第238話・ふたたび宿にて
これらも、頑張っていきます。
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「はっはっは、そりゃ災難だったねカイト。」
「笑い事じゃねーよ。」
『蒼き炎竜亭』で夕食をとるカイトの前には、お約束なのかエリカさんが居る。
前に見たとき同様、満面の笑顔をふりまいて。
彼女が笑っているのは、先ほど俺が街のど真ん中で、『クマさん』こと服屋のおっさんに、目いっぱい抱きしめられて窒息した事。
当事者としては、笑い事ではない。
もう少しで俺は、死ぬところだったのだ。
「あんたは好かれる体質なのかね~~、さすがはカイトだよ。」
「おっさんのアレは半分、殺人技だったけどな。」
彼のアレは冗談ではすまない。
今も後遺症で、肩や腕がバキバキいって痛いのだ。
『服屋』にもかかわらず持つ、彼の筋肉の意味が、今なお分からない。
「それに、あんたが貴族様とは。 世の中、何があるか分からないね、ホント。」
「ああ。」
一時は『一生涯にわたる逃亡生活』をも覚悟したのに、結果はこの通り。
世の中、一寸先は闇の中である。
もちろん指名手配よりは、責任はあるが今はずっとマシだ。
「まさか今日、ウチに泊まってくれるとは思わなかったよ。 部屋はタマタマ空いていたから良かったけど、どういう風の吹き回しだい?」
「・・・・事情が変わってな。」
宿を離れる際、エリカさんには『今日は帰る』と伝えていたので、この反応である。
ちょいちょい事情があり、今日はシェラリータに泊まることにしたのだ。
もちろん、ノゾミたちも一緒。
部屋はもったいないので一室にしたのだけど・・・問題ないよね?
「お兄ちゃん、このお肉、おいしいよ?」
「カイト殿様、もし体調が優れないのであれば、私が代わりに食しましょうか??」
ダリアさんが、目をギラギラさせて、俺の前に置かれているソニック・シギーの肉に熱い視線を送る。
とっさに、自分の分の料理の皿を取り上げるカイト。
食うよ!
食うに決まっている。
ただ一人っ子の性、好きなモノを最後にとっているだけだ。
まったく、油断もスキもあったものではない。
とられぬよう、肉を口にほうばると、ダリアさんは無表情に戻った。
「ふむ、ふはい。(うん、うまい。)」
この宿の醍醐味の一つ。、
ここの出す料理は、格別にうまい。
誰が他人になぞ、やるものか。
一連のやり取りを、ニコニコと笑顔で眺めるエリカさん。
「賑やかなモンだね~~、最近ここに泊まるのは短期の、労働者だけだったから、見ていてこっちも楽しいよ。」
「むぐむぐ・・・そりゃ良かった。」
こっちは、そのために宿に泊まったのだ。
彼女が満足なら、目的は達せられた事になる。
何かと楽しい事は多かったので、こちらとしても泊まってよかった。
これでアリアに怒られなければ、良いんだけど・・・
そんなことを考えていると、エリカさんがカイトの背後に、その視線を移した。
「こちらは皆、アンタの連れだろう? 私に負けず劣らず、キレイなのばかりじゃないか。 その上、聞いた話によるとこの国の王女様と結婚したとか?」
「・・・・。」
なぜ、それを知っていると聞き掛けて、ヤメタ。
前にアリアに『俺は大陸では有名人』と聞いた。
当然、俺の話ぐらい、駄々漏れなのであろう。
もはや俺に、プライバシーなど無いも同然だ。
アリアに閉め出された話も、次の日は街で、うわさが流れていたし。
ましてここは、ベアルからほど近い場所であるし。
俺はなるべく静かに暮らしたいのに・・心境的にフクザツだ。
自然、彼女から目をそらすカイト。
「・・・ふ~ん・・カイト、ちょっと良いかい?」
「何?」
ずっと目の前の席で、俺に相対していたエリカさんが、何かを思い立ったように立ち上がった。
笑顔のままで。
話なら、今の体勢でも良かったはずだが・・
何か、言いにくい事でもあるのだろうか?
少し真剣な表情をつくり、耳を傾け来ると思われる話を待つ。
ドゴーーーーーーーン!!
「ぐほほおぉぉーーーーーーー!??」
エリカさんから来たのは話ではなく、鉄拳だった。
彼の左頬に、彼女の渾身のグーパンチが叩き込まれる。
なんら対策を講じていなかったカイトは、その勢いで椅子から転げ落ちてしまう。
今、何が起きた!?
左手で頬を押さえながら、彼女に抗議の構えを見せるカイト。
・・が、最初に抗議の声をあげたのは、今まで静観の構えを見せてきたヒカリであった。
「ちょっと、なんでお兄ちゃんをぶったの!? お兄ちゃんはまだ、悪い事は何もしてないでしょ!??」
ヒカリが誰かに対して怒りをあらわにするなど、初めてかもしれない。
俺を慕ってくれているのかな。
でも何気に発せられた『まだ、悪い事をしていない』と言うワードが、心に突き刺さったよ。
俺って、彼女の中ではそういう立ち位置なのね・・・
ダリアさんとノゾミについては、今のところ動きは無いようだ。
まさか予想していたのか・・・?
「おー、いて・・・・」
「ごめんよカイト、ちょっと永年の積もり積もったうっぷんを、晴らさせてもらったんだ。」
「・・・あー、そうかい。」
エリカさんに差し出された右手を取り、ゆっくりと立ち上がるカイト。
なぜ俺でうっぷんを晴らしたのかと、特に聞く気は起こらなかった。
この数年間で、彼女にもイロイロあったのだろう。
これも女将さんとの談合の一環であると考えれば、何でもない。
痛みは一過性のものだし、俺にはこの街を逃げた負い目もある。
だが結構、思い切り殴られたようで、左頬は少し赤くはれていた。
ジクジクと、電気が走るように頬に痛みが走る。
性格的に彼女の辞書には、手加減という言葉は無いのかもしれない。
これぐらいなら治癒魔法で、どうにでもなるんだけどさ。
「娘がごめんよカイトさん、おわびにコレも食べて下さい。 お代はいらないよ。」
「お、うまそう!!」
起こされた俺の前に、大皿でやきそば(っぽいモノ)が女将さんの手によって運ばれてきた。
とってもおいしそうだ、これなら殴られた甲斐があったというもの。
痛いのは、なるべく避けたいけどね。
ダリアさんたちの食う量を考慮してか、量はとても多い。
早速、小皿に取り分けて、コレをほうばる。
「かー、うめぇー!」
口いっぱいに広がる甘辛いソース(っぽい)と、シャキシャキした食感の野菜。
それにモチモチの麺。
やきそばは大好きだったので、こうして食べられると嬉しい。
屋敷ではアリアに合わせ、何かと高級感漂う料理ばかりで、おいしいのだけれど口が寂しくなりがちなのだ。
こういうとき、市井の料理は偉大なり。
「ーってダリアさん、それ、とりすぎでしょ!?」
「(バク、ゴクン。)何か?」
現在、このやきそばを食うのは、カイトを含めて4人。
日本の温室育ちのカイトと違い、他の3人は飢えた狼のように、次々と食事に手を伸ばしていった。
つーかみんな、ペース早すぎ!
もっと味わって食えよ!?
彼女たちのスピードの速さに、カイトは舌を巻く。
「あ、ああ~~!!」
そうこうしている内に、彼の分はほぼ、無くなってしまった。
こういうとき、一人っ子というモノは総じて、無力だ。
カイト、惨敗である。
「ぬぬ~~! 女将さん、今のと同じのおかわり!!」
「あいよ。」
彼の追加注文を、苦笑しながら受け付ける女将さん。
こうして懐かしいシェラリータの夜は、更けていった・・・
「なんだか今日は、俺たちお邪魔虫か?」
「料理がうまいから、我慢しとこうぜ・・・」
そのうら。
『蒼き炎竜亭』を訪れた他の客達は、肩身の狭い思いをしながら料理を楽しんでいたと言うのは、また別の話である。
給仕は例により、女将さんが代行しました。




