第256話・隣にいれば
これからも、頑張っていきます。
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「アリアは、行かないのかい?」
「申し訳ございません、メルシェードの件など、整理しなければならないことが多くあるので、私はベアルに残ります。」
何度かの念押しをすると、仏像を抱えたカイト様は、転移でバルアへと向かわれました。
これから仏像・・もとい石神様に、鉄道の燃料にする魔石の鉱脈を作っていただくのです。
バルアの採掘予定地の地図は、カイト様にお渡ししてあるので、特に問題は無いでしょう。
「あの獣人の女性は、今どこにいますか?」
「客間に通しています。」
さて、私には私の仕事があります。
メルシェードという名の、元奴隷だったらしい女性の処遇についてです。
どうやら私がグレーツクへ行っている間に、カイト様が道中で拾ったよう。
一体、道中で何があったのか、実にフシギです。
「いつものことですけどね・・・」
ヤレヤレと、ため息をつくアリア。
このような事は、これで何度目だろうか。
仕事を、次から次に増やさないでほしい。
「・・・・!」
目的地の客間へ足を踏み入れると、まず真っ先に目に飛び込んできたのは、床に額をこすりつけて跪く女性。
頭の上のピンと立った犬のような耳が、彼女の精神状態を顕著に表しています。
最初からこれでは、話を進めるのは難航しそうですわね・・。
「クレア、あなたは私たちのお茶の用意を。 少し多めにお願いしますわ。」
「かしこまりました。」
一礼して、退室するクレア。
部屋の戸が閉められると、室内は私と彼女の、2人だけになります。
彼女は、ピクリとも動きません。
「私はアリア・スズキと申します。 カイト様から話は聞き及んでおります、あなたがメルシェードですね?」
「は・・・はい。」
消え入りそうな声で、メルシェードと名乗る女性は肯定の意を表します。
こうして見ると、彼女は成人のようです。
獣人ということは、これまで奴隷として、良い人生は歩めてこなかったことでしょう。
彼女のこの態度も、うなづけはします。
ですが、せめて頭を上げていただきたいです。
これでは、話がしにくいですよ。
「どうか、顔を上げて下さい。 私はあなたと、ゆっくり話がしたいのです。」
「もったいなき言葉です。 ですが私は、事もあろうに大公様に失礼を働いてしまいました。 どうか、このままで・・・・」
恐縮しきりといった態度の彼女。
カイト様は一体、この女性に何をしたのでしょうか?
追々、彼女に聞いてみるとしましょう。
なおも、床へ跪いた姿勢のままの彼女。
このままでは、ラチが明きません。
最初だけ、強硬姿勢をとらせていただきましょう。
「メルシェードさん、では顔を上げて下さい。 私の願いを、聞いてくれますね?」
「は、はい! 命令とあらば・・・。」
恐る恐ると言った風で、顔を上げて、私と視線を合わせる。
び・・美人・・・。
少し汚れてはいますが、彼女の顔立ちはとても整っています。
ルルアムお姉さまとはまた違った、純朴な美しさと表現できましょうか・・・
改めて思いますが、カイト様は面食いなのでしょうか?
私はさておき、お姉さまを始めとして、彼の周りの女性の美人率がハンパない気がするのですが・・・。
今は関係ないので、横においておきましょう。
先ほどの調子を崩さず、彼女をソファへ案内します。
「どうぞメルシェードさん、あなたはこちらへ。」
「し、失礼・・・します。」
低い机を挟んで、向かい合う形になる2人。
「「・・・・。」」
ガチガチです。
極度の緊張で、彼女の顔が引きつっています。
話がしたくても、今のままでは話を聞き漏らしてしまう恐れが・・。
元の立場が立場なだけに、こうなってしまうのは仕方が無いのですが。
こういった場合、カイト様ならばどうするでしょうか?
『彼が隣にいれば・・・』そんな事を考えながら、アリアは1人、メルシェードとの対談に臨んだ。
◇◇◇
『ここで、本当に良いのだな?』
「お願いします。」
アリアが頭を悩ませていた、ちょうどその頃。
カイトと仏像は、バルアで押し問答を繰り広げていた。
仏像さんが、カイトの言うことを、なかなか聞いてくれないのである。
『本当に間違いはないのだろうな? 言っておくが、間違えていてもワシは知らないぞ??』
「アリアから地図はもらってます、寸分の違いもありません!」
先ほどから、仏像さんがしつこい。
前に『魔石の鉱脈を造ってやる』と言った仏像さんに、鉱脈の最適地へと案内したカイト。
アリアたちが長い時間を掛けて、選定した場所。
だが彼は『本当にここなんだろうな、間違えていてもワシは関係ないからな』と連発する。
アリアと何があったかは知らないが、少しは俺を信用してほしい。
少なくとも、俺は方向音痴ではないぞ。
『知らんからな? 苦情は受け付けんぞ。』
「分かってますって、何かあったら、俺が全部の責任を取りますから。」
間違いなく、場所はここで合っているのだ。
地図が狂っていない限り、まず間違いなし!
「お兄ちゃん、その地図、反対じゃない?」
「え・・・・?」
顔を覗かせてきたヒカリが、恐ろしいことを指摘してきた。
うっそ、これ反対??
何度かクルクル地図を両手で回転させ、現在の位置をもう一度、把握するカイト。
そして・・・
「あ、しまった。 これじゃ東西が逆だ。」
ヒカリの指摘どおり、俺は上下逆さまに地図を読んでいた。
東西南北、すべて逆。
あっはっはっはは。
いやー、アブなかった。
指摘されなかったら、20キロも違う場所に、魔石の採掘場所を頼むところだったよ。
「ありがとうヒカリ! もう少しで大きな過ちを犯すところだったよ。」
「うん。」
大丈夫。
まだ何も始まっていないから、いくらでも取り返しがつく。
3人寄れば文殊の知恵って本当だね。
「すみません石神様、もうすこし西みたいです。」
『ナニ!?? 貴様は地図すら読めぬのか!』
呆れ口調で、仏像が大きな声を上げる。
人聞きが悪いな・・・
ちょっと見間違えただけじゃないか。
地球のと違って、文字や方位とかの特徴が無くて、上下とかが分かりにくいんだよ。
『ワシにも地図を見せよ、貴様は信用ならん!!』
「大丈夫ですよ、今度こそ間違いないですって!」
『つべこべ言うな小僧! さっさと地図を渡すのだ!!』
どうせ石神様に地図を見せても、何にもならない。
結局は俺が全て説明する事になるのだ。
俺は口下手なので、そこそこ時間がかかるだろう。
そんな無駄、しても意味が無い。
こういった場合、アリアなら分かりやすく説明出来るんだろうな・・・・
いや、そもそも地図を見間違えたりはしないよね。
『彼女が隣にいれば・・・』そんな事を考えながら、カイトは石神様との押し問答を続けるのだった。
夫婦、二人三脚?
・・・な回でした。




