一般的に想像されるのは槍持った悪魔
突然だが野球の強豪校だと野球部員が授業中に居眠りしていても教師がスルーするなんてことがあるらしい。
まあその学校にとって野球部員が客寄せパンダのような面もあるのである程度優遇するのは仕方ないのかもしれないが、果たしてそんな状態で下駄を履かせずに卒業できる学力が身につくのかは疑問だ。
で、何でそんなことを考えているのかというと、現在授業中にも拘わらず中島が舟をこいでいる。
廊下側の端の後列という目立ちにくい席ではあるが、反対側の窓際の席の俺が気付くくらい盛大に揺れているのだからそう遠くない未来に教師も気付くだろう。
そしてうちの学校は別に野球の強豪校でも何でもないので、野球部員の居眠りを見逃すなんて特典は存在しない。
故にそろそろ教師の怒鳴り声が響くかと思っていたのだが。
「いってえ!?」
響いたのは中島の絶叫だった。
「ど、どうした中島?」
唖然としながら聞く歴史の中年教師。
そりゃそうだろう。今の中島の声は真に迫っていた。中島が眠りかけていたのに気付いていなかった教師からすれば普通に心配するに違いない。
だが俺はどうせ寝ぼけでもしたんだろうと、呆れながら横目で中島を見たのだが。
「……は?」
思わず二度見した。
しかしそこに居るのは自分でも何が起こっているのか分からないらしく、首を傾げながら謝っている中島の姿。
白い大きな何かなんて見えない。
「気のせい……か?」
そう呟いてみたが俺は知っている。これはフラグだと。
いやしかし改めて霊視してみるが中島の周囲に危険な気配など視えない。
俺よりその手の気配に敏感な黛のお猫様も応声虫の時みたいな反応はしていないし、ハンドさんたちも反応せず教室の後ろで何故かシャトルランをしている。
というかおまえらさっきからピッピうるさいんだが手しかないのにどうやって笛吹いてんだよ。
「すいません寝ぼけました」
そして馬鹿正直にそんなことを申告する中島に教師が苦言を呈し、結局この件は何事もなく終わった。
目がさえたのか中島は眠るような気配はないし、先ほどの白い大きな何かも視えない。
やはり気のせいなのか。
そう腑に落ちないながらもできることもなく放課後を迎えた。
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「ふむ。寝てる間にちょっかいを出してくると言えば枕返しだが」
※枕返し(まくらがえし)
夜中に眠っている人のところに来て枕をひっくり返す何か。
明確な姿は伝わっておらず、小さな子供から大きな鬼まで様々な姿で描かれる。
時には枕ではなく眠っている人の体の向きをひっくり返すことも。
放課後になりふしぎ発見部にて。
念のためにと報告した俺に首を傾げながらそう言う月紫部長。
やはりというか、寝てる間に激痛を与えてくるような存在に心当たりはないらしい。
ちなみに七海先輩は家の用事だとかで今日は顔を出さずに帰っている。
家の用事って、あの人の家何やってんだろうか。とりあえず金持ちっぽい感じは本人の言動からするが。
「そんな深く考えなくても。俺の気のせいでしょうし」
「いや眠っているところをというのが気になってな。人は寝ている間は体だけでなく魂も無防備になる。よくホラーだと安全圏だと思って寝たところを、夢を通じて状況が悪化したりするだろう」
「あれオカルト的な根拠あったんですか」
「まあ単なる演出もあるだろうが。夢を見ている人間の魂は夢魂と言ってな。眠っている間に見る夢は体のものと魂のものがあり、魂が見る夢はあの世に行って帰ってくるまでの記憶だともされている」
「つまり外との繋がりが出来てしまっていて、そこを辿られるということですか?」
「そうだ。加えて地方によっては枕をひっくり返すとあの世から魂が帰ってこられなくなるとされていてな。枕返しに枕を返されると死ぬ」
「何それ恐い」
え? 枕返しって豆腐小僧とか小豆洗いみたいな特に害のないほのぼの枠じゃなかったの?
この前のかまいたちといい俺の妖怪像がひっくり返されてばかりなんだが。
「まあそんな説は一部だし、単に寝てる間は無防備だと思っておけばいい。君も寝ている間にうっかり魂が飛び出したことはあるだろう」
「ねえよ。……いやあった!?」
国見さんの件で寝ている間に幽体離脱して呪ってる現場を覗いたことがあった。
アレもしかしてあの世から帰ってくるときにうっかり迷子になってたのか。
「つまり中島が寝ている間だけ何かと繋がりが出来ていて、起きた時には途切れたから俺には感知できなかったかもしれないと」
「ああ。あくまで推測であるし、君の言う通り何もない可能性の方が高いだろうがな」
そう言って肩をすくめる月紫部長だが、なんかひっかかるんだよなあ霊感が。
それこそ今にも部室のドアを開けて中島が入ってきそうな。
「もちづきー。たっけてー」
マジで来やがった。
がらがらとゆっくりとドアを開け、涙目で助けを求めてくる中島。
おまえといい新田といい、何でそう頻繁に変なもんひっかけてくるんだよ。
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「痛みを感じて眠れないか」
事情聴取の結果。
どうやら中島はここ数日眠るたびに激痛を感じて跳び起き、ろくに眠れていないらしい。
しかし実際何が痛いのかと聞けば、起きた直後は寝ぼけているし、意識がハッキリすることにはどこが痛かったのか分からないという。
中島の寝起きが悪いせいで無駄に謎が増えている。
「せめてどこが痛いか分かれば推測の範囲も狭められるのだが」
「その前に何か心当たりないのか。道路で何か踏んだとか、ヤバゲな祠蹴り倒したとか」
「やってないし!? というか祠はともかく何か踏んだだけでこうなるの?」
「執念深い動物は多いし、猫も七代祟ると言われているな」
月紫部長の言う通り、祟りの類というのはどこで拾ってくるか分からない。
まあ余程無益な殺生でもしない限り相当運が悪くないとそんなものにかち合わないだろうが。
殺した動物全部が祟ってきたら日本が沈没している。
「実際に寝てるところ見た方が早くないですか?」
「しかしそんな状況では中島もそう簡単に眠れないだろう」
「おやすみなさい」
「早すぎるだろう!?」
珍しく月紫部長からつっこみが入った。
しかしそれくらい見事なおやすみ三秒だった。
椅子に座り机に突っ伏し寝息を立てる正にスリーカウント。
これは俺たちが信頼されているのか中島が阿呆すぎるのかどちらだろうか。
「い、いや。ともあれこれで何か起きれば……早すぎるだろう!?」
「今日月紫部長忙しいですね」
再び月紫部長から放たれるつっこみ。
それも仕方ないというか。中島が寝入ってから十秒も経っていないというのに、そいつはいつの間にか存在していた。
「……」
巨大な、天井に達しそうな大きさの骸骨のような白い人型。
そいつが腕を組みながら眠っている中島を見下ろしていた。
だが不思議と威圧感はなく、むしろこうして見えているのに存在が希薄に感じる。
「なんですかこれ? ガシャドクロですか?」
「ガシャドクロは二十世紀後半に創作された妖怪だし、生きている人間サーチアンドデストロイな殺意の化身だから恐らく違う」
「何それ恐い」
何でそんな物騒なもん創作するの。
妖怪って人の意識が反映されやすいから、広く周知されたら実体化する可能性あるんだぞ。
「ガシャドクロではないし危険な気配も感じないな。というかコレはもしかすると日本のものではないな。霊力の質が違う」
「確かにジャンルが違うというか」
俺が今まで出会った中だと深海さんのところにいるピクシーが近いだろうか。
じゃあもしかしてこれ妖精か?
いやこんなメルヘンの欠片もない妖精がいてたまるか。
「む。動くぞ。危険はないだろうが警戒は怠るな」
「はい」
そんなやりとりをしている間も白い骸骨は腕組みをしたままだったのだが、しばらく経つと不意に腕をとき右手をゆっくりと中島へと近付け始めた。
何が起こるのか。月紫部長と二人で注意深く見守っていたのだが――。
――ちょん。
「いってええええっ!?」
骸骨はそのまま右手の人差し指で中島の頬をつつき、それに反応するように中島が絶叫しながら跳び起きた。
「な!? もしかして触れただけで激痛を与える妖!?」
「いや待て。これは多分そんな大袈裟なものじゃない」
人差し指で触れただけなのにこの反応。
もしやかなり危険な存在なのではと警戒したのだが、月紫部長は逆に警戒をとき何故か胡乱な目を中島に向けている。
「中島。大きく口を開けてみろ」
「え? あ、はい」
起きるなりそんなことを言われて戸惑う中島だが、そこで素直に口を開けるのがらしいというか。
しかし口の中? 一体何がと思いながら中島の口の中を覗く月紫部長を見守っていたのだが。
「……虫歯だな」
「はい?」
虫歯?
歯に穴があくアレ?
「となると先ほどの骸骨は歯痛殿下か。珍しいな。私も初めて見たぞ」
「歯痛殿下?」
何だその偉そうな名前の妖は。
※歯痛殿下(はいたでんか)
寝ている人の虫歯を弄り倒すベルギーの妖。
痛みを感じた人間は跳び起きるが、歯痛殿下の姿を確認することはできない。
昭和の初めに書籍によって日本に伝わった妖だが、その時点で既に「歯痛殿下」という名が記されており元の名前が何であったのか、歯痛殿下という名前が訳されたものなのか創作されたものなのかすらハッキリとしていない。
「念のため聞きますが虫歯を弄ってどうするんですか」
「どうもしないぞ」
やっぱりか。
海外にもいるのか何がしたいのか分からない系妖。
いや嫌がらせがしたいのかもしれないが。
「ともあれ虫歯が原因の妖だから虫歯を治療すればいなくなるだろう。治療が終わるまでは付き纏われるかもしれないが」
「え? 虫歯の治療って時間がかかるしめんどくさ……」
「めんどくさいで済ませんな。さっさと予約取ってこい」
放っておいたら神経がやられて抜けるぞ。
そう脅すと中島は慌てて携帯電話を取り出し最寄りの歯医者を調べ始めた。
かかりつけの病院とかないのかよと思ったが、中島は今まで虫歯になったことがなく歯医者に行ったことがなかったらしい。
そのせいか痛みをすぐに虫歯と結び付けられなかったのは。
「望月ー。歯医者のシステムがよく分からないから一緒に来てくれー」
「恥ずかしいわ!?」
何で高校生にもなって歯医者に付き添わにゃならんのだ。
そう断ったが予約した当日にもぐだぐだとしていたので、部活で付き添えない新田に頼まれたこともあり結局受付まで付き添ってしまった。
受付のお姉さんの微笑ましそうな視線が痛かったです。