犬も食わない2
探してない時は見つかるのに、探しているときは見つからない。
そういう経験は誰しもあると思うのだが。
「やっと見つけたし! 昨日はよくも逃げたなあ!」
「うわー……」
探し始めて五分と経たないうちに、昨日の女子高生(仮)が突撃してきた。
月紫部長と七海先輩は少し離れたところを付いて来ているのだが、まずは事情を聞きたいのでしばらくは静観してくれとお願いしている。
あのフリーダムな月紫部長がどこまで我慢してくれるか怪しいが。
「妖怪だとバレてるのに何で来るんだよ。俺がこの辺の妖怪の元締め(不本意)だからか?」
「う!? い、いや単に私好みというか……」
そう慌てたように言い訳をする女子高生だが、そのせいで月紫部長の霊力が膨れ上がり圧力がかかった。
いかん。一刻も早く本題に戻さないと俺まで命が危ない。
「そうやって俺を誑かして乗っ取ろうってところか」
「いやいやいや!? そんな大それたこと考えてないし!?」
「はい?」
俺の言葉にさらに余裕をなくし否定の言葉を放つ女子高生だったが、その頭上で「ぽふん」と何か間の抜けた音がした。
「……狐か」
「え……? ああ!?」
音の発生源を見れば、そこには女子高生の髪と同じ色の毛で覆われた狐耳が。
いや狐の耳とかそんなによく観察したことないから恐らくはだが。
少なくとも狸のような丸っこいそれではない。
「ち、ちが! これはコスプレで!」
「おまえが妖怪だってことくらい見抜いてるって最初に言っただろ」
「そうだった! ああ! ちょっと待って尻尾まで!?」
「……」
俺の指摘にごまかす意味がないと理解し気が緩んだのか、さらにぽふんと音を立てて出てくる狐の尻尾。
大丈夫かこいつ。ほぼ自爆で文字通り尻尾を出してるぞ。
「て、撤収ー!」
「あ」
そして両手で頭を隠しながら、踵をかえして逃げていく狐な女子高生。
結構速いな。自転車なしで追いつくのは無理か。というか耳はともかく尻尾出しっぱなしなのはいいのか。
「チッ。逃がしたか」
「惜しかったわねー」
そして入れ替わるようにやってくる月紫部長と七海先輩。
どうやら逃走防止に結界を張ろうとしたが、寸前で逃げられたらしい。
もっと会話で時間を稼ぐべきだったか。いやでもあっちがかってに正体晒して逃げただけだしなあ。
「でも乗っ取りに関しては否定してたわね。なら本当にトキオくん狙いかしら」
「やはり抹殺すべきか」
七海先輩の推測のせいで月紫部長の殺意が上がった。
未確定情報で殺害に至るのはよくないと思います。
「あんなあからさまな言い訳が本当なわけないでしょう。俺が妖怪の元締め(非常に不本意)だからかと聞いたら動揺してたし、乗っ取りとはいかずとも何か企んではいるんじゃないですか」
「トキオくんノリが悪いわね」
「命かかってるのに悪ノリできるか」
いやマジで。
別にまだ悪事を働いたわけでもないのに、あの狐が殺されたりしたら目覚めが悪い。
「いや違うぞ!? 抹殺と言うのは社会的なそれというか本気ではないぞ!?」
「トキオくん妖怪相手にも優しいわよねー」
そう言ったら何故か慌てだす月紫部長と、何やら納得して頷く七海先輩。
なにこの反応。というか妖怪相手に社会的抹殺って何。どうやるの。
「それに妖怪社会の問題ならあいつに聞いた方が早いでしょうし」
「ああ。あの」
「傘差しー! いるかー!?」
そういうわけで、最近便利屋扱いな傘差し狸を呼んだのだが。
「……あれ?」
「来ないな」
全く現れる気配がない。
忙しいのか。それとも聞こえなかったのか。
そう思い、もう一度名前を呼ぼうとしたのだが。
「……おにーさーん!」
「あれ?」
どこかから変声期前の高い男の子の声が。
見れば道の向こうから、赤殿中が狸に乗ってこちらへと駆けてきている。
何その俺でも乗れそうなでかい狸。
「か、かわいい!」
「先輩。ステイ」
そしてそんな赤殿中を見てテンション爆上がりしてる七海先輩。
あとで好きなだけ撫でていいから今は落ち着け。
「こんにちはー。傘差しさんが忙しいから代理できました!」
「お、おう。ありがとう」
そうして俺のところまで辿り着き、輝くような笑顔で言う赤殿中にとりあえず礼を言っておく。
というかマジで何その乗ってる狸。化けてるのかそれとも元からそんな大型犬並みのでかさの狸がいるのか。
「って、傘差しが忙しい?」
「衝立……亀太郎さんと言い争ってました」
「珍しいな」
傘差し狸はあまり自己主張しないというか、やりたいことがあっても気付かれないように亀太郎を誘導しそうだが。
「狐がどうのこうのって」
「はい?」
「そのことで相談があるのよー!」
「……はい?」
このタイミングで狐。
もしやと思ったら、それを読んだように聞き覚えのある声がかけられる。
「バロウ狐……とさっきの」
「この子はサンちゃんでいいのよー。この子が一人で突っ走っちゃったからみんなでお詫びも兼ねて来たのよー」
「みんなって……うおおお!?」
「これは」
「あらあら」
俺の疑問に答えるように、四方八方から走って集まってくる狐集団。
どういうことだ。この街狸だけじゃなくて狐もこんなにいたのか。
住宅街に近い細道とはいえ、完全に道を塞ぐほど居るぞ。
「とりあえずサンちゃんのこと謝るのよー。私たちがどうしようかと悩んでるのを見て、まだ未熟なのにどうにかしようと若さゆえの過ちなのよー」
「ご、ごめんなさい」
「いや、それはいいけど」
狐耳と尻尾が出たままなのは隠さないのか。
もしかしてまだひっこめることができないのか。それなら確かに未熟だが。
「おまえらが悩んでて何で俺をナンパするという方向に?」
「総大将に私たち狐の良さを知ってほしかったのよー」
「その呼び方やめい」
ますますぬらりひょんぽいじゃねえか。というか何故俺に狐の良さを知ってほしいとかいう話に。
「総大将が狸好きすぎて狐が冷遇されてるからなのよー」
「その認識どっから湧いた!?」
確かに俺の周りに狸は多いが。俺は狸大好きになった覚えもなければ、狐を冷遇した覚えもねえ。
「僕もそう聞いてますよー」
「そういえば傘差し狸と亀太郎が狐のことで言い争ってたのよね」
「なるほど。傘差しなら望月が優遇するほど狸好きでないことくらい分かっているだろうしな」
そう赤殿中の言葉を聞いて言う七海先輩と月紫部長。
つまりこの騒動の発端は……。
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「あ、ぼっちゃん。ちょっと待って下せえ。今傘差しの奴と会議中でして……」
「人の名前使っていじめみたいなことやってんじゃねえ!」
「ふごぉっ!?」
自宅近くに居た亀太郎を発見し、全力で短木刀で殴っておいた。
結界刀で斬らなかっただけありがたいと思え。
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「おやまあ、バレましたか。こんなくだらないことで貴方を煩わせることもなかろうと、こちらで処理しようと思っていたのですが」
「俺の風評被害に繋がるから今度から早めに報告してくれ」
相変わらず飄々とした様子の傘差し狸。
まあこいつのことだから、俺の亀太郎への信頼が揺らぐと、この街の妖怪たちのパワーバランスが崩れるというところまで考えて報告しなかったんだろうけど。
「亀太郎。今後はこういう私情は出さずにやれ」
「……へ? うちはクビじゃないんですかい?」
「おまえが始めたことだろうが。責任もって最後までやれ」
いやマジで。俺は妖怪集めて勢力広げろとか一言も頼んでないからな。
今更俺に本当に総大将やれとか言い出したら即日解散させるぞ。
「は、はいっす。ぼっちゃんの期待に応えられるようこの亀太郎全力を尽くしますとも!」
そう張り切って言う亀太郎だが、不安だ。
そもそもこいつが俺の意を汲めるやつなら、百鬼夜行とか結成したりしてないだろうし。
「……また何かやらかしそうなら報告してくれ」
「了解です」
なので傘差しの方に釘を刺しておく。
こいつはこいつで何考えているのか分からないが、相互利用ができる内は裏切らないだろうし。
こうして一応騒ぎは収まったのだが、何故か俺に深く感謝したという狐のサンが度々俺の家を訪れるようになった。
結果亀太郎と鉢合わせし、勃発する冷戦。
まあ冷戦で済んでるだけでも以前よりマシな状態なのだろうが。
「総大将さん私よりも自覚ないのに執着心が強い人の心配した方がいいと思うよ」
「マジかよ」
サンにそんなことを言われ、そういえば同じようなことを橘にも言われたなと思い出す。
え? あの人のあれ執着心なのか? 弟子に対するアレそれではなく?
とはいえ本人に聞くわけにもいかないし、どうすればいいんだと悩むことに。
いや本当にどうしよう。