長い友
とある平日の学校。
最近涼しくなってきていたのでつい自転車を飛ばし過ぎ、早めに学校についてしまい、俺はまだ生徒が少ない教室で宿題の見直しをしていた。
「た、大変だー!」
そんな静かな教室に駆け込んでくる馬鹿もとい中島。
廊下を走るな。
「あ、望月! 助けてくれ!」
「俺かよ」
予想はしていたが、真っ先に俺の所に来るということはオカルト絡みか。
本当に霊媒体質でもなければ見えるタイプでもないのに、何でそういうのを引き寄せるんだこいつ。
「落ち着け。何があった」
「お、俺の頭が……」
「うん?」
「俺の頭の髪が切られたんだ!」
「……」
沈黙に包まれる教室。
何事かと見守っていた他のクラスメイトたちも、じっと中島の頭部を見て黙り込んでいる。
今教室に居る中島以外の生徒の心は一つになっていることだろう。
おまえは何を言っているんだと。
「おまえ元から坊主頭だろうが」
「いやそうだけどそうじゃなくて! ほら昨日よりちょっと短くなってんじゃん!?」
「分かんねえよ!?」
「あ、ホントだ」
「分かるやつがいた!?」
誰かと思って視線を向ければ中里だった。
何でわかるんだよ。まさかクラス全員の髪を毎日事細かにチェックしてるのか。
「いやマジだって。今日朝練ないの忘れててさ、遅刻したと思って普段通らない裏道通ったんだよ。そしたらいきなり切られた髪が頭からパラパラ落ちて来てこの通り」
「いや『この通り』言われても分からんわ」
中里の言う通りなら確かに短くなっているんだろうが、坊主頭がさらに坊主ったところでそれが何だというのか。
自分で切ったのを忘れただけじゃないのか。
「いや。中島の言っていることは本当だ」
「その声は新田」
ガラリと扉を開けて教室に入ってくる男子生徒。
その声から新田だと判断し名前を呼びながら視線を向けたのだが。
「……誰?」
「俺だ! 新田だよ!」
そこに居たのは「おまえ野球部じゃなくてテニス部じゃねえの?」と聞きたくなるお洒落ヘアーな新田ではなかった。
見事な坊主頭だ。というかこいつ坊主頭も似合ってるな。
雰囲気イケメンではなくマジのイケメンだと証明されてしまったじゃねえか。
「え? 野球部の先輩から『あいつチャラくてムカつくよな』と頭刈られたわけではなく?」
「うちの先輩そんな陰険じゃないよ!? 多分中島と同じ道だ。民家と山の間の舗装もされてないところだろう」
「ああ、そこそこ。先輩に近道だって教えてもらったんだよな」
「ということはその道通るやつが一定数居るって事じゃねえか!?」
現在進行形で被害者が増えているかもしれない。
そう判断した俺は新田と中島からその道を聞き出し、結構学校に近かったので即座に向かって人払いの結界をはっておいた。
何で人の髪を守るために全力疾走せにゃならんのだ。
そう愚痴を零したら「そこで面倒くさいからって放置せずに走っちゃうのがもっちーだよね」と生温い目で言われた。
俺はもっと気を抜いて生きた方がいいのかもしれない。
・
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「ここが問題の道か」
放課後。
月紫部長たちにも今朝あったことを説明し、俺たちは件の裏道へと来ていた。
舗装もされてないとは聞いていたが、地面に砂利すらひかれておらず、凸凹も放置されて雨が降れば水たまりだらけになりそうな道だ。
山側もそれほど勾配は急ではないが、藪に覆われていて、いかにも手付かずと言った様子。
コレ道じゃなくて、民家と山の間の空き地じゃないか?
「地図でも道として表示されてないわね。私有地じゃないかしらここ」
「ではなるべく手早く済ませた方がいいな」
そう言いながら俺とは比較にもならない手際で結界をはっていく月紫部長。
これは俺の人払いの結界がお粗末だからではなく、今回の騒ぎの犯人を逃がさないために、出入り自体を封じるための結界を別にはりなおすためだ。
中島も新田も気付かないうちに髪を切られたということは、常人では見えないほど素早いか化かされたということ。
あらかじめ逃げ道を塞いでいないと、取り逃がす可能性もある。
「速いか化かしてるか。となると髪切りですよね」
「そうね。正体はともかくやってることは髪切りだし」
※髪切り
人間の髪を気付かれないうちに切り落としてしまう妖怪。
江戸時代に編集された怪談集に記されている妖怪だが、明治時代にも被害は報告されており新聞記事にもなっている。
その正体は髪切り虫という架空の虫、あるいは狐が化けたものなど諸説あり、人間が首謀者であるとして罰せられた事件も存在するなどハッキリとしていない。
「髪切りか……」
「あら? 部長は髪切り苦手なの?」
「苦手というか修験者と髪切りには因縁があってな。修験者の中には髪切り避けの札を売っていたものがいてな。そのせいで修験者による自作自演ではないかと疑われることもあったし、実際に捕まった修験者も居る」
「ええ……」
それは冤罪だったのかはたまた本当に自作自演だったのか。
どちらにせよ修験者には不名誉な噂が流れたのは事実だろう。
「じゃあ雪辱をはらしにと言いたいところですけど、これ俺が一人で行った方がいいですよね」
「日向も付いて行った方がいいと思うのだが」
「でも万が一ということがありますし」
月紫部長は退魔師としては既にプロ並みだが、亀太郎の時のように幻術などの搦手には案外弱い。
逆に見鬼である俺や七海先輩は化かしてくる相手には向いているが、単に速い妖怪だった場合は対処が難しい。
だったら失敗して髪を切られてもダメージが少ない俺が行くべきだろう。
別に髪型に何か拘りがあるわけでもなし。
「え? 駄目よ。トキオくん絶対坊主とかスポーツ刈りは似合わないタイプだわ!」
「いやそこ断言されても」
実際にやったことないから分からないが何故似合わないと断言できる。
自分でも似合いそうにないなとは思うが。
「じゃあ行ってきます」
「気をつけろよ」
そうして月紫部長がはった結界の中に入ったわけだが、何かが襲ってくるだとか敵意を向けてくる感じはしない。
向こうも警戒しているのか。とりあえず一度つっきってみるか。
そう思い歩き出したのだが。
「うをっと!?」
突然風切り音がして咄嗟に屈むと、頭上スレスレを何かが通り過ぎていくのが見えた。
「……これが髪切り虫か」
即座に距離をとりつつ振り向けば、そこには見上げるほど巨大なカマキリのような虫がいた。
ただその手はカマではなくハサミのようになっていて、それで器用にも人の髪を切るつもりらしい。
髪切り虫なのに、カミキリムシではなくカマキリムシに似てるのかというのは置いておいて。
「なるほど。正面からやりあうつもりか」
こちらが攻撃の寸前まで反応できないほど素早く静かに接近してきたというのに、髪切り虫はハサミを威嚇するように掲げながらこちらへゆっくりと近付いてくる。
「そっちがその気なら乗ってやる」
そう独り言のように言いながら、短木刀を握り直し霊力刀を顕現させる。
そして正眼に構え、ゆっくりと近付いてくる髪切り虫を待ち構える。
「そこだあ!」
「ぶふぉっ!?」
と見せかけて、反転して足元に接近してきていた丸っこい物体を蹴り飛ばした。
「げはっ! ごほっ! な、何でばれたんっすか!?」
そうせき込みながら叫んでいるのは、丸々とした体形の狸。
右手には手動式のバリカンが握られており、それで俺の髪を刈り上げるつもりだったのだろう。
「退魔師が来たと思って忍び寄る前に策を弄したんだろうけど、俺は見鬼なんだよ。髪切り虫が襲ってきたあたりでおまえが藪から出てくるの見えてたぞ」
「はいい!?」
俺の言葉に驚く丸い狸。
そもそも髪切り虫自体が幻術だとすぐに気付いたので、分かっていても避けて見せたのはこいつを油断させるためだ。
月紫部長たちも幻術だと分かっているから、見た目にはピンチな俺を助けに来なかったのだろう。
「ということはアンタが噂の旦那っすか! 此処であったが百年目!」
「は?」
何かキリッと目を釣り上げ二足で直立すると前足を突き出して構える狸。
噂って何だよ。俺こいつになにかしたか。狸だし、もしかして亀太郎たちの知り合いか。
「俺こそが阿波で名を馳せた坊主狸! アンタの軍門には下らないっす!」
「坊主狸?」
「そいつの主張通り徳島の化け狸だ」
俺の疑問にいつの間にかそばに来ていた月紫部長が答える。
なるほど。つまり亀太郎の同郷か。
※坊主狸
坊主橋という橋に現れるとされる狸。
橋を渡る者の通行を邪魔し、時には坊主頭にしてしまうという。
「誇り高き狸たちを骨抜きにしているぬらりひょんめ! 俺が成敗してやるっす」
「誰がぬらりひょんだ」
確かに最近それっぽい立場になってきている自覚はあるが。
いや。ぬらりひょんが百鬼夜行の長だというのは後世の創作らしいし、俺の所に居るのは狸ばっかりで、それ以外の妖怪はあまりいないぞ。
しかし大体分かった。
こいつは他の狸たちが俺の部下である亀太郎……部下?
ともかく、亀太郎たちが俺に従っているのが気に食わないのだろう。
なので亀太郎たちの一派には加わらず、こうして単身で悪さをしていたと。
「話は分かったが。化かしが殆ど効かない俺相手にどうしようと?」
「ふん。おまえごときに化かしなんか必要ないっす!」
そう言ってバリカンを構えながらこちらと対峙する坊主狸。
両手を掲げている姿が、レッサーパンダの威嚇みたいで可愛いとかは言わない方がいいだろうか。
しかしやる気満々のようだが、俺の出番はないだろう。
何故なら。
「へえ。咆えたやんか坊主の」
「しかし『アンタらの世話にはならないっす』と言っていた結果がこれでは見逃すわけにはいきませんねえ」
「……は?」
狸坊主の後ろに佇む亀太郎と傘差し狸。
さっきから普通に歩いて来ていたのだが、俺との会話に夢中で気付かなかったらしい。
「ぼっちゃんに迷惑かけんなや。そもそもこのご時世に無計画に暴れたら妖怪全体の討伐が加速するやん」
「誇りは結構ですが、狸が全部あなたみたいな考えなしだと思われると困るんですよね」
「ちょー! 待って! こっから一戦交える流れじゃないんっすか!?」
そしてそのまま人間の姿をしていて上背もある傘差し狸に、首根っこを掴まれて連行されていく坊主狸。
どうやら狸同士で話をつけてくれるらしいので後は任せよう。
見た目狸を叩きのめすのちょっと躊躇うし。
「やったわねトキオくん。狸が増えるわよ」
「やめてくださいよ」
あんな反骨心持ったの仲間にしても後々不和の元になるだろうしいらんわ。
しかし予想に反してというか予想通りにというか、次の日に亀太郎と共にやってきた坊主狸は頭にでかいタンコブを作っており、いかにも嫌々と言った様子で亀太郎たちの一派に加わると俺の前で宣誓してきた。
別にいらないと言ったら亀太郎たちから坊主狸がいじめられそうなので、何も言わずに受け入れておいた。
何で対人関係だけでなく対狸関係にまで気を使わねばならんのだ。
そう愚痴ったらシルキーに「貴方がお人好しなせいでは?」と呆れたように言われた。
お前が言うなと思ったが、言ってることはその通り過ぎてぐうの音もでなかった。