私の神様4
次々とやってくる応声虫に寄生された生徒たち。
それをひたすらぶっ刺しては治療するのを繰り返していたのだが。
「キリがねえ!」
「ほんとにねー」
現在橘と二人して校舎内を逃走中。
何がキリがないって、応声虫に寄生された生徒が。
いくら処理しても何処かから湧いているのではというほど追加がきて、最初に居た教室は、応声虫を排除してすっころがした生徒たちで足の踏み場がなくなる程だった。
幸いというべきか、俺たち以外の人間には興味がないようなので放置を決定。
しかし俺たちがどこに居るのか分かるらしく、隠れても意味がない。
まあ普通に歩くのより遅いくらいの移動速度なので、逃げること自体は楽なのだが、打開策が見つからない。
「この学校全校生徒何人だ?」
「六百人くらい。放課後だったから生徒全員は残ってないと思うけど」
それでも半分近くはいると見るべきか。
流石にそんな人数の相手をしていたら、俺も橘も体力がもたない。
「いったん逃げた方がよくない? お兄さんならあの外の結界も斬れるんでしょ?」
「おまえそんなあっさりと……」
間接的に自分が原因で生徒たちが寄生されてるというのに、見捨てるのに躊躇がない。
いや判断としては間違いなく正しいが。
この騒ぎの原因が橘以外の何かだとしても、俺たちだけでそれを探し出して排除しに行くのは危険だ。
いや橘は何とかしそうだが俺が危険だ。情けないが。
深海さんが具体的にどの程度で到着するのかも分からない以上、わざわざ危険な場所で待つ意味もない。
ヤバければ逃げろと言われているのだし、脱出すべきなのだろう。
「しかし出るにしても犬神もどきが。おまえの結界はる虫って移動しながらでもいけるのか?」
「大丈夫。間違えて刺さないでねお兄さん」
「分かってるよ」
そんな話をしながらも階段を半ば跳び降りるように駆けおり、正面玄関へと向かう。
どうやら犬神もどきたちは俺たちの動きについてきていないらしく、周囲には影も見えない。
「このまま突っ切るぞ!」
「了解!」
両開きの扉を体当たりするように押し開け、そのまま校門目がけて一気に駆ける。
「来たか」
校門までは五十メートルくらいだろうか。
当然あっという間に犬神もどきたちに追いつかれたが、追いついたのは彼らだけではなかった。
見慣れない。形としては羽が生えた蜘蛛が近いだろうか。
それらが俺たちの周囲を取り囲むように飛び、細い霊力の糸で繋がり合い薄い膜をはっていく。
どうやらこいつらが橘の結界をはる虫らしい。
見た目は蜘蛛の糸に捕らえられた獲物みたいであまり気分がよくないが、性能は確かで犬神もどきたちも手を出しあぐねているようだ。
二、三体が助走をつけて体当たりしたが、あっさりと結界に弾かれて体勢を崩し地面を転がっていく。
「お兄さんもうすぐ!」
「よし! おまえの結界も一緒に斬っちゃうからすぐにはりなおせよ!」
「分かってる!」
橘と声をかけ合い、黒い壁と半ば一体化した校門へと近付きながら霊力刀を顕現する。
あと少し。あと数歩で辿り着くというところで霊力刀を構えたのだが――。
「いい判断だ。だが自分たちの動きを読まれているとは考えなかったのかね?」
その前に「何か」にぶつかり弾き飛ばされた。
「なんだッ!?」
「いったーい!」
まるで慣性が逆方向に働いたみたいに後ろへと投げ飛ばされ、咄嗟に受け身を取ると一回転して立ち上がる。
一方の橘は受け身を取れなかったのか、後頭部を地面にぶつけて悶絶している。
良かった。こいつ一応人間らしいところあったんだ。
「ほう。見違えたね。不意をつかれても即座に立て直し、対応できる態勢を取るとは。男子三日会わざればとはよく言ったものだ」
「……おまえかよ」
誰もいなかったはずの校門の前。
そこに一度見たら忘れないであろう、髑髏を持った僧侶という特徴的過ぎる人物がいた。
いつの間に。というのは聞くだけ無駄か。
恐らくは深海さんが以前に羅門を奇襲したときと同じ。人の意識に留まらないようにしたというやつだろう。
一体何をどうすればそんなことができるのかさっぱり分からないが。
「いやはや。最近は深退組の退魔師たちが目障りでね。こうして君と会うだけで随分と回り道をさせられた」
「まさか俺を誘い出すために、橘の居る学校を結界で孤立させたのか?」
「いや。そこは偶然だが、無関係でもないね。今回のこれは、いわば天同会の内輪もめだよ。犬笛のやつは、橘くんが我々の計画の障害になると見ていてね」
「犬笛?」
「おおかみ様を作ったやつ。っていうか羅門! アンタなの私の虫を乗っ取ったの!?」
そう羅門を詰問する橘だが、こいつ今さらっと重要情報漏らしやがらなかったか。
犬笛。
そいつが犬神もどき――おおかみ様を作った人間。
そして恐らくは斎藤さんを縛り付けている存在。
「厳密には私ではないよ。いや実行したのは私だがね」
そう言いながら右手を指しだす羅門。
そこには先ほどから結界をはっている、蜘蛛に似た虫がいた。
「なに……それ?」
しかしそれを見て、橘は信じられないとばかりに声を震わせる。
その虫からは、細長い糸のような何かが突き出ていた。
まるで先ほどまで相手をしていた生徒たちに寄生した応声虫のように、体から出た糸がうねうねと触手のように揺らめいている。
「ハリガネムシという虫を知っているかね?」
「あのカマキリとかに寄生してる……」
そこまで自分で言って、その意味に気付いた。
いやそうでなくても、それは先ほどまでの応声虫に似すぎていた。
「ハリガネムシというのは本来は水生の生物でね。水の中で暮らす虫に寄生するわけだが、そのうちの一部は成虫になると陸へと上がってしまう。するとハリガネムシはどうやって水の中へと戻ると思うかね?」
「……宿主を操作して水へ飛び込ませる」
「ご名答。まあこいつはもっと複雑な処理を行っているから一緒にするなと怒られたがね。この場合は分かりやすい方がいいだろう」
そういってくつくつと笑う羅門の手から飛び立つ虫。
その複雑な処理とやらのせいなのか、その飛び方はコマ落ちした動画みたいに不規則で不安定だ。
その様が何か言いようのない嫌悪感を覚えさせる。
「アンタ……アンタがッ!」
そしてその嫌悪感は、虫使いである橘なら尚更だったのだろう。
今まで機嫌が悪くても拗ねたような表情しかしていなかった橘が、目を釣り上げ、怒りを露わにしながら羅門を睨めつけている。
「アンタは死ね!」
そしてためらいもなく殺害宣告すると、制服の袖を捲り上げる。
その瞬間、それまで全く感じ取れなかった橘の霊力が爆発した。
「……」
目の前の光景に言葉が出なかった。
孔。
橘の腕は大小様々なサイズの孔で埋め尽くされており、そこから次々と虫たちが這い出し、飛び立っていく。
遠目に見れば霧や霞と見間違えそうな密度のそれは、どう考えても腕の中だけに収まるものではない。
予想はしていたが、実際に見せつけられると、そのおぞましさに鳥肌が立ちそうになる。
橘はその体の中にどれだけの虫を棲みつかせているのか。
「ほう。『虫籠』の本領発揮かね。だが数で押すなどという戦法は、格上には通じないと君はいい加減に学ぶべきだ。――ノウマク サラバタタギャテイビャク」
しかしその虫の大群を前にしても、羅門は動揺した素振りすら見せなかった。
ゆっくりと、余裕たっぷりに、手にした髑髏を小脇に抱えると、両手で印を組み真言を唱え始める。
「死ねえッ!」
「待て橘!」
そんな羅門の言葉など知るかとばかりに、橘の指揮する虫たちが一斉に進撃を開始する。
マズい。何がマズいのか分からないがとにかくマズい。
だが止めようにも怒り心頭の橘は俺の言葉など聞いておらず、虫の大群に覆われたその体には近付くことすらできない。
「――サラバビギナン ウンタラタ カンマン!」
そして虫たちが殺到する寸前、真言を唱え終わった羅門の周囲から火の手が上がった。




