うちにも来てほしい系妖
「そういえば斎藤さんっていつからここに居るんですか?」
昼休みのふしぎ発見部の部室にて。
いつものように弁当からおかずを取り出し斎藤さんに食べさせたところで、ふと思いつきそんな質問をする。
最近心なしか表情豊かになってきている斎藤さんだが今も嬉しそうに餃子を頬張っている。
幽霊って口臭とかするんだろうか。
「……私が気付いたのは入学してしばらくしてからだな」
「当時の先輩とかは知らなかったんですか?」
「残念ながら入学した時点ではふしぎ発見部の部員は私だけだった。異能者が出やすいと言っても毎年必ず出るわけではないからな。日向が入部したのも二か月ほどしてからだ」
「そんな少ないんですか」
二年は元々そういう家系な月紫部長を覗けば七海先輩だけ。三年に至っては零。
じゃあもしかして俺と国見さん。あと最近あまり会わないが街風の三人もいる今年の一年は異能者が多いのか。
あと新田と中島コンビは異能者でも霊能力者でもないのに、なんであんなに妖に絡まれる率が高いんだ。
「そもそも斎藤に気付いたのは日向が先だからな。君も見鬼なせいですぐ気付いたが、一流の霊能力者でも見逃すレベルのステルス性だぞ斎藤は」
「何その無駄な高性能」
幽霊って普通こっちに存在アピールしてきて、気付いた人間にちょっかいだしてくるもんじゃないの。
いや「俺のそばに近寄るな」系のやつもいるけど。
「そういう『何かに怒っている』タイプの霊は一番厄介なやつだな。こちらの話を聞く気がないし、下手にちょっかいを出すと危害を加えてくる。浄霊も難しいから除霊するしかない」
「浄霊って強制的に祓うんじゃなくて成仏の手伝いをすることでしたっけ?」
確かに話を聞かないようなやつには無理そうだが。
というか俺その浄霊のやり方教わってないんだが除霊ばっかりやってていいのか。
「浄霊は基本は簡単だぞ。ただひたすらに祈りを込めて念仏でも唱えていればいい」
「適当!?」
「実際元から成仏したがっているような霊はそれだけで成仏できるのだ。私たち退魔師が呼ばれるような案件は霊が駄々こねてるわけだから、基本は除霊だ」
「駄々こねて」
死んでも晴らされない恨み辛みを駄々の一言で済ませやがった。
いやカウンセラーじゃないんだから何人も相手してたら「もういいからさっさと成仏しろや」となるのかもしれないが。
「まあたまにそういう怒っているタイプすら鎮めて浄霊してしまうタイプの退魔師もいるがな。元々素質がある上に根が善性の聖人のような人間ばかりだから、真似しようと思ってできるものでもない」
確かにそれは無理そうだ。
少なくとも俺はあの生首のおっさんに慈愛とか発揮できない。
「ん? ちょっと失礼します」
そんなことを話していたら不意に携帯から着信音が鳴ったので、月紫部長に断りを入れてから確認する。
「……なんか宮間さんから『バイト代払うからちょっとお手伝いしてほしい』的なメールが来たんですが」
「私を通さず直で来るとは本格的に取り込むつもりだな」
マジかよ。
というか何でちょっと声が不機嫌になってるんですか月紫部長。
師匠の月紫部長を通さないのは不義理とかそんなマナーでもあるのか。
「受けるなら私も同行すると返信しておけ」
「分かりました」
家の結界などでお世話になってるし断るつもりはなかったが、月紫部長が来てくれるなら変なことにはならないだろう。
というか俺をわざわざ指名するとかどんなお手伝いだ。
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「これはまた」
宮間さんに呼び出され連れて来られたのは、築何十年も経っていそうな年季の入ったアパートらしき建物だった。
外壁が一部剥がれ落ちているし、もう取り壊したほうがいいのではという代物だ。
「取り壊しは既に決まっているのですが、業者が作業に入ろうとすると怪我人が続出していて困っているのです」
そう本当に困ったように言う宮間さんだが、予想以上にやべぇ案件だった。
怪我人続出って霊障(物理)レベルじゃねえか。
どう考えても俺みたいななんちゃって退魔師の出番ではないだろう。
「それが何人か退魔師を派遣したのですが、霊障自体に対処できてもその霊障の原因が分からないという報告ばかりで」
「見鬼の俺なら分かるかもしれないと。それなら七海先輩でもよかったのでは?」
「元々ここは学生の男子寮だったのですが、不法侵入者には霊障が起きても男子学生たちは大丈夫だったそうなんです」
「なるほど」
つまり男子高校生な俺なら霊障を受けない可能性があると。
というか男子学生だけ攻撃しない霊障ってなんだよ。寮母さんの幽霊か。
「じゃあ折角来てもらったのに月紫部長は頼れないですね」
「何を言っている。私も行くぞ」
「アンタが何を言ってるんですか」
男子学生なら霊障を受けないかもしれないと説明されたのに何故来る。
「なに。男装しているから大丈夫だ」
「男装。……男装?」
学帽のつばに触れながら言う月紫部長だが、セーラー服に学帽マント羽織っただけなのを男装と言い張るのはどうなのか。
いや霊障さんもいきなり大正ルックな女子学生が来たら混乱して判定ミスるかもしれないが。
「まあ月紫ちゃんならここの霊障くらい軽く弾けるでしょうけれど」
「じゃあ問題ないですね。行くぞ望月」
「了解」
どうせ言い出したら聞かないので素直に月紫部長の後ろに追従する。
さて。果たして霊障の原因は何なのやら。
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「いかにもな雰囲気ですね」
男子寮だったという建物の中はまだ日が暮れる前だというのに薄暗く、中途半端に残った生活感もありいかにも何か出そうな空気だった。
念のために確認してみたが既に電気が通っていないのか電灯はつかず、このまま探索するしかなさそうだ。
「でも退魔師でも気付かないって、斎藤さんみたいなステルス霊ってそんなそこかしこに居るもんなんですか?」
「普通は居ないぞ。可能性としては幽霊ではなく一定の条件下でしか姿を見せない妖。あるいは海外の妖か」
「海外のですか?」
それだと何故退魔師たちに発見できないことに。
この前の歯痛殿下とかは月紫部長にも普通に見えていたみたいだが。
「単純に専門外だから対処法が分からず発見できなかった可能性もある。あとはあちら側が隠れるのに徹していて単純に逃げ回られたか」
「あー。じゃあ俺を呼び出したのは餌的な意味もあると」
男子学生を襲わなかったということは、その男子学生が来れば今までとは違ったリアクションを取ってくる可能性もある。
だったら尚更月紫部長は来ない方がよかったのではないかと思ったが、今更なのでもう言わないでおく。
「じゃあ可能性としては斎藤さんみたいなステルス霊か意図的に隠れてるかですか」
「それか波長が合わせづらい、見えづらい存在かっと!?」
「うわ!?」
そう月紫部長が話していたところに、突如ペットボトルが飛来し寸前で結界に跳ね返された。
中身は空だったらしく、ポンと軽い音を立てながら転がっていく。
不意打ちにも対処できるってすげえな月紫部長の結界。俺だったらあっさりくらってたぞ。いや食らっても大したことはなさそうだが。
しかし俺の方には来なかったということは。
「向こうだ望月!」
「はい!」
件の霊障が来た。
そう判断し月紫部長が示したペットボトルが飛んできた方向へと目を凝らしたのだが。
「……家政婦は見た」
「君は何を言っているんだ」
そう月紫部長につっこまれたが、何を言っているかと言われたら見たまんまを言っているわけで。
「そこの部屋のドアの影から、銀髪シニョンのメイドさんが半分だけ顔出してこっちを窺ってるんですが」
「……君は何を言っているんだ?」
改めて詳しく報告したら、改めて怪訝な顔で問い返された。
むしろ俺が聞きたい。何で男子寮だった場所にメイドがいるんだよ。
「む。いや、確かに居るな。霊ではない。妖精に近いかこの霊力は」
「え? 妖精?」
その割には羽が生えているわけでもなく思いっきり人間の姿をしているが。
「……貴方たちは私が見えるのですね」
「あ、はい」
話しかけられたので思わず返事をすると、メイドさんは布がすれるような音を立てふよふよと浮きながらこちらへやってくる。
もう飛び方からして妖精というより幽霊なんだが。
スカートの裾が長くて足があるのか分からないし。
「ならば直接言いましょう。不純異性交遊はいけません!」
「ちょっと待て!?」
誰と誰が不純異性交遊だと。
……こんな廃墟に男女で来てたらそういう誤解されても仕方ないな!
「私たちは清い関係だ!」
「部長! それなんかちょっと違います月紫部長!」
不純なのは否定してるが関係性が否定できてねえ。
「それはともかく。貴方は何者だ。何故ここに居着いて、いや守っている?」
「私に名はありません。しかしかつての場所では私たちはシルキーなどと呼ばれていました」
「シルキー……イングランドあたりの伝承だったか」
※シルキー
イギリスを中心に伝承が残る妖精。あるいは亡霊。
旧家の屋敷などに現れ家事などを手伝ってくれる家事妖精。
白い絹の服を纏っていることが多いことから白い貴婦人と呼ばれる。また絹の服を着ていることと動く時に絹の擦れる音を立てることからシルキーと呼ばれるとも。
基本的には人を助けてくれる存在だが、片付いていると散らかし、散らかっていると片付ける天邪鬼な者もいる。
「妖精か亡霊かはっきりしてないんですか?」
「というよりも妖精と幽霊の境界が曖昧だというべきか。妖怪に元人間もいるのと同じようなものだろう」
そういえばピクシーも元は人間の子供だったとされる説もあるんだったか。
ゴブリンも妖精だったりと実は妖怪並みに範囲が広いのか妖精。
「しかしシルキーが何故学生寮などに?」
「私は元々はさるお方の屋敷に奉公しておりました。しかしその方も亡くなり、さてどうしましょうかと漂っていたらこの地に吸い寄せられたのです」
「吸い寄せられた。土地と霊力の相性が良すぎたのかそれとも。ともあれこの地に縛られていて自力で離れるのは難しい状態か。故にここを取り壊されると居場所がなくなり困ると」
「ご理解が早く助かります」
そういってぺこりと頭を下げるシルキー。
だからといって怪我人続出させるとか大人しそうに見えてやること容赦ないなこのメイド妖精。
新しい建物できるの待ってそこで家事続行するとかじゃダメなのか。
「小耳に挟みましたがここは駐車場にしてしまうらしいので」
「駐車場では家事はできないな」
そう頷く月紫部長だが納得していいのかそこ。
駐車場になるのを阻止できても、ここが再び学生寮として使われるわけではないだろうに。
しかし結局はシルキーがここから離れられないのが問題なわけか。
「じゃあシルキーを土地から引っぺがして、本人も納得するような屋敷なりなんなりに連れていけばいいと」
「シルキーが納得するような規模の屋敷となると。宮間は武家屋敷だしな」
確かに武家屋敷はイギリス出身のシルキーは勝手が違ってやり辛そうだが。
しかし本人的にはどうなのだろう。そう思い視線を向けたのだが、その当のシルキーがこっちをガン見していることに気付く。
何だろう。嫌な予感がする。
「貴方は私が隠れているのにあっさりと見つけていましたね」
「ああ。望月は見鬼だからな。大抵のものは見えるぞ」
月紫部長の説明を受けて何やら更にこちらへの視線を強めるシルキー。
ちょっと待て。そういうのは新田の担当だろう。
「分かりました。貴方の家で我慢しましょう」
「我慢しなくていいから!」
もっと志を高く持って。
日本一の金持ちの屋敷じゃないと納得しねえくらい言っちゃって。
「いえ、家事をすること自体は本能のようなものなので楽しいのですが。だからといって存在を認知されていないと自分何やってんだろうという気分になるといいますか」
「ああ。望月なら普段から視認できるからその点は問題ないな」
「うち一般家庭なんですけど!?」
家政婦が必要なほど家でかくねえ。
「しかし君は一人暮らしだから一軒家では手が回らない所もあるだろう」
「男子学生の一人暮らし。心配ですね」
心配だと言っているシルキーだが目が輝いてる。
一体どれだけ家事が滞ってるんだ腕が鳴るぜと目が語っている。
確かに掃除とかは自分の部屋だけやって他疎かにしがちだけれども。
「何。お試しだとでも思えばいいだろう。相性が悪いようなら改めて別の場所を紹介すればいい」
とりあえず依頼達成のためにここから引きはがすのが優先だ。
そう説得され渋々シルキーをうちで引き取ることに。
流石学生でも退魔師としてはプロというかシビアだな月紫部長。
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「それなんか違う」
こうして家にやってきたシルキーだったが、実際居てくれると助かるというか細かいところまで気を配ってくれるので普通に便利だった。
しかし存在認知してほしいなら七海先輩も見鬼だし金持ちっぽいからいいのでは、と後から提案したのだが「貴方を放っておけません!」と何か保護者気質を発揮し始めて説得できなかった。
アンタは俺の何なんだ。
あと今回のバイト代を口座振り込みか手渡しどちらがいいかと聞かれ、口座を親に見られたら面倒なので手渡しでと頼んだら「じゃあコレ」と紙幣数枚とかそんなチャチじゃねえ厚みのある封筒を渡された。
今回は比較的危険は少なかったが、やはりヤベエ業界なんだと再認識しちょっと将来を考えたくなった。