終わりと始まり
「結局のところ、私たちはまだ未熟だということなのだろうな」
放課後のふしぎ発見部。
机を挟んで対面に座る月紫部長がそう言葉を漏らした。
「何がですか?」
「全てだ。いや抽象的な意味ではなく、あの時君が悟りかけて 全と繋がりそうになっただろう」
「ああ。自分でもなんでそうなったのかよく分からないですけど」
本当に、悟ろうと思ってたわけでも苦行重ねてたわけでもない人間が何故いきなり悟り始めているのか。
まあ深海さんが言っていたことが本当なら、俺の目は神羅万象の流れを視るものであり、その流れを視過ぎた結果始まりと果てである『全』まで視そうになったらしいが。
「そのイメージは私も受け取ったが、イマイチ実感が湧かないというかだな。私たちの怒りも喜びも悲しみも苦しみも、確かに全からすれば一瞬のことなのだろう。だがだからと言って目の前のそれを切り捨てられるかと言えば別で、だから私たちは全に繋がりながらも欠片も悟れなかったのだろう」
「ああ」
確かに理解はしてもそれとこれとは別だというか。
俺が本当に悟っていたのなら、斎藤さんを救うことすらあきらめていたかもしれない。
いや俺の勝手なイメージで、悟った人でもあそこは斎藤さんを救うのかもしれないが。
「だが同時に私はそれでいいのだと『悟った』。私たちは英雄でも救世主でもないただの人間で、多くを望むべきではないのに望んでしまう只人だ。だからこそ足掻けるのだと」
「同感です」
つまりは月紫部長も俺も、悟るきっかけを与えられてもそれを跳ねのけてしまう俗人なのだろう。
しかし後日そう深海さんに漏らしたら「いや君下手な修行僧より極まってるよ」と言われた。
解せぬ。
「こんにちはー。って私が最後? 二人とも早いわね」
そんな話をしていたら、七海先輩が元気よく挨拶しながら部室へと入ってくる。
「早いわね」という言葉がどこか不満そうなのは気のせいではないだろう。
斎藤さんの件に自分だけ関われなかったと後から知り「私だけ仲間外れ!?」と愚痴ってから、また俺と月紫部長だけで突っ走らないかと警戒している節がある。
俺が来るまでの間、反応が薄い斎藤さんに構ってたのは七海先輩だったのだ。
多分この部室に居た斎藤さんが自我に目覚めたのは、単に俺が来たからだけではなく、以前から七海先輩がコミュニケーションを取ろうとしていた結果だと思う。
「……」
そんなことを思いながら部室の端を見たが、以前なら俺の背中にひっついているか隅っこで体育座りしていた斎藤さんの姿はない。
そのことを少し寂しく思っていると――。
「ああ。みんなもう来てるね」
部室の扉が開き、一人の女性が姿を見せた。
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「……だから霊に対しても普段から話しかけたりケアをすることで防げる霊障もあるんだよ。もちろん話しかける相手は選ばないと逆に怒らせちゃうけどね」
「へー。何でも予防は大切なんですね」
そう説明する斎藤さんに「流石斎藤さん」と素直に感心した様子で頷く七海先輩。
そんな七海先輩の賛辞に褒められるのに慣れていないのか、斎藤さんは困ったような笑みを浮かべる。
スーツ姿の斎藤さんはまだ服に着られているといった感じで見た目は教育実習生みたいだが、実際扱いとしては臨時の教師に近いらしい。
何で斎藤さんがここに居るかというと、あの事件の後に斎藤さんの扱いにもめるどころか、深退組の長である宮間さんが謝罪と反省しまくったことに端を発している。
才能だけならそこらの退魔師の跡取り顔負けの人材をふしぎ発見部という箱庭に隔離したまではよかったのだが、その後はろくに指導もせずぞんざいな扱い。
その上で深退組に勧誘もできず一般社会に放逐してしまったのがそもそもの間違いだったと深く反省し、今後同じことがないようにふしぎ発見部にちゃんと指導ができる人材を置こうという話になったらしい。
そこでその指導員にぞんざいな扱いの被害者である斎藤さんを持ってくるのはどうなのかと思われたが、被害者だからこそ分かることもあるし、現在のふしぎ発見部の面々は「ケアいる?」と首を傾げるような人間ばかりなので試験も兼ねてそうなったらしい。
斎藤さんの扱いには慎重になっているが、現ふしぎ発見部の部員である俺たちへの扱いがぞんざいなことに強く抗議したい。
いや実際ほったらかしでも大丈夫だろうけど俺含めて。
「ふむ。なんでもかんでも除霊するのは場に悪いこともあるからな。斎藤先生のような人材が増えるのはいいことだろう」
「そうそう。片っ端から除霊してると霊的な空白地帯ができるから、調整することも大事だよ」
で、打つと響くような会話をしている月紫部長だが、こっちはこっちで卒業後は斎藤さんと同じくふしぎ発見部の指導員になる予定らしい。
ついでに今まで曖昧だった顧問も正式に決めることになり、堂本先生ことどうもこうもが就任したとか。
将来退魔師になるかもしれない人材集めてる部の顧問が妖怪でいいのか。
いや人間としての戸籍も教員免許もあるから法的にはなんの問題もないんだろうけど。
「それで深退組から回ってきた相談でね。毎晩川から赤ん坊の泣き声がして不気味だから調査してほしいんだって」
「川で赤ん坊というと川赤子か。水辺の妖怪は悪さをすると危険だし、早めに対処した方がいいな」
「川赤子……河童の仲間ね!」
そして深退組との連携も今後は密にしていくらしく、この手の危険度が低そうな依頼が頻繁に回ってくるようになった。
……いやこれ危険度低いか?
俺たちならともかく一般人に毛が生えた程度なら下手すりゃ水の中に引きずり込まれるやつだぞ。
そんなことを考えている時点で自分が一般人から完全にはみ出していることにちょっとショックを受けた。
いや月紫部長なら「何を今更」とか言うだろうけど。
「どうした望月? 行くぞ」
「大丈夫望月くん? どこか悪い」
行動が遅い俺に月紫部長と斎藤さんが声をかけてくるが、斎藤さんに無理をしている様子はないし、月紫部長とギスギスしているような兆候もない。
完全に立ち直っているように見えるが、そうなったのは俺が骨を折ったからではなく、大人たちがそうなるように場を整え対応してくれたからだ。
深海さんにあれだけ抗っておいて最後は人任せ。
そのことに不甲斐なさを感じるが、それが今の俺の限界で、そしてそれを踏まえて前を見るべきなのだろう。
もし今後同じようなことが起きるなら、今度は俺自身がかつての俺や斎藤さんのような「誰か」の助けになれるように。
「いえ。すぐ行きます」
二人に返事をしてふしぎ発見部を後にする。
誰も居なくなった部室には、四つの椅子が並んでいた。
これにてふしぎ発見部のお話は終わりとします。
書きたい妖怪のネタがたまったら日常話幾つか書くかもしれませんが、前回の停止期間が三年だったのでお察しください。