閑話・バルアの伯爵様その1
長いけど、続きます。
バルアの街にはかつて、バルカンと言う、悪領主がいた。
税金は七割。
街の整備などはロクにやってくれず、賄賂好き。
『最低』を具現化したような領主様だった。
住民たちも、そんな背景があって、貴族が嫌いだった。
嫌いだが、逆らえばバルカンは、容赦なく処刑していった。
・・・それがたとえ、子供であろうとも。
だから、住民たちは貴族には、ビクビクした様子で、接していた。
それは、新しい領主になっても変わらなかった。
新しい領主は、ノゾミといって、赤目赤毛の小さな女の子であった。
年齢のせいもあってか、監督官もあてがわれ、彼女に似た、赤い大公様がその役職についたらしい。
その甲斐あってか、税金も大幅に引き下げられ、住民たちは、大いに喜んだ。
前領主のせいで、財産を失ってしまった民は、べアルという街へ、出稼ぎに行った。
今回の領主様たちは、いい人らしいことは住民たちも分かっていた。
だが、彼らも所詮は『貴族』。
いつ、バルカンのときのようになるかは、分かったものではなかった・・・・・・
そんな複雑な感情うごめく中で、赤目赤毛の、白い礼服を着こなした貴族風の少女が、バルアの露店などがごった返す街道をゆっくりとした足取りで、歩んでいた。
その片手には、串に生野菜が刺されたモノを、複数持っていた。
そのすべてには、緑色のドレッシングがかかっている。
「おいしーーーーー♪」
いま、私はバルアって言う街に来ている。
カイトたちは、『せーしょくしゃ』とか言う人に会うとかで、私は一人にされちゃった。
つまらないから、バルアの街に来て、お散歩することにしたんだ♪
そしたら、何人もの騎士さんたちが、付いてこようとした。
あの人たちが来ると、動きにくくなってしまうので、『来るな』って言ったら本当にこなかった。
言ってみるものだ。
そして私は今、バルアの街を散歩しながら、『昼食』をとっている。
屋敷の紺色の女の人に渡された、お金で買ったものだ。
串屋というところで、購入した。
具材はセルフサービスだったので、生野菜と、美味しそうなドレッシングをチョイスしてみたのだ。
これがもう、本当に美味しい!!
ああ、もっと買っておくんだった!!
いつの間にか、ノゾミの手に握られていた野菜の串はすべて、串ごと無くなっていた。
説明するまでもなく、一緒に食べてしまったのだ。
串にもドレッシングが染み込んでいたので、美味しくて食べてしまったようである。
よいこの皆は、決してマネしてはイケない。
「ああ、お腹いっぱい。 運動したいな・・・」
周りの住民は、ノゾミがこちらを向くたびにビクッと体を震わせているが、ノゾミは気がつかない。
彼女は今、腹ごなしに街を走って、五周ぐらいしようかと考えていた。
そのとき、街の喧騒の中から、怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
そこには、人だかりが出来ている。
気になったノゾミは、腹ごなしは後にして、人だかりを掻き分けて、これを覗いた。
「貴様! うちの品物を盗んだな!? 早く出せ!! そうでないと、警備兵団に突き出すぞ!!」
「何度言ったら分かる!? 俺はあんたの店の品物なんか、盗んじゃいない!!」
二人の男が、『盗んだ、盗んでいない』と、言い争いを続けていた。
辺りは人だかりが出来ており、注目の的となっている。
ノゾミは好奇心から、この二人がどうして言い争っているのか気になったので、聞くことにした。
本人たちに。
「ねえ、何があったの?」
「こ・・これは、領主様!! いえ、店先に並べていた魚が数匹、少し目を放した隙に無くなってしまったのです!! そのとき、目の前にはこの男がいました。 盗んだに違いありません!!」
及び腰で、ノゾミにそう説明する店主。
質問したノゾミは、そうなんだー、位にしか考えていなかった。
別に気に留めた様子もなく、ノゾミは、今度は容疑をかけられている男性に向き直った。
「盗んだの?」
「じょ・・・冗談じゃねえ!! 漁師が魚なんか盗むかよ!!」
こちらも及び腰で、釈明をする。
周りは、領主様が現れたとかで、さらに人だかりが大きくなっていた。
その中心で、う~~ん、と首をかしげるノゾミ。
が、そんな彼女の嗅覚に、何か気になるにおいが捉えられた。
魚、人間、それ以外。
そのにおいをたどってみることにしたノゾミ。
「ねえ、ここでちょっと待っててくれかな?」
突然の彼女のそんな発言に、『ああ・・・』と、生返事しか返せなかった二人。
途端にノゾミは、海のあるほうへと歩を進めた。
人壁になっていた街の住民たちも、彼女に道を空ける。
においの元は、そう遠い場所ではなかった。
だからノゾミも、ゆっくりとした足取りで、慎重に犯人と思しき匂いを残していった者の元へ、向かった。
住民たちの一部も、そんな彼女の意味不明な行動に、付いていった。
しかしそんな彼女の足が、ある路地裏で止まり、しゃがんだ。
住民たちが彼女のそんな行動に、首をかしげた。
すると・・・・
「ニャアア・・・・」
路地裏の小さな壁の穴から、小さな子猫が出てきた。
灰色のトラ猫で、生まれて間もないのか、その体躯はとても小さい。
そしてその猫の口には、魚の身の様な物がついていた。
微笑んだ顔を浮かべている領主のノゾミを傍目に、住民たちが壁の中を覗いてみるとそこには・・・
◇◇◇
「領主様。 金なんか要りませんよ。」
「ううん、私が好きにしたから、その迷惑料なの。 あと、出来たらあの猫ちゃんたちに魚を・・・。」
「そういうことなら、遠慮なく・・・ あんたも、疑って悪かったな。」
「なあに、ああいうことなら仕方ねえさ。 疑いだって晴れたしな。」
魚の犯人は、母猫だった。
どうやら、子猫たちの乳を出したくて、魚を盗んで食べていたらしい。
それを見つけたノゾミは、けんかをしていた二人のうち、店主のほうに、『お金は払うから、あの猫たちに魚を定期的に与えてほしい』と申し出たのだ。
実にノゾミらしいと言える。
微笑ましいものを見せてもらった彼は、そのお金を受け取ろうとしなかったが、やっと、折れた。
住民たちも、思いがけない犯人に、驚きと微笑ましさが入り混じった顔をしている。
この後、この街が別名、『猫の街』と呼ばれるようになった由縁は、この辺りにあったりする。
ごめんなさい、思ったより長くなったので、二部構成にします。