何もないところでこけたら妖怪の前に体調不良を疑おう
「よう。悩める青少年」
「体の方は健康そうだけどねえ」
「……」
とある日の放課後。
荷物をまとめて廊下に出たところで声をかけられたのだが、その声をかけてきた相手がちょっと予想外だったので一瞬固まってしまった。
「えーと。何か御用でしょうかどうもこ……堂本先生」
そう。話しかけてきたのは堂本恒こと妖怪の養護教諭どうもこうも。
ふと思ったが「堂本先生」呼びだと「どうも」要素しかないわけだが「こうも」の方は気にしないのだろうか。
あとこの人(?)同時に二人と話してるみたいで凄く話しづらい。
どこまで「どうも」と「こうも」を分けて扱えばいいのか分からん。
「今日ふしぎ発見部やってるか?」
「ちょっと協力してほしいことがあってね」
「今日は活動日ですけど、協力してほしいこと?」
はて。医者という立場上他の妖にも顔がききそうなのにふしぎ発見部に協力とは。
一体何だろうか。
「よし。じゃあ細かいことは後で話す」
「二度手間になるからね。勝手にごめんね」
「あ、はい」
そう言って俺に背を向けさっさと歩き始じめ前を向いたままのどうもと、振り返ってこちらを気遣うように見てくるこうも。
本当に性格違うなこの二人(?)。
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「まずはこれを見てくれ」
そう言ってどうもこうもが出してきたのは、陶器らしき茶色い壺だった。
手の平に乗る程度のサイズでそれなりに年季の入ったもののように見えるが。
「生徒の一人にこの薬がどこで売ってるか知らないかと聞かれてな」
「でも生憎と心当たりはないし、軽く調べたけど市販でこんな小洒落た容器に入った薬なんて売ってなかったんだ」
「薬……非合法なものですか?」
「いや傷薬だよ。少し残ってたのを使ってみたけど危険なものではなさそうだった」
月紫部長の問いにそう答えるどうもこうも。
じゃあ何が問題なんだ。
「ちなみに一個千円で買わされたらしい」
「高……い? いや市販薬の値段考えたら高くない気も」
「一般でよく使われてる薬はこの量だと七百円くらいだね」
「……微妙な値段ね」
一般的なそれと比べれば少し高いがぼったくりというほどでもない。
七海先輩の言っている通り本当に微妙だ。
「なら結局何が問題だと?」
「それが買わされた状況が異常でな。道端でこけて怪我したところに通りがかった若い男が薬を塗ってくれたらしい」
「いや、怪しいにも程があるでしょうそれ」
親切な人が止血してくれる程度ならともかく、薬を塗るって。
体質によっては副作用がでるかもしれないしダメだろそれ。
「だよねえ。だけどその薬を塗ったらあっという間に治ったらしいんだ。擦り傷はふさがって血が止まるし、打ち身はまったく痛みがなくなったって」
「はい?」
傷があっという間にふさがる。なんだその便利な薬。
「目の前でそんなものを見せられたせいで『この薬いらないか?』と聞かれたら、ちょっと高いと思いつつ買っちゃったみたいなんだよね」
「ちょっと気になって生徒に何人かあたったんだが、そしたら同じような体験をしたやつが他に二人いた」
「二人居たって。道でこけて薬を買った人間がですか?」
「うん。少ないと言えば少ないけど、全員が同じ状況となると怪しいよね」
単に薬を売りつけられただけならまだしも、全員が道でこけてそこを都合よく傷薬を売っている男が通りがかる。
詐欺か。いやでも薬自体は凄くよく効くみたいだしなあ。
「仮に意図的にやってるなら俺は妖怪の仕業だと思ってる。人間だったら同じもん使ってもっと稼げる手段なんざいくらでもあるし思いつくだろ」
「あー」
確かに。
手間の割には儲けが少なすぎる。
つまり合法的な手段で薬を売りさばくような真似はできない存在だと。
「となると河童とか天狗かしら」
「薬となるとその辺りだが。そういえば望月も河童の妙薬をもらっていたな」
「ああ。使う機会なくてすっかり忘れてました」
七海先輩の言葉を受けてそう言う月紫部長に、そういえばそんなものもあったなと思い出す。
今思えば羅門に頭割られかけた後に使えばよかったのだろうか。
というか打撲にも効くのだろうかアレ。
「堂本先生。その生徒たちが男と遭遇した場所を教えてもらえますか。私たちで少し調べてみます」
「分か――いやちょっと待て。おまえらが調べるのか?」
「何か問題が?」
「ガキだけで危険なことに頭つっこむな!」
「退魔師の人たちに知らせてくれないかなってことだったんだけどねー」
ドンと机を叩きながら叫ぶどうもと、頬をかきながら言うこうも。
妖怪なのになんてまともなことを言うんだ。もしかすれば今まで出会ったどの大人よりも常識的かもしれない。
しかしガキだけで危険なことをと言われても。
「月紫部長でどうにもならないヤバい奴なら、詐欺まがいの薬売りなんてしょぼいことやってないと思うんですけど」
「まあもっとあくどい方法で稼げるな」
「それこそもっと大事件が起きてそうね」
「そうだった。こいつらまともじゃなかった」
「逞しい子たちだねー」
妖怪にまともじゃないとか言われた。
だが待ってほしい。見鬼やら霊能力に目覚めた時点で普通であることは諦めたが、それでも三人の中では俺が一番まだまともなはずだ。
「何を言っている。能力の異常さで言えば君が断トツだぞ」
「部長は霊能力者としては正統派だし、私も見鬼以外は別に特殊能力とかないものね」
先輩二人からの言葉にぐうの音も出なかった。
いつの間にか俺はこの学校でもトップクラスに異常な存在になっていた……?
「それにおまえ妖怪の間で有名になってるぞ」
「狸たち従えてここらの妖怪の元締めになってるってね」
「締めた覚えがないんですが!?」
「亀太郎の仕業だな」
「有能なのねあの子」
おのれ亀太郎。
いや俺のためにやってんだろうけど、何で狸だけじゃなくて他の妖怪まで傘下に入れてんだよ。
俺を百鬼夜行の長にでもする気か。
「まあ確かにおまえらなら大丈夫そうだけど、ヤバいと思ったらすぐ逃げて退魔師なりに相談しろよ」
「僕たちまだ勤務があるから付いて行けないんだ。ごめんね」
そう言って部室から出て行くどうもこうも。
勤務がなければ付いてくるつもりだったのだろうか。
というかどうもこうもって本当に伝承や逸話の類を聞かないのだが、戦闘能力とかあるのだろうか。
「戦えるかは未知だが、医者なのだから生かすだけでなく殺す術も心得ているだろう」
「それに民話の通りならお互いの首ばっさり落とすほどの人体切断能力があるわね」
「何それ恐い」
どうもこうもは絶対敵に回さないでおこう。
そう誓った。
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「人を転ばせる妖怪ですかー?」
それからしばらくして。
どうせだから亀太郎たちの狸ネットワークを使おうかと、この時間帯なら帰宅する生徒の背中狙いで徘徊している赤殿中を探して話を聞いてみる。
七海先輩が抱き上げたそうに手をかざしてうずうずしてるが話が終わるまで待て。
「目撃情報が衣山通りの方を徐々に西に移動してるそうですよー。でも大通りではやらずに少し裏に入った路地でやってるみたいです」
「もしかして正体まで掴んでるのか?」
「男の方は何かが化けてるみたいですけど正体まではー。あと転ばせるために何かやってるみたいなんですけど、速すぎて何が何だか分かんないらしいです」
「速すぎて見えない?」
化け狸や妖怪の目でも見切れないってどんな速さだ。
もしかして実はヤバい奴なのだろうか。
「うーん。分かった。ありがとうな。礼に今度亀太郎に菓子でも持たせるから食べてくれ」
「お礼なら今ここでおんぶしてくださーい!」
「代わりにこのお姉さんにだっこしてもらえ」
「いやっはー!」
「ぎゅぶ!?」
話が終わり俺の許可が出たので疾風のように赤殿中をかっさらい抱き上げる七海先輩。
はたから見ると小さな男の子を抱き上げて頬ずりする女子高生というヤバい絵面である。
「あー化けててもやっぱり狸って分かる見鬼最高!」
「だっこじゃなくておんぶしてくださーい!?」
どうやら七海先輩にはきっちり赤殿中本来の姿が見えているらしい。
もしかして察知能力は俺の方が高いが、見抜くことに関しては七海先輩の方が高いのだろうか。
「ふう。堪能したわ。狐は美しいけど狸も可愛らしいわよね」
「……」
「あーなんかごめん」
どうやら満足したらしく満面の笑みで離れる七海先輩と、構われすぎてストレスが限界突破した猫みたいになってる赤殿中。
今度学校の行き帰りにおんぶしてやろう。
そう思いつつも目撃情報があるという衣山通りに向かった。