第205話・カイト様ではありませんね?
あとたった一ヶ月で、今年も終わりです。
一年なんてあっという間ですね。
今年はあわただしい一年だったせいか、無性にそう感じます。
「ななな・・何を言っているんだよアリア! 俺は俺だよ!?」
引きつった笑みを顔に浮かべながらも、自分がカイトである事を必死で主張するカイト。
背後にいるヒカリの表情は、ここからでは見えないがきっと、驚愕のものに包まれている事だろう。
しかし・・・
見た目は完璧だと、ダリアさんからのお墨付きもいただいている。
彼女の気配察知の能力などは、かなり高度なものだ。
俺同様、人間のアリアにバレるわけが・・・・
「語弊がございましたわね。 確かにあなた様がカイト様本人である事は確証があるのですが・・・・何というかどこか違和感のようなものを感じるのです。」
「い、違和感?」
両方の手をグーパーさせるアリア。
まさかさっき俺の肩に手を置いたのは・・・
俺が考えている事を察したのか、アリアはにっこりと、俺にやわらかい微笑を浮かべてきた。
「それだけではありませんわ。 私がヒカリに『グレーツクで何もなかったか』と聞いたとき、彼女はずいぶん慌てておりましたわ。 それにカイト様も、『国王陛下から召喚命令が来た』と分かったとき、かなり取り乱しておいででしたわよ? 必死でお隠ししていたようではありますが。」
ヤバい。
真面目な話、アリアが『何か』をつかみかけている!!
おかしい!
確かに俺たち二人の挙動不審な態度で『おかしい』といった感情は抱くかもしれない。
でも、『俺が俺じゃない』だなんて、少し触ったりしただけで、そうそう分かるものではないはずだ。
なぜそれを、アリアがつかみかけているの!??
「どうして、どうしてそれだけで・・・!!」
カイトの動揺に、さらに笑みに輝きが増すアリア。
彼女的には、彼のこの言葉だけで十分だった。
『どうして!?』
彼は何も考えず、ただ心で思った事を口に出したのだろう。
しかしその言葉は逆に言えば、『肯定』ととってもいい言葉でもある。
何もないのなら、ただ否定をすればよいだけなのだから。
『違和感』のようなものを感じたのは本当。
だがアリアとしては、鎌かけを行ったに過ぎない。
そうとは知らずにカイトは、勝手に自爆をした。
カイトの性格などを知り尽くした上での、鎌かけだったわけである。
まさかここまで、思い通りに動いてくれるとは考えていなかったが。
それを言ってしまえば、彼が可哀そう過ぎるので、オブラートに包んで話すことにする。
「そうですわね、はっきりと言ってしまえば、私の『カン』でございますわ。」
「『カン』・・・・・」
アリアからの思わぬ一言に、呆然とするカイト。
『カン』だけで見抜くなんて・・・
アリア、恐ろしい女性である。
カイトは、全身の血が抜かれるような感覚に陥った。
彼のそんな心境はいざ知らず。
「それと」と、言葉を付け加えるアリア。
「カイト様がお帰りになられた際、一瞬だけお姿が変わったように見えました。 ただの目の錯覚だったのかもしれませんが、カイト様は、何か知っているのでは? ヒカリも。」
流し目で、カイトとヒカリを交互に見るアリア。
やはりあれが、決定打だったようだ。
だがヒカリには、責任などは無い。
分かってはいた。
たぶんアリアは、気付くんじゃなかろうか・・と。
これも、ある種の俺の『カン』ってやつだ。
事実、そうなった。
「ヒカリ、『幻惑の魔法』を解いてくれ。」
「ええ!? でも一ヶ月は解いちゃダメだって・・・・」
ヒカリはカイトの思わぬ指示に、とまどいを隠せなかった。
だがそれをアリアの前で言った時点で、すべてはお終いである。
アリアがカイトたちに向ける表情は、一層、険しいモノになった。
それで何も言ってこないのが、逆に恐怖心を掻き立てられる。
「良いんだ、アリアにこれを隠すのは、もともと無謀だったんだから・・・・」
「・・・・。」
一切ヒカリの方へは振り向かず、それだけを話すカイト。
ヒカリもアリアのことはひととなりに分かっていたので、反論はせずに顔をうつむかせる。
彼女もカイト同様、『隠すのは難しいのでは?』という漠然とした考えは持っていたのだ。
でもアリアにそのまま、起こったすべてを話すわけには行かないと聞いたので、少しでも役立ちたいと、こうしたのだ。
だが、一朝一夕の自分の魔法では、やはりダメだったようだ。
残念でしかない。
「じゃあお兄ちゃん、解くよ・・・?」
「・・・ああ・・・・・。」
カイトもこうなればと、覚悟を決めた。
アリアへの弁解の言葉などは、何も思い浮かんではいない。
だが隠しても、何もいいことはなさそうだ。
だから、アリアにはバラすのだ。
ルルアム、ごめん。
ヒカリが両手を振ると同時に、カイトへ掛かっていた『魔法』は、下のほうから溶けて行くようにして消えていった。
その中から現われた人物の姿に、アリアは言葉を失った。
「アリアごめん。 事情があって、こうなったんだ・・・。」
「お、お姉さま!?? なぜルルアムがここに・・・・!!」
距離をとり、警戒心を新たにするアリア。
険しかった表情が、より一層、険しくなる。
彼女は実際、鉄道工事中からルルアムとは、一度も会ってはいない。
取り乱すのも、当然の事と言えた。
だけど・・・
「出て行きなさいルルアム! カイト様をどこへやったのですか!??」
「ま、待てアリア!! 俺はルルアムに見えるけど、ルルアムじゃなくて・・・・ひいいいいい!!!???」
「お兄ちゃん!!!」
取り乱しすぎて、俺がカイトであることなど、彼女の理性から吹き飛んでしまったようだ。
アリアが部屋にあった剣を取り出し、俺へ向けてくる。
やはりもう少し、オブラートに包んで話したほうが良かっただろうか?
魔法を解く前に、話しておくとか。
鬼気迫る勢いのアリアを前に、カイトはあさっての方向へと思考を向けた。
今の彼女に何を話しても、無駄であろう。
嵐はただ、過ぎ去るのを待つしか方法はない。
「さあ早くカイト様の所在を話しなさい! そうすれば、命だけは助けてあげますわ!!」
「・・・・・・。」
「カイト殿様、何やら悲鳴が・・!! ・・・ああ。」
ガチャっという扉を開ける音共に、ダリアさんが部屋の中へ入ってきた。
先ほどの声を聞きつけて、駆けつけた様だ。
しかしすぐに、ルルアム姿の俺と、剣を構えるアリアの姿を見て、状況を理解した様子。
理解したなら、手を貸してくれ。
そんな面白いものを見るような顔はせずに。
今にも俺は、殺されてしまいそうなのだから。
文字通りの意味で。
救援は、無い。
この『嵐』は、当分、過ぎ去るような気配は無かった・・・・
カイト、命の危機です。




