変態という名の紳士
斎藤さんのことを宮間さんへ報告し、いよいよ俺にできることはなくなったわけだが、少し考えてあることに気付く。
斎藤さんの心を深海さんに読んでもらえば手っ取り早いのでは?
ヤンキーさんは斎藤さんを既に本人からは独立した存在だと予想していたが、その斎藤さん本人と思われるあの巫女服の女性は俺のことを知っていた様子だった。
つまり斎藤さんと本人は何らかの繋がりが残っている可能性がある。
故に斎藤さんを経由して深海さんが情報を読み取ることも可能なのではと思ったのだが。
「多分無理だろう」
「あれ?」
昼休みに弁当食べながら月紫部長にそう聞いてみたら、あっさり否定された。
何故だ。実はそんなに応用きかないのか深海さんのサトリ。
あと話題にされてんのに俺の肩越しに弁当覗き込んでる斎藤さん相変わらずマイペースだな。
出し巻き卵とから揚げあげたのにまだ足りないのか。
食う量が少しずつ増えてないかこの地縛霊もどき改め生霊もどき。
「いや応用はかなりきく。しかし深海さんでは恐らく斎藤を認識できないだろう」
「え。深海さんって霊感はそんなに高くないんですか?」
「そもそもの認識が間違っている。深海さんは霊能力者ではないぞ」
「……ああ!」
そういえば以前月紫部長が言っていた。
深海さんは霊能力者というより精神感応能力を持つ超能力者だと。
「え。じゃあもしかして深海さんって幽霊見えない人なんですか?」
「素人に毛が生えた程度だな。武芸者として気の運用という形で霊力を扱えるが、対霊体に限定するならば対応力は霊能力者に大きく劣る。まあ深海さんが本気を出すときは付喪神になってもおかしくないような古刀を持ちだすから、霊でも妖怪でも関係なく斬るが」
「何それ恐い」
レベルを上げて物理で殴るを地で行ってるじゃねえかあの人。
術とかかけられても斬って捨てるんじゃないか。
「君もその予備軍だぞ」
「そうだった」
古刀とか持ち出さなくても自力で出せる霊力刀で大体のものは斬れる俺も同類だった。
いやでも俺だって結構術とか使えるようになってきたし。
とりあえず敵の攻撃であっさり割られない結界をはれるよう頑張ろうと思った。
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相も変わらずふしぎ発見部は活動を続けているのだが、その活動にちょっとした制約がつくことになった。
曰く、何か怪奇事件の類の調査に行くときは事前に顧問に連絡すること。
この前の金木先輩の相談が「動物霊の騙りかと思ったらガチ神だったぜ」という普通にプロの退魔師数人がかりで対応する案件だったため、万が一に備えて深退組への連絡ルートを複数確保したいらしい。
なら最初から事前にプロの退魔師に手伝ってもらうべきなのではとも思ったが、それこそガチで人手不足なので学生の「もしかしたら」程度の相談にさける人員がいないのだとか。
一応納得はしたが、コレ間違いなく月紫部長というプロが在籍しているからこその対応で、そうでなければ部の活動自体停止すべき状態だろ。
月紫部長や七海先輩が卒業した後どうなるんだろうこの部。
ちなみに顧問は誰かと思ったら堂本先生ことどうもこうもらしい。
いいのか退魔師組合への連絡員が妖怪で。
「部長! 渚沙が相談があるらしいの!」
そしてそんな自粛ムード中でも相談持ってくる七海先輩は我が道を行っている。
まあ名前の呼び方からして友人みたいだから無視することもできなかったんだろうけど。
「いきなりごめんね高加茂さん。あ、そっちの子は一年かな。私は二年の東雲渚沙。よろしく」
「望月時男です」
そういって頭を下げたのは、ポニーテールが印象的な長身の女子生徒。
いやマジで背が高いな。スポーツでもやっているのか体も引き締まっているしカッコいいタイプの女子だ。
「渚沙は陸上部の所属で中距離の全国大会に出たこともあるエースなのよ!」
「いやそこ言わなくていいでしょ」
我が事のように自慢する七海先輩だが、東雲先輩は恥ずかしいのかその七海先輩を肘で小突いている。
全国かー。うち進学校なのに個人だとたまにえらい飛びぬけた選手いるっぽいんだよなあ
七海先輩といいこの学校文武両道を実現させてる生徒が多いのだろうか。
「それで相談というのは」
「ああ。昨日のことなんだけどね……」
そして七海先輩とは友人だが月紫先輩とはあまり親しくないらしく、ちょっと身構えている。
いや俺もこの部に入ってなければこんな見た目からして変人と親しくならなかっただろうが。
「昨日雨降ってたから部活は筋トレ中心で終わってね。でも家に帰ったころには雨あがってたから軽く走りに行ったんだよ」
「夜中にですか?」
「あーまあ最近物騒だけど人通りの多いとこを選んでるよ? でも家の周りはどうしてもねえ」
まあそれは仕方ないというか。
人通りがなくても住宅街なら家の中に人は居るのだからそう危険もないだろう。
「もうすぐ家につくって頃にいきなりコート着て帽子で顔隠した男が声かけてきてさあ」
「なんですかその変質者の見本みたいな恰好」
「いや実際変質者だったんだろうね。いきなり『夜の一人歩きは危ないですよお嬢さん。私の尻を貸しましょう』って言ってコートまくり上げてて」
「変態ね」
「変態だな」
東雲先輩の話を聞いてそう断言する月紫部長と七海先輩だが、これ変態は変態だが発言がおかしいだろ。
一人歩きが危ないと何故尻を貸すことになる。
というか尻を貸すって女性相手に?
いや男相手ならいいってわけじゃないが女性が男の尻をどうこうする性癖とかあるのか。
んな事聞いたら三人から白い目で見られるだろうから言わないが。
「当然すぐに全力で逃げたんだけど懐中電灯でこっち照らしながら延々と追いかけて来て、一キロ近く離れたコンビニに逃げ込んでやっといなくなったんだ」
「それはまた執拗な……って東雲の足について来たのか?」
「うん。だから変態にしてもハイスペックな変態か人間じゃないやつだと思って」
ハイスペックな変態とは。
いや確かに女子とはいえ全国大会に出るような人間の全力疾走に付いてくるとか並の人間には無理だろうが。
「断言はできないが。まあ念のため霊力の痕跡がないか調べてみるか」
「ありがとう。でも無茶しないでくれよ」
「人間だったら深追いせず警察に通報だな」
そういうわけで、東雲先輩に詳しい場所を聞き変質者を探すことになった。
ちなみにそのことを報告した堂本先生から「……危険? いやでもこいつらからしたら人間の方が……」「やりすぎないようにね」という注意を受けた。
相手が人間だった場合の被害の方を心配するとか俺たちを何だと思っているのだろうか。
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さて。そういうわけで日が暮れたところで東雲先輩の家の付近を三人で巡回しているわけだが、ちょっとその周囲の状態が予想外だった。
周りが田んぼや畑ばっかりで家が少ないどころか街灯すらねえ。
勝手に住宅街だと思って油断していた。そりゃ田舎町なんだからこういう場所もあるわ。
「確かにこれは物影とかに潜まれたら分からないかもしれないわね」
「明かりを持ってくるべきだったな」
暗闇に目が慣れても月明かりすら届かない場所は全く見えないし、うっかりすれば足を踏み外して田んぼに落ちそうだ。
携帯についているライトを使おうかとも思ったが、そのせいで電池を消耗していざという時に連絡できなくなったりしたら意味がない。
「俺だけ戻って何か持ってきましょうか?」
「君は何故死にかけたばかりなのにフラグを立てるんだ」
「私たちが『遅いわねトキオくん』とか言ってたら正気を失ったトキオくんが現れて、無防備な私たちに襲いかかってくるのね」
「襲わねえよ」
そうつっこむが、確かにこの状況で単独行動はまずいかもしれない。
かといって視界が悪いままうろつくのもどうなんだ。一度出直すか。
そう三人で相談していたのだが。
「もし。そこのお嬢さんにお坊ちゃん」
「……は?」
突然暗闇から声がかけられた。
まさかと思い振り返れば、そこには帽子を目深にかぶり闇に紛れるような黒いコートを着た成人男性らしき人影が。
いや待て。
まだそうと決まったわけでは。
「こんな夜道を明かりもなしに歩くのは危険です。私の尻を貸しましょう!」
「当たりかよ!?」
最後の方は半ば叫ぶように言いながらコートの裾を捲り上げ、案の定剥き出しだった尻をこちらに向けてくる男。
「……え?」
しかしその尻が予想外だった。
暗いのでよく見えない。
だが霊的な目は間違いなくその存在をとらえていた。
目だ。
肛門にあたる位置に目がついている。
もしかして妖怪尻目か。そう思いながらその尻についた目を凝視していたのだが。
「え?」
突然その目からフラッシュ焚いたみたいな閃光が放たれた。
「目が!? 目があぁッ!?」
「ああ! トキオくんがどこかの大佐みたいに!」
「人間目がくらむと本当にその台詞が出るのだな」
冗談抜きで閃光のせいで目の機能を喪失した俺に、慌てる七海先輩と何やら感心している月紫部長。
何で二人は平気なんだよ。
「いや。流石にいきなり尻を向けられて直視は……」
「そうね。反射的に目を反らしちゃって」
マジかよ。
この二人にそんな一般的な恥じらいが存在していたのか。
「それはともかく。これは『ぬっぽり坊主』ね!」
「……」
「……大変だ日向! 望月がつっこまないぞ!」
「これは重傷ね!」
何だその名前と思ったものの、目が痛いので反応しなかった俺に今までで一番狼狽える先輩二人。
アンタら俺を何だと思ってるんだ。
※ぬっぽり坊主
いわゆる尻目。
顔は目も鼻も口もないが、尻に一つだけ目がついている。
尻目という名前は後からつけられた名前であり、原典と思われる絵巻物にはぬっぽり坊主という名が書かれている。名前からも分かるようにのっぺら坊主に近い妖怪として扱われている。
またぬっぽり坊主に独自に記されている特徴として、尻の目から雷のような光を放つというものがある。
「雷のような光を放つとは聞いていたが、持続的に発光することもできるとは」
「ふふ。便利でしょう?」
「絵面は最悪なのだけれど確かに明るいわね」
そして何か呑気にぬっぽり坊主と会話を始めている二人。
何? もしかして純粋に善意でやってんのこの尻?
だとしても尻見せつけてくる上に逃げたら追いかけてくる妖怪ほっといていいのか。
「だが一般人なら恐れを抱くだろう。今後は控えてほしいのだが」
「むう。それはできませんお嬢さん。私にも目的があるのです」
「目的?」
そう言うぬっぽり坊主だが目的あったんかい。
というか尻を見せつけるという存在からしてネタな妖怪なのに、何で話し方がそんな紳士的なんだよ。
「夜道を歩いていると明かりを貸してくれる妖怪。そういう方向で私の存在を定着できないかと」
「なるほど。新しい定義を人々の間で確立することで己の存在をまともな方向へ変容させ……」
「そうすればもっと多くの人に私のこの尻を見せつけることができるのではないかと……。おや? どうしましたお嬢さん方? そんな物騒なものを持ち出しぎゃああああ!?」
突如悲鳴をあげるぬっぽり坊主と何かを殴打する音。
相変わらず目がくらんでいるので確認できないが、どうやら女子二人によってぬっぽり坊主は倒すべき悪だと判断されたらしい。
「く……ぬっぽり死すとも尻は死な……」
「死ねえ!」
「ぎゃああああ!?」
何か言ってるぬっぽり坊主だったが言い切る前にトドメをさされたらしく響き渡る野太い悲鳴。
もしかして七海先輩いつもの薙刀で尻ぶっ叩いてるの?
今後七海先輩と対峙した妖怪は尻を叩いた薙刀で退治されるの?
ともあれこうしてぬっぽり坊主は仕置きされ、以後この付近でぬっぽり坊主が尻を見せつけることはなくなった。
そして目が見えなくなった俺は危うく再び病院送りにされるところだったが、幸いというべきか宮間家に再監禁されて小一時間ほど経ったところで回復したので第三回お泊り会は回避された。
何だか最近月紫部長が過保護になっている気がする。
危うく失明しかけたことと合わせてちょっと恐怖を感じた。