のこのこ
突然だが、俺は普段布団で寝ている。
一時期はベッドを使っていたのだが、何というか浮いてるような気がして慣れることができず、床に布団を敷くのが一番だという結論に達したからだ。
その布団に入って就寝してからそれなりに時間が経ったであろう深夜。
何だか気配を感じて目が覚めたのだが、ちょっと目の前の光景の意味が分からなくて動くに動けずにいる。
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「参ろうかー」
何か白装束に頭に白い傘という白ずくめの集団が、ひたすら何かを呟きながら、俺が寝てる布団の周りを盆踊りみたいに回っている。
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「……し……」
何だコレ。
どういう状況だ。
こういう意味が分からない系の妖怪をひっかけてくるのは中島の担当だろう。
何で俺の所に、しかもこんな深夜に訪れてひたすら布団の周りを回っている。
「参ろうかー」
「し……み……お……」
「参ろうやー」
どう対処したものかと悩んでいたのだが、白ずくめ集団の呟きの中に一つだけ異なるものが混じっているのに気付く。
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「し……とみ……おっ……」
「参ろうかー」
他の奴らの声に紛れて聞こえ辛いが、一人だけ別のことを呟いているということは何か意味があるはず。
そう考え何かの解決策になるのではと耳を澄ませたのだが。
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「塩と味噌おっかねえ」
「……」
――知らんがな。
何故に塩と味噌?
塩は清めとかにも使われるからまだ分かるが味噌?
いや味噌にも塩は使われてるが何故味噌ピンポイント?
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「塩と味噌おっかねえ」
「参ろうかー」
「参ろうやー」
「……」
結論。意味が分からないし害もなさそうだから寝よう。
そう決心すると、俺は布団を頭までかぶって就寝した。
・
・
・
「ああ。何か来ていましたね」
翌朝。
最近家に居ても違和感を覚えなくなってきたシルキーに昨日のことを聞くと、気付いていたらしくあっさりとそんな答えが返ってきた。
「……放置していたということは悪いものではないですよね?」
「恐らくは。そもそも害意があるものなら入って来られないでしょうし」
確かに。
対羅門用にはられた宮間さんの結界だが、悪意あるものが入って来られないようにも設定されている。
なのであの白ずくめの集団も危険なものではないのだろう。
そう思ったからこそ無視して寝たわけだが。
「逆に言えば入りたい放題なんだよなあ」
昨夜の一回で終わればいいが、何度も続くようなら流石に無視して眠り続けるのは色々と恐い。
もしかすれば、宮間さんの結界が仕事しないぐらい強力な存在だという可能性もあるし。
「……月紫部長と七海先輩に相談だな」
ともあれ情報が足りないのでどう対処したらいいのか分からない。
考えなしに攻撃したら実はみたいな可能性もあるし、先輩二人に知恵を貸してもらうとしよう。
そう結論付けるとシルキーの作った大根の入った味噌汁に口をつけた。
……塩と味噌置いといたら来なくなったりするのだろうか。
・
・
・
「……」
昼休み。
昨夜あったことを月紫部長に話すと、何やら一時停止した後に、無言で窓の方を向いて空を眺めはじめた。
どういう反応だ。
まさか普段は空でも飛んでるのかあの白ずくめ集団。
「……そういえばもう秋だな」
「えー、はい。秋ですね」
そして反応があったと思ったらこの台詞である。
秋なのがどうしたというのか。
「心当たりでもあるんですか」
「ある。というか、いつもなら私の所に来るのだが」
定期開催されてるのかよ、あの盆踊り。
しかもいつもは月紫部長の所に来るって。じゃあ何で今回は俺の方に来た。
「ふむ。望月。明日の休みは山に行くぞ」
「いつも行ってますけど」
山というからにはいつもの修行場だろうが、それが今回の件と何の関係があるのか。
そう疑問に思っていると、月紫部長が苦笑しながら首を横に振る。
「修行ではない。何か袋でも持ってくるといい。なるべく大きいのをな」
「はあ」
どうやら正体を教えてくれるつもりはないらしく、にやりと笑いながらそんなことを言う月紫部長。
まあ月紫部長までこういう反応だということは、本当に悪いものではないのだろう。
そう判断してその日は帰って寝たのだが、またしても現れ、回り続ける白ずくめの集団にちょっとイラッとした。
明日行くからとっとと帰れ。
・
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・
「絶好の狩り日和ね!」
翌朝。
いつも修行に行ってる高加茂家所有の山の入口で何やら顔を輝かせている七海先輩。
しかし冷静に考えると山所有してるって凄いな。
税金とかどれぐらいとられるんだろう。
「狩りって。もしかしてあの白ずくめを狩りに行くんですか?」
「そうよ」
もしかしてと思ったら肯定された。
何それ恐い。無害だって言ってたのに狩っちゃうのか。
「あら? トキオくん正体聞いてないの?」
さくさく登っていく月紫部長についていきながら疑問を口にすると、後ろから付いて来ていた七海先輩が不思議そうに言う。
「ああ。今回は望月に和尚さんになってもらおうかとな」
「へえ。確かに分かったらびっくりするかもしれないわね」
「どういうことだよ」
俺が和尚さんってどういうことだ。
羅門のせいで坊主には良い印象がないんだが。
いや狸坊主の六角さんは良い神様だったが。
「ん?」
そんなことを考えていたら視界の端に白いものが見えて立ち止まる。
「……」
「……」
山道から少し離れた木の影から、夜に現れた白ずくめの内の一人がこちらを見ていた。
一体何だと見つめ返していたのだが。
「……塩と味噌おっかねえ?」
「いや聞かれても!?」
相変わらず意味が分からないことを言われたのでつっこんだら、傘で隠れてない口元を笑みへと変え、そして物凄い勢いで藪をかき分けながら山を駆け上って行った。
つまりどういうことだ。
「真昼間なのに姿を見せるとは。余程気に入られたらしいな」
「トキオくん結構人外に好かれやすいわよね」
「はい!?」
今の気に入られてたのか。
というか結局何で塩と味噌が恐いんだよ。
「まあ姿を見せた通りもうすぐだ。気張って歩け」
「はいレッツゴー」
「ええ……」
そうして結局何一つ教えてもらえないまま、七海先輩に背を押されながら目的地まで登りきることとなった。
・
・
・
「ほら。これが正体だ」
目的地。といっても山道からは外れてるし、木も鬱蒼と生い茂っている正に自然の山の中なのだが、そこにあるものを見て、ようやく白ずくめの連中の正体が俺にも分かった。
「……きのこ?」
「千本しめじだ。それなりに希少なきのこだぞ」
何本も重なり合い塊のようになって生えている小さめのきのこ。
それが落ち葉のふりつもった地面に点々と生えていた。
「え? つまりあの白い奴らの正体は」
「お化けしめじだ」
「まんますぎる!?」
※お化けしめじ
宮城県に伝わる千本しめじが化けた妖。
一人暮らしの和尚の下へ夜な夜な白装束に白い傘をつけた集団が現れるようになり、和尚は正体を見極めるために目印をつけて追いかける。
すると大きな切り株に辿り着き、そこには大量の千本しめじが生えていた。
白装束たちの正体はその千本しめじであり、和尚に食べてもらいたくて化けて出たのだとされている。
「あー、きのこが化けてたから傘かぶってたんですね。じゃあ『塩と味噌おっかねえ』というのは?」
「和尚もそう言われて念のために塩と味噌を持って後を追ったそうだが、しめじを見つけた時に持っていた塩と味噌をつけて食べたら美味かったそうだ」
「微妙に答えになってない!?」
え? まさか塩と味噌つけて食べてほしかったのか?
じゃあ何でおっかないんだよ。饅頭恐いか。
「塩と味噌おっかねえ?」
「だから何でだよ!?」
声が聞こえたのでつっこみながら振り向けば、そこにはまたしても白ずくめ……お化けしめじが一人だけ居た。こちらを見てにっこりと微笑むと、そのまま姿を消す。
そしてお化けしめじが消えた後には、一際大きな千本しめじが。どうやらこれが本体らしい。
「余程気に入られたのだな。そのしめじは君が持って帰って食べると良い」
「……え? むしろ食いづらいんですけど」
「ダメよトキオくん。食べてもらいたがってるんだから感謝していただかないと」
「……ええ?」
結局そのまま押し切られ、その大きな千本しめじを持ち帰り、久しぶりにシルキーの手は借りず自分で炊き込みご飯やみそ汁を作ることにした。
「なるほど。私を食べて(物理)だったということですね」
「何でますます食べづらくなること言うんですか!?」
一連の話を聞いたシルキーの感想。
いつもより念入りに拝んで食べてしまったのは仕方がないと思う。
何だか食材に感謝するという行為を真面目に考えたくなる出来事だった。