少女と廃寺4
深海さんがいつか俺の大切なものを斬り捨てる。
そう忠告してくれた六角さんにはありがたいと思うし、ただ我武者羅に強くなろうとするだけではなく、いつか選択を迫られるであろうという覚悟を持つのも大事だというのは分かった。
分かったのだが。そのことについて家に帰って冷静になり、しばらく考えたらヤベエことに気付く。
六角さんの忠告、間違いなく深海さんにも駄々漏れやん。
いや、俺が深海さんの前で考えなければいいのではとも思ったのだが、俺にそんな器用な真似ができるはずないし、そもそもあの人のサトリ能力は距離とか関係ないという問題がある。
つまりこの瞬間にも深海さんに俺の考えが読まれている可能性がある。
何それ恐い。
今まで軽く考えていたが、敵対すると考えたらマジで厄介だなあの人。いやまだ敵対はしてないけど。
そもそも俺の懐に入っている爆弾とはなんだ。
月紫部長……はないな。むしろ俺が懐に入れられてる感じがする。同じような理由で七海先輩もない。
なら亀太郎たち妖怪のことか。それなら六角さんが忠告に来たのが仲間のためという理由もできるし。
いやでも狸のために深海さんと敵対……?
ねーよと言いたいところだが、目の前で亀太郎が斬り捨てられそうになったら確かに庇うかもしれない。
しかし爆弾というほどのモノをあのエロ狸が持ってるとも思えないしなあ。
そもそも深海さんとの敵対自体を回避すべきなのでは。
「というわけで深海さんに相談に来たんですけど」
「慧くん今日は久々の休みで奥さんと出かけとるよ」
道場に顔を出してみたのだが、深海さんは居らず赤猪さんが一人で巻き藁ぶった切っていた。
というか床に二桁以上の残骸が散らばってんだがどんだけ斬ってたんだよと。
この人深海さんにも天才型だとか言われていたが、実は普段から滅茶苦茶稽古しているのでは。
「六角さんから忠告? 確かに気安い神様やけどこんな平時に姿を見せるとか珍しいねえ」
六角さんの名を出してみれば、五年前の事件とやらに赤猪さんも関わっていたのかどうやら知り合いらしい。
いや。そういえば赤猪さんの方言って亀太郎や六角さんのそれと似ているような。
「赤猪さんって四国の出身ですか?」
「えー? ああ。私は生まれも育ちもこの町やけん、訛っとるのはお師匠さんのせいよ。この道場の先代なんやけどね。娘さんは訛ってないのに何でか私に訛りがうつってしもたんよね」
ということは先代とやらが四国の出身なのだろうか。
深海さんはともかくこの道場は深退組とそれほど深く関わってないらしいし。
「しかし敵対するかもと言われた相手に相談に来るとか剛毅やねえ。でも慧くん相手にその手の説得はあんま意味ないと思うよ」
「確かに目的のためなら私情とか切り捨てそうな人ですけど」
「むしろ『弟子が歯向かってきたおらわくわくすっぞ』ってなるよ」
「何でだよ」
どこの戦闘民族だよ。
あの人そんなバトルジャンキーなようには見えないぞ。
「いや、あの子サトリなんてもん持っとるせいかね。昔はもっと相手を理解して仲良く……というのは無理でも妥協点を探そうとしとったけん、どっちかというと平和主義に近かったんやけど」
「……今は?」
「理解しても殺し合うしかない関係ってありますよねと笑顔でやりに行く」
「どうしてそうなった」
あれか。真面目な人は極端から極端へと走りやすいというやつか。
深海さん闇堕ちとか凄い似合いそうだし。
「六角さんの『変質しとる』っていうのが的確やね。あの子は全てを理解して受け入れようとした。でもどうやっても理解できない……いや、理解しても相容れない存在はいると諦めた。サトリなんてもん持っとるけん、なおさらそう確信してしもたんやろねえ」
「サトリなのに相互理解は諦めているということですか?」
普段あんなににこやかで温和な態度なのに、内心で相手を見限ってるかもしれないのか。
恐。
しかし何故それが先ほどの戦闘民族発言に。
「絶対に理解し合えないと思とった人間と全力で殺し合った結果何故か和解したことがあってやね」
「なんでや」
夕暮れ時に河原で殴り合う少年漫画かよ。
そこまでする前にサトリで相手の考え読めただろうに、何故殺し合いまでいってから和解した。
「いや私にはさっぱり分からんし多分本人も理屈は分かってないんやない? ただ言葉を尽くしたりサトリで一方的に分かった気になるよりもお互いの魂をぶつけ合った方が分かることもある的な感じ? らしいよ?」
どうやら本当に分からないらしく疑問符だらけの説明をしてくれる赤猪さん。
でも俺が歯向かったら喜んで相手になろうとする理由は分かった。
「要はお互い譲れないものがある状態で殺し合えば、会話やサトリですら辿り着けない境地に達することができるかもしれないと深海さんは思っていると」
「うんそんな感じ。やけん最初から敵対しとる人間より仲間とそうなる方が慧くん的に絶好のチャンス。慧くんって時男くんのこと気に入っとるみたいやし、このこと聞いたらむしろ喜ぶというか今この瞬間に私らの考え読んでテンション上がっとる可能性も」
「奥さんとのお出かけに集中してください」
何か本当にそうなってそうなので念のため忠告を発しておく。
というかとてつもなく面倒くさい人だという印象が強くなっているのだが、奥さんと上手くやれているのだろうか。
「奥さんの方が大人やけん慧くんの奇行にも笑顔で対処してくれるよ」
「奇行て」
それにしても深海さんより奥さんの方が歳上なのか。
ちょっと親近感がわいた。
・
・
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「精が出るな望月」
「……」
それからしばらくして。
どうせだからと稽古をしてから帰ることにしたのだが、着替えて赤猪さんに挨拶をして道場の外に出たところで月紫部長と鉢合わせした。
休日なため当然いつもの学帽マントスタイルではなく、ブラウスにフレアスカートという服装だったので一瞬誰かと思った。
普段学帽マントな割に私服は女性らしい装いが多いなあというのは置いといて、何故ここに?
というかちょっと不機嫌そうなのは何でですか。
「赤猪さんから望月が悩んでいると連絡が来た」
「あー」
そういえば休憩中にどっかに電話してたな赤猪さん。
月紫部長だったのか。
「なんでも深海さんと敵対するかもしれないと予言されたとか」
「いや予言というほど大袈裟なものでも」
「そこで何故私ではなく深海さんに相談に行く!?」
「だって月紫部長には関係ないですし」
「……」
俺がそう言うと、月紫部長の顔からそれまでの怒りっぷりが嘘だったかのようにすっと表情が抜けた。
恐。
うん。前にも同じような地雷踏んだな俺。学習しよう。
「私は! 君の! 何なんだ!?」
「何なんだと言われても!?」
そう思っていたら再び眉をつりあげた月紫部長に肩を揺さぶられながら怒鳴られた。
何なのかと聞かれたら学校の先輩で退魔師の師匠なのだが、そう答えたらさらに怒らせる予感がする。
もう手遅れ感が半端ないが。
「前にも言ったが何故私を頼らない? 私は君が困っていても放置するような人間に見えるのか?」
「そう言われても……迷惑をかけたくありませんし」
あまり格好悪い姿を見せたくない。
だがそれを口にするのはさらに格好悪いだろう。
なので遠回しな理由を口にしたのだが。
「迷惑だとは思ってない。むしろ頼ってくれた方が嬉しい」
「……え?」
……何故に?
「それに私に迷惑をかけるのが嫌だとしても、私が困ったときに君が助けてくれればチャラだろう」
「俺がですか」
できればそうしたいとは思っているが、いつになるのだろうかそれは。
俺より月紫部長の方が強いし。
「何だ? 助けてくれないのか?」
「助けますよ。必ず」
俺がそう言うと、月紫部長は「そうか」と嬉しそうに言って歩き始める。
その後ろを歩きながら、その背を見て思う。
俺には貴女が必要だけれど、貴女に俺は本当に必要なんですか?
そんな女々しい思いに蓋をして、歩く速度を上げて月紫部長の隣に並んだ