私の神様
「望月くん。冬休みになったら東京に行くつもりみたいだけど、間違いなく羅門に読まれて先回りされるからやめといてね?」
「……」
日差しが弱くなり肌寒くなってきたとある日の午後。
稽古が終わり休憩していると、唐突に深海さんからそんなことを言われた。
「……確かにそこまで考えてませんでした。すいません」
「うん。やっぱり君素直すぎて気持ち悪い」
「気持ち悪いとな」
何でいきなり罵倒されてんだ俺は。
悪いことをしたら謝るのは当然だろうが。
「いや普通君くらいの歳なら、頭ごなしに自分がやろうとしてること否定されると、正論だと分かってても反発するもんなんだよ。丁度保護者に反抗したい年ごろだし」
「それは人それぞれなのでは?」
「それはそうなんだけど、君の場合は普段の態度の割に聞きわけがよすぎるというか。これで表面だけ良い子ぶってるならまだ分かるんだけど、本心で言ってるしなあ」
そう言って困ったように頭をかく深海さん。
それを言ったら、弟子とはいえ赤の他人の子供にそこまで気を回す深海さんも、相当お人好しだと思うが。
「あーやっぱりあれだね。君ご両親に愛されて育ったんだね」
「何故そうなる」
俺の性格の話になるとそういう結論になるのは何でだ。
そう家に帰ってシルキーに愚痴ったら「人を本気で疑うことを知らない世間知らずのお子様だということでは?」と言葉の右ストレートをくらった。
この家事妖精、家主に容赦なさすぎる。
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さて。東京に行くなと釘を刺されたことにより、本格的に俺が斎藤さん絡みでできることがなくなってきた。
いやそもそも首つっこむなと言われているし、それほど積極的に関わるつもりはないのだが、だからと言って本当に放置したら面倒事が腕を組んでラインダンスでやってきそうな予感がする。
せめて今どういう状況なのかくらいは知らせてほしいのだが、大人たちは完全に俺をこの件からシャットアウトするつもりらしい。
やはり俺の聞きわけが良すぎたのでは?
もっとこう「こいつある程度情報落とさないとヤバいわ」と思われるように駄々こねた方が良かったのだろうか。
いやその程度では深海さんも宮間さんも揺らぎそうにないしなあ。
「ん?」
そんなことを考えつつ自転車をえっちらおっちら漕ぎながら帰宅していると、ポケットの中の携帯電話から着信音が聞こえてくる。
取り出して画面を見てみれば相手は深海さん。
珍しいな。人の心を勝手に読みまくるせいか、大抵電話してくるのって暇してるときなのに。
「もしもし。望月です」
「……非常に不本意だけど君の力を貸してほしい」
なんかのっけから本当に不本意そうな声で何か言われた。
つまりこれヤバい案件だな。それでも俺に手を借りざるを得ないってどういう状況だ。
「何かあったんですか?」
「今君がいる場所から次の交差点を左に曲がってしばらく直進すると南深山中学校が見えてくる。その中学校が現在結界で敷地丸ごと封じられて中が観測できない状態になってる」
「何ですかその誰もが一度は妄想しそうな非常事態」
「残念ながら現実な上に、誰がやらかしたか大体予想ついてるんだよねえ」
「はい?」
予想がついている。
なら何故事前に対策なりなんなりしなかったのか。
「そこ祈咲ちゃんが通ってる学校なんだよね」
「……ああ」
虫女こと橘祈咲。
たまにやらかすから〆ないといけないと深海さんも言ってたが、こりずにやらかしたということだろうか。
というか俺のことをお兄さんと呼ぶから年下なんだろうなあとは思っていたが、本当に中学生でしかもちゃんと学校通ってたのか。
「下手な退魔師が対応すると殺し合いになるし、俺もまだ移動に時間がかかる。君なら結構気に入られてるからいきなり攻撃はしてこないだろうし、可能な限り時間を稼いでほしい」
「分かりました」
「でもヤバそうなら回れ右して帰っていいから。一応一般人に手を出さない程度の分別はあるから、最悪の事態にはなってないだろうし」
「一応と頭についてる時点でまったく信用できないんですが」
場合によっては手を出すって事だろそれ。絡新婦の時に新田に応声虫寄生させてたし。
しかし最悪そんな事態になってても危険だから手を出さずに帰れと。
「君素直なのに頭回るから扱いづらいね」
「本人に言いますかそれ」
「一方的に本音を知ってるのはフェアじゃないからね。俺なりの誠意だよ。それじゃあ。くれぐれも無茶はしないように」
そう言って通話は切れた。
さて。確かにそれなりに気に入られている自覚はあるが、本当に橘は俺が行っても攻撃せずにちゃんと会話してくれるだろうか。
そう少し不安に思いながらも深海さんの指示した方向へと向かったのだが、そんな心配はあらゆる意味で裏切られることになる