犬も食わない
たまーに変な妖怪を見かけるものの平和な日常。……日常?
ともかく最近はふしぎ発見部の活動でも妖怪に遭遇することも少なく、平凡な生活を送っていたのだが。
「望月。最近幽霊とか妖怪増えてないか?」
放課後になり教室を出ようとしたら、新田が不穏なことを言いやがりやがった。
「……おまえついに見えるようになったのか」
「いや俺じゃないよ!? 瓊花が言ってたんだよ!」
「あー国見さんか」
野球部のマネージャーなのでふしぎ発見部には入らなかった国見さんだが、素質だけで言えば俺や七海先輩より高いらしい。
その国見さんが感じてるとなると本当にそうなのか。
俺の家は常時妖精とか狸が入りびたってるし、学校は学校で妖怪フェスティバルだからそこまで気にしたことなかったな。
「心配だからって俺の家にまで結界張ってくれて」
「国見さん結界張れるのかよ」
俺みたいに荒行してるわけでもなければ月紫部長の指導時間も短いのに、何でそんな成長してるの。
やっぱり俺術には向いてないのか。
「というか国見さんが守ってくれてるなら安心じゃないか」
「その分最近一緒に居る時間が長くなって」
「喧嘩売ってんのか」
惚気でも愚痴でも万死に値するぞその言い様。
そう言ったら何故か呆れたような目で見られた。
解せぬ。
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トキオくんって結構人外に好かれるわよね。
そう七海先輩に言われたことはあるが。
「ねえお兄さん。ちょっと一緒に遊ばない?」
流石に人外からこんなベタでストレートなナンパをされるのは予想外だ。
学校からの帰り道。いつも通り自転車をえっちらおっちらとこいでいると赤信号にひっかかり、大人しく青になるのを待っていたのだが、そこにかけられた声がさっきのそれだ。
声をかけてきたのは、見た目は金髪に染めた派手な女子高生。しかし一目見た瞬間にその姿がブレたので、何かが化けているのは間違いない。
しかし見慣れた狸のそれとはどこか違うというか。
美女に化けると言えば以前月紫部長も言っていたサキュバスだが、アレは夜に来るものだし。
まあ何が化けてるにせよ、今は学校からの帰りでこんなのに付き合っている暇はない。
「普通放課後は暇じゃない?」
「俺一人暮らしで家事で忙しいんで」
嘘である。
いや少し前なら本当だったのだが、最近はシルキーが全部やってしまうので暇なのは間違いない。
しかも俺が家事やろうとすると仕事を取るなとばかりに機嫌悪くなるんだよなあ。
自分の部屋の掃除は死守したけど。
「なら私が手伝うし!」
「ええ……」
ある程度しつこいのは予想していたが、食い下がり方が予想外だった。
おまえそのいかにも遊んでそうで家のことなんて母親に任せっきりっぽい見た目で家事手伝うって。
もう少しキャラ設定練ってから来いよ。
「アンタが予想以上に枯れすぎだし! 何でさっきから胸元開いて見せてんに無反応なのさ!?」
「いや、どうせ偽物だろうし」
「人化してるけど胸は自前だー!?」
化けてるの自白してるし。
しかし自前とは。傘差し狸といい、人に化ける時って誰かを真似してるわけでなく、それぞれデフォルトの人間の姿でもあるのかもしかして。
「じゃあ俺忙しいんで」
「あ、待ちなコラァ!?」
信号が青に変わったのを見計らい、全力で自転車をかっ飛ばして逃げる。
幸い身体能力は人間と同程度らしく、あっさりと引き離して逃げることに成功した。
しかしあの勢いからしてまた絡まれそうだな。
どうしたものか。
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「抹殺すべきだな」
「抹殺すべきね」
次の日の放課後。
昨日妖怪に絡まれた報告したら、先輩二人から殺害予告が放たれた。
何でだよ。いつものならまず調査だろ。
「しっ! 今の部長はものすごく不機嫌だから逆らっちゃダメよ」
「さっきまで普通でしたよね?」
どうやら七海先輩は月紫部長に乗っかっただけらしく、冷静にそんな意味の分からない忠告をしてくる。
いやマジで何でいきなり月紫部長の機嫌が悪くなる。
「それはトキオくんが自分で考えて気付かないとダメよ」
「えー」
いや一応予想はつくが、それいくらなんでも俺に都合が良すぎないか。
間違ってたら恥ずかしいどころの話じゃないし。
「でも化けてるのに狸ではなかったのよね。なら近いところで狐……おさん狐かしら」
「おさん狐?」
※おさん狐
美女に化けて男に近付く主に西日本に伝わる妖怪。
名前の通り正体は狐であり、女に化けて男を騙すというイメージ通りの典型的な「女狐」。
また痴話喧嘩が好きであり、狙うのは主に妻や恋人持ちの男だとも。
「俺は妻も恋人も居ませんよ」
「そこは微妙だけれど、必死さからして何か別の狙いがあるんじゃないかしら。トキオくんを落として百鬼夜行の長に成り代わるとか」
「まず俺はぬらりひょんじゃねえ」
例え退魔師組合に公認されようともそこは譲れない。
俺はちょっと特殊な能力があるだけのただの人間だ。
「いや見鬼と結界刀までならまだしも、空間自力で飛び越えておいてただの人間名乗るのは無理があるだろう」
「いい方向に考えても仙人に片足つっこんでるわよね」
俺はぬらりひょんな上に仙人だった……?
いやでもアレは火事場の馬鹿力みたいなもんで、今は空間斬って飛んだりできないし。
「追い詰められればできるという時点でおかしいだろう」
ぐうの音も出ない。
もういいや。別に仙人もどきになったからって寿命まで延びたりしないだろうし。
「さて。では狩りに行くとしよう」
「部長ー。事情聴取くらいはしてあげてね」
やはり七海先輩は乗っかっただけで殺意はないらしいが、肝心の月紫部長を抑える気がまったくねえ。
まあ俺の方でストレートに事情を聞いて、悪気がなさそうなら逃がすか。
そう密かに考えながら昨日おさん狐らしき女子高生と会った場所に向かった。