おおかみ
「時男さん。少しよろしいでしょうか」
「はい?」
シルキーが家に居着いてからしばらくして。
家事の負担が減るのは嬉しいが素直に喜べないというか、これ親が帰って来たらどう説明すんだよと悩む今日この頃。
どうやらシルキーは和食にも対応しているらしく味噌汁とごはんがメインの朝食をありがたくいただいていたのだが、不意に声をかけられ視線をそちらへ向ける。
「コレなのですが」
「むー」
「いやコレと言われても」
そこにはシルキーに首根っこを掴まれぶら下がるすねこすりの姿が。
何でうちに居るんだよ。おまえ月紫部長から宮間さんへ引き渡されたはずだろうが。
「玄関の前に居座り開閉をドアストッパーのごとく阻みながら『自分はここの飼い猫だ』と主張していたので一応確認に」
「こんなぶさいくな猫飼った覚えはないです」
というか結局猫扱いでいいのか。
しかも何を堂々と事実無根の主張をしている。
「では埋めてきますね」
「ちょっと待って!?」
とりあえず言うこと肯定して飼う気もないので否定したのだが、それに対するシルキーの行動が過激だった。
なんで放り出さずに埋めるの。
「この手の輩は虫と一緒で追い出してもまた来ます。元を断たねばなりません」
「いや確かにしれっとまた来そうだけど」
「むー!」
息の根を断たれると分かりようやく慌てだしたらしいすねこすりだが、その体は猫ほど柔軟ではないらしく脱出することもシルキーを攻撃することもできずうねうねとうねっている。
いや本当に猫だったら首根っこ掴まれると母猫に運ばれるのを思い出して本能的に大人しくなるらしいが。
「別に居着くくらいならいいですから。飯出せとか言い出したら叩きだしますけど」
「仕方ありませんね」
別に害があるわけでもないしいいだろう。
そう判断しすねこすりが家に居ることを許したのだが、後日それを知った亀太郎が「てめえ生意気なんだよう!」とすねこすりと体当たり合戦で喧嘩していた。
すねこすり完全にペット状態なんだがそれと張り合ってていいのか亀太郎。
しかし傍から見ると狸と猫がじゃれあってる微笑ましいだけの光景だったのでスルーしておいた。
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ふしぎ発見部にはたまに生徒からオカルトな相談が舞い込む。
相談が来るということはふしぎ発見部が「そういう集団」だと生徒に認知されているということだが、それでも冷やかしの類が来ないのは月紫部長の強烈な存在感のせいだろうか。
オカルトの類を信じているにせよ信じていないにせよガチの人には近づきがたいというか。
まあ要するにふしぎ発見部に相談に来るようなのは本当に切羽詰まってる場合が殆どであり、気のせいではなくそれこそガチなことが多いわけだが。
「あのー失礼します。相談が……」
「喝!」
その日相談に来た生徒は、入室した瞬間に月紫部長が気合で雑霊吹っ飛ばすほどガチだった。
なんかもう某寺生まれのTさんの「破ァッ!」並に便利だな月紫部長の気合。
「私をそんな創作上の理不尽と一緒にするな」
「創作に出てきそうな格好してる人に言われても。というかいきなり喝入れられて相手がひいてるんですけど」
「大丈夫よー。恐くないわよー」
「ええ……」
相談に来たのにいきなりカオスな空間に放り込まれドン引きしている女子生徒。
セミロングで切りそろえられたおかっぱに気弱そうな態度が斎藤さんに似ているなあと思ったら、心を読んだみたいに背後から当人に首をロックされた。
この背後霊は俺とどうなりたいんだ。
「あの……三年の金木といいます。最近家で変なことが起きるから相談に来たんですけど、もしかして家じゃなくて私に憑いてるんですか?」
改めて椅子を勧めて自己紹介から始まったのだが、まさか三年生だったとは。
背も態度も小さいから俺と同じ一年かと。
「憑いているというか運気が下がっているとでもいうべきか、非常に憑かれやすい状態になっている。何か疲れるようなことでもしましたか?」
「つかれ……?」
「部長。その駄洒落口頭だと分かりづらいです」
疲れてると憑かれやすい。
ギャグのようだがマジである。
むしろ相手は肉体がないわけだから、精神状態というのは非常に重要になってくる。
月紫部長みたいに気合だけで霊を祓えるのはその極端な例とも言える。
「でも金木さん守護霊も居ないわよ。疲労とかそんな単純な理由じゃなさそうだけれど」
「あー確かにいませんね」
一々他人の守護霊まで見てたら邪魔なので普段は視ないようにしているのだが、改めて霊視してみると金木先輩には守護霊が憑いていなかった。
本人に耐性があるわけでもなさそうだしそりゃ憑かれ放題にもなる。
というかこの瞬間にも俺の背後霊な斎藤さんが吸引されそうなのか前のめり気味になっている。
どんだけ引き寄せる力が強いんだ。
しかし霊的防御零となると……。
「先祖代々の墓でも蹴り倒しました?」
「やってないです!? 普通にお参りしてます!」
前に月紫部長が言っていた先祖の慰霊すら糞くらえ状態なのかと思いきや違うらしい。
じゃあ結局何でだ。守護霊がニートにでもなったのか。
「その……実は父が変な宗教始めてて……」
「あー」
それでか。家で変なことが起きると言っていたのは。
しかし変な宗教って虫女こと橘絡みじゃないだろうな。
六角さんとの会話からして神様絡みでなんかやらかすつもりみたいだし。
「変な宗教とはカルトの類ですか?」
「いえ、その……馬鹿みたいな話なんですけど、いきなり『夢枕に神様が立った!』とか言い出して自分で新興宗教を……」
「騙されてるな」
「騙されてるわね」
意見が一致したらしい月紫部長と七海先輩。
どういうことかと聞けば、今回みたいに神様を名乗り宗教立ち上げさせるようなのは、大抵騙りで正体は妖怪やら動物霊の類らしい。
うちの学校の自称モーツアルトの霊がどう見ても尻尾生えてるのと同じようなものか。
「でも何のためにそんなことを? 化かして遊んでるんですか?」
「そういう場合もあるが。本格的に宗教を立ち上げさせるとなると目的は信仰心だろう。ただの妖や霊でも信仰心さえ得れば神とはいかずとも神様もどき程度にはなれるし、万が一にも宗教として確立すればそれはもう神と変わらない」
「なるほど」
要は六角さんみたいに神になりたい妖の仕業かもしれないと。
六角さんはご利益が先にあって信仰は後から付いてきた状態だが。
「しかしおかしなことが起きるのが家中心だとするならば、引き寄せている何かがあるはずだな。神様が立ったなどと言い出す前に何か変なものでも拾ってきましたか?」
「えーと、特にそういうのは。でも父が自分の部屋に祭壇みたいなの作ってて……」
「それか」
「それね」
「それですね」
素人が作った祭壇にそんな効果があるのかとも思えるが、妖に唆されて作った上に当人がそういうものだと信じ込んでるなら変な状態になっていてもおかしくない。
それこそ信仰心だ。
「でも解決するにしても俺たちでお父さんを説得してというのも難しいですよね。ただでさえ胡散臭い業界な上に子供が何言っても信用されないでしょうし」
「祭壇があるのならそこに張本人がいるやもしれんし、それを祓えればとりあえず怪現象は収まるだろうが。父親の目を覚まさせるのは家族がやるしかないだろうな」
「あ、はい。とりあえず原因がなくなればそれでいいです」
アフターケアまではできないよと言えばそれで納得してくれた金木先輩。
まあ元凶が居なくなれば勝手に目を覚ます可能性も高いが、楽観的なことは言わない方がいいだろう。
ともあれ実物を見てみないと始まらないということで、金木先輩のお宅へお邪魔することとなった。
果たして何が居るのやら。