閑話・鉄道の一日 その5
閑話はあともう1話です。
本編まで、しばらくお待ち下さい・・
夕刻。
西日が、森を橙色に染め上げる中、1本の列車が汽笛と共にブレン駅へと進入した。
片側の線路に交換の列車の姿は無く、代わりに2人の駅員が木の台を用意して立っていた。
列車の進む方向にも駅員が立ち、赤く灯る魔力灯を頭上高く、掲げているのが確認できる。
ブシュウウウウウウ!!
ギキキーーーーー!!!
甲高い金属音を辺りに響かせ、列車が停止する。
それと共に2人の駅員達が台座を持ち上げ、1両の貨車へ横付けする。
ガタン!
貨車の側壁が開けられ、中の物品の一部が取り下ろされていく。
量が少ないので、ここでは台車は使われない。
1日に2度、この駅では列車が停車し、このようなことが成されている。
ブレン商会側のモノでは無く、この駅近くにある商店の取引上の停車だ。
ベアル行きとボルタ行き、それぞれの列車が停車する事になっている。
「お疲れ様です、品物の確認を行って大丈夫ですか?」
「やあ、お疲れ様です。 今卸した品を並べていくので、確認をお願いします。」
列車から降りてきた車掌が、何かのリストを片手に、駅員の居る場所へと走りよってきた。
下ろしているのは、昼にザイルたちが買い物をした商店向けの、様々な物品が入った木箱。
それらの中身を一つ一つ確認し、リストに丸を書き込んでいく車掌。
「・・・特に過不足は無いようです。 載せる荷物はどちらですか?」
「こちらにあるもので、全部です。」
駅員に指し示された方向にあるのは、2つの木箱。
同商店から街へと卸される、多くの品々がこの中に入っている。
ここの商店は客相手というより、このような卸業がメインだった。
森の中で採集される希少な品々を街の商会に卸し、利益につなげているのだ。
先ほどと同じく、木箱の中を改めて『貨物リスト台帳』にそれを書き込んでいく。
漏れがないよう、駅員立会いの上で2、3度確認を繰り返した後、今度はこちらを貨車へと載せる。
ガタンと貨車の側壁が閉められ、駅員が台を持って列車から離れる。
この駅での車掌の仕事は、これで終わりだ。
彼も小走りで、車掌車へと戻る。
少々確認作業に時間がかかったため、陽は既に落ち、辺りは闇が支配し始めていた。
列車前方で、青色の灯りが灯される。
ピーーーー!
静寂に包まれた駅構内に、車掌が鳴らした笛の音が響き渡り、青色の魔力灯が灯される。
列車の出発の合図だ。
「出発進行!」
「魔石ヨシ、圧力良好!!」
ポ゛ーーーーーーーーーーーーーーー!!
ブシュウウウウウウウウウ!
ゴトンゴトンゴトン・・・・
辺りに大きな音を響かせながら、暗い森の中を列車が進んでいく。
ここから少し走れば、目的地のベアルはすぐそこだ。
駅員達はそれを見送ると、各々、駅事務所の中へと戻っていった・・・
◇◇◇
シュッシュウボッボッボ・・・ブシュウウウウウウウ!!!
ベアル駅に、ボルタからやって来た列車が帰って来た。
轟音をとどろかせ、ホームに設置された停止目標に列車が停止する。
客車内に人の姿は無く、駅員達はつながれた貨車から積載物を下ろしていく。
車掌もそれに加わり、物品の一つ一つを確認していく。
「ザイル殿、これから何番へ入庫ですか?」
「ええと・・4番の後に5と3に入るようです。」
懐から『運用表』を取り出して、今日の最後の部分を見やるザイル。
これに書かれている通りに、機関士たちは列車を動かさねばならない決まりになっている。
つまりこれを見れば、その日の予定が一目で分かると言うわけだ。
「やっと、終わりが見えてきましたな。」
「まったくです。 早く終らせて、休むとしましょう。」
顔を見合わせ、微笑みを浮かべあう2人。
朝、陽が昇る前から始業し、今は辺りは真っ暗だ。
今まで神経をすり減らしていたため、体が疲労を訴える。
キコキコ肩を鳴らす彼ら。
列車の入れ替えはそう、時間が掛かるものではないので、今日は早く休めそうだ。
「どうやら荷物の下ろし作業は済んだようです。」
「それにしては、駅員さんが出発信号を出しませんね。」
ベアル駅は、一面一線の小さな設備の駅だ。
次の列車が入ってくることを考えると、もうホームを出ていないとマズイのだが・・・
焦りに似た感情が、彼らの中にうごめく。
そんな中、駅本屋から急いだ様子で常務区の区長が、こちらへ向かってくるのが見えた。
一体どうしたと言うのだろうか?
「ああザイル君、さっき魔導電話で連絡があったんだ。 この先で衝突事故だ。 すぐに汽車でブレン方面へ向かってくれ!」
「衝突・・野生動物ですか?」
聞くところによると、ブレン駅とこの駅の中間で、野生のガーベアと列車が正面衝突して、止まってしまっているのだと言う。
ごくタマにある事故であり、これが人間の場合も無くは無い。
列車の速度が遅いので、そうそう深刻な事態にはなりにくいが。
しかし大事をとってここから、列車を動かす事が出来なくなっているようだ。
「分かりました、すぐに現場に向かいます!」
「頼む。」
今は機関車が、ベアル方向に向いている。
だがこうなってしまった以上、時間のかかる『転車』をしている時間はない。
早急に現場へ向かい、列車の救援を行わねばならないのだ。
牽き連れていた客車のうち車掌車の1両以外との連結器を外し、列車は待避線へと入る。
ここで後ろに繋がったままになっている車掌車に、車両工場のからやって来た3人が乗り込んできた。
彼らは片手に、大き目の魔導道具箱を手にしている。
この道具箱は一種のマジックアイテムで、見た目より中には、多くのものが入っている。
中身は魔導工具など、列車の救援用などの道具が主だ。
彼らが乗り終えるのを見計らい、同じく乗り込んだ車掌が客車の前方に立ち、前方を注視する。
ここからは、この車掌車が、この救援列車の最前部を努める。
ボルタ側のポイント付近に立つ駅員が、青色の魔力灯を灯す。
レールは開通したようだ。
ピーーーーーーー!
ブレーキを緩める合図の笛を吹く車掌。
ポッ!と機関車が短く汽笛を鳴らすと、列車はゆっくりと後退を始めた。
辺りは闇夜に包まれ、前方は暗くてよく見えない。
列車はゆっくりと推進運転をしながら、前方では魔力灯をともして安全確認を行いながら、現場へと急行する。
◇◇◇
ポッ!
ブレン駅のほど近く。
森の中で1本の列車が停止しており、やって来た救援列車に対して、汽笛を鳴らした。
どうやら衝突したガーベアは列車の真横からぶつかったようで、機関車の動輪などには血痕がこびりついていた。
見たところ機関車自体に、大きな傷などはないようだ。
衝突したガーベアの撤去はすでに済んでいる。
ポッ!
こちらも返礼に、汽笛を鳴らす。
じわりじわりと、止まっている列車へと近づいていく。
時おり車掌が赤ランプを灯し、周囲の安全を確認した後、また前進を繰り返す。
何度目かの出発停止で止まっている機関車の手前に、救援列車はキッと停止した。
それと共に道具箱を持った工場の人たちが、次々に列車を降りていった。
これからの連結や回送に、支障がないか、確認の作業を行うのだ。
ここで異常が発見された場合、速やかに持ってきた道具などで、応急修理を施すこととなる。
「それでは点検を始めます。」
「すいません、よろしくお願いいたします。」
相手の機関士に挨拶をする、ここまで同乗してきた3人の工場の人たち。
それだけ言うと、彼らはすぐさま列車の点検を始めた。
カンカンカン!
キリキリ、コンコン!!
「----。」
「---、-----・・・」
「------。」
辺りに点検による金属音を響かせ、ときおり3人は議論を重ねていく。
これがどうして、時間がかかるのだ。
しかし安全のためにも、これに手を抜くことは決して出来ない。
「お疲れ様です、ご迷惑をおかけして申し訳ございません・・・」
「何を言いますか、困った時はお互い様ですよ。」
相手の機関士たちが、ザイルたちの居る機関車へ詫びを入れにやって来た。
彼らだって事故を起こしたくて起こしたわけではない。
ガーベアなどの動物との衝突は、避けようがない自然現象なのだから。
「そうですよ、それよりケガが無さそうで何よりです。」
頭を下げる彼らに対し、笑みを浮かべながらそう告げる副機関士。
列車がゆっくり走っていたのが、項を成したようだ。
「積荷は無事ですか? 乗客は??」
「問題ありません。 乗客も幸い、誰もいらっしゃいませんでした。」
「そうでしたか。」
この場合、乗客が居なくて良かった。
もし居れば馬車への『振り替え輸送』などをしなければならない所だった。
これはこれで、馬車の手配など、面倒な手続きなどが必要となるので。
そうしている間に、彼らの事故列車の点検が済んだようで、こちらへ向かってやってくるのが見える。
「どうでしたか?」
「特に列車には異常はありませんでした、このままベアルまで回送しても、差し支えありません。」
それは良かった。
この事故で今、列車は全てが止まってしまっている。
列車に問題がないのであれば、なるべく早く事故列車を回送しなければならない。
「では連結を行います。」
「「「よろしくお願いいたします。」」」
それぞれが素早く、それぞれの所定の位置についていく。
夜間の連結は、昼に行うソレよりも神経を使う。
何よりここは、森の中。
茂みの向こうから、レッドウルフの群れが出て来てもなんら不思議ではない。
事故列車の機関士たちが、手に手に武器を持ち、辺りの警戒に当たる。
ピーーーー!
車掌が笛を鳴らし、ブレーキを緩める合図を送る。
ポッ!
短く汽笛を鳴らし、救援列車は再び、ゆっくりと動き出す。
ガチャン!
鈍い音を辺りに響かせ、救援列車が連結する。
それと同時に車掌はピーーッと笛を吹き、列車にブレーキがかかり停止した。
これで連結は、完了だ。
念には念を入れ、工場の人たちが連結状況を確認する。
走行中に連結が外れるなどという事があれば、大惨事にもつながるので、特に念入りに。
同時に例のごとく、制動試験を行う。
ここでも特に、問題などは発見できなかった。
少なくともベアルまでなら、大丈夫であろう。
「ザイル殿、魔力圧、制動共に良好です。」
「では、安全運行でよろしくお願いいたします。」
運転室から後方に視線を向ければ、青く灯る魔力灯が確認できる。
降りていた者たちも全員、それぞれ列車に乗り込んだようだ。
ポ゛ーーーーーーーーーー!!!!
シュウウウウウウウウ!
ゴトン、シュッシュッシュ・・・・
周囲に大きな音を響かせながら、救援列車は暗い森を抜け出し、一路、ひときわ光り輝くベアルへとゆっくりとした足取りで、進んでいった。
早く鉄道を浸透させなければ。
書いていて鉄道の置かれている状況が、再認識できました。




