少女と廃寺
俺は月紫部長のことが好きだった。
そんな衝撃的な事実を七海先輩に告げられたわけだが、よく考えて「そうなのかなー?」と三割ぐらい納得したものの実感が湧かない。
だって月紫部長だぞ?
セーラー服の上に学帽マント着込んで自己紹介の時は机の上で腕組み仁王立ちな中二病だぞ?
どこに惚れる要素があると。
「どうした? 少し気が乱れたぞ!」
「……何でもありません!」
そんなことを考えているのは絶賛修行中な滝の中。
案の定雑念が混じったらしく注意されたが、月紫部長が怒鳴っているのは機嫌が悪いからではなく単に滝の音がうるさいからだ。
ともかく考え事は後だと息をつき、意識を集中する。
「やはり君のその適応力は天才的だな」
「はい?」
滝行が終わり焚火にあたっていると、月紫部長が温かいお茶を渡しながらそんなことを言ってきた。
天才的とは。
絡新婦にあっさり結界割られたし、むしろ俺は術関連に向いてないのではと思っていたのだが。
「私に注意されたのは一度だけですぐに雑念を払っただろう。普通の人間は一朝一夕でその境地には至れん」
「そこですか」
つまり天才的なのは霊力云々ではなく集中力だと。
術者としてなら制御力は高いが出力は大したことないということなのだろうか。
「霊力についても修行を増やしても意味がないというのはそこにも関係している。君は元々欲が薄い人間なのだろう。自然と一体化するという意味ならともかく、雑念を払うという意味ではもう荒行までする意味があまりない。瞑想で十分だ」
「欲が薄いて」
何をもってそんなことを確信した。
確かに衝動買いをするような性格ではないし、物欲の類は薄いかもしれないが。
いや待て。
もしかして俺が月紫部長を好きだと自覚できないのはそこのせいじゃないか?
性欲が薄いというか、恋焦がれ相手を求めるという「欲」まで薄いのでは。
そう思い月紫部長を改めてよく見てみたのだが――。
「どうした?」
「いえ。月紫部長って普通の格好してたら美人だなあと」
「だから君はどうしてそう……。ってちょっと待て。普通の格好!?」
俺の言葉に顔を覆って俯いたと思ったら、いきなりぐわっと顔を上げて叫ぶ月紫部長(白装束)。
うん。普通の格好だな。
「普段の格好は白装束よりイカレテいると聞こえるのだが」
「少なくとも月紫部長以外であんな格好見たことないです」
アレは一応男装に分類されるのか。
でも下は女子用セーラー服にスカートだしなあ。
それがさらにちぐはぐな印象を残す結果になっているのだが。
「カッコいいだろう学帽とマント!?」
「カッコいいのは認めますけど女子がする格好じゃねえでしょう!?」
カッコいいと認めてしまっている時点で大分価値観が染められているような気がするが、マントばさぁっとされるとカッコいいと思ってしまうのは男の子なら仕方がないと思う。
というか振り向く時とか凄く綺麗にマントが翻るのだが、アレは狙ってやっているのだろうか。
「狙っているに決まっているだろう。私がどれほど努力したと思っている」
「方向性!?」
なんか物凄くどうでもいいところに力を注いでるぞこの人。
しかしまあこうやって話してると落ち着くというか安心するというか。
まあ好きか嫌いかで言えば好きなんだろうなあ。
そんなことを後日七海先輩に報告したら「違う。そうじゃない」と言われた。
解せぬ。
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・
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数日後。
テスト期間が近いということで本日は部活動はなく、自転車でえっちらおっちらと帰宅していたのだが、やはり頭の中は月紫部長の件で占められていた。
こんなに悩んでいる時点でやはりこれは恋心なのだろうか。
いや単に答えが出ないので考え続けてるだけな気もするが。
というか一般的な恋心のそれと間違いなくズレているので、他の人に相談しても参考にならない。
例えば新田に相談したら地球外生命体を見るような目をされた。
あいつは俺を何だと思っているのだろうか。
「こんにちはお兄さん」
「……は?」
そんなことを考えながら自転車をこいでいたら、不意に声をかけられ振り向いて、予想外の事態に固まった。
「わあ、面白い顔。お兄さん嫌味なくらい冷静なのかと思ったら、そういう顔もできるんだ」
長い黒髪を頭頂部付近で二つにまとめた、どこぞの学校の制服らしきブレザーを着た少女が楽しそうに笑っていた。
いや服装や髪型が違うので一瞬分からなかったが、目の前に居るのは虫使いの少女――橘祈咲だ。
何で居る。何故いきなり声をかけてきた。
「橘……だったよな。何か用か?」
「あ、私の名前知ってるんだ。まあ私だけ知ってるのも不公平だよね。隠してたわけでもないし」
そういってコロコロ笑う姿は愛らしくすらあるが、あの虫の集団を統率している存在だと思うと油断できないし身が強張る。
何より深海さんが「倫理観ぶっちぎってる」と評価するような存在だ。サトリである深海さんがそう評するということは内面まで捩れ狂っているに違いないし、どこで地雷を踏むか予想ができない。
「もう一度聞くが何の用だ?」
「んー前の件は邪魔されたのはまあ当然のことだし、私も虫大量に殺されたからお相子かなあと思ってたんだけどね。虫殺したのってあの女であってお兄さんではないからイーブンではないかなあと思って」
そういって首をかしげているが、意外に律儀だなこの子。
少なくとも現状敵ではないということか。
しかし結局何の用だ。
「だからちょっと助けるくらいならいいかなあって。お兄さん今自分が何処にいるか分かってる?」
「何処って」
帰り道の最中だが。
そう思って辺りを見回したのだが、予想外の光景に思わず息を飲んだ。
「……何処だここ?」
そこは見知った帰り道ではなく、それどころか道ですらなかった。
右手には俺の身長より遥かに高く生い茂る生垣。
その反対には木製の日本家屋らしきものが建っている。
何処とも知れない家の敷地内に侵入していた。
「やっぱり自覚なかった。自転車でふらふらしてるから危ないなあと思って追いかけてきたんだけど、もしかしたらここに住んでるのかと思って声かけるか悩んだんだあ」
「違げえよ。というかどこだここ」
「お寺。といっても廃寺のはずだけど」
「寺?」
そう言われてみれば確かにそれっぽいというか。
いやそれにしてもでかすぎないかこの寺。それに廃寺って。
「まさか羅門が?」
「違うと思う。羅門の拠点は別の場所だし。ここって人手が足りないから放置されてるだけで管理者自体はいるから、勝手に使ってたらバレるだろうし」
「何でそんなに詳しいんだ?」
「怒られそうなことやる時に隠れ家になる場所幾つか探してるから」
「怒られそうなことやんなよ!?」
というか怒られるって誰に。
この倫理観ぶっちぎった危険物に説教できる人間いるのか。
それはともかく。
「……触らぬ神に祟りなし」
「そこで迷いなく帰るってお兄さん若さ足りなくない?」
「若さと無謀は同義じゃないって俺は思ってる」
羅門は同義だと言ってたが、少なくとも俺は思わないので躊躇わずに逃げる。
呼ばれたのか誘導されたのかは分からないが、こちらの承認も取らずに誘い出すって間違いなく厄介事だし。
そのため自転車を反転させ来た方向へと戻ろうとしたのだが。
――ぼすっ。
「はい?」
少し進んだところで自転車のタイヤが何もない空間にぶつかり、反発で後ろに跳ね返った。
「あー結界じゃないコレ? 専門じゃないからよく分かんないけど」
「呑気だなおまえ!?」
閉じ込められてるの確定したのに何その危機感のなさ。
いや俺のせいだけど。
「すまない。完全に巻き込んだ」
「え、なんでそこで謝るの」
責任を感じて謝ったら不思議そうに首を傾げられた。
これは俺と橘どっちの感覚がズレているんだろうか。
多分どっちもズレてるんだろうけど。
「しかし結界って。閉じ込められたのか。そんな気配はなかったが」
「うーん? 確かに結界は元からあったやつみたいだし、一方通行なんじゃない?」
「じゃあ進むしかないのか。……っておまえ霊感あるのか?」
「あるけど。ってああ。そういうこと」
目の前の少女からは霊力を感じない。
だから霊能力自体をもっていないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
そういえばその辺りのことを深海さんに聞くの忘れてたな。
「私は特殊体質だから他人から分からないだけで霊力はあるよ。ただ普通なら周囲の霊力に紛れて『ない』とまでは感じ取れないんだけどね。そう感じたのはお兄さんが見鬼で感覚が鋭いから。水の中に沈んでる硝子を見つけるようなもんだよ」
「それ普通の感覚ならおまえの存在自体が感知できなくないか?」
「うん。五感磨くの疎かにして中途半端に霊感に頼ってる退魔師なら特に小細工なしで不意打ちできるよ私」
虫がヤバいと思ったら本人もヤバかった。
いや霊感にひっかからないだけで五感には普通にひっかかるから、武術系の退魔師には通じないんだろうけど。
「それはともかくどうするの? 進むしかないと思うけど」
「だよなあ。しばらく協力関係ということでいいか?」
「任せて。何なら仲間にならない?」
「遠慮する」
さらりと勧誘されたが闇鍋組織に入る気はない。
話を聞く限り完全に悪な組織ではないので、入るだけなら大した問題ではないのだろうが、少なくとも羅門にお近づきになりたくない。
「やっぱり羅門のせいかあ。来てから迷惑ばっかりだし追い出せないかなあいつ」
どうやら本気で羅門を嫌っているらしく、ぶつぶつとそんなことを言いだす橘。
案外交渉の仕方によっては対羅門で共同戦線をはれるのだろうか。
そんなことを考えながら寺の敷地の奥へと進み始めたのだが――。
「……」
進行方向の開けた場所を髑髏を持った袈裟姿の僧侶が通り過ぎ、そのまま建物の影に消えていった。
「やっぱり羅門じゃねえか!?」
「あれえ? おかしいなあ」
遠目だったからよく見えなかったとはいえ、髑髏持った坊主というどう考えても羅門な存在に思わず叫ぶ。
だが本当に橘には心当たりがないのか首をかしげている。
というか何故通り過ぎただけで何もしてこなかったあいつ。
「……うん。決めた。今日私はお兄さんの護衛になる」
「何故そうなる」
「それなら羅門を叩く理由ができる」
羅門が気に食わないあまりに、一応味方のはずなのに殴る理由を無理やりひねり出しやがった。
「任せてお兄さん。私が守ってあげるから」
「……ありがとー」
年下の少女に守られるとか情けないわと思ったが、好都合ではあるので絞り出すようにお礼を言っておいた。
というか「お兄さん」と呼ばれてるから勝手に年下だと思っていたが、そもそもこいつ見た目通りの年齢なのだろうか。
そう思ったがそれこそ地雷だったらヤバいので、気にせず流すことにした。
潜在的に敵な味方というのがこれほど神経を使う存在だとは思わなかった。
※違います