第95話・史上最悪の挨拶
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「カイト様。 今度は大丈夫でございますわね??」
「ああ。 『皆様、本日はお忙しい中、ご足労いただき誠にありがとうございます。 私は、この街の監督官を仰せつかった、大公のスズキです。 そしてこちらが、領主となる、ノゾミ伯爵です。』」
そう言って、ノゾミに右手のひらを向けるカイト。
ノゾミは、よく分かっていないのか、首をかしげる。
「行動などに少しの難がありますが・・・・ まあ、良いでしょう。 まもなく本番なのですから、決して、先ほどのようなことは無いようにしてくださいませ。」
「分かってるって。 猛特訓の成果は伊達じゃない!! もう、完璧だ。 俺に死角は無い!!」
疑わしげな表情を見せつつ、とりあえず追求はしてこなかったアリア。
当然である。
その猛特訓とやらが行われたのは、たったの三十分間だけなのだ。
死角が無いどころか、彼の挨拶に、大丈夫な点は見当たらないのである。
だが、いまさら言ってもしょうがない。
アリアは、一応彼を信じ、群衆の前へ送り出すこととした。
◇◇◇
「・・・・お・・・多い・・・・・ 多すぎる・・・・!!」
いま、彼はバルアの民衆の前でまさに、挨拶をするところであった。
そう、民衆の前で。
ベアルの35人どころではない。
数百人・・・下手をしたら数千人いるかもしれない群衆の前である。
この群衆を前に、カイトは一瞬にして覚えた挨拶の内容を忘れてしまった。
三十分の猛特訓とやらの成果は、大群衆の前に塵と消えた。
しかし、挨拶はすでに、彼ら群衆には必要なかった。
なぜなら・・・
「あれ、あの男のほう、この間街道で魔法を披露していたやつじゃないか?」
「本当だ。 ただの大道芸人かと思っていたが、あのなりからして、貴族様だったらしいな!」
「この場にいるってことは、新しい領主様はあの方ってことか??」
「こいつはいい!! 下手な傲慢ちきなバカ貴族がまた、来るよりよっぽどマシだぜ!!」
・・・予期せず、なぜか群衆には、カイトのことが知れ渡っていたようだったので・・・・
「え・・・あれ??」
カイトは、何が起きているのか、さっぱり分からなかったが、若干冷静さを取り戻したところで、挨拶を始めた。
「ええっと・・・ゴホン! 皆様、今日はお忙しい中、お集まりいただき、誠にありがとうございます。 私は、この街の監督官に任命された、カイトです。 えっと、大公してます。」
ここまで言って、一気に静まり返る群衆。
いま、はやし立てていたのが、この国でかなり上の地位たる大公様だったのだから、無理も無い。
しかも、領主ではなく、監督官。
監督官とは、領主を監視して事あれば完全に街の政治を取り仕切る、国王の次くらいにすごい役職である。
未熟な領主などに付く、そういう者だ。
そんな人間、この国には数えるほどしかいない。
この場で、カイトだけがそのことを知らなかった。
淡々と、間違え続けながら挨拶を続けるカイト。
「それでですね、こっちがノゾミといって・・・ あ、違った。 ノゾミ伯爵で・・・」
そうカイトがしどろもどろに、ノゾミを紹介しようとしたところで、その姿が無いのに気が付いた。
さも、そこにはもともと、誰もいなかったように・・・・・
「あれ? ノゾミ!? どこ行った??」
「大公様!! ノゾミ伯様が、顔を真っ赤にしながら王都に向かう城門のほうへ、走っていかれてしまいました!!」
息を切らしながら、騎士がそんな報告をしてきた。
説明しよう。
ノゾミは、この大群衆の前にすっかり気が動転してしまい、この場から全力で逃走してしまったのである。
ノゾミの正体を忘れていた、関係者各位の責任といえる。
「俺が連れ戻してくる!!」
「あ! お・・お待ちください!! 大公様ーーーーーーーーーーー!!!」
言うが早いか、カイトは騎士さんの制止の声も聞かず、全力で王都へと続く街道の途中に存在する、城門の方へと向かった。
予期せず、挨拶の舞台からは、アリアや護衛の騎士を除き、挨拶をすべき人間がいなくなってしまった。
すかさず、大爆笑に包まれる、バルアの群衆。
アリアが、すかさず代わりの挨拶のために舞台に立つも、この事態を払拭する事はかなわなかった・・・・・
◇◇◇
そして夜。
連れてきたメイドたちは、バルアの領主邸を、自分たち仕様に、改修作業に移っていた。
そして、カイトはアリアの前で、正座をさせられていた。
カイトを見下ろすその表情は、明らかに怒気がはらんでいた。
怖さは、ドラゴンの比ではない。
「カイト様? なぜ私が怒っているか、お分かりですね?」
「えっと・・・挨拶のセリフを言い間違えたからかな?」
そしてカイトは、いつも通りに火に油を注いだ。
「そんな事ではありませんわ!! あなたがノゾミを探しに行くと、舞台から姿を消してしまったことです!! 何を考えていたのですか、あなたは!!!」
顔を真っ赤にして、烈火のごとく怒るアリア。
「ノゾミがいなくなってしまったのは仕方がありませんわ。 それはこちらの注意不足でした。 ですが、どうしてそれをあなたは、追いかけたのですか!! あの場合、ノゾミを探すのは騎士の者たちです!! 主役のあなたがいなくなってしまっては、どうともしようがありませんのよ!?」
「ご・・・ごめんなさい。」
毎度のごとく、アリアに土下座をかますカイト。
だが、アリアの怒りはまったく収まらない。
「あの後、他の者たちがどれだけ事態の収拾に苦労したか、それを理解するまでは今日は寝させませんわ!!」
さーっと、血の気が引くカイト。
これは、朝までお説教の合図である。
打開策は無いかと考えるが、何も思いつかない。
逆に、そんな挙動をアリアに敏感に察知されてしまった。
「まったく反省しておられないようですわね!? いいですわ。 私が、あなたのそのおバカな頭を、根本的に治して差し上げます!!」
後日、バルアでは、『あの日の夜、領主宅から時折、誰かの悲鳴が上がり続けた』と、もっぱらの噂となるのだった・・・・
カイト君、誰かをお忘れではありませんか?
by山脈近くの森




