えげん
「そろそろ自重した方がいいと思うの」
「何だ藪から棒に」
放課後のふしぎ発見部。
珍しく用事があるからと時男が部活に出てこなかったため二人きりとなった部室にて、神妙な顔をして言う七海に、月紫は呆れたような視線を向ける。
もう一年以上の付き合いだ。彼女がこういういかにも重要そうに話を切り出すときは、大抵くだらないことだと月紫は知っている。
だが実際に七海の口から出たそれは、以前の月紫なら確かにくだらないと切り捨てるものだったが、今はすこしばかり間が悪かった。
「嫉妬するにしても、もう少し可愛く嫉妬しなきゃ」
「……何の話だ」
くだらない。実にくだらないと思いはしても、実際の所は月紫自身らしくないと思っていたのでそれを口にはできなかった。
「トキオくんのことよ。少し他の女の子と仲良くしただけで機嫌悪くして。恋人ならまだしも、告白すらしてないのにあの反応は図々しいと思うわよ。女の嫉妬が可愛らしいのなんてお話の中だけで、実際に行動まで制限されたら迷惑なだけよ」
「待て待て待て待て。一つずつ確認させてくれ」
そう言いながら頭を抱える月紫を見て、七海は「あら?」と首を傾げる。
「その様子だと自覚はあったのかしら」
「あると言えばあるが……。これは恋か? 恋と言うのはもっと炎のように燃え盛り、自分でも制御できないものではないのか?」
「そんなこと聞かれたの人生初だわ」
真剣な様子で言う月紫に、もしかしてこの子実は物凄くロマンチストなのではと思う七海。
普段の中二病全開の言動といい、夢見がちなのは確かだが。
しかしそんな予測は次の言葉で吹き飛んだ。
「ガンコナーに操られたときの衝動とは比べ物にならないのだが」
「はいちょっと待ってー。比較対象が間違ってるから待ってねー」
とんでもないことを言いだした月紫に今度は七海が頭を抱える。
どうして操られていたときと比較するのか。どう考えても偽物の感情だろうそれは。
「む? 操られていたとはいえ恋という感情であることには間違いないだろう?」
「欲求不満なときと媚薬盛られたときを比べるくらい間違ってるわよ」
「……何だその例えは」
納得いかない様子の月紫だが、むしろそれは七海の方だ。
ガンコナーの話は知っていたし、月紫が操られたという話も聞いたが、まさかこんな後遺症が残っていたとは。
しかし考えてみれば、ガンコナーに恋した少女はそのまま死ぬまで恋焦がれ続けるという、ある意味強力な呪いだ。
月紫の言っている通り、普通の恋とは比べ物にならない強い感情が湧き起こったのは事実なのだろう。
問題はそれが普通ではないと判断できるほど、月紫に恋愛経験がなかったことだろうか。
「比較対象がおかしいのはともかく。部長かなりトキオくんのこと好きだと思うわよ。普通あそこまで執着しないでしょうし」
「……弟分を可愛がるようなものでは? 日向が望月に構っているのもそうだろう?」
「もしかしてそう思ってたから私は嫉妬の対象になってなかったの?」
どうやら月紫の中では、この部の三人は仲良し三姉弟だったらしい。
これは自覚させるのに時間がかかりそうだと、七海は痛んできたこめかみをぐりぐりと指で押す。
「どっちかに自覚があればもう少し楽なのだけれど」
自分と月紫が卒業するまでに解決するだろうか。
そんな不安を感じ始めた七海だった。
・
・
・
「よく来たね。俺と会うとは誰にも言ってないね?」
「はい。って、聞かなくても分かるでしょう」
「言われて気付くこともあるかもしれないだろう」
そう言って笑う深海さんだが、相変わらず本人は何考えてんだか分からない人だと思う。
俺は今二神流の道場に居る。
突然電話も使わずに、頭の中に深海さんからのメッセージが飛び込んできたからだ。
しかも誰にも知らせるなと念を入れた上で。
「何か悪だくみでもしてるんですか」
「その通り。何せ羅門に心を読まれないのは俺と君だけだからね。つまり俺と君だけでやらねばならないことがある」
そう深海さんはいつもの柔和な笑みを消して言う。
羅門の裏をかく。ならその目的は。
「犬笛の本拠地が分かった。郊外にある大きな社員寮付きの工場の敷地内だ」
「工場?」
「うん。まったくノーマークだったんだけど、調べてみれば出るわ出るわ。血族で固まってるカルトが経営してる会社だったよ。そういうところは完全に身内で回ってて中々表に情報が出ないから、きっかけがないと気付けないんだよね」
「うわあ……」
カルトとは言っているが、誰一人抜けようともせず完全に洗脳状態ということは、かなり年季の入った集団なのでは。
というかもしかしてあの見ただけでヤバいと分かるおおかみ様拝んでるのか。正気か。
「もうヤバいよ。思想が反社会的でこっそり重火器まで集めてるし」
「ヤバいの方向性が思ってたのと違う」
「いや実際問題困るんだよね。カルトとはいえそういう武器を必要とする。要するに術とか使えるわけじゃない一般人なわけだ。退魔師が出張る案件じゃない。でも確実に犬笛という術者が背後に居る」
確かに相手もオカルトで来るならともかく、銃撃されたら退魔師でどうこうできる状態ではないだろう。
いや目の前の人はマシンガン乱射されても全部斬り落としそうだが。
「まあ法的な意味でヤバいことやってる証拠はあるから。一般の構成員の制圧と確保は警察に任せて、深退組は相手がオカルトな手段に訴えるまでは待機だね」
「というのは表向きで、俺と深海さんが裏で動くと」
「その通り。と言ってもそれくらい羅門も読んでるだろうしね。だからそれ以上何かしないように、俺は羅門を直接おさえに行く」
「深海さんは?」
じゃあ俺はどうするのか。もしかして別行動なのか。
しかし深海さんはそんな疑問には答えずに、予想外のことを口にした。
「斎藤一二三……君のよく知る斎藤さんだけどね。東京の学校に進学したのは本当だったみたいだけど、行方不明になってたよ」
「え……」
斎藤一二三。ヤンキーさんがひーちゃんと読んでいた斎藤さんの元となった人物。
行方不明というのはある意味納得だ。何せ状況的に犬笛に利用されているのは間違いないのだから。
しかし犬笛の件と言い、この場でそれを口にするということは。
「犬笛を見つけたおかげでその子の居場所も分かった。彼女は君に任せるよヒーロー」
そう言って、深海さんは素人にとんでもない役目を押し付けて来た。