドで頼む事にしており、個々の商店などと取引をするつもりはベアル領主には毛頭ない。
下手に取引して『えこひいき』などと言われたら、それこそ大変なのだから。
それらの気持ちを込め、メルシェードを伴ってカイトは客間を訪れる。
「お待たせいたしまし・・・い!?」
戸を開けた途端、驚愕に打ち震えるカイト。
そこに居たのは商人などではなく、角をしまい(見た目が)丸くなった、魔王の姿があった。
用意されたお茶を静かに飲む姿が、実に渋くてサマになっている。
というかなぜ、あなたがここに!?
「カイト様、この方はもしや魔お・・!」
「シ、シー!!」
メルシェードの発する小さな声は、いつもと違って震えていた。
俺だって恐いもの、生粋のこの世界の住人なら、なおさら恐いよね!
動揺するカイト達に対し、魔王は実に落ち着き払った様子だ。
「この茶は美味いな。 茶葉の風味を損ねておらぬ。」
「そ・・・そうですか? 気に入っていただいて何よりです~。」
なぜ、魔王がここに居るのかという果てしない自問自答を繰り返しながら、笑顔を取り繕うカイト。
額は、冷や汗でグッチョリだ。
商人より来てほしくない相手が、来てしまったよ~~!
などとは口が裂けてもいえない。
魔王はティーカップを置くと、突き刺すような視線を、カイト達に浴びせかけてきた。
彼の発する威圧で今にも息が止まってしまいそうになるカイトを、メルシェードが庇うような形で間に立ちはだかった。
「ままま、魔王といえども、カイト様には指一本触れさせはしませんよ!」
「メルちゃん!?」
「・・・・・ホホゥ、面白い獣人だな。」
カイトを注視していた魔王は、彼の前に立ちはだかった獣人の女使用人に、かなり興味を寄せる。
人族は一般に獣人を差別し、された側の獣人は人を嫌う。
しかも相手は、プライドが高いことで知られる人狼族。
そんな世の常識を目の前で覆されたのだから、魔王が興味を持つのも無理は無いのかもしれない。
当のカイトはそんな事、知る由も無いが。
魔王は一考すると、まずは頭を垂れて謝罪をした。
「突然の来訪で騒がせたことを、まずは謝罪しよう。 非礼は詫びる。」
「いえ・・・あの、何のお構いも出来ませんで?」
魔王に謝られてしまったカイトたちは、驚きのあまり体を硬直させた。
そもそもなぜ、魔王がこの屋敷を訪れたのか。
彼の意図がまったく読めない。
「ところで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「カイト殿と申したな、いくつか聞きたいことがある。」
「へ・・・・?」
改まってカイトの方へ向き直る、魔王。
その眼差しからは、推し量ることの出来ない何かしらの『思い』のようなモノが伝わってくるような気がした・・・




