口裂けと首切れ
犬神もどきにやられた怪我が酷く、宮間家に監禁されるどころか病院に直行で叩き込まれ入院したわけだが、幸いというべきか命に別状はなく次の日には退院できた。
というか傷さえ塞いでしまえば深海さんの所のピクシーの力で治癒を促進できるので、怪我自体も割とすぐ治ることに。
治療している間「ったく。これだから小僧は」と言わんばかりの顔で見下ろしてくるピクシーが非常に鬱陶しかった。
うちに居るシルキーといい、イギリスの妖精は辛辣な性格のやつしかいないのか。
「空間が斬れなくなった?」
そんなわけで安静にする必要もなく学校に出てきたのだが、ちょっと困ったことになったので昼飯食べるついでに月紫部長に相談することに。
いや困ったと言えば月紫部長の過保護も加速して微妙に困っているのだが。
家の出入りや就寝起床のたびに連絡入れろって、あんたは俺のオカンか。
「空間を斬って結界にするのはできるんですけど、空間を切り取って移動ができなくなってるんですよ」
「改めて言葉にされると頭おかしい能力だな」
見た目がおかしい人に頭おかしいとか言われた。
確かに自分でも夢でも見てたんじゃないかと思うようなとんでも能力だが、深海さんによるとマジで空間斬って瞬間移動してたらしいし。
うん。やっぱり意味が分からないな。
「しかし術と異なり個人で差異がある異能の制御となると。それこそ深海さんは何か言ってなかったのか?」
「必要に迫られればできるようになるって言ってましたけど」
「ならば気合や覚悟が足りないのではないか? というよりも、いくら君の霊力刀が境界を斬ることに特化しているにしても、それだけで縮地に至るとは思えない。他に何か要因があると思うのだが」
「縮地?」
それって武術の技じゃなかっただろうか。
漫画やゲームなどでは高速移動技術みたいに扱われているが、実際には相手に悟らせずに動き間合いを詰める体捌き。それこそ初めて羅門と戦ったときに俺が翻弄されたアレに近い技術だ。
「武術にも縮地という技術はあるが、本来は中国の仙道、仙人が使う術だ。それこそ瞬間移動の術ではあるが、原理としては土地自体を縮めて目的の場所までの距離も縮めてしまう。故に縮地。空間を切り取り目的地までの距離を零にするという君のやったそれは正に縮地だろう」
「なるほど」
まさか仙術もどきをやっていたとは。
羅門も「人の業ではない」と断言するわけだ。人間やめないと到達できない領域だったと。
「まあ深海さんが必要になればできるというのならそうなのだろう。あの人はたまに本当のことをはぐらかすが嘘は言わない」
「いいんですかその認識で」
というかたまに?
俺的には結構頻繁にはぐらかされている気がするのだが、もしかして実は嫌われているのだろうか。
そう思っていたら後日「いや君無駄に察しがいいから核心に迫る下手なこと言えないんだよ」とフォローされた。
まったくフォローになっていない気がするが、本人が堂々とフォローだと言っていたのでそう思っておくことにした。
しかしそう思ったら「そういうところだよ」と深海さんに呆れたような顔で言われた。
解せぬ。
・
・
・
犬笛の存在が確認されたとはいえ、今は情報収集の段階。
俺にできることもなく子供は勉強するのが本分だと学校という日常に戻ったわけだが、その日常は二日目でぶっ壊された。
「望月たっけてー!」
「またおまえか」
登校するなり、朝練を終えて来たらしい中島が突撃してきた。
何かもうこいつがオカルトなものに絡まれて助けを求めてくるのに慣れて来た。
もしや既にこれも日常の一部なのか。日常とは一体。
「で、今度はどんな面白妖怪に出くわした」
「面白くねえし! すっげえ恐いし!」
「はあ。何があったんだ」
「聞いて後悔すんなよ……頭がない馬に頭を齧られたんだ!」
「一言で矛盾するな」
頭がない馬が出たのは百歩譲って信じるにしても、頭がないのにどうやって齧られた。
しかし頭がないというのは嫌な予感がするな。
犬神もどきといい牛鬼といい、俺が関わる羽目になった頭がないやつって大物ばっかりだし。
「いやそれがさあ、昨日部活が終わった後に帰ったら小腹がすいてコンビニ寄ったんだよ」
「相変わらずよく食うな」
「それでコンビニで肉まん買って外に出たらな、駐車場に頭のない馬がいたんだ!」
「駐車してたのかよ」
確かに道交法では馬は軽車両扱いだが。
どこの誰だコンビニの駐車場に頭のない馬停めたの。
「そんでこりゃやべえと思って走って逃げたら、そいつ追いかけて来たんだよ」
「それは確かに恐そうだな」
「だろ! そんで追いつかれたと思ったら、頭何かに挟まれた感じがして『ひひひーん』って笑ってるみたいな鳴き方して消えた」
「完全に遊ばれてるじゃねえか」
それ追いかけられたの中島がリアクション良さそうだったからだろ。
そもそも他の人には見えてたのかその馬。頻繁に絡まれてるせいで霊感高くなってないか中島。
「別に呪われてる感じもしないし大丈夫だろ。浮遊霊にからかわれたんじゃないか」
「えー。あれ浮遊霊って存在感じゃないって」
そう言って納得がいかない様子の中島を、実際問題なさそうなので適当にあしらっていたのだが。
「もっちー大変! 口裂け女が出た!」
「どっちか一つにしろよ!?」
追加で中里から口裂け女の目撃情報が!
いや口裂け女って妖怪じゃなくて都市伝説じゃねえか。
実在するのかそれ。
・
・
・
「するぞ」
「するんだ……」
放課後。
念のために月紫部長に口裂け女は実在するのかと聞いてみたら意外な答えが。
でもそれ全国で被害者続出しないか。
殺意高いだろ口裂け女。
「確かに口裂け女は物騒だが、同時に対処法も幾つか広まっているからな。この手の伝聞から誕生した妖は人々の認識に縛られやすい」
「つまりその一緒に広まった対処法で避けられると」
それなら大丈夫なのか。
口裂け女を知ってるのに対処法を知らない人間というのは少ないだろうし。
「それで。その口裂け女はどんな感じだったのかしら」
そうどこかわくわくした様子で聞いてくる七海先輩。
この人都市伝説もカバー範囲なのか。
「そんな噂通りではなかったらしいですよ。マスク取る前から裂けた口がはみ出して見えてて『見えてますよ』と指摘したら『あら。お見苦しいものを』と両手で隠しながら去っていったそうです」
「確かにイメージとは違うわね」
「そこで見えてますよと指摘できる中里の度胸も凄いな」
確かに凄いが、中里の場合は度胸というより天然だからなあ。
頭だけで幽体離脱しても受け入れてはしゃぎまわるやつだし。
「それでもう一つは頭のない馬だったか。首切れ馬なら昔からこの土地に居るものだから安心しろ」
「昔からそんなもんが徘徊してるのにどう安心しろと」
というか昔から居るって、やっぱり強力なやつじゃないのかそれ。
「大体四百年前だったか。当時この土地を守護していた大名の息子が敵方の姫と密会していてな。それがバレて怒り狂った父親に密会に使っていた馬ごと首を斬られたわけだが、巻き込まれたも同然の馬が怨霊となったという。まあよくある話だ」
「よくあってたまるか」
そんなぽんぽん怨霊が出て来てたら世の中怨霊だらけになるわ。
「その後は怨霊となった馬も含めて、殺された息子の霊を鎮めるための神社が建立されてな。とうの昔に恨みはおさまっているし、祟られるとしたら真っ先に深海さんが狙われるから他に被害は出ないだろう」
「なんでそこで深海さんが?」
「その息子の密会を父親にばらしたのが、深海さんの先祖だからだ」
「あーそういう」
そういえば一族代々サトリだから、昔は大名に仕えて策謀を巡らせてたとか言ってたな。
そのせいで祟られまくってもおかしくないとは言っていたが、本当に祟られそうなのかよ。
「他にもこの街には七人ミサキがいるが、被害が出ていないのは深海さんの一族一点狙いだからだ」
「もっとヤベエのが居た」
※七人ミサキ
中国四国地方に伝わる七人組の霊。
遭遇した人間を憑き殺し、殺された人間が新たなミサキとなり元のミサキが一人成仏する。
各地に伝承があるためその元となった人間たちについても諸説あり、高知などでは長曾我部家のお家騒動で殉死した家臣の霊とされている。
見ただけで殺しにくる上に対処法がない殺意の塊じゃねえか。
そんなもんに狙われてるのに、何でこの街に住んでんだ深海さん。
「むしろ口裂け女が噂通りの行動をしていないのが気になるな。軽く調べてみるか」
「待ってました!」
そう言って暗くなった時に備えてか、懐中電灯片手に立ち上がる七海先輩。
大丈夫かコレ? むしろ口裂け女逃げないか?
ともあれ本日の活動は、口裂け女らしくない口裂け女の調査ということになった。
さて。果たして予定通りに終わってくれるだろうか。