閑話・鉄道の一日 その3
日々の安全運行。
鉄道を世に浸透させるためにも、絶対外してはなりません。
『出来てから』が、本当の戦いなのです。
ベアルの街明かりを後ろ目に、ベアル発ボルタ行きの一番列車は早くも森の中へと入っていく。
ポ゛ーーーーーーーー!!
静寂に包まれる中、闇夜に沈んでいた森に、甲高い汽笛が鳴り響く。
それと共に眩いばかりの灯りをともしながら、列車はゴトンゴトンと重々しい音を鳴り響かせて一路、南へと向かう。
「ブレン駅、通過定刻!」
ザイルの掛け声を聞くと、機関車の左側に陣取る副機関士は機関士であるザイルの居る方へ移動し、乗降口から身を乗り出す。
信号合図確認と、安全の確認のためだ。
ブレン駅は、ボルタまでの行程の間にある2つの信号取扱所のうちの1つ目である。
ここにはブレン商会の材木積みおろし施設があり、客扱いなどはしていないものの、レッキとした『駅』である。
が、一番列車通過時刻の頃にはまだ商会仕事は始まっておらず、交換する列車も居ないので、通過となるのだ。
ポ、ポ゛ーーーー!!!!
ゴゴトトンゴトトトンゴトトン!
注意喚起の警笛を鳴らし、大きな揺れを伴いながら駅構内へと進入する列車。
いくら通過とはいえ、すぐにでも止まれそうなぐらい、ゆっくりとした速度で通過する。
これは駅に居る人間に配慮しているもので、先ほどから言う『安全第一』のためである。
駅の簡易ホームでは、青色の魔力灯をともした駅員がおり、それを横目に列車はブレン信号所を通過していく。
「ブレン駅、通過ヨシ!」
最後尾の車掌車の構内通過を確認すると、副機関士は元いた位置へと戻っていく。
森に明かりなどは無いので辺りはまだ暗く、頼りは機関車の点けている灯りだけだ。
ボッボッと、辺りに重々しい音を響かせて列車は森を南下し、ボルタへと向かう。
ポ゛ーーーーーーーーー!!!
ベアルを出発して数十分。
列車は第2の交換設備、レフル信号所へと差し掛かった。
先ほどのように副機関士が、外へと身を乗り出す。
ここも、この列車は素通り、つまり通過となる。
構内には先ほどのように、青色の灯りをともした鉄道員が立っているのが見えた。
唯一違うのは、通過するレールのさらに隣のレールに、交換相手の列車が停まっている事。
こちらはボルタからやって来た一番列車だ。
ポ、ポ゛ーーー!!
注意喚起の警笛を鳴らして、信号所内へと進入する。
ここでも当然、安全のためゆっくりとした速度で通過だ。
交換列車に対して、挨拶代わりにポッと短い汽笛を鳴らす。
すると相手の列車も返事をするように、ポッと短い汽笛を鳴らす。
「レフル信号所、定刻通過!」
「レフル信号所、通過ヨシ!」
2人は掛け声と共に、ボイラー内にくべる魔石の量を調整しだした。
ここからは下り坂なので、そこまで燃料は必要としないのだ。
暴走防止のため、小刻みにシュウウッとブレーキを掛ける音が辺りに鳴り響く。
すると間髪居れず、再び甲高い警笛が鳴らされる。
「レフルトンネル通過!」
「トンネル通過、安全確認します。」
ここでこの鉄道唯一のトンネルへと差し掛かる。
あまり長いものではないが、中に動物などが住み着こうと入り込んでいることは、間々ある。
構内通過時並に、速度を落としながらトンネルを通過する列車。
注意喚起のため、ここでは何度も警笛を鳴らし続ける。
警笛はトンネル内を反響するため、あまり大きな警笛でなくても、遠くまで響いていく。
これで中に何かが居ても、概ね問題はなくなるわけだ。
逃がす時間のためにも、列車の徐行運転は必須である。
とはいえレフルトンネルは、そう長いトンネルでもないため、ゆっくりとした速度にも関わらず、ものの数分で通過し終えることが出来た。
しかしまだ、副機関士はまだ前方の警戒を怠らない。
列車の進路前方には、大きな橋がかかっている。
馬車の御者をやっていた頃のクセで、橋が落ちていないかと、つい心配して確認を行ってしまう。
いわば職業病だ。
街道では嵐や魔物災害、戦争などである日突然、橋が落ちてしまっている事が多いのだ。
それを知らずに突っ込んだら、たいへんな事故になってしまう。
・・・・とはいえ、ここは大陸有数の安全地帯。
強い嵐も最近は無かったので、橋は当然、落ちていない。
ガタンガタンと、辺りに金属音を響かせ、橋を渡っていく列車。
レールの先には、遠くに街明かりと、朝日を受けて赤く染まりはじめている海が、見えてきた。
あともう少し走れば、そこはもうボルタである。
◇◇◇
ブシュウウウウウウウウウウ!!
終点のボルタへと到着した、ベアルからの一番列車は朝日を受け、黒い車体が紅くテカテカと輝く。
ホームの駅員が貨車の側壁を下ろし、次々に荷を台車へ載せ替え列車から下ろしていく。
ここから荷物は、大きく分けて2つの方向へと向かう。
ある荷物は併設された馬車駅で馬車へ乗せかえられ、森と大河川を隔てた帝国の地へと向かう。
またある荷物は船に乗せかえられ、海を隔てた連邦方面へと、それぞれ向かう。
数年前には考えられないほど、このボルタと言う街は発展し、交通の要所となっているのだ。
この駅では副機関士は機関車からはまだ、離れない。
彼らにはまだ、すべき事があるのだ。
「おはようございます、操車担当のブランです、よろしくお願いいたします。」
「おはようございます、よろしくお願いいたします。」
機関車の運転室に、駅員の格好をした青年が乗りこみ、ザイルたちと挨拶を交わした。
手には緑と赤の旗、それに何かの操作レバーのようなモノが握られていた。
操車担当、正式には『操車掛』と言う。
ベアル、ブレン、ボルタ各駅に配置されている、文字通り列車の入れ替えなどを担当する駅員のことを全般に指す。
駅で方向転換する列車に、指示を出すのがその主たる役割だ。
その際に『転車台』というもので機関車の方向そのものを変えたり、入れ換え時にポイントをとるのも、彼らの役割の一つである。
彼の握るレバーは、その転車台の運転室のものであった。
ちなみにソレも機関車同様に、魔石で動く。
乗り込んだ『操車掛』は、運転室の乗降口から身を乗り出して、ホームの合図を確認する。
それを見計らうように、ホームの駅員が頭上高く、緑色の旗を上げる。
これに呼応して、『操車掛』も運転室内で、緑色の旗を出す。
ポー!
短い汽笛を鳴らし、機関車がゆっくりと動き出す。
ガヂャン!!
という音と共に、これまで引っ張ってきた客車をつないでいた連結器が外され、機関車だけがホームの先、海の見える方角へと進みだす。
シュッシュッシュッと、軽快な音を響かせて、動く機関車。
しかし一つ目のポイントを過ぎたところで、機関車はキギーっと停止した。
これから入れ換え、および方向転換だ。
機関車から操車係が降り、ポイントを転車台へとつながる引込み線のほうへと、つなげる。
軌道の開通を確認すると彼は機関車には乗らずに、小走りで転車台へと向かう。
そうして機関車の進むレールの先に立ち、緑色の旗を出した。
折り返し列車の時間は、そう先の事ではない。
なるべく安全を確保しながらも、効率的に仕事を進めようとした結果、入れ換えはこのような形となったのだ。
もちろん今までに、事故は起きていない。
ポッ!
短く汽笛を鳴らして、機関車がバックで転車台のほうへ向かう。
副機関士が運転室からその顔をのぞかせて安全確認を行い、機関車はゆっくりとした速度で橋梁のような形をした転車台へ、その巨体を乗せた。
それを確認すると、操車掛の青年は緑旗を赤旗に持ち替える。
機関車はキッと小さなブレーキ音と共に台の上で停止し、運転室からはザイルたちが降りて、それぞれ台の上の機関車の前後に立つ。
これから行うのは、比較的キケンな作業なので、万が一にも人が巻き込まれることの無いよう、彼らがその安全確認を行うのだ。
もちろん転車中に機関車が動き出さないよう、歯止めを忘れてはならない。
操車掛の青年は、赤旗を詰所のような転車台の運転室の上に差し、そのまま中へと入っていく。
周りの安全確認を行い、前後2人の機関士が、右手を頭上高く上げて、操車掛に『安全』を伝えると、転車台は機関車を載せたまま、ゆっくりと移動を開始する。
約180度方向転換を果たした機関車の歯止めをとり、再び乗り込むザイルたち。
それを確認すると再び操車掛の青年が小走りに、ベアル側にあるポイントをとり、緑旗を出す。
今度は、彼は機関車には乗り込まない。
ポッ!
機関車が短く汽笛を鳴らし、ゆっくりとした足取りで転車台から下りて、青年の立つポイントの先まで、走っていく。
例のごとく入れ換えが済んだ機関車は、後ろ向きでホームに停まる列車へ、近づいていく。
入れ換え作業、最後にするのは『連結』という作業。
ホームでは貨車への荷物の積み込みなどが行われており、連結時に衝撃を与えては、大惨事にもつながる。
多くの作業の中でも、最も神経を使うのが、この作業なのだ。
細かく赤や緑の旗を出して、機関車へ指示を出す青年。
それを見落とさないよう注視しながら、機関車を列車へと近づける機関士たち。
全員の息が合わなければ、連結は命を奪う作業と化してしまう。
ガチャン!
金属由来の鈍い音と共に、機関車と列車が、特に大きな衝撃もなく、その連結を完了させた。
先ほど最後尾だった車両が、今度は編成の最前部になる。
「ふぅ・・・・」
「はは、いつもながら神経を使いますね。」
一服するザイルに、副機関士が笑顔を向ける。
笑ってはいるが、彼とてザイル同様、その顔にはどこか疲れがにじむ。
だが2人共、今の仕事は決して、キライではない。
「連結は完了しました、お疲れ様です!!」
「ああ、お疲れ様。」
先ほどの青年が、礼儀正しく作業完了を報告しに来た。
その後、彼は駅員としての職務に戻っていった。
まだ若いのに礼儀がなっており、彼に対しては、とても好印象を抱いた。
こういった『互いの信頼関係』が、このような職場では特に、重要視されるのだ。
一度連結を切り離した列車と再びつないだことで、朝同様に『制動試験』をする必要がある。
車掌に連絡して、朝と同じ手順で試験を行う。
ブシュウウウウウッ!!
っと、大きな空気の音が、周囲に木霊する。
今度も、問題は無いようだ。
ポッと短めの汽笛を鳴らして、出発準備完了を周囲に伝える。
あとは出発の時刻を待つばかりとなった。
旗と魔力灯は、同じ役割(意味)を持っています。
その唯一の違いは、使う時間帯です。
空が明るい時間は、魔力灯が見えにくいので、旗による合図。
逆に暗い時間は、旗が見えにくいので、魔力灯による合図。
そんな使い分けが成されているようです。




