閑話・鉄道の一日 その6
これで閑話、一応の終了となります。
次話以後、本編の戻ります。
ポ゛ーーーーーーー!!!
シュッシュッシュッシュ、ゴトンゴトンゴトンゴトン!!!
「ブレン駅、通過!」
「ブレン駅、通過ヨシ!」
構内に交換列車はなく、列車は合図を送る鉄道員を横目に、快速で通過する。
時は草木も眠る真夜中。
通常なら最終列車が双方の駅に着いているような時間帯だ。
「とんだ事になってしまいましたな。」
「そうですね、でも大事にならずに何よりでした。」
「まったくですな。」
ははは、とザイルに笑みを向ける副機関士。
笑ってはいるが、彼も自分も朝の始発列車から、働き通しである。
溜まった疲労は、並々ならぬモノがあった。
本来今の時間は、彼らは今日の業務を終えているはずであった。
しかし先ほど、ブレン駅付近で野生動物との衝突事故が発生。
大きな事故ではなかったため、すぐに鉄道は復旧したものの、鉄道のダイヤは大きく乱れた。
今はその、『回復運転』の真っ最中である。
そのために、彼らも駆り出されたのだ。
緊急事態とあっては、仕方がない。
しかしながら、列車が出せる速度には限界があるので、ダイヤは未だに乱れたままの状態だ。
「後ろが重いので、思うように速度が出せません。 少しでも減らせれば、もっと速度を出せるのですが・・・」
「列車の本数が減っているのですから・・致し方ありません。」
大きくため息をつく副機関士に、ザイルが苦笑を返す。
先述の通り、事故が起こったことで列車が一時的に運休し、鉄道は所定の時刻から大きく逸脱してしまっている。
それは結果的に列車の本数の削減にもつながった。
働く者の負担を考えると、現状、あまり遅い時間まで列車の運行は出来ない。
しかし荷物の輸送には、その一つ一つに計画がある。
輸送の混乱を避ける意味でも、なるべく、それを崩すわけにはいかなかった。
そこで今は『増結』という形をとっているのだ。
こうすれば運行数は少なく、より多くの物資の輸送が可能だ。
しかしそれは、より一層の列車の遅延を招いていた。
輸送するモノが多くなれば、自ずと速度は落ちてしまうのだ。
しかし焦りは禁物。
事故など起こさないよう、より一層警戒をしながら、運転に務める彼ら。
ブレン駅を通過して幾ばくかすると、森を抜け、長い列車はベアルの南側に広がる住宅街を抜ける。
3年以上前に大公様が1人で造成されたという噂の、『にゅーたうん』というモノだ。
今でも拡張が続けられ、今や世帯数は数千にものぼる。
その拡張工事は、真夜中の今でさえも突貫で行われており、明るい光が鉄道のレールを照らし出す。
民が暮らす場所は既に暗くなってしまっているが、列車の向かう先は眩く光る町明かりが見えてきた。
あそこに、ベアルの中心街があり、ベアルの駅が存在する。
ポッ!
踏み切りの注意喚起のため、列車は短い汽笛を鳴らす。
今は、多くの者が寝静まる真夜中なので、発す音も最小限。
小さな汽笛を鳴らし、列車はゆっくりと町明かりの中を突き進んでいく・・・
◇◇◇
ブシュウウウウウウウウウウ!
街が夜の静寂に包まれていく中、ベアル駅には列車のブレーキ音が鳴り響いた。
入れ換えが済んだ列車は、暴走をしないよう、しっかりとブレーキを掛けておく。
これにてこの日の、この列車の運行は終了となる。
「やっと今日が終りましたな。」
「お疲れ様でした。」
機関車の車輪に歯止めをしながら、笑みを浮かべあうザイルと副機関士。
そこへ車掌も加わり、今日の業務、最後の仕上げを行う。
火を落とした事を3人で確認すると、ザイルは機関車のボイラーの下を開いた。
中から出てきたのは、魔石だ。
正確には魔素を出しつくし、魔石ガラとなった物。
それらが、ガラガラとレールの下に空いた空間に、落ちていく。
魔石以外にも、炭となった木片が一緒にパラパラと落ちる。
これは明日、工場の者たちが回収して炭と魔石をより分け、機関車の上部につけられた媒体庫に乗せられてゆくのだ。
高温にさらされたにもかかわらず、思いのほか魔石はキレイに形を成していた。
それが済むと、再び機関車のボイラーは閉じられていった。
「さて、もう一頑張りです!」
「「はい!」」
機関車後ろに据えつけられている石炭庫に乾かした材木と、魔石を載せていくのが、この日最後の仕事。
これをしなければ、明日、この列車が動かせない。
そこそこ重労働なので、3人で力を合わせなければ到底、終らない。
今日は駅員達の数人も手伝ってくれたおかげで、いつもより仕事は早く終った。
最後に歯止めをもう一度確認し、今日の全ての業務は終了である。
「それではザイル殿、私はこれで失礼いたします。」
「今日は、ありがとうございました。」
「ええ、お疲れ様です。」
副機関士、車掌の両名はこのまま帰宅となる。
次の日、いや、今日は彼らは公休なのだ。
(※公休・・休息日のこと)
挨拶を交わすと、2人は荷物を取りに乗務区へと向かっていった。
「さて僕は、明日の準備かな?」
一方ザイルは、今日は泊まり勤務なので、家に帰ることはできない。
この後の自分の業務は、体を休めること。
明日も朝が早いので、休める時に休むのが、得策なのだ。
ザイルも乗務区に置いてある自分の荷物をとりに、駅本屋へと向かっていった。
◇◇◇
今回出来た鉄道には、合計4箇所の駅などの『施設』がある。
それら全てに『泊まり勤務用』の設備が整っており、日夜数人が泊り込んで、次の日の業務に備えている。
ベアル駅もその一つだ。
駅の事務所と併設して、内部には寝室と浴室が用意されていた。
「ふう・・・」
湯気が立ち込める中、ザイルがふろ桶に溜まった湯で、今日一日の疲れを流す。
この世界で、フロというものはあまり一般的ではない。
せいぜい貴族や大商人などが、楽しむような娯楽に近い。
これというのも、大公様がこれだけは譲れないと、作らせたものらしいが・・・
仕事の後の湯浴みと言うのは、実に良い。
溜まった疲れが、解けていくようだ。
しかし入るのは、自分だけではない。
駅員や乗務区の人など、後がつかえているので、あまりゆっくり湯船につかることは出来ないのだ。
ザッと湯船から上がると、彼は急いだ様子で寝間着を着用し、浴室を出る。
「上がりました。」
「これはご丁寧にどうも。 今日はお疲れ様でした。」
「お疲れ様です。」
駅長に挨拶を済ませると、次にザイルは2階の乗務区へと足を運ぶ。
トントントンと、リズミカルな足音が階段に響く。
ノックをして、木戸を開けると、中には未だに仕事をしている区長の姿があった。
ザイル同様、彼も寝間着姿だ。
「なんだザイル君か、今日は世話を掛けたね。」
「区長、まだ寝ていなかったんですか?」
驚いた様子のザイルに、やわらかな微笑みを浮かべてみせる区長。
手元には紙の束が置かれており、それに目を通しているようだ。
「今日の経過報告をまとめているんだ。 駅馬車組合と領主様用にね。 フロには入ったのかい?」
「おかげさまで、今日の疲れが解けました。」
「それは良かった。 明日も朝早いのだから、今日は寝たまえ。」
「ありがとうございます、区長も早めに切り上げて下さいね。」
「ああ。」
ニッコリと笑みを浮かべ、再び書類に目を落とす。
彼には彼の仕事がある。
今日は特に『事故』があったのだから、列車の運行管理の責任を負う区長が、報告書をまとめるのは必然の事だ。
自分には、体を気遣うこと位しか出来ない。
「おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
キイ、となるべく音を立てないように木戸を閉め、退室するザイル。
彼はそのまま階段を下りることなく、向かい側にある部屋へと入っていった。
ここが『泊まり勤務』の者たちが夜、寝泊りする部屋である。
中にはベッドが備え付けてあり、既に寝る支度は整っているようだった。
ベッドはふかふかだ。
駅員の人たちが、昼間に干してくれたのであろう。
明日の事もあるので、今日は休む事にする。
「おやすみなさい。」
掛け布団を深くかぶり、ザイルは意識を夢の中へと落としていった。
彼は明日も『安全運行』のため、鉄道をひた走らせる・・・・
本文中に出てきたダイヤとは、列車の時刻表のようなモノの事です。
地球もそうであるように、この世界でもこれに倣って、鉄道の運行がなされています。
乱れると列車の行き違いなど、多くのことが変更になってしまい、現場はてんてこ舞いとなるのです。
そのためこの世界でも、現場には必ず魔術師による『スジ屋』が常駐しています。
(ダイヤを作る人の事です。 尺の都合上、割愛しました。)




