第287話・地竜の苦悩
今回は完全に、ダリアさん主体の回です。
私は地竜族のダリアと申す者。
赤く小山のように大きな巨大な体躯に、天を駆けられ・・・そうな気がする背中の大きな翼。
フツウの地竜というのは、さほど大きくなく色も茶色。
ちなみに翼を持つ地竜族は他に居ないので、恐らく私は希少種なのだと思われる。
群れを離れて森をさ迷い歩いている所を私はカイト殿様という、いと面白きお方に巡り合った。
昨夜もそう。
彼の元へ、魔王軍の将を預かる者が、配下に加わりたいとモノ申しに参ってきたのだ。
人間が『神』というものを崇拝するように、魔族は『力』というものを絶対とする種族。
その彼らの一部の軍勢が、魔王を差し置いて一介の人間ごときに頭を垂れるなど、歴史上初のことと思われる。
まこと、カイト殿様は面白きお方だ。
あの時に、暇つぶしがてら彼に付いて行く事を決めたのは、やはり間違いではなかった。
今回も、きっと彼は面白き事をして下さるだろう。
そう思って、私は彼に付いて行くのだ・・
「ダリアさんにぜひ、頼みたいことがあるんだ。 君しか居ない!!」
「ホゥ・・。」
それはまた、面妖な。
カイト殿様が、改まって私に頼みごとなど、なんと珍しいことがあるのでしょう。
せいぜい恩を出来るだけ売っておくが、良きかな。
フフフ・・・顔がニヤつくのが収まりません。
「ダリアさんにはね、船の設計を頼みたい!!」
「・・・・・・・は??」
船のセッケイ?
一瞬、彼に言われたことが分からず、思考が停止してしまいました。
今まで私は、彼にさんざ頭を垂れて頼み込まれるので、その度に多くの船を造って来ました。
我が操る極意の魔法を使い、ドラゴンの威信を掛けて造ったものです。
エッヘン。
えーとつまりですね、私はこれまで船を、この手で造ってきたのですよ。
なぜこの期に及んで、船の絵などというモチ絵を私が書かねばならないのでしょうか?
「船ならば今すぐ、私が幾らでもお造りしますが?」
「これから作るのは、今までのとは一線を画す船なんだよ♪」
く・・カイト殿様の笑顔が、今は腹立たしい。
その一線を画す船が、私の手腕では出来ないと?
馬鹿にしないで頂きたい、私は世界一のドラゴンを自負・・・
「あーダリアさん、怒らないで。 まずは話を聞いて欲しい。」
すかさず静止されたことにより、怒りの感情が強制的に緩和させられる。
ただ感情に任せて暴れるは、愚者のする事だ。
抗議ならいつでも出来ると自らに言い聞かせ、大人しくすることに。
するとカイト殿様が後ろへ下がり、代わりにルルアム様が進み出てきた。
「ダリア様。 カイト様に代わり私が、ご説明申し上げます。」
「・・・。」
屈託の無い笑顔を振りまいて、紙の束を私へ渡してくる彼女。
そこに書かれている複雑な文様には、空気中の魔素を取り込み、又は魔石を媒介にしてエネルギーとする絵が描かれていました。
これは鉄道とやらに使われていたモノであったはず。
風の力で動く船には、まったく関係なき事と思われるが。
「これは?」
「この地とボルタとを往く、船の動力の設計図でございます。」
「えええええ!!??」
ふ、船を風ではなく魔力で動かすとな!?
驚きのあまり、ガラにも無く大きな声を出してしまった。
確認のためと彼のほうへ視線を向けると、深く首を縦に振る。
バカな、そんな話、今まで一度だって聞いたことは無い!
「・・・・カイト殿様、本気ですか?」
「俺はいつだって、大真面目さ。」
私はてっきり、いつもの冗談かと思いましたよ。
あまりに突拍子の無い話ですので・・・
まさか鉄道だけでは飽き足らず、船まで魔力で動かそうとは。
でも面白そう。
「改めて、私には何を頼むおつもりで?」
「船もなんだけど、魔力伝達の部分で難航している部分があるんだ。 ダリアさんの意見が今は欲しい。」
任されるのは地味な上に、スゴく面倒くさそうな作業のよう・・・
ヤル気が一気に、失せてしまいました。
でもしかし、ここで彼に恩を売るも良いか。
「分かりました・・・及ばずながら力を、お貸しいたしましょう。」
「おーし、言質は取ったよ?」
これが、失敗の始まりでした。
「姉ちゃんよ、それじゃ小さな船しか動かんぜ?」
「うぐ・・・」
書き直しても、何度書き直してもダメだし。
少し書き直しては、体は小さいくせに態度がでかいドワーフに粗探しをされる。
腹立たしいが、手を出すとカイト殿様に全力でぶっ殺される。
これは一体、何の拷問か。
「ではこれでどうですか!」
「アホかクソドラゴン、これじゃ消費する魔石の半分のエネルギーを捨てることになるぞ!」
「ぐぐぐぅ・・・!」
ダメ出しに次ぐ、ダメだし。
ヤル気や怒り以前に、もう涙が出そうになって来た。
挙句の果てには。
「小僧。 この女はダメだ、魔導機関の何たるかが、少しも分かっちゃいねぇ。」
「なな、なんだと、ドワーフごときが崇高なる私を貶めると・・・」
「まーまー皆! 仲良くしようよ、ね!?」
ドワーフの私に対する対応が、あんまりすぎる!!
怒りの感情が沸々と湧いてくるたび、カイト殿やルルアム様が調停役を買って出てくる。
しかしながらお二方、私の我慢はもう限界でございます。
今にもこのドワーフを、引き裂いてしまいそう・・・!
吐き出しそうになる火炎ブレスの熱で頭が沸騰しそうになっていると、私が書いた設計へ食い入るように、ドワーフたちが視線を落とした。
「お、ここは姉ちゃんが書いたのか!?」
「良いなー、これで魔力の流れが少し、平滑になるぜ。」
「フ・・・やっと我が手腕の崇高さに気が付きましたか。」
前言撤回。
彼らは、よく分かっている。
我が書き足した、魔力の流れの偉大さを理解するとは、さすがはドワーフと賞賛できよう。
私は今、実に気分が良い。
時間は矢のように過ぎていき、グレーツクが夜の闇に包まれる頃。
やっと魔導機関の草案のようなものが、完成にこぎつけた。
「ハァ、ハァ・・・」
「ダリアさん、お疲れ様。」
つ、疲れた・・
でも、これで私の仕事は終わった。
カイト殿様、私は休ませていただき・・・
「さあダリアさん、動力の目星はついたから、今度は船の設計だ!」
「ええええええええ!!?????」
あ、あなたは、私を殺す気ですか?
いや、殺す気でしょう!!
ルルアム様も、ルルアム様もこのドラゴンスレイヤーに、何とかおっしゃって下さい!
私が目配せすると、ルルアム様はニッコリと笑顔を向けてくる。
おお・・彼女は地獄に咲く一輪の花、いや闇に射す一筋の光。
「ダリア様、一緒に頑張りましょう! 私もカイト様も、全力でお力添えいたします!!」
「あ・・・・あぁあ・・・。」
一様に顔を頷かせるカイト様たちの姿を見て、天から地獄にでも落とされたような気分になる。
天使かと思ったが、ルルアム様は『修羅様』だったようだ。
こんなボロボロの私をこれ以上こき使おうとは、鬼畜の所業としか言いようが無い。
「いやーーーーーーーー!!」
「さぁダリアさん、今日は徹夜で行くぞー!」
ここからが、私の『本当の』戦いだった。
カイト様の無理難題に合わせ、先ほど見繕った魔導機関の設計を何度も見返しながら。
何度も何度も、設計図を書き直す私たち。
「ダリアさん。 この船にはね、港から直接船内へ列車を入れて運ぼうと思うんだ。 そのスペースと、広くて居住性の高い船室と、それから・・」
「おおお待ちくださいカイト殿様! そのような船、今まで聞いたことがありません!!」
「だから、今から作るんじゃないか!」
カイト様が提示される、あまりに高いスペック。
時おり発生する嵐に対抗するため、頑丈に、そして巨大化していく船体。
速度を速めるためと、機関の数も増やされ、更なる馬力増強も求められた。
その反対に図体が大きく速度が速まるほど、足りなくなる船の馬力。
「カイト様。 このクラスの船となりますと、魔導機関の再設計が必要となります。」
「うーん、じゃあしょうがないか。 ダリアさん書き直し♪」
「いぃーーーやぁぁーーーーーーーーーーー!!!!」
ここまで来て、再び振り出しに戻る。
神様、これは何の試練でありましょうや?
進んでは後退し、進んでは後退しの繰り返し。
魔法で大船を造るより遥かに、体力も精神力も削られていく。
長い長い私どもの戦いは、夜が明けて、陽が天高く上がった時、やっと決着がついたのでした・・・
「・・・・・リアさん、ダリアさん、起きなよ! ベアルに帰るぞ!?」
「ふぁ・・・・・?」
いつの間にか私は、寝落ちしてしまったよう。
う・・・まだ体に疲れが残っている。
頭がガンガンと痛む。
ドラゴンである私をここまで消耗させるとは、『船の設計』とは何たる強敵や!!
「おお、これが新たな船か!?」
「姉ちゃんスゲーぜ!!」
「フフフフフ、我が力を以ってすれば、これしき造作も無い。」
私は地上最強種族のドラゴン。
『船の設計』ごとき、モノの数ではない。
先ほどまでの疲れ?
は。
何を馬鹿な、私は疲れてなど居ない!
だがまぁ、今日はそれでも少しは休みたい気分にもなってきた事ですし、ベアルに帰るとしましょうか。
ルルアム様たちへ別れを申し伝え、カイト殿様と満身創意で帰途へ着く。
転移は危険な魔法なので、ヒトの少ない場所まで徒歩で移動するのだ。
その間に、昨日聞きそびれていた事を、彼に問いただす。
「カイト殿様、メルシェードとやらは如何でしたか?」
「どうしたの、改まって聞いてきたりして??」
別に・・・、少しだけ気になっただけですよ。
ええ、獣人ふぜいがどれ程まで出来るものかと、探究心がうずいただけです。
それほど興味ないのか、カイト殿様は一瞥すると、笑顔で即答する。
「なかなか、いい子だったよ。 それに頼もしい。」
「そうですか・・・」
なんでしょう、この胸に残るしこりは?
重くて、暗くて、詮索しようとすればするほど、更に闇に巻かれていく。
この気持ちは・・・??
波打つ私の心を解かすように、こちらへ屈託の無い笑顔を向けてきた。
「な~に、もしかしてダリアさん嫉妬? うぷぷ・・・可愛いねぇ~~」
「はあぁ!??」
この私が『嫉妬』?
何を馬鹿な、私が今の話の一体どこに、妬くと言うのか。
しかもドラゴンである私に『可愛い』だと!?
冗談は顔だけにして欲しい。
はァはァ・・・・・・・
こんなにイライラしてしまうのも、ひとえに疲れからでしょうか・・?
腹を満たさなければ・・
そうだ、そういえば彼は良いモノを持っていたハズ!!
「カイト殿様、かの魔族の魔石はお持ちですか? 今日は私、とても頑張りましたし、少しだけ味見を・・・」
「ああ、あれなら返したよ。」
「な、なんと勿体無い事を!!!」
あれほど使い道のある、美味なるモノは他に無いというのに!!
なぜ返してしまうのですか!!?
ああ・・・たった一つの私の心の拠り所が、泡と消えていく・・・
ダメだ、私はもう頑張れない。
「・・・・帰ります。」
「待てよダリアさん、船の建造でドックが必要なんだ。 グレーツクに二隻分くらいのを造るんだけど、それを手伝って♪」
こ、この上で!?
この上で私に仕事をさせるですと!?
無理無理無理無理無理です。
いやです、私は休むんです!!
魔石が無いんなら、私は頑張れません。
「ダリアさん、そう言わずに助けてよ! ねぇぇ~~!!」
「いやあぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
私はいつか、死ぬかもしれない。
馬車馬のようにこき使われ、無情に魔力を吸い取られていく日々。
でもこの、楽しみに満ちた日々は捨てるには惜しい!
どなたか教えて下さい。
私は一体、どうすれば良いのでしょうか・・・?
ずるずると引きずられながら、ダリアさんの疑問は空の彼方へと、消えてゆくのだった・・・
向かうは次なる戦場、グレーツクの港(ドック造り)である。




