おおかみ5
無事現世へと戻ってきたわけだが、あの後は病院に連行されるわ徹底的に検査されるわ、宮間家に連行されるわまたしてもお泊り会が開催されるわとてんやわんやだった。
しかしそれも当然というか、俺自身の感覚では一時間足らずのできごとだったのだが、現世では丸一日以上が経過しており下手をすればマジであの世行きだったらしい。
そりゃ月紫部長も焦るし宮間家に監禁もされるわ。
……いや普通は監禁まではしないだろ。
「あの子なりに不安だったのでしょう。愛されていますね」
「えーそうですね」
その宮間家の居間にて。
宮間さんに一人呼び出されたと思ったらいきなり軽いジャブをもらったような気がするが、どう反応したらいいのか分からないので軽く流しておく。
この人地雷がどこにあるか分からないのが結構恐いんだよなあ。
「さて。お呼び立てしたのは現在分かっていることをお話するためです。もっとも、月紫ちゃんと日向さんには昨日の時点で話していることですし大したことは分かっていませんが」
「あの犬神もどきの正体とかは分かっていないと。麻袋の中身は何だったんですか?」
「黒い炭のような何かとしか。一時的に封印を解いて調査しようともしたのですが、その時には何の力も感じない物体になっていて術者がそろって頭を悩ませています」
「はい?」
何の力もなくなっていた。
となるとその炭のようなモノは何かが宿ってる類ではなく、あの鉛の海へと繋がる扉のようなモノであちらから扉を閉められてしまったというところだろうか。
「ただ祭壇の周囲の状況や望月くんが巻き込まれたことを考えると『吸い寄せる』性質を持っているのではないかと」
「吸い寄せる」
確かにそれなら家の中に心霊スポット並に陰気が溜まっていた理由になるだろうが、陽気が全くなかったのは何故なのだろうか。
吸い寄せられた中で陽気だけがあの鉛の海に吸い込まれたのなら、むしろ中身は逆の状態になっていそうなものだが。
まさか陰気だけを吸い寄せるというはた迷惑な代物なのだろうか。
それなら吸い寄せられた俺は陰気の塊ということになるのでそれはないだろうが。
「犬神に似た存在についてですが、素人が作ったにしてはそれなりに形になっていた祭壇。さらに望月くんが見たという巫女のような女性の存在を考えれば、単なる浮遊霊の騙りではなく本当に何処かで信仰されている可能性が高いでしょう」
「信仰……」
あの鉛の海にしろ犬神もどきにしろ、その本質は人間の負の感情の塊のようだった。
何がどうしてそんなものが溜まっているのかは知らないが、それを信仰するとは何を考えているのだろうか。
祟り神だってあそこまでマイナスに偏った存在ではないだろうに。
「天啓を受けたという父親は『おおかみさま』と呼んでいたそうです」
「おおかみ、狼、大神?」
「狼信仰自体は古くからあるものですし、祭壇の様式から四国の犬神信仰の亜種ではないかという方向で調べています」
「やっぱりそっち方面ですか」
単に首が切れているから犬神と関連付けていたのだが、ますます似たものである可能性が高まったと。
まさか犬神に頭がないから大神さまなのだろうか。
犬という字の点の部分は象形文字として考えるなら耳かしっぽだと聞いたような記憶があるが。
まあそうでなくても狼と大神を関連付けることはあるらしいが。
「ここまでお話しておいて申し訳ないのですが、以後貴方たちはこの件に関わることを禁じます」
「でしょうね」
「……冷静ですね。月紫ちゃんはごねにごねたのですが」
「いやどう考えても俺たちには荷が重いでしょう。月紫部長なら分かりませんけど」
あの犬神もどきが本当に一部で信仰されている神だとしたら、考えなしに近づいたらどうなるか分かったものではない。
正に触らぬ神に祟りなし。
もっともこちらから関わろうとしなくても結果的に関わりそうな予感がビシビシするわけだが。
「……本当に分かっていますか? こちらが忘れた頃にしれっと関わっていそうなのですが」
「分かってますよ」
そしてそう思っていることを悟られたらしくジト目で問い詰められたが、いつも教師相手に使っている面倒くさいと思っていることを感じさせない真面目な顔で乗り切った。
後で話をした月紫部長が関わるなと言われたのにぷりぷりと怒っているのが結構可愛かった。
・
・
・
「いきなり病院に担ぎ込まれたって聞いたのに、学校出てくるなり『卒業アルバム見たいから協力してくれ』って何があったんだおまえ」
「便利に使うなら説明してもらいたいなあ」
次の日の学校にて。
俺は登校するなり保健室で堂本先生を捕まえると、校長を脅し……説得してもらって卒業アルバムを確認していた。
あまり話したことがなかったが、本当にオカルトに弱いんだな校長。
というかどうもこうものそれぞれの頭に視線合わせてたし、中途半端に見えるせいで中途半端に絡まれるタイプだなアレは。
「霊体だけで迷い込んだ場所がですね、三年前のこの学校をモデルにしてたっぽいんですよ」
「はあ。だから三年前にここに通っていた誰かの仕業じゃないかって?」
「仮にそうでも卒業アルバム見ただけでは分からなくないかい?」
犬神もどきの件には関わるなと言われたし考えなしに近付く気は本当にないのだが、気になるものは気になるので危険がない範囲で調べるくらいはいいだろう。
堂本先生の言う通り、三年前という情報だけではあの空間に関わりのある人間を見つけ出すなど不可能に近い。
しかしあの巫女のような女性。
あの人と会ったときから俺の頭には一人の少女の顔が浮かんでいた。
もしかしたら勘違いかもしれない。だから深退組からの聞き込みの際には答えなかった。
そして卒業アルバムをしらみつぶしに探して見つからなかったら、何だ勘違いかと笑って済ませるつもりだったのだが。
「……居た」
三年前。いや年度的には二年前だろうか。
月紫部長が入学するのとは入れ違いに卒業した生徒たちが並ぶ中に見つけた。
見つけてしまった。
ハッキリと姿の写っている、間違いなく生きている一人の女子生徒。
「……斎藤さん」
その生徒はふしぎ発見部の部室に縛られている、あの見慣れた少女と同じ顔をしていた。