かっぱっぱー
百年以上の伝統を誇る名門校。
そう聞くといかにも立派な学校のように思えるが、その実岩城学園は進学校の中では人気のない学校でもある。
その理由の一つは立地条件。創設者だか理事長だかの屋敷のあったとされるその場所は、小高い丘の上にある。そのため徒歩通学者はもちろん、俺のような自転車通学者からもある種の試練であるかのように扱われているのだ。
ちなみに運動部の多くはその坂道を全力ダッシュさせられるため、一部では心臓破りの坂とか呼ばれているとかなんとか。
いくらなんでも心臓が破れるほどの急勾配ではないと思うのだが。
「確かに大げさだとは思うけどよ、おまえみたいに自転車でそのまま駆け上がる馬鹿は毎年十人くらいしかいねーぜ?」
そんな坂を立ち漕ぎで登っている俺に並走しながら、呆れたように言う原付に乗った昭和の不良みたいなスタイルのヤンキー。
この時代錯誤なヤンキーは月紫部長の同類。……ではなく、まだヤンキーたちが生息していた時代に事故死した一応先輩らしい。
死んでから数年は生きてた頃と同じノリで世の中に反抗していたが、なんか馬鹿らしくなって大人しくなり、今では岩城学園の生徒を見守る守護霊的な何かになっているらしい。
原付に乗ったヤンキーに守護される学園とか嫌だなオイ。
「毎年十人も居るなら珍しくもないでしょう」
「その十人は大概運動部だっての。ふしぎ発見部に限定するなら、おまえ含めて歴代でも五人くらいだな」
そして今の発言からも分かる通り、学園の守護者という性格上ふしぎ発見部のことも良く知っているらしい。
この間俺の横を並走しながらガンつけていたのも「こいつ新入りのくせに何無視してんだコラァ」という意味合いがあったのだとか。
だったら言えよ。俺だって普通に会話できるなら無視せんわ。
しかしこの坂道を駆けあがれる人間なんていくらでも居そうなものだが。
七海先輩とかなら俺よりも余裕で駆け上がっていくだろうし。
「女子が学校入る直前に汗だくになるようなことするわけねえだろ。分かってねえなあ」
ヤンキー(化石)に女心についてダメだしされた。解せぬ。
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「では、来月に行われる球技大会の出場者を決めたいと思います。最初に希望者をつのり――」
教室の前でいかにも真面目そうな委員長が言うのを視界の端に収めながら、俺はどうしたものかと黒板に書かれた球技大会の種目を眺める。
こういうのは一人か二人ほどやる気が有り余ってる馬鹿がハッスルするので、そいつとは違う種目になるのが理想だ。まあその手の人間は自分の種目に運動ができる連中を集めたがるので、意図しなくても別の種目になるだろうが。
「望月! おまえソフトボールやるだろ?」
そんなことを思っていたら、ハッスルしてる男子筆頭な中島に指名された。
待てやこのハゲ(野球部)。
「……俺はソフトボールも野球もやったことない」
「えー? でもこの前の体育で俺の球普通に打ってたじゃん」
そのせいか。目を付けられたのは。
というかこの前というのはいつの話だ。誰がどのポジションについてたかすら覚えてないぞ。
「俺はサッカーの方に行きたいんだが」
そして「俺ディフェンスやるわ」と言って、前線で団子になってる集団を何もせず眺めていたい。
まあ高校生にもなって団子状態にはならないだろうが。
「えーでもさあ」
「やめろ中島。嫌がってるだろ」
なおも言い募る中島を止める茶髪の少しチャラい男子。名は新田。
「それに俺とおまえが居れば、大概のクラスには勝てるだろ」
そう言って自信満々に笑う新田。
見た目は中島と正反対でテニスでもやってそうな爽やか系男子だが、同じ野球部員であり期待の新人の一人だとか。
野球部なのに坊主にしなくていいのかと思ったが、別にうちの野球部にそんな決まりはなく、多くの部員のそれは自主的なものらしい。
「んー仕方ないな。ごめんな望月」
「いや。いいよ」
一応悪かったとは思ったのか謝ってくる中島。
そんな中島に短く返事をすると、隣にいた新田が苦笑しながら頭を下げてきた。
何だあのイケメン。爆発しろ。
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放課後。
毎度お馴染みのふしぎ発見部だが、毎日怪奇事件が起こるはずもなく普段は暇なものである。
そして裏の活動が暇ならば、建前である表の活動をやるのが当然の流れではあるのだが。
「聞いた? 御坂川の川沿いに新しくできた公園に河童が出るらしいわよ!」
表の活動も裏と大差なかったりする。
「……へー」
「何その気のない返事は!?」
「何と言われても」
ふしぎ発見部の表向きの活動は、古今東西の珍しい文化などを調査すること。地域の伝承などはいい調査対象だろう。
そういう意味では妖怪などの伝承も一応は表の活動の範囲に入るわけだが、そんな最近できた噂話を調べても枯れ尾花が見つかるだけだろうに。
「もしかしたら本当に河童がいるかもしれないじゃない」
「居たからってどうにもならないでしょう。別に悪さしたわけでもないから退治するわけにもいきませんし」
「河童が見たいのよ!」
「……」
何なのこの妖怪大好き女。河童に尻小玉抜かれたいの?
※尻小玉
お尻の中にあると言われている玉のような臓器。
河童にこれを抜かれると腑抜けになるとされる。
「ふむ。そういうことなら今日は御坂川の調査といこうか」
「やったわ!」
読んでいた本をパタンと閉じて言う月紫部長と、握りこぶしで喜ぶ七海先輩。
要するに暇なんですね。今日は生徒会の仕事もないみたいだし。
「何。案外本当に居るかもしれんぞ。河童」
そう言って微笑んで見せる月紫部長。
いくら田舎町とはいえ、人里近い公園に河童が出るとは思えないんだが。
しかしよく考えたら、人里のど真ん中にぬるぬる坊主やら狸やら出没した後だった。
うんそりゃ河童くらいいるかもしれないわ。
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公園とは言っても、川沿いに作られたそれは湧き水と思われる池の周りを整備しただけのものであり、既に散ってしまった桜の木と腰休めのための椅子くらいしか目立ったものはない。
「……河童どころか人の気配もないわね」
「まあ気軽に来るような公園でもないみたいですし」
公園の周囲は田畑が広がるばかりで民家はまばらだ。
川沿いを散歩するかランニングでもしてる人くらいしか通りがからないだろうし、そういった人たち向けの休憩所のようなものなのかもしれない。
「さーて探すわよ! 綺麗な湧き水だから期待できそうだわ」
張り切っている七海先輩だが、こんな人工的な池に河童がわざわざ棲みに来るだろうか。
御坂川はその大半が伏流水となっており、付近に湧き水が湧きやすいとは聞いたことがある。この公園の池もそういった類だろう。
またそのせいで普段の御坂川は干上がったようにしか見えないので、いざ水量が増えても中々気づくことができず、一気に溢れた水による水害も昔は多かったらしい。
今は堤防によってその心配もなくなっており、その堤防を整備した人の名前をとり御坂川と呼ばれるようになったとか。
「随分と詳しいな。まさかその御坂某は君の先祖か何かか?」
「赤の他人です」
何とはなしに始めた御坂川の説明を聞き感心したようにいう月紫部長。
相変わらずの学帽黒マントな大正チックな姿だが、そろそろ季節的に暑くないのだろうかこの人。
「ともあれ為になった。お礼というわけではないが、簡単に河童について説明しておこうか。君は河童についてどの程度知っている?」
「河童ですか?」
水辺に棲む妖怪。大きさは子供くらいで肌は緑あるいは赤色。
背中には甲羅を背負い、頭には水の入った皿がありその水が渇くと衰弱する。
あとは人を水の中に引っ張りこみ尻小玉を抜くということくらいか。
「大体そのあたりか。河童は水の妖怪だが、一説には元は水神が零落した姿であるともされている。神事である相撲を好み、水神への供物であるきゅうりが好物であるのもそのためだ」
「水神ですか?」
「ああ。河童に限らず、妖怪の中には元は神であった存在というものも多い。というよりも、妖怪と神の間に大した違いはないというべきか。例えば伊予の松山城近くには八股榎大明神という神が祀られているが、その神は徳を積んだ狸が人々の信仰を集めて神と成った存在だ」
「狸が?」
それはまた立派な狸様だ。うちの亀太郎とは大違いだな。
「そのせいかどうかは分からないが、妖怪というのは根っから邪悪なものは少ない。河童も水の中に引きずり込むことばかりが有名だが、中には田畑の世話を手伝ってくれたりする者もいる。もし悪さをしてきても、返り討ちにしてやれば反省して宝物をくれたり、命を救われた礼をする場合もある」
「なんか狸と似てますね」
亀太郎の件で気になり調べたが、狸や狐は人を化かすのに失敗するとお詫びに何かしてくれることが多い。
そういう意味では亀太郎が俺に山菜を届けてくれるのもお約束な対応なのだろう。
「まあ要するに、妖怪は話の分からない化生ばかりではないということだ。対応を知っていればやり過ごせるものも多い。君も少しずつでいいから、妖怪について知っていってくれ」
そう言うと月紫部長も河童を探すためか公園の中を歩き始める。
さて。俺も河童を探してみるか。居ないだろうけど。
「……」
「あ……ちょいそこの坊や」
そう思いながらちょっと公園から離れた土手の裏に回ってみたら、何か緑色の物体がうつぶせに倒れて痙攣していた。
居たよ河童。しかも何か弱ってるよ。
「わしは河童の源というんじゃがの……ちょいと頼まれごとをしてくれんか?」
「……どうしたんですか?」
どうやらご老人らしいその源さんは、うつぶせになったまま必死にこちらへにじり寄って来る。
何コレ恐い。
「いや、頭の皿の水をこぼしてしまってな。そこの湧き水を汲んできて皿にかけてくれんか?」
「はあ。分かりました」
言われてみてみれば、なるほど確かに頭の皿は渇いてヒビすら入っている。
まあ襲ってくる気配もないし、この手の妖怪は助けた後に手のひら返してくるようなこともないらしい。
素直にお願いを聞いて水を汲んでくるとしよう。
「七海せんぱーい! 河童居ましたよー!」
そしてついでにまだ河童を探しまくっている変人に声をかけておく。
湧き水に頭突っ込む勢いで柵乗り越えてるし。どんだけ河童見たいんだこの人。
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「ぷはー! 生き返るのお!」
数分後。
河童が見つかったと聞いてテンション上がってる七井先輩に水をかけられて、本当に生き返ったように勢いよく立ち上がる河童の源さん。
すぐそばで七海先輩がアイドルのおっかけみたいにキャーキャー言っている。いや本当にどんだけ妖怪好きなのこの人。
「私初めて河童見たわ! しかもご老人だなんて。お幾つなんですか?」
「数えで70になるのお」
「あら、本当にお爺さんだわ!」
嬉しそうに話す七海先輩と、心なしかデレデレしてる源さん。どうやら河童でも人間の女の子には甘いらしい。
しかし河童の老人は珍しいのか?
「そうだな。河童は基本的に短命とされ、老いた河童というのはあまり目撃例がない。その起源の一つを考えると子供ばかりでも納得がいくのだが……まあ妖怪も時の流れに従い変質するから居ないわけではないのだろう」
「?」
俺の疑問に答えてくれた月紫部長だったが、起源とやらを口にしたとき少しだけ顔が曇った。
どういうことだろうか。
「でも何でお皿の水がなくなってたんですか?」
「いや実はの。今時珍しく元気に駆け回っておる子供がおったから、ちょっと尻小玉でも抜いてやろうと勝負を挑んだんじゃが」
さらっと子供の尻小玉抜きにかかりやがったこの爺。
「わしが勝負を挑むと元気よく頭を下げて挨拶をしてきての。これはわしも礼を尽くさねばならんと頭を下げたんじゃが、その勢いでうっかり頭の皿の水が流れ落ちてしまったんじゃ」
「……」
大丈夫かこの爺さん。いや、この場合は機転をきかせた子供が一枚上手だったというべきか。
「ふむ。河童への基本的な対処法の一つだな。今回は見逃すが、実際に尻小玉を抜かれるとこちらとしても退治せねばならないので自重してくれ」
「おや、お嬢ちゃんたちは退魔師かね? それなら大人しくしといた方がよさそうじゃのう」
月紫部長の言葉を聞き納得したように頷く源さん。
慌てた様子がないのは流石の年の功といったところだろうか。ちょっとボケてるみたいだが。
「じゃがそれとは別に助けてもらった礼をせねばならんのう。……そうじゃ。これを持っていくといい」
そう言って源さんが甲羅の隙間から取り出したのは、小さな陶器の器だった。
「河童の妙薬だな。伝承によると腕を切断された河童も、この薬を使えば腕が引っ付いたという」
「その通り。まあ人間にそこまでの効果があるかは分からんが、そこらの傷薬よりは効くはずじゃ。遠慮せず持っていくといい」
「ありがとうございます」
どうやら危険なものではないようなんで、素直に受け取っておく。
原材料が気になるが……多分知らない方がいいんだろう。
「それじゃあ、ありがとうよ坊やたち」
そう言って手を振ると、源さんは公園の湧き水の中へと帰っていった。
というか本当に公園に棲んでんのかよ。狭くないのか。
「ふふ……素敵」
そしてその後姿を見送り恍惚としている七海先輩。
やっぱうちの部まともな人間が居ねえ。
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翌日。
今日も並走してきたヤンキーさんと雑談しながら登校すると、駐輪場に自転車を止め汗拭きシートで身嗜みを整える。
暖かくなってきたから念のために持ってきておいてよかった。
しかし今の時期で汗をかくなら、夏頃にはどんな惨状になるのか考えたくもない。
「おはようもっちー! 今日はちょっと遅いね」
「おはよう」
靴箱で会った中里の言葉につられて時計を見てみれば、確かにいつもより遅い時間になってしまっている。
汗の処理に時間を使いすぎたか。明日からはもう少し早めに出た方がいいかもしれない。
「あ、望月」
「ん?」
教室へ向かっていると、聞きなれない声で名前を呼ばれて足を止める。
「おはよう。ちょっといいか?」
「……ああ」
そこに居たのは同じクラスで野球部員の新田だった。
何やら血の気が薄く景気の悪い顔でこちらを見ている。
「その……中里さんから聞いたんだけど、幽霊とかその手のオカルトに詳しいんだって?」
「それを肯定すると俺は変人みたいになるな」
立場上やむなくその手のことを月紫部長から教わっているが、一般的に見ればそれは胡散臭い情報に違いない。
というか中里は何をさらっと俺の個人情報を漏らしてくれてるんだろうか。まさかこの前の事件のこと周囲に吹聴してないだろうな。
「で、仮に俺がその手のことに詳しいならどうした?」
「……」
俺の問いには答えず、ただ思いつめたように顔を伏せる新田。
この時点で俺は嫌な予感がしてきた。
元々それほど接点のない新田がわざわざ話しかけてきたのだ。それが厄介ごとでないはずがない。
「その……望月」
そのまましばらくして、新田は意を決したように顔を上げると――。
「……助けてくれ」
そう泣きそうな顔で言った。