閑話・鉄道の一日 その4
新章まで、しばらくお待ち下さい・・・
ポ゛ーーーーーーーー!!
空高く太陽が昇る頃。
ベアルからやって来た列車が、多くの空荷の貨車を従えて、ブレン駅へと進入してきた。
この駅は、ブレン商会という一商会が材木切り出し及び、運び出しを行うために作られた、この商会の専用駅。
もともとは信号所であった事もあり、多くの列車が、ここで行き違う。
そんな中、今入ってきたこの列車は、ベアルからやって来てここで折り返す、材木を運び出すための専用列車だ。
そのため、つながれた貨車が、空荷となっているのである。
ここで切り出された多くの材木を積み、再びベアルへと戻るのだ。
シュッシュッシュシューーーーーーーーーーーーーーー!!
大きな音を周囲に鳴り響かせ、駅へ停車する列車。
よく見ると編成最後尾には、背を向いたように機関車がつながれているのが確認できる。
これはブレン駅に転車設備がないため、行われている措置だ。
これにより荷の材木を積み終わり次第、すぐの発車が可能となる。
より多くの魔石を消費してしまうため、あまり多用は出来ないが、ベアル=ブレン間の十数キロ程度の短距離ならば、大きな損失とはならない。
駅構内には多くの材木がうず高く積まれており、貨車に積み込むのを待つばかりとなっていた。
列車到着と同時に、同商会から派遣された作業員が、三角錐の形をした木製のクレーンを引っ張り出して、貨車に横付けした。
これで重い材木を貨車へ、積み込むんでいくのである。
ちなみに人間程度の魔法では、この重い材木を貨車に載せていくのは、不可能である。
大公様の提案で作られたというコレは、現場で重宝されているようだ。
「・・・ホオ、時間通りでしたね。」
「遅れれば、他の皆さんに迷惑がかかってしまいますからね。」
片手に時計を持った駅員が、降りてきた機関士のザイルに声をかけた。
今のこの鉄道は、単線である。
この列車以外にも多くの列車が行き交う以上、一つの列車の遅延は、他の列車の運行に多大な影響を及ぼす。
大公様の先導もあり、秒単位で、列車の運行は決められていた。
これは、無事故にも一役買っている。
「荷揚げにはまだ、しばらく掛かるでしょう。 どうです、駅で一休みされては?」
「助かります。」
時は昼。
朝からここまで、休みなく働いてきたので、ザイルはじめ乗務員は、少なからず疲労が溜まっていた。
この駅では入れ換えや転車などをする必要はないので、長い停車時間を利用して、彼らは休憩を取らせてもらう事となった。
「やっと一服できますね、ザイルさん。」
「ゆっくり、英気を養う事にしましょう。」
『休憩』に、車掌は事のほか反応を示す。
彼も朝から神経をすり減らしっぱなしだったので、ここでの休憩は貴重なのだ。
人間、疲れた時が最も注意力が散慢しやすい。
かくいうザイルも、駅で昼食をとるつもりだ。
「それでは私は昼食を買ってきます。 何かご注文があればついでに買ってきますよ?」
このブレン駅の近くには、小さな商店がある。
ブレン商会の駐在員や駅員向けに、商いをしており、日常的に山で資材採集などを行ってそれを街などへ卸す事で、利用する人間が少ないにもかかわらず、業績は好調であった。
ちなみに店頭で売っているのは食料や石鹸など、主に日用消耗品がその大半を占めている。
「それなら私も付いて行きますよ。 あの商店で眠り薬を注文したいので。」
「それなら私も。 妻に疲れがとれる軟膏でも買っていってやるとしましょう。」
「ははは、結局みんなで行く事になってしまいましたね。」
それぞれの思惑を話していったら、結局、全員が商店へ向かう事となった。
駅の隣に居を構える商店は、開店から日も浅いため、建物自体がまだピカピカの状態だ。
そこへ財布を片手に、半ば駆け足気味に駆け込む3人。
時間がないので、急いで買い物を済ませていく。
「ありがとーございます。」
『お疲れ様です』と返して、購入した食料を受け取るザイル。
まったく飾らない女店員が、ロボットのように淡々とした口調で、接客をする。
顔は可愛いのだから、もう少し表情に変化でもつければ・・・・
いや、これは第三者の自分が口を挟むのは、筋違いであろう。
「おや、ザイル殿はそれだけですか? もっと食べなければ、午後に力が出せませんよ??」
ザイルが昼食にと買ったのは、ベアル産ソギクに山で採集されたアルベリー草をまぶすなどして味付けされたパンが数個と、加工肉が数切れ。
あとは飲み物だけだった。
朝から働きずめな事を考えると、これでは小腹を満たす事ぐらいしかできない。
「私は小食なので、これで十分なのです。 そちらの御用は済みましたか?」
「ええ、街の商店より安価で手に入れる事ができて、助かりました。 彼の眠り薬も無事、済んだようですよ?」
車掌と副機関士の2人の買い物も済んだようで、片手には購入したモノが入った紙袋が握られていた。
彼らは家などから昼食は持ってきているので、それを買う必要はない。
彼らが飲み物のほかに買っているのは、いわゆる『お土産』だけだ。
「それは良かった。 では、なるべく早く昼食を済ませましょう。」
「そうですな。」
いくら休憩をもらったとは言え、鉄道の時間は決まっている。
限られた昼休憩言という時間内で、少しでも午後の業務のために、力をつけておかねばならないのだ。
談笑しつつ、彼らは小走りで駅事務所へと向かって行った・・・
◇◇◇
ブシュウウウウウウ!!
「制動ヨシ!」
「制動ヨシ!!」
ザイルの声に倣って、復唱をする副機関士。
復唱をする事で、ヒューマンエラーを未然に防止するのである。
これで列車は、いつでも発車可能な状態となった。
「ふううぅぅう・・・・」
「大丈夫ですか?」
ザイルたちは昼休憩も終わり、持ち場へと戻ったのだが、その際、副機関士の調子がおかしかった。
今も腹を抑えて、苦しそうにしている。
まるで水面に顔を出して呼吸する、金魚のようだ。
「ご心配掛けてすみません。 食べた後の業務というものは、なかなか苦しいものですなぁ。」
はっはっは、と薄笑いを浮かべる彼。
額からは少し、汗がにじみ出ている。
昼食の弁当後の業務が、堪えているようだ。
実はザイルが、先ほど多く食べなかったのは、このあたりが関係していた。
腹いっぱいに食べると、後が思いのほか苦しくなってしまうのである。
まあ、愛妻の弁当を残すことは、彼には出来ないであろう事は、容易に想像がつく。
「この後の安全確認は、僕がやりますよ。 あなたは魔圧調整や温度調整を行ってください。」
「面目ありません。」
「いいえ、困った時はお互い様です。」
駅や踏切などの安全確認は、運転室内をせわしく動き回らなければならない。
反面、調節の仕事は座ったままでも出来る。
本来の調節は、機関車の長たるザイルがするべき事であるが、彼に任せてダメだと言う決まりはない。
こういった際に融通を利かせるのも、列車の安全運行に発揮されている。
「機関士殿、荷の積み込みが完了しました。 まもなくボルタ行きが参りますので、発車までしばらくお待ち下さい。」
「分かりました。 先ほどは休憩室を貸していただき、ありがとうございました。」
運転室から礼を述べるザイルに、ニコニコと笑顔を向けながら、その駅員さんは旗を持って、来る列車へ合図を出しに向かった。
発車までの少しの時間、ザイルは機関車を降り、一両ごとに積まれた材木の止め具の確認を行っていく。
もし走行中に崩れたりすれば、大事故につながるので、入念に慎重に。
ポ゛ーーーーーーーーーーー!!!
ポッ!
作業中、ボルタ行きの列車が彼の横を走り抜けていった。
二回聞こえた汽笛は、一つは自分の機関車のものであろう。
少ない客車に人の姿はなく、後ろにつながれた貨車には多くの物品が積まれていた。
「大公様がせっかく造られたのに、空っぽか・・・」
せっかくつながれている客車に人の姿がないというのは、何とも形容しがたい気持ちにさせられる。
御者をしていた頃は、人が居なければ開きスペースに荷物を載せていた。
だが鉄道の客車は、人を乗せる専用のもの。
郵便物ぐらいは載せるが、現状はそれに止まる。
どうにか、人に利用される善作は無いかと、考えさせられる。
「おっと、時間が無い!」
ザイルは素早く、それでいて抜かりないよう丁寧に、荷の止め具確認を行っていった・・・
【アルベリー草】
・独特のにおいと苦味がある。
・高級料理の薬味によく使われる。
・生で食すと、腹痛などを引き起こす。
第5話でカイトが見つけた薬草と同じものです。
本来は高級食材なのですが、ここではその辺りに生えているなどの関係で、安価に作ることが可能になっています。
他にも安価の理由があるのですが・・・
それは追々。




