第243話・あふれる感情
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小姑のように、カイトが退室したあと。
鉄道研究所の休憩室に残された2人の女性は、唖然としたまま、顔を向き合わせる。
アリアは立ち上がった姿勢から、椅子へとその身を預けた。
「ふぅ・・・」
なぜカイト様と居ると、こうも疲れるのだろうか?
不思議でならない。
ため息と共に、脱力するアリア。
この彼女の姿に、微笑みを浮かべるルルアム。
「カイト様は、いつもああなのですか?」
「ええ、まったくあの方は思いつきの行動が多いというか・・少しは我々の苦労も考えてほしいものです。」
腕を組んで、今までの事を愚痴るアリア。
ルルアムも彼女の目の前の椅子に腰掛け、笑みを浮かべる。
「ですがそれもまた、彼のいいところですよ。」
「・・・そうですわね、それで助けられたことも多々ありますし。」
困ったことの方が、圧倒的に多いですけど。
まったく彼ときたら、口を開けば鉄道、鉄道。
大公として、領主として、もう少し政務に力を入れてほしいものです。
「アリア様も大きくなられましたね。 すっかり一人前の貴婦人に成長されています。」
「最後にお会いしたのが、4年前ですから。 成長をして当然ですわ。」
4年。
長いようで短い、実に多くの事が起きた期間であった。
起きた事件のあと、ルルアムが身分が剥奪され、アリアが新大公の妻となった。
その昔、ラウゼン邸の豪奢な室内などで、仲良く肩を並べていた2人。
あの頃の日常は、もう戻っては来ない。
過程を考えれば、ルルアムの自業自得であったが、それは結果論。
もし彼女の計画とやらが成功していれば、今頃自分は、この世に居ないであろう。
そうならなくて良かったとは思うが、しかしそれをブチ壊したのは、他でもない自分である。
アリアは何ともいい難い、フクザツな感情にとらわれた。
「あれからそんなに経つのですか、時がたつのは早いモノですね。」
「・・・ええ。」
天井を仰ぎ、爽やかとも取れる笑顔を向けるルルアム。
あの事件から、4年。
彼女に聞きたい。
ずっと疑問に思っていたこと。
彼女の安否が分かり、カイト様が救ったことを知った折に湧いた、ある疑惑を。
「・・・お姉さまは、私やカイト様を、恨んでおられますか?」
「・・・。」
ルルアムから笑顔が消え、アリアへとその視線が注がれる。
その質問の意味は、彼女にも分かっていた。
ゆっくりと、首を横に振るルルアム。
「私はカイト様に昔、二度助けられました。 その彼を恨むことなど、どうして出来ましょうか?」
「貴族の身分剥奪。 カイト様が私の暗殺現場に出くわさなければ、このようにはなりませんでした。 お姉さまであれば、恨みなどの感情を抱いたとしても、おかしな事ではないかと。」
「・・・・。」
アリアにイタイところを、突かれてしまった。
彼女の言うとおり、前の自分であれば、きっと逆恨みしていた事だろう。
あの頃は野望に燃え、貴族の特権をふりかざしてテングになり、国の乗っ取り計画まで抱いていたのだから。
自分の過ちに気付かされ、結果的に死ぬようなことにならなかったのは、彼のおかげだと思っている。
その過程で貴族でなくなったのは、自分への良き『戒め』となっていた。
「『自分さえよければ良い、世界は私のもの』あの頃の私は愚かでした。 カイト様に暗闇の閉じ込められて、私は自らの愚かさにやっと、気付かされたのです。 もし事件が無ければ、いつか自分は殺されていたでしょう。」
私に恨みを持つ者の、手によって。
殺されずとも、間違いなく私は愚か者のままであった事だろう。
自責の念と共に裁判に掛けられ、『王女暗殺未遂』で身分が剥奪となり、今までの生活全てから追われる事となった。
そうして結果的に奴隷落ちしてしまった自分を、救い出してくれたのは他でもない彼であった。
『彼に二度助けられた』というのは、誇張でもなんでもないのだ。
「私は、カイト様に・・・いいえ、こんな私に居場所を与えてくれた全ての方々に、感謝しているのです。 もちろん、アリア様にも。」
「・・・・・。」
アリアは、言葉を失った。
『全員に感謝している』などという言葉を、彼女から聞くことが出来るだなんて。
彼女の言葉の端々から、その口調から、これは演技ではないと分かる。
彼の言っていたとおり、彼女はもう、あの時のルルアムではなくなっているようだ。
アリアは急に、今まで彼女を疑っていた自分自身が、恥ずかしくなった。
「そうですか・・・ヘンな事を聞いてしまい、申し訳ございません。 あなた様の本意、しかと聞かせていただきました。」
「私はアリア様の心に深い傷を与えてしまいました。 それは決して、許されるものではありません。」
過去の自分の過ちを悔いているのか、うつむき加減になるルルアム。
それは直接に被害を受けたアリアにとっても許しがたいし、今でも全てを受け入れることが出来ない事。
今のお姉さま(ルルアム)を責めるつもりは無いが、それでも彼女に対しては、ある種の『恐怖』にも似た感情がうごめいているのだ。
そんな不安定なアリアの頭に浮かんだのは、他でもないカイトであった。
彼のおかげで、自分も、そしてお姉さまもどちらも死ぬようなことが無かったのだ。
「彼の事です、こんな場面に出くわせば『そうやって自分の悪いところに気がつくのが、一番なんだよ』ときっと言うでしょうね。」
「カイト様は、お優しいですからね・・・。」
ここに来て初めて、2人からは笑い声が上がった。
こんな場を設けられたのも、彼のおかげである。
まあ、実に困った方ではありますがね。
「では詫びついでにもう一つ。 お姉さまは、カイト様が好きですか?」
これも彼女に聞きたいことの一つ。
彼や彼女から事の経過を聞くと、どうしてもカイト様が白馬に乗った王子様にしか聞こえないのです。
何よりお姉さまは、先ほどの会話で妙に彼を持ち上げていましたし。
アリアの質問に一度大きく目を見開いたルルアムは、彼女に向け、はじけるような笑顔を向けた
「ええ、大好きです。 彼のような方とご結婚できたアリア様を、今ではうらやましく思います。」
やはりと言うべきか・・・
どう受け答えしたモノかと、しばし沈黙するアリア。
『ですが』と、ルルアムは話を続ける。
「それはあなたもですよ、アリア。 私はカイト様も、ヒカリ様も皆、全員が大好きです。 私はその皆さまの笑顔のため、出来ることは少ないですが頑張っていく所存です。」
お姉さまが、こんな事をお考えとは・・・。
彼女が身を粉にして頑張っている原動力が、よく分かりました。
今日は本当に、会えて良かったです。
ですが。
「私も、大好きです。 皆を大切に思う気持ちは、誰にも負けませんわ。 たとえお姉さまでも。」
私はアリア。
ベアル領を治めるスズキ公の妻として、皆を思う気持ちは、誰にも負けるわけにはいきません。
それが私の、領主婦人としての矜持です。
「ええ、私も誰にも負けはしません。」
それを受け、ルルアムは屈託の無い笑顔を向ける。
いつの間にやら、彼女たちの間にあった『壁』は無くなっていた。
自然、アリアからも笑みが漏れる。
「お送りした服のお加減はいかがでしょうか? 何ぶん私は、お姉さまのお仕事などを知りませんでしたので、動きの阻害などになっていなければ良いのですが・・・」
「とんでもございません、あのようなドレスを送って下さり、感謝に耐えません。 お心遣い、ありがとうございます。 一生、大切にいたしますわ。」
「それは、ようございました。」
先ほどまで何か汚れ仕事でもしていたのか、彼女が今来ている服は、真っ黒に汚れています。
送った服は、普段着にしているのでしょう。
大切にしているようで、嬉しく思います。
アリアは不安が払拭されると、安堵感と共にある感情が湧いた。
悶着あったものの、お姉さまは今でも大好きな人間の一人。
あふれるように、閉じられていた心の扉の中から、目から涙があふれる。
「・・・良かった、お姉さまが生きていて・・!」
「アリア・・・」
胸元に飛び込んできたアリアを拒絶することなく、ルルアムはそれを迎えた。
大きく成長し、ベアル領婦人となったアリア。
しかし自分の手の中でなく女性は、その昔、まだ『小さき王女』だった頃となんら変わりなかった。
この女性に今まで、自分は何をしてきたか。
ルルアムは昔の自分の愚かさと、そしてアリアたちの優しさを、今一度、噛みしめるのだった・・・
2人のわだかまりが払拭されたようで、良かったです。




