口裂けと首切れ3
「はい。分かりました」
俺が走りすぎて吐きそうになっている間にも事態は動き、そろそろ首切れ馬を目的の神社へと追い込めそうなところまで来たらしい。
夕食をたべていたら間違いなく戻していた。むしろこの後夕食たべても大人しく胃の中に収まってくれるだろうかコレ。
「通行規制をした誘導用の道路に追い込めたらしい。後は道沿いに追い立てるだけだそうだ」
「さらりと言ってますけど道路一本丸々封鎖できるっておかしくないですか?」
「宮間家だから仕方ないわね」
何でだよ。
お嬢様っぽい七海先輩がそう言うってことは、もしかして今でも表舞台での権力残ってるのか宮間家。
そんな家の当主に目をつけられてるのか俺。
「よかったわねトキオくん。将来安泰だわ」
「よほど散財しなければ収入もいいしな」
「肝心の仕事内容が安泰から程遠いんですが」
むしろデンジャラス。
悪霊や妖怪とどつきあうお仕事とか人様にも説明し辛いし、俺はもっと健全な職に就きたい。
「それにしても神社に追い込むって、やっぱり首切れ馬が祀られた神社なの?」
「そうだが。何か問題が?」
「うーん。確証はないんだけど。見に行ってもいいかしら?」
「まあ退魔師たちの邪魔をしなければ大丈夫だろう」
そう何やら不穏なことを言う七海先輩。
大丈夫か。妖怪関連の七海先輩の勘って結構当たるんだよなあ。
まあ仮に何か起きても深退組の退魔師たちが何とかするだろうし、ここまで関わっておいて結末を見ないというのも落ち着かない。
そういうわけで首切れ馬とその主が祀られているという神社に向かったのだが……。
「うわあ……」
「大混乱ね」
馬が大暴れしていた。
いや。首切れ馬自体は神社の入口の鳥居のすぐそばまで来ているのだが、何故かそこから中に入ろうとせず、後ろから追い立てる退魔師たちを狙って後ろ脚を蹴り上げている。
追い立てるために仕方ない一面もあるのかもしれないが、馬相手に後ろに立ったら駄目だろ。
「あらあら。やっぱりこうなったわね」
「日向はこれを予想していたのか」
「ええ。微かに感じた霊力に違和感があったもの」
「違和感?」
そう言われて改めて首切れ馬を霊視してみると、なるほど確かに本来の居場所に戻ろうとしているはずなのに、首切れ馬と神社に波長の違いのようなモノを感じる。
そのせいで入るのを嫌がっているのだろうか。
「それに神社まで建てられて大人しくなった首切れ馬が、突然徘徊し始めたというのが違和感があったし。何より同時期に口裂け女が……」
「私がどうかしましたか?」
「はい?」
突然背後から女性の声が聞こえて来たので三人して振り向けば、そこには白いマスクをつけた長い黒髪の女性が。
ただしそのマスクは使い古されてよれよれで小さくなっており、端から裂けた口がはみ出している。
これが中里の言っていた口裂け女か。
しかし何でこのタイミングでこの場所に。
「あら、すいません。私のことかと思ってお声をかけたのですが」
「いや。貴女のことで合ってはいるんだが……」
謝りながら頭を下げてくる口裂け女に、珍しく月紫部長が戸惑い気味に言葉を返している。
それも仕方ないというか、何だこの丁寧な物腰の口裂け女は。
定型の問いかけもしてこないし、本当に口裂け女かコレ。
「あらあら。マスクがボロボロね。私の予備で良ければ使うかしら?」
「あら。ありがとうございます。大きいサイズのものがあまり売っていなくて」
「ええ……」
何で七海先輩はマスクの予備持ち歩いてんだとか、素直に受け取るのかよとつっこみたいがつっこめない。
それにその姿。
一般的に想像される口裂け女のような白い服ではなく、朽ちて裾が擦り切れた黒いドレスのような衣装を纏っている。
ドレスを着た口裂け女なんて聞いたことがない。それにこの霊力は妖怪とかその手のものというよりは……。
「危ない! 逃げろ!」
「はい?」
今度は男性の退魔師の声が聞こえてきて振り向けば、そこには退魔師たちの制止を振り切りこちらへ向けて疾走する首切れ馬の姿が!
何やってんだプロだろきっちり仕事しろ。
「オン・マリシエイ……」
「あ。大丈夫ですよ。ちょっと失礼します」
「は? ちょっと!?」
流石というべきか月紫部長が即座に結界をはろうと真言を唱え始めたのだが、それを遮り俺たちの前に出る口裂け女。
その間にも迫る首切れ馬。
このままでは口裂け女が真っ先に撥ね飛ばされる。そう思いながら身構えたのだが。
「……あれ?」
「おーよしよし。寂しかったのは分かりますが、勝手に居なくなったおまえの自業自得でしょう。少しは落ち着きなさい」
首切れ馬は口裂け女にぶつかる寸前で慣性を無視したように止まり、その切れた首を甘えるように口裂け女にすりつけている。
何だコレ。何で首切れ馬が口裂け女に懐いている?
「ふっふっふ。つまり口裂け女と首切れ馬だと思ったのは私たちの勘違いで、この一人と一体は一つの存在――妖精デュラハンだったのよ!」
「なんだってー!?」
ドヤ顔で言い放つ七海先輩に少しイラッとしたが素直に驚いておく。
いや割とマジでよく早い段階から気付いたな七海先輩。
※デュラハン
アイルランドに伝わる死を予言する首がない妖精。
その姿と性質からアンデッドとして扱われることも多い。
主に頭のない騎士の姿で描かれるが女性とされる伝承もあり、その場合頭は小脇に抱えられ、耳まで裂けた口は恐ろしい笑みを浮かべているとされる。
また首のない馬の引く馬車に乗っていることも。
「え? 本当にデュラハン?」
「はい。これでいいでしょうか」
俺の疑問の声に応えるように、両手で自分の頭を持ちスポッと引っこ抜く口裂け女改めデュラハン。
そんなあっさり抜けるのかよ。
「慣れない土地ですし騒ぎを起こすまいと首を固定し口も隠していたのですが、この通り口に合うマスクが見つからず。それでコンビニで良いマスクはないかと探していたら、この子がどこかへ行ってしまって」
「あ、すいません。それ多分知り合いのせいです」
デュラハンがコンビニでマスク探してるのにもつっこみたいが、中島が追いかけられた件が実は元凶だと分かったので一応謝っておく。
主人ほっぽり出して追いかけるとか、そんなにからかい甲斐がありそうだったのか中島。
しかもその後はぐれたまんまだし。
「そちらの方々もこの子を追いかけてくれてありがとうございます。おかげで合流できました」
「えー……あー……ちょっと待ってくださいね」
そう言って困った顔をしながら携帯を取り出し、恐らくは宮間さんに連絡する退魔師の男性。
そりゃ困るだろう。このあとどうすんだこのデュラハン。
「はい。了解です。……この件は望月さんに一任するそうです」
「なんでだよ!?」
呑気に眺めてたらまさかのスルーパスに反射的につっこむ。
仕事しろよプロ。
「ああ、今やこの街の妖怪社会に一番近いのは望月だからな。退治するならともかく友好的な相手なら確かに望月向けだ」
「流石妖怪の元締めやってるだけのことはあるわね」
「締めた覚えがないんですが!?」
全力でつっこむが男性退魔師や他の退魔師たちまでうんうんと頷いている。
え? もしかしてプロの間でも俺そういう認識なの?
退魔師組合公認でぬらりひょんなの?
「では、しばらくこの街でお世話になります。騒ぎは起こさないようにしますので」
「是非そうしてください」
色々と言いたいことはあるが、デュラハン自体が大人しそうなのでもうここは強引にでも話を終わらせておく。
実際デュラハンはこの後も騒ぎを起こすことなく街に滞在していた。
しかし七海先輩からデュラハンは目撃者の目を鞭で叩き潰したり、桶に入った血をぶっかけてくると聞き、どうかそのままずっと大人しくしてくれと願った。