第173話・夜汽車
今日は、なんだか疲れました。
この話を、三回も書き直したのが、主たる原因です。
書いてて面白くなかったので・・・・
というわけで、今日の投稿は一話となります。
先ほど、王都からカイト様が転移で帰ってこられました。
・・・早いです。
今日は、ギルド総督会の総督議長様と、彼は面談されたはずです。
出立されたのが、今日の昼前。
帰って来られたのが、日没後。
どんな話をされたのか、非常に気になる所なのですが・・・・
「はああ~~。」
「・・・カイト様、お食事中にため息をつかれるのは、お止めくださいませ。」
帰ってから、カイト様はため息ばかりついておられます。
彼にはまったく、『元気』がありません。
元気が取り柄の彼を、何がここまで気落ちさせるのか・・・・・
「お兄ちゃん、『今日は鉄道の試運転だ。』とか言ってたよね? どうして落ち込んでいるの??」
ヒカリのこの言葉に、さらにズーン・・・と暗い表情を浮かべるカイト様。
いつもは大きく見える彼が、いつになく小さく見えます。
この部屋の空気まで、重くなった気がします。
「・・・・・ヒカリ、口元にドレッシングがついておりますわ。 お気を付けなさい。」
「あ・・・ごめんなさい。」
ヒカリの口の周りに付いた、サラダにかかった赤いドレッシングを、横にあるクロスで拭きます。
彼女の注意も、他へ向けることができたようですね。
今彼に、不用意な『鉄道』発言は、禁句なのです。
彼が、食事中の今でさえ、ここまで気落ちする理由・・・
それは、他でもない『鉄道』です。
今日は、カイト様が作られた鉄道の、試運転が行われたようです。
カイト様はこれを、ずっと心待ちにしていたのだとか。
結婚して以来、いつも『てつどう、てつどう』と言っておられていましたからね。
喜びもひとしおなのでしょう。
しかしあろう事か私の不手際で、今日に外せない予定を入れてしまったのです。
彼に、日程の確認をするべきでした・・・
いつもヒマそうにしている彼は、予定などありません。
だから私も、気兼ねなく『予定』を入れさせていただいておりました。
その矢先に、コレです。
もちろん、カイト様には行って頂きました。
あの時の絶望したような、彼の表情と言ったら・・・・
なんだかとても、可愛そうでした。
でもだからと言って、私が変わって差し上げられる案件でもございませんでしたので、どうしようもありません。
私が彼にできるのは、玄関先で王都へ転移する、彼をお見送りする事だけでした・・・
「はは・・・今日のスープ、しょっぱいな・・・・」
「ま、真でございますか!?? 塩の分量はいつもと同じのはず・・・・」
カイト様の料理のご感想に、驚愕する、この屋敷のシェフ。
そんな彼に、私は自らの口元に人差し指を立て、首を横に振りました。
シェフも私のこの仕草に、状況を理解したようで、一歩下がって再び、壁に背をあずけました。
料理の失敗ではありません。
カイト様の目から流れ出る液体が、スープの中にポタポタ落ちているのです。
悲惨すぎて、見ていられません。
ノゾミは彼のこの態度に、気にした風でもなく、モリモリとサラダを美味しそうに頬張っています。
その図太さの一部でいいので、私も欲しいですわ。
さらに重苦しくなったこの空気の中で、食事を続行するのは、中々にツラいモノがあります。
今回のこの案件は、私のせいでもあるので、彼に強く出られないのも居心地悪い気持ちの一端でしょうね。
メイド達も、どうすればいいのか、対応に困っています。
このままでは、せっかくシェフが腕を振るってくれた料理が、ムダになってしまいますわ。
そういえば、彼に伝言があるのですしたわ。
危うく忘れてしまうところでした。
「カイト様、夕刻にドワーフの方が、お屋敷に訪ねていらしたそうです。 今夜来て欲しいとの事ですわ。」
「へ・・・、今から? 研究所に?? 何の用事?」
食事の手をいったん止めたカイト様が、私の報告に、首を傾げておられます。
そうですわよね。
もう陽も落ちているというのに、お呼び出しだなんて。
疑問に思われて、当然ですわ。
当の私も、なぜ呼ばれたのかは知らないのですから。
『小僧に今夜に、研究所に来いとだけ伝えろ』
それが、メイドが聞いた伝言だったようです。
なにか、カイト様にして頂きたい作業でもあるのでしょう。
「さあ? その内容をお伺いになるのも、領主たるあなた様の務めですわ。」
「はあ~~、昨日の今日で、気が進まないな~~・・・」
そうでしょうね、『研究所』もまた、気落ちの原因なのですから。
でも行く気はあるようです。
止まっていた彼の食事の手も、徐々に進みだしました。
重苦しい空気も一挙に、軽くなった気がしますわ。
とりあえず、良かった(?)です。
・・・・・一応は。
◇◇◇
「こんな夜中に、一体、どこへ向かうんですか?」
「ガタガタ言わねえで、黙って付いて来い!!」
アリアに言われたとおり、食事の後すぐに研究所へ足を運んだ俺。
辺りは魔力灯のおかげで明るいが、風が冷たい。
鼻水が出てきそうである。
上記の理由により、ヒカリは付いてきていない。
要するに今回は珍しく、俺一人である。
「あの・・カイト様、こんな真夜中にお呼び立てして申し訳ございません。」
「・・いや、どうせ夜はヒマだからどうって事ないよ。」
つなぎのような作業着姿のルルアムが、俺に謝ってくる。
別にそれはかまわない。
どうせ夜にする事は、フロに入って寝るだけ。
何かあったのなら、すぐに対処したいところであるし。
そうこう考えているうちに、どうやら目的地に着いたようだ。
「・・ここ、駅ですよ? 何でこんなところに??」
俺の疑問に、おっさん達は何も答えてくれない。
ルルアムに聞こうとしても、彼女も嬉しそうに手招きをするだけだ。
着いたのは、ベアルの繁華街の中心に出来た、真新しい鉄道の駅。
まだ使用開始はしていないので、周りの建物と違い魔力灯は設置しておらず、まだ中は薄暗い。
その中をズンズン進んでいく一行。
改札を抜けると、そこには『列車』が止まっていた。
機関車が一両に、貨車が一両。 客車が二両。
これが今日、ボルタまで走ったのだろうな、と思うと悔しい反面、嬉しくもあった。
ここまで、来れたんだな・・・・
カイトが感慨にふけっていると、「早く来い!!」とおっさんに呼ばれた。
ルルアムとガロフさんが、機関車の運転室へ乗り込むのが見える。
運転室で、何かアクシデントでもあったのだろうか??
招かれるまま、運転室へ乗り込むカイト。
「よし乗ったな、小僧! それじゃあこれから初の試運転に出るぞ!! 夜の試運転だ、何があっても、文句は言いっこ無しだからな!?」
ドワーフのガロフさんの言葉に、目を見開くカイト。
今この人、なんて言った!?
「え、もしかして今日はまだ、試運転していなかったんですか!?」
「うるせー!! 調整に思いのほか、時間がかかったんだよ! ガタガタ言うなら降ろすぞ、ゴラア!!」
カイトの驚きの声に、怒声をあげるガロフさん。
これに追従するように、ルルアムも口を開いた。
「『最初の列車は、私が運転するべきだ』と、ガロフさん達が譲らなかったのです。 でも私は、身分は奴隷なので・・・」
「こうして、夜に走らせる、と言うわけよ。 夜なら誰も見てないから、誰の文句も無いだろ?」
「ルルアム、運転が出来るの!?」
「当たり前だろ、バカやろう。 設計者が運転できなくてどうする!!???」
カイトの疑問に、いつもの調子を崩さないドワーフのおっさん達。
そしてカイトにも、つなぎが手渡される。
「真っ黒になるぞ、てめえもそのテラテラした服脱いで、それに着替えやがれ!!」
「ええ、俺も運転するんですか!!?」
「バカ、おまえは『魔石投入係』だ。 運転は難しいんだ、お前みたいなアホに任せられるか!!」
このやり取りに、隣に居るルルアムは、苦笑を漏らす。
他のドワーフたちは、それぞれ後ろの客車へ乗り込むようだ。
役者はそろった、と言う事か?
「さあ、無駄口たたくのはここまでだ。 出発するぞ! 小僧、そこのヒモを引け!!」
「えっと・・これ?」
甲高い汽笛と共に、ゴトン、と大きな音を出して進みだす、黒い鉄の塊。
真夜中な事もあって、辺りは一層、暗くなっている。
おかげで、満天の星空がより一層、映えていた。
その中を、大きな音と共に進む黒いソレ。
人知れず異世界初の鉄道は、ベアルの街を後にして、闇の中へと消えて行った・・・
欲が出てきました。
飛行機が欲しい。
カイト、鉄道しか好きじゃないから、無理だろうな・・・・・
いいや。