夢で逢いましょう
「あー、今日も疲れた」
とある日曜日。
今日も今日とて山で荒行をこなし、深海さんのところで剣術の稽古もやりと体を酷使していて全然休日という感じがしない。
それでも慣れるのが凄いというか、最近では足腰がさらに強靭になり学校の前の急勾配の坂もなんなく登れるようになってきた。
以前新田たち野球部の練習量を正気とは思えないと感じていたが、もしかして俺も大概な生活送ってないかコレ。
そしてそういう生活を送っているとありがたみの分かるシルキーの存在。
家に帰ったら何もしなくても食事と風呂の準備ができているのが楽すぎる。
しかしそのことについて礼を言ったら「別に私が好きでやってることですから」とクールに返された。
薄々感じていたが妙にプライド高いなうちのシルキー。
そのくせ感謝されないならされないで、もやっとするみたいだしツンデレか。
そんなことを思いながら風呂から上がり自室へと戻ったのだが。
「……は?」
部屋の中央に斎藤さんが陣取っていた。
何故居る。いや今までもたまに俺の部屋に出没することはあったが。
しかし斎藤さんが部室以外で俺に接触してくるときって、大抵何か危険が迫っている時なんだよなあ。
そう思いながら斎藤さんがじっと見つめている方向へと視線を向けてみたのだが。
「……うわあ」
何か居た。
窓の外に白い顔のようなモノが。
部屋の光がガラスに反射しているのでよく見えないが、髪の毛の長さからして女の顔だろうか。
どうやら窓枠の端から顔を半分だけ出してこちらを覗いているらしい。
何だコレ。
嫌な気配は感じないが入って来ないということは結界に阻まれている――悪意を持った存在か?
そうでなくても斎藤さんがわざわざ出て来て威嚇しているということは良いものではないだろうし。
「――臨・兵・闘・者」
とりあえず九字を、身を守るためのものではなく邪気祓いのために手刀で早九字をきる。
「――皆・陣・烈・在・前」
「きゃあ!?」
するとこちらを覗いていた顔は意外に可愛らしい悲鳴をあげ、窓枠から弾かれたように離れるとそのまま姿を消した。
逃げたわけではなく、一瞬で気配そのものが消えてしまう。
「……何だったんだ?」
「……」
そう呟いてみたが相変わらず斎藤さんは何も答えない。
ただ満足したように一度頷くと、ふよふよと浮いたまま去っていく。
……と見せかけて、何かを思い出したように反転すると、俺の後ろに回りおぶさるように抱き着いてきた。
猫かよ。
俺に臭いでもすりつけてるのか。
「というか斎藤さん本当はもっと話せるでしょ?」
「……」
俺がそう言うと、斎藤さんはプイっと顔を反らして相変わらずの無言。
本人が話してくれれば色々謎も解決するのだが、この様子だと無理そうだ。
まあ寝るころには離れるだろう。そう判断し、しばらくは好きにさせておいた。
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翌朝。
多くの人が絶望しているであろう月曜日だが、俺は別に勉強嫌いなわけでもないし、対人関係に悩むようなこともないので普通に登校する。
いや対人関係はある意味悩みどころだが。
「あ、もっちーだ」
そして今日も今日とて教室に入り俺を見つけるなり小型犬のように近づいてくる中里。
そしてそのまま他愛のない話でもしてくるかと思ったのだが。
「そういえば今日夢でもっちーのこと見てさあ。見たことのない女子とお部屋デートしてた」
「は?」
唐突過ぎる。
唐突過ぎるがちょっと待て。
何だかその状況に非常に心当たりがあるぞ。
「……もしかして昨日早めに寝たか?」
「え? うん。最近寝つきが悪くてね。早めにベッドに入っちゃうんだけど何回も目が覚めるんだよね。昨日ももっちーの夢見たと思ったら、そのもっちーから変な呪文みたいなのかけられて目が覚めた」
「……」
これほぼ確定では。
幽体離脱か? 確かに霊能力者でなくてもうっかり魂が抜けることはあるだろうが、何故わざわざ俺の所に来る。
いや無防備な霊体だけの状態で妙なところに行かなかったと考えればよかったのだろうが。
まあ一時的なものだろうし、そこまで気にする必要はないか。
そう思っていたのだが。
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・
・
「またかよ」
「……」
その日の夜。
またしても部屋の中央に陣取り窓の外を威嚇する斎藤さんと、こちらを覗いている白い顔。
何故また来る。
幽体離脱が癖にでもなったのか。というか癖になるのか幽体離脱。
「……ッ!」
「あー、大丈夫だから」
とりあえず具体的にどういう状況なのか調べるため、制止してくる斎藤さんをいなしながら窓をあける。
そして予想通りというか、窓の外に居たのは中里だったわけだが。
「あ、もっちーだ」
「……」
ちょっとその状態が予想外だった。
俺を見つけて嬉しそうな顔をする中里。
それ自体はいつも通りだ。霊体だけなのをいつも通りと言って良いのか分からないが普段の様子と変わりない。
だが問題なのは――。
「中里。おまえ今自分の状態がどうなってるのか分かってるか?」
「え? 状態?」
そう言って不思議そうに自分の体を見下ろす中里だが。
「……何コレ体がない!」
「あーそうだなー。やっぱりないよなー」
俺に見えないだけかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
今の中里は頭だけだ。体は存在せず生首だけが宙に浮いている。
どういう状況だよ。こいつ実は妖怪だったのか。
俺に妙に構ってくるのも実は七海先輩の言っていた人外に好かれやすい性質のせいとか。
「わーすごーい。おもしろーい」
「少しは悩めよ!?」
しかしこっちの心配はよそに、生首状態のまま飛び回りはしゃぐ中里。
どんだけ能天気なんだよ。
いや今朝の話し方からして夢だと思っているせいかもしれないが。
しかし生首状態とはいえ霊体だけでうろついてることに変わりはなく、あまり良い状態とは言えないのは確かなわけで。
「中里。戻り方分かるか?」
「え……? 分かんない」
だろうなあ。こいつにそんな器用な真似できそうにないしなあ。
「じゃあ戻してやるからちょっとこっちこい」
「?」
疑問符を浮かべながらも素直に近づいてくる中里。
昨日中里は俺が九字をきったら元に戻ったらしい。つまり軽く霊的なショックを与えてやればいいわけで。
「悪霊退散」
「誰があくりょ!?」
軽く霊力を込めたチョップを脳天に叩き込んだら、中里は今までそこに居たのが嘘みたいにすっと消えた。
本当にすっと消えるな。
霊体は時に時間や空間すら越えるらしいし、瞬間的に体に戻っているのだろうか。
「しかし中里もかー」
俺の知り合いの中では比較的まともだと思ってたんだが、ついに変人の仲間入りか。
そんなことを考えていたら、斎藤さんに背後から首をロックされた。
だから俺とどうなりたいんだアンタは。
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・
「……抜け首だな」
翌日。
昼休みになるなり中里をとっ捕まえてふしぎ発見部に連れていくと、事情を説明された月紫部長からそんな答えが返ってきた。
※抜け首
ろくろ首の一種。体から頭部だけが離れ飛び回る怪異。
元々のろくろ首の原形は抜け首であり、首自体が伸びる描写がされ始めたのは江戸時代ごろとされている。
抜け首と胴体を繋ぐ魂の糸が描かれる場合もあったため、その糸を伸びた首と解釈したものが広がったのではないかとも。
「え? じゃあ私人間じゃないんですか!?」
「人間でない場合もあるが抜け首の正体の中には人間もいる。体から離れた魂が頭だけの姿をとってしまっているわけだな」
「……ということは私もついに特殊な力に目覚めたんですね!」
「何で嬉しそうなんだよ」
確かに前から幽霊見えるようになりたいとは言っていたが。
それにしたってあっさり受け入れ過ぎだろう。
「いや。元からそういう妖怪だとか能力があるならともかく、この場合の抜け首はどちらかというと病気だな。離魂病という魂が体を離れてしまう病の一種ともされている」
「え!?」
しかし無慈悲に特殊能力どころか病気だと告げる月紫部長。
確かに俺の目で見ても無防備にもほどがあったしな、あの生首状態。
「最近何か体に強い衝撃を受けたりはしなかったか?」
「えーと。一昨日くらいに体育の授業でバレーボールが頭に直撃しましたけど……。でもこれって訓練すれば使いこなせるようになったりは……」
「霊的な資質も守りもない君がそれをやっても危険なだけだ。大人しく治せ」
「……はい」
再び無慈悲に告げる月紫部長に項垂れつつも大人しく受け入れる中里。
よかった。このままでは毎晩中里が頭だけで俺の部屋に突撃してくるようになるかと。
「うー。ヒロインが新たな力に目覚めて仲間入りな展開かと思ったのに」
「誰がヒロインだ」
こいつは何でこんなに非日常を求めてんだ。いざなってみると面倒の方が多いぞ。
そう言ったら中里はまだしも月紫部長にまで呆れたような目でため息をつかれた。解せぬ。
ちなみに中里の抜け首は、月紫部長に教わった霊体を肉体に定着させるための瞑想と呼吸法を寝る前にやっていたら一週間ほどで治った。
そのことについて残念そうにする中里だったが、そこですっとぼけずに実践するあたりが素直だ。
ともあれ俺の家に毎晩生首が突撃してくるという未来は避けられた。
しかし代わりのように、斎藤さんが何かを警戒するように定期的に俺の部屋に出没するようになる。
なんか続々と人外が集まってないか俺の家。
そう愚痴をこぼしたら月紫部長に「今更過ぎるだろう」と逆に驚かれた。
本当に両親が戻って来たらどうしようこの状況。
最近媚を売ってくるようになったすねこすりを膝の上で撫でながら、そんな悩んでも仕方ないことを悩む羽目になった。