口裂けと首切れ2
口裂け女らしくない口裂け女の捜索。
どうせそんなに危険性もないしすぐ見つかるだろうと楽観していたのだが……。
「何で見つからないの!?」
「何でですかねー」
全く見当たらない。
目撃者である中里の話も聞いて現場から徐々に範囲を広げているのだが、もう一キロ圏内は探したのに見つからず完全に陽が落ちてしまっている。
住宅街が中心なので以前のぬっぽり坊主のときより明るさという点ではマシだが、それでも夜道を高校生が徘徊してるって怪しすぎるだろ。
それにしても冷静に考えたら半径一キロを捜索済みって実際の歩く距離考えたら広すぎる。
一応文化部に分類されているふしぎ発見部だが、こういう活動内容を考えるとやってることは運動部並では。
まあ民俗学の研究ではフィールドワークが重要とは聞くが。
「中里の証言を考えるに騒ぎを起こすタイプでもなさそうだしな。何処に隠れているのか。それとも既にこの付近にはいないか」
「まあそれなら危険はないってことで、いいことなんでしょうけど」
「よくないわよ! 私は! 口裂け女が! 見たいの!」
「分かったから俺を揺さぶるのはやめてください」
口裂け女への熱い想いをシャウトしながら、俺の肩を掴み激しく揺らす七海先輩。
何でそこまでして口裂け女が見たいんだよ。
遭遇した相手の口を自分と同じように切り裂くという話もあるんだから、どう考えても会いたいタイプの怪異じゃないだろ。
「そもそも口裂け女って完全に創作なんですか? 都市伝説にしても原型みたいなものはあると思うんですけど」
「諸説ありすぎて分からないとしか言いようがないな。整形に失敗した女が正体だという話もあれば、子供の夜歩きを牽制するためのでまかせが発端という説もある。眉唾なものではCIAが噂の伝播を研究するために流したものだというのもあるな。噂に便乗し口裂け女の格好をして徘徊し捕まった人間もいる」
「とっ散らかりすぎてませんか」
「それだけ広範囲に瞬く間に広がった噂って事ね」
まあ確かに、警察沙汰にまでなっているということは、社会的な影響力も相当あったのだろう。
案外あと百年もすれば普通の妖怪と同じように扱われるのだろうか。
もうされているような気もするが。
「蛇の道は蛇って言いますし、お仲間に聞いてみますか」
「お仲間?」
「傘差しあたりなら呼べば来そうですし」
「呼びましたか?」
半ば冗談で言ったのだが、名前出したらマジで来やがったよこの狸。
もしかして暇なのか。
普段は狸たちの長になってる亀太郎の補佐をしてるそうだが。
「しかし呼ぶなら時と場合を考えてください。私にも化け狸としてのアイデンティティがあるんですよ」
「知らんがな」
化け狸のアイデンティティって、傘差し狸の場合は雨が降っている夕暮れ時に現れるんだったか。
そもそもおまえその不思議能力使って、わけわからん霊界らしき場所にまで出現してるのに今更何言ってんだ。
「口裂け女が出たっていうのはおまえたちで把握してるのか?」
「一応は。しかしえらく腰が低いというか、本当に口裂け女ですかねえアレは。ご迷惑なようならすぐお暇しますとまで言ってましたよ」
「お暇するのかよ」
「これは本当にこの辺りにはもう居なさそうだな」
どうやらこの辺りを仕切っている亀太郎たちと、敵対する気も騒ぎを起こすつもりも本当にないらしい。
傘差しも言ってるが本当に口裂け女なのかそれ。
「確かに口は耳まで裂けていましたが。それよりも三人とも早く帰った方がいいですよ。すこしばかり騒がしいことになり、退魔師たちも奔走しているようですし」
「騒がしい?」
「ええ。首切れ馬が街中を走り回っておりまして」
それ昨日中島が頭齧られたっていう頭のない馬か。
なんで走り回ってんだよ。
「どうも見える人には見えるみたいで結構な数の目撃者も出ているらしく。隠蔽工作に深退組も手を焼いているようで」
「確認してみよう」
そう言って携帯電話を取り出し、宮間さんあたりへ連絡を取り始める月紫部長。
しかし月紫部長の言っていた通りなら首切れ馬は昔からこの街に居たんじゃなかったのか。
何で今更そんな大騒ぎを起こしてるんだ。
「んんー。これはもしかするともしかするかしら?」
一方何か思い当たることがあるのか、先ほどまでの不機嫌さもどこかに投げ捨てて、何やら期待するような顔をしている七海先輩。
よかった。この人がこういう顔してるということは、今回の事件は間違いなく下らない事件だ。
「部長! その首切れ馬の追跡私たちもやりましょう!」
「あー。丁度姉様から頼まれたところだ。とは言っても徐々に追い込んでいるところだからな。指定された場所に結界を張るだけだぞ」
「トキオくん出番よ」
「いや。俺の結界刀そんな広範囲に結界張るのは向いてませんよ」
斬った空間を結界にするというとなんか凄そうだし実際発動までは早いが、あくまで斬った空間を結界にするのだから精々刀身の二、三倍程度の距離までしか結界ははれない。
それ以上の範囲となると、結界刀振り回して斬りまくるよりは普通に術で結界を張った方が何倍も早い。
「……結界刀を構えたまま走り回ればいいんじゃないかしら?」
「俺は農耕馬ですか」
馬の後ろに器具繋げて、畑耕したり地慣らししたりするアレ的な。
できるのか? というか仮にできてもそれとんでもない距離走り回ることにならないか。俺が。
「今後のためにも限界を知ることは大切よ」
「それ今から限界に挑戦させられるって事にならないですかね」
「まあどこまでできるのか知るのはいいことだろう」
そう言っている間にも先輩二人に腕を取られズルズルと連行される俺。
そしてどう考えても月紫部長が結界張る方が効率が良いのに、首切れ馬の到達予想地点を先回りするように延々と走らされた。
「私たちも一緒に走ってるじゃない」
「君を一人にするわけにもいかないしな」
「ぐ、ぐうの音も出ない……」
結果。こっちが息を切らしているというのに、平然としている女子二人。
やはり今までに積み重ねてきたものが違い過ぎるのか。
最近剣術で鍛えられ、それなりに運動ができるようになってきたという自信を粉砕された。




