第222話・おかえりなさい
今年も、これで終わりです。
ああ、遠くからゴーンゴーンと除夜の鐘が・・・
まだ、聞こえるわけ無いか。
「カイト殿様、お疲れ様でございます♪」
「・・・・ただいま?」
ルルアムと共に、仏像を洞窟から出来たばかりの『神社』へと運んだ俺。
『神社』に着くと、グレーツクの住民達が総出で出迎えてくれた。
もちろん俺ではなく、仏像をね。
だがそんな中で、ヒカリは笑顔をいっぱいに振りまいて、俺を出迎えてくれた。
そんな遠くへ行ったわけでも無かったが、帰ってきて出迎えてくれるものが居るのは、嬉しい限りだ。
それはさておき。
同じくお留守番をしていたダリアさんまで、笑顔をいっぱいに振りまいて、俺を出迎えてくれた。
何か悪いものでも、食ったのだろうか?
笑顔は作り物ではなく、本当に自然に出来たモノに見えた。
こんな彼女を見るのは、三年付き添って来てこれが初めてかもしれない。
おかしい。
いつもの彼女なら『お疲れ様です。』と、無表情で出迎えるはずだ。
なんだか、怖い。
何か、とんでもなく悪い事が起こる前触れのようにしか見えないのだが。
「・・・えっと、ダリアさん何か、良い事でもあった?」
直球で聞くのは怖いので、それとなくダリアさんに『笑顔の原因』を聞いてみる。
すると一転、彼女の笑顔は霧散し、表情は驚愕のモノへと変わる。
俺は何か、ヘンなことでも言っただろうか?
「カイト殿様、まさか何も起こらなかったのですか?」
「特には・・ああそうそう、確定ではないんだけど、列車を動かすために必要な多量の魔石の目星がつきそうなんだ。」
先ほどの話を、簡潔にダリアさんに話すカイト。
仏像・・石神様に、『魔石が欲しい』と言ったら、スンナリOKしてくれたのだ。
魔石製造の当事者となっていたダリアさんにとっても、これは朗報のはずだ。
「・・・それだけですか?」
「いや、まあ、それだけと言われればそれだけだけど・・・」
嬉しくないのだろうか?
あんなに魔石製造を、嫌がっていたクセに。
ゲンキンなヒトだなあ。
あからさまに表情を暗くさせ、意気消沈するダリアさん。
背後には、『がーーーーーん』という大きなテロップが、見えているような気がした。
なにをそこまで、ガッカリしているのだろうか??
「・・カイト殿様、私、少々気分が優れないので、休んできます・・」
「いいけど、俺はもうベアルに帰るよ?」
特に返答も無く、ダリアさんはグレーツクの街へとその姿を消していった。
それを小首をかしげながら見送る、カイトとヒカリ。
彼女の質問の意図が、全く読めない。
一方単身で、グレーツクの街をさまよい始めたダリアさん。
彼女は心の中で、こんな事を考えていた。
『絶対に何か起こると考えていたのに、まさか何も起こらなかっただなんて・・・』
それはカイトを見送り、ヒカリと共に留守番した時。
彼女は彼の身にきっと、何かが起こると考えていたのだ。
今までが今までだけに、彼女はそれを予想・・いや、熱望していた。
だがそれが自分の身に起きてしまうとも限らない。
それもあって彼女は、大人しく『お留守番』を受けたのである。
自分に、その『何か』が降りかからぬために。
摩訶不思議な、特にカイトが困るような事が大好きなダリアさんは、むしろそれを待ち望んでいた。
俗に言う、『バッチコイ!!』状態だ。
自分ではなく、カイトという他人に対してのモノではあるが。
そこでまさかの、カイトには何も起こらなかったという残念な事実。
期待が大きかっただけに、その残念さもひとしおだ。
ダリアさん、メイドになってもなお、相変わらずだった。
知らぬが仏である。
「じゃあヒカリ、家に帰ろうか?」
「でも・・・・ダリアさんは、良いの?」
ヒカリが心配そうに、ダリアさんが消えていった方向を、指差す。
彼女は大丈夫であろう。
帰るときは転移の魔法を、自分で行使する事が可能だ。
身の危険ったって・・・元々ドラゴンの彼女の身に、何かが起こるとは考えにくい。
危険だとすれば、彼女ではなく『起こした方』の身の方が心配だ。
その時は、自業自得と言う事でよろしく。
「それでは皆さん、俺はこの辺りで帰ります。 また時間を見つけて来ます。」
「なんだ、もう帰るのか?? 忙しいやつだな。」
カイトの言葉に、何人かのおっさん達からブーイングが出る。
何やらこの後、神社の完成祝いを予定していたようだ。
だが俺はまだ、ベアルでしなくてはならないことが山ほどある。
この地に作る鉄鉱石運搬用の鉄道も、その一つだ。
元をたどれば、その件でここを訪れたのが、いつの間にやら神社造りへと、ジョブチェンジしてしまったのだ。
今度こそは、鉄道を造らなければならない。
『小僧、魔石はいいのか?』
「場所を探して、また頼みに来ますので。」
魔石を掘り出してもいいような、そんな場所を探さなければならない。
これも、大事な事だ。
まさかソギクの畑の横に、それを造るわけには行かないし。
場所は、アリアと協議しよう。
そのためにも、今日中にベアルへ帰りたかった。
「カイト様、今回はありがとうございました。 アリア様に『私も話をしたいと言っていた』とお伝え下さい。」
「ああ。」
そうそう、それもあったな。
アリアも会いたそうにしていたので、話はスンナリと行くであろう。
きっと、心配は要らない。
カイトとヒカリは、それだけ言い残し、そのまま転移の光に包まれ、ベアルへと戻っていった。
後に残るグレーツクの住民達はそれを見送ると、これから催される『神社完成式典』の準備へと取り掛かっていった・・・
「ただいまー。」
ガチャっと大きな扉を開け、自分の家の中へ入るカイト。
自然と、全身の体の緊張がほころぶのが分かる。
帰ってくるのは実際には半日ぶりであるが、体が違っていたためそれよりずっと、屋敷が懐かしく思えた。
「おかえりなさいませ、大公様。 ご夕食の用意は既に、整っております。」
玄関でまず、俺とヒカリを出迎えてくれたのはメイドの一人、クレアさんだった。
いつもの光景、いつものやり取り。
俺がどこかへ出かけたとき、彼女はいつも玄関で、こうして俺の帰りを待ってくれている。
彼女が居なければ玄関を開けたとき、出迎えてくれるのは恐らく空気だけだろう。
その心遣いが出来る辺り、さすがはメイドさんだと思う。
彼女は俺たちに、汗拭き用のふんわりとした、暖かい濡れタオルを渡してくれる。
体に溜まった疲れが、溶けていくようだ。
その時、廊下の向こうからパタパタとこちらへ向かってくる足音が、聞こえてくる。
タオルから顔を上げると、向こうからは赤色のドレスを身に纏った女性・・・
アリアが、こちらへ向かって来ているのが見えた。
これも概ね、いつも繰り広げられる光景。
彼女はどんなに仕事があって疲れていても、俺が帰るとああして迎えに来てくれるのだ。
「アリア、ただい・・・・・おふっ!??」
手を上げて彼女に帰宅の挨拶をするカイト。
アリアはそれに答える事なく、彼の胸元へと飛び込んでいく。
彼女の小さな肩を抱くと、ソレは小刻みに震えているのが分かった。
「カイト様、もうどこにも・・・決してどこへも、行かないでくださいませ。」
「・・・ごめん、心配かけたね、アリア。」
胸へ飛び込んできたアリアを、静かに抱きしめ返すカイト。
傍らに居たクレアさんは気を利かし、その場から離れる。
しばしの静寂の後、アリアは彼から離れた。
その目は、涙などにより赤く、腫れ上がっている。
「カイト様、遅ばせながら、おかえりなさいませ。」
「お兄ちゃん、おかえり。」
深々とお辞儀をするアリアと、笑顔で俺の手をギュッと握るヒカリ。
待ってくれている人が居るのは、幸せだな・・・
「ただいま、皆。」
だから俺は、二人だけではなく全員に、『感謝』を伝えたい。
そしてどうか、この幸せが、いつまでも続きますように・・・
ちなみにこれは後日談なのだが、メイド仕事に勤しむダリアさんが、いつになく元気が無かった。
どうやらダリアさんは、クレアさんに怒られたようである。
俺に付き従わず、勝手にグレーツクに残った事が、クレアさんの逆鱗に触れたようだ。
彼女にしては珍しく、けっこう凹んでいたように思う。
一体彼女は、クレアさんに何をされたのだろうか?
・・・不思議だ。
いや、これは知らないほうが、幸せかもしれないな。
ノゾミも出そうと考えたのですが・・・
あいにく彼女は寝ていて、これには参加できませんでした。
後日、例に漏れず彼に突進を敢行して、アリアと似たような事はしましたが。




