第214話・見落とし
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まだ夜も明けきらないベアルの街。
ポーッと甲高い音が、街中に響き渡る。
この日の、ボルタへと向かう一番列車の発車の合図である。
少し前まで教会の鐘を規準に動いていた街も、今では汽車の音が住民達に、時間を告げている。
とはいえまだ、朝が早すぎる。
この時間に起きている者など、そう居はしない。
そんな中、街の中心に立地する領主邸の一室からは、灯りがこぼれていた。
「う~~ん・・・・」
中にいるのはルルアム・・・ではなくカイトだ。
王都から戻って早、半月以上の時間が経過した。
彼には寝る間も惜しんで考えなければならない、『ある問題』があった。
「安うけあいしたけど、肝心な事を見落としていたな・・・」
机の上の一枚の大きな紙に、視線を落とすカイト。
彼の目の前にあるのは、ずっと前にダリアさんと作ったこのあたりの地図。
それを前に、彼は思い悩んでいた。
悩みの種はずばり、『国王様からの鉄道作れ命令』である。
鉄道オタクな領主様のカイトにとって、この話はまさに、棚からぼた餅であった。
ほぼ二つ返事で、これを受けてしまった彼だったが、ここに来て最大の難関が立ちはだかった。
「山脈が、あるんだよな~~・・・」
カイトの指差すベアルとバルアの間には、一筋の山脈の姿があった。
これが、問題なのだ。
もともとバルアという山脈の向こう側にある港町まで、鉄道を敷こうと考えいたカイト。
そこから王都は近いので、今回の話を持ちかけられたときも、このルートが浮かんだ。
だが、忘れていた。
ここの計画が頓挫したのは、そもそも勾配が厳しく、鉄道ではその坂を登れそうに無かったためである。
鉄道は重いものを多量に運べるメリットがある反面、デメリットがある。
それは、レールという非常に滑りやすい場所を、走る事である。
急勾配があると、とたんに車輪が空転してしまうのだ。
砂をまいて走らせようにも、機関車のパワーが小さく、『無理』という判断が下され、終わった。
国王様の前でアリアが乗り気だったのも、このあたりの事情を彼女がよく、理解していなかったからだったようだ。
何か策があって話を受けたものと踏んでいた彼は、この話を昨日、彼女から聞かされ、度肝を抜かれた。
アリアが悪いと言うより、経緯説明を怠ったカイトの責任である。
とはいえ今さら国王様に、『無理です』などとは言えない。
だからと言って、魔法でどうこう出来る様なことでもないし・・・
本当に、弱った。
布団で寝ている、幸せそうなヒカリが、ちょーうらやましい。
コンコン!
「ん、こんな早くに誰?」
静寂を包んでいた室内に響いた、扉をノックする音。
今は、まだ陽も昇っていない早朝。
屋敷内で起きている者は警らの騎士さん以外には、居ないはずである。
当然彼らが、訪ねて来るはずなどない。
アリアだろうか?
「お忙しい中、失礼いたします。 大公様、お茶をお持ちしました。」
「あ、ありがとう・・・。」
カイトの予想に反し、入ってきたのはメイド長のクレアさんであった。
その右手には、白いティーポットとカップが載せられたお盆を持っており、香しい匂いが、部屋に広がる。
ちょうど体が冷えてきたと思っていたところだ。
クレアさん、ナイスタイミング! ・・・なんだけど・・・・・・
「クレアさんもしかして・・・今までずっと起きていたの?」
この時間は、使用人さん達の大半は、まだ部屋で休息をとっているはずである。
朝の早い、厨房勤務の人たちを除いて・・・
クレアさんは、メイド長という使用人たちの元締めみたいな立ち位置なので、当然この中には含まれない。
「ご心配には及びません。 他の者たちはまだ、休ませております。」
どうやら本当にずっと、起きていたらしい。
俺へ快活な笑顔を向けながら、持ってきたお茶の用意をしてくれる。
見た感じは、とても元気そうだけど・・・
彼女が起きていたのは、間違いなく俺が起きていたからであろう。
いくら緊急の案件だったとはいえ・・・
なんだか、申し訳ない気分だ。
「クレアさん、ごめ・・・」
「大公様、軽々しく使用人である私に、謝罪の言葉などを述べてはなりません。 私は王宮で、あなた様にこの命を救っていただきました。 それで十分なのです。」
そんなおおげさな。
俺が前に彼女にしたと言うのは、割れたつぼを一個、直しただけ。
困り果てていたので、タマタマ通りがかった俺が『このままでは死刑になる』というので、ちょちょいと魔法を使っただけだ。
でもそんな事をまだ覚えているなんて、クレアさんはやっぱり、立派だな・・・
「そっか、ゴメ・・・いや、ありがとう。」
カイトから発せられた感謝の言葉に、微笑みを浮かべるクレア。
彼は何とも思っていないが、あのままでは自分は今頃、路頭に迷っていた事だろう。
死んでいる可能性だって、大いにある。
『命を救われた』は、誇張でもなんでもないのだ。
クレアさんは、そう思っていた。
「うん、おいしい。 良い眠気覚ましになったよ。」
「それはようございました。 何か他に御用がありましたら、何なりとお申し付け下さい。」
「ありがとう、ならそろそろ俺は寝るから、クレアさんも寝て?」
「・・・・・ふふ、かしこまりました。」
クレアさんはカイトへ微笑みを浮かべながら、お盆からティーポットだけを下ろし、お盆を片付ける。
主人の命令とあっては、仕方が無い。
反故にしてもどうにかなる事ではないが、きっと大公様は、思い悩むであろう。
ここは大公様のご厚意に甘んじる事とする。
先ほどの『良い眠気覚ましに・・』のくだりは、聞かなかった事にする。
「ん~~! ちょっと寝るかー!!」
背後から聞こえてくる、ルルアム様の・・今は大公様の声。
半月以上前、彼はルルアム様とお体が入れ替わってしまう事態に巻き込まれてしまったようです。
そんな状況だいうのに、彼は今まで、ずっと起きて政務をこなしていたのだ。
自分がしていた事など、ソレと比べれば微々たるもの。
だから彼に付いて行こうとする者が、多く居るのだと思う。
バタン!!
突如、後ろから聞こえてきた大きな音に、ドアの取っ手に手をかけていたクレアさんは、その体勢のまま後ろを振り返った。
「た、大公様!!?? どうなさったのですか!!???」
そこには、床に仰向けに倒れ付したカイトの姿があった。
駆け寄るクレアさん。
「うぐぐ・・・・? 体が、体がおかしい・・・??」
「大公様、しっかりして下さいませ!!」
彼は意識はあるようだが、全く体を動かす事ができないようだった。
クレアさんはすぐ、彼に肩を貸し、すぐ近くのベッドへと運び込む。
これまでで、彼が倒れるなど初めてのことだ。
クレアさんの胸中には、不安が渦巻いた・・・
山脈の山間に鉄道を通そうにも、沢で切り立った崖などがあるなど問題があり、やはり通せないのです。
この辺りが、『鉄道が通せない』理由となっているのです。




