第206話・心の傷と誤解
これからも、頑張って行きます。
感想などがありましたら、どんどんお寄せ下さい!!
「カイト様、先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした。 お怪我はございませんか?」
「うん、大丈夫だよ?」
私の前には、お姉・・・ルルアムがいます。
ヒカリたちからの説明によると、彼女・・いえ、彼はカイト様のようです。
さっぱり意味が分かりません。
まずは、状況を順を追って整理するとしましょう。
数時間前に屋敷に帰ってきたのは、カイト様の姿をしたカイト様でした。
言っている事が意味不明ですよね?
しかし彼には、違和感があったのです。
この複雑な気持ちをどう表現したものかは私でも、分かりかねます。
間違いなく彼なのに、変な感情が込みあがったと言うか・・・
所謂『カン』と言うヤツです。
それを指摘した途端、カイト様は白状しました。
『偽装していた』と。
何かトラブルがあって姿が変わってしまい、私達に心配させまいと、ヒカリに魔法でいつもの姿に見えるようにしていたのだそうです。
いつもながらカイト様、やる事がスゴ過ぎですわ。
発想も、そしてそれを実行に移すことも。
ともあれ彼は、私のみならず屋敷の者に隠し事をしようとしていたわけです。
彼とは後で、じっくりお話させていただきましょう。
ヒカリの魔法が解けるまでの間、私は目を凝らしました。
一体彼は、どんな姿になってしまったと言うのか。
彼には日頃から、驚かされっ放しなので、そう滅多な事では私は驚きませんよ?
『!!???』
そうして解けた魔法の中から姿を現したのは、他でもない、お姉・・ルルアムでした。
どうして彼女がここにいるのか。
彼女は確か、身分が剥奪されて『奴隷』になってしまったはず。
すっかり気が動転してしまった私は、彼女がカイト様である事も忘れ、近くにあった剣を、構えました。
自分が何を口走ったのかは、よくは覚えておりません。
でも多分ですが、かなり彼に対し、失礼極まりない事を言ってしまったのだと思います。
事実として、彼女・・彼に対し剣を向けてしまったわけですし。
「さっきダリアさんが説明したとおり、グレーツクで事故があって、仏像の呪いで傍にいたルルアムと、体が入れ替わってしまったんだ。 隠そうとしてごめん。」
「いえ・・・私のこの反応を見越してのご対処でしたのね? お気遣い、まことにありがとうございます。」
ルルアムと言う女性。
彼女に私は、トラウマがあります。
初めて会ったのは、私がまだ、4歳の頃でした。
貴族家への挨拶に、父上と回っていたときに訪れた家の、ただ一人の娘でした。
そして彼女は、私の従姉でもあります。
彼女は私に、多くのことを教えてくださいました。
世界で一番大切でしたし、尊敬していた人物でした。
しかしある日、私は彼女に殺されそうになったのです。
信じられませんでした。
彼女が私を殺そうとした事も。
彼女が私を利用しようと考えていたらしいことも。
あんなに優しかったのに。
だから私は当時、彼女から目を背けました。
心が壊れ、『別人』のようになってしまった彼女からも。
法廷で裁かれ、『奴隷』になってしまった彼女からも。
彼女は、お姉さまではないと、彼女によく似た別の人間であると、自分に言い聞かせ、壊れそうになる心をつなぎ止めました。
今でも一連の事件は、夢のように感じてしまいます。
あれは悪い夢だったのではないか。
本物の優しいお姉さまは、どこかにお隠れになっているのではないかと。
いつしかそれは、私の心の闇となり、奥底に深く沈んでしまいました。
どうやらカイト様には、それがお見通しだったようです。
事実今回、ルルアムの姿を見た私は、かなり取り乱してしまいました。
それを見通して、カイト様は私に隠そうとしたのでしょう。
私は彼に感謝こそすれ、怒りを覚える事などは全くありませんわ。
隠そうとした事は、少しいただけない部分もありますが。
「しかしカイト様、なぜグレーツクでルルアムと行動を共にしていたのですか? 彼女は身分を剥奪され、『奴隷落ち』したはずですが・・・」
問題はここです。
『傍にいたため入れ替わった』と言うなら、なぜ彼の傍に奴隷のはずのルルアムがいたのか。
そもそもなぜ、ルルアムがグレーツクに居るのか。
ご説明いただかなければ、腑に落ちません。
「鉄道建設のときに奴隷を買った事があったろう? その中に偶然、ルルアムが居たんだ。」
「ええ!??」
初耳です。
つまり彼女が、鉄道建設現場にいたと?
他の奴隷たちと共に、土まみれになって働いていたと??
かつてのルルアムを知る者として、とても想像ができませんが、王宮で最後に見た彼女の姿を思うと、あまりおかしくは無いのかもしれません。
それにしても、何という巡り会わせでしょうか。
『王都へ奴隷を買いに行ったら』偶然ルルアムも買っていた?
こんな偶然、普通はありえません。
あったとしたら、我々の間に、一体どんな縁があると言うのでしょうか??
はは~ん、分かりました。
分かりましたわよ、カイト様の思惑が。
あの時の『奴隷導入』は口実で、その本質は『ルルアム探索』だったのですね?
ルルアムの性格が様変わりしてしまった原因は、カイト様にあります。
彼はそれを気にしており、どこかでルルアムが奴隷落ちした話を聞いたのでしょう。
そして、それを保護する目的で、口実として奴隷をお買いになったのですね?
今までそんな事、気にも留めておりませんでしたわ。
私を出し抜くとは、さすがはカイト様でございます。
しかしカイト様は、私の考えに間違いがあるのか、頭を横に振ります。
「ルルアムと再会した時、彼女は奴隷生活の中で衰弱して、立つのもやっとな状態だったんだ。 俺にも怖気づいたままでね・・・」
「そうですか・・・・」
彼女にも、何らかの心の傷があるのでしょう。
そこは同情いたします。
一夜にして貴族令嬢から、奴隷ですからね。
「『何かしたい』と言うから、鉄道研究所に行かせたんだ。 そうしたら頑張ってくれてね。 実は今走っている列車の動力は、彼女の力が大きく関わっているんだ。」
「る、ルルアムがあの『機関車』をですか!??」
驚きです。
鉄道建設に携わっているとは思いましたが、まさか技術関連で携わっているとは。
あれは、カイト様がグレーツクから呼び寄せたドワーフたちだけの手によるものとばかり、思っていました。
まさかあれに、ルルアムの力添えがあったとは・・・
彼女は貴族時代、かなり優秀で頭も良かったです。
新しい情勢など、すぐに覚えて自分のモノにしてしまうのです。
それを考えると、おかしい事は無きにしもあらずではありますが・・・・
彼女はその能力を、自分にだけ使っていました。
それが普通だと言われ、当時の私は特に気にはしていませんでしたが、それを考えると今回の『機関車作りに貢献した』という報告は、目を見張るものがあります。
彼女が変わってしまった事は分かっていましたが、ここまでくれば本当に『別人』ですわ。
「今回はその関係で、彼女とは話をしていてさ。 そうしたらこんな事に・・・本当に隠そうとしていてごめん。」
「・・・・。」
ルルアムの姿のカイト様は、その存在を誇示するように手を大きく広げて、体を大きく見せます。
どこからどう見てもその姿は、すぐにルルアムと分かりますが、こうしてみると、おかしな点がちらほら・・・。
まあ、いいでしょう。
それよりも、さらに驚くべき事が分かりました。
今カイト様は、『ルルアムと話をしていた』と仰いました。
今回カイト様がグレーツクを訪れたのは、かの国の『国王』と謁見するためであったはずです。
これでカイト様が私に、頑なにグレーツク国王と会わせようとしなかった理由が、はっきりとしましたわ。
そして、カイト様が『奴隷解放』を、強く推した理由も。
そうです。
グレーツク国王は、他でもないルルアムなのです!!
間違いありません。
なぜそうなったのかは分かりませんが、カイト様の周りで何らかの力が働いて、彼女の地位が向上したのでしょう。
カイト様は混乱で、口を滑らせてしまったようですね。
誉められた事ではありませんが、良い事を知ることができました。
しかもどうやら、かの国の政治は、上手くいっているようです。
何も悪いニュースを聞かない事が、それを物語っています。
カイト様も、何らかの形で彼女を支える立場に就いているのでしょう。
ドワーフは義理堅い種族なので、未だ地震の事で、彼に良い感情を抱いているに違いありません。
まさに政治には、もってこいの人材ですわ。
さすがすぎて、私の感覚の方がマヒしてしまいます。
「そう、ですか・・・」
まあ、この話は後回しにいたしましょう。
考えても、頭痛がひどくなるだけです。
何よりもこれからは、現実から目を背けるのは、もうやめにしましょう。
昔のお姉さまは、もう居ないのです。
いいえ、昔のお姉さまは、私を利用しようとして邪魔になり、消そうとした欲にまみれた人間だったのです。
今の彼女は、一度奴隷落ちして民の痛みなどを知り、良き女王となったよう。
過去とはいい加減、決別しましょう。
これからはずっと、未来を見ていかなくては。
カイト様のように。
「カイト様、いつか・・・でかまいません。 ですから私に、ルルアムと一度、お話しする機会をください。」
「え、ルルアムと!? でも・・・」
「ルルアムが、私と会いたくないと仰ればそれでかまいませんわ。 もし、『叶うならば』で良いのです。」
まずは、一歩を踏み出したい。
そのために、彼女とのわだかまりを解消したいです。
叶わなければ、それはそれでかまいませんわ。
彼女にとっても『あの事件』は、思い出したくない過去でしょうし。
「いや、ルルアムもアリアと会いたそうにしていたよ。 アリアが会いたいなら、すぐに話は通すよ。 それで良い?」
「もちろんでございます。」
彼女とは、話が出来るようです。
しかも彼女は彼女で、私と会う事を希望しているよう。
どういう思惑で彼女が、私と会いたいと言っているのかは分かりませんが、それは嬉しい限りです。
カイト様がルルアムの姿と言う事は、今はルルアムはカイト様の姿のはず。
これならば話もしやすいでしょう。
今の私ではどうしても、ルルアムの姿を見ると怖気づいてしまいますから・・・
現実、カイト様と分かっているのに目の前のルルアムの姿に、私は身震いが止まりません。
この機会に、彼女と話をするのが、得策と言えるでしょう。
何より、ルルアムの心に少し、確かめたい事が出来ましたしね。
誤解がまた一つ、増えてしまいました。
この先、どうなる事やら・・・




