いと
「はい。そこ隙あり」
「ぐっ!?」
二神剣術道場にて。
最近は赤猪さんではなく深海さんによる稽古が増えてきたのだが、やってることは大差ないというか、相変わらず一方的に凹られている。
いや。むしろ深海さんが相手になってから避けられる回数が減った。
速さや巧みさでは間違いなく赤猪さんの方が上だと俺のレベルでも分かるのに、何故か深海さんの攻撃の方が避けづらい。
いや。何故かってそりゃサトリのせいなんだろうけど。
ズルいと言いたいところだが、逆に深海さんの攻撃に対処できないなら同じサトリの羅門にも対処できないわけで。
「というか何故執拗にふとももを!?」
「ああ。ふとももって骨の上にがっちり肉がついてるから、ちょっと殴った程度では折れる可能性が低いんだよ。でも殴られたり蹴られたりしたら素人だと蹲っちゃうくらい痛いから、相手に大怪我させずに止めたい時には有効だよ」
「確かに凄い痛いけれども!?」
何故か太ももを竹刀で打たれる回数が多いので思わず声に出したら、意外に合理的な答えが返ってきた。
つまり狙う場所選ばなかったら普通に骨折れてるような一撃だと。
「あと剣術やってるとお互い上半身を狙うのが普通だから、下半身への意識が疎かになりがちなんだよね。でも妖怪とか悪霊相手だとそんなのお構いなしだから」
「え? 赤猪さんむしろ下からの攻撃が多かったですけど」
「あの人実戦的過ぎるせいで師範代止まりな人だから」
「ああ……」
つまり「勝てばよかろうなのだ」状態だと。
そりゃ剣術の継承という意味では向いてないわ。
「でも望月くんも強くなってるよ。多分不意打ちでも余程気が抜けてなければ反応できるんじゃないかな」
「え? 全然そんな気がしないんですけど」
稽古という名のいじめが終わり、正座で向き合って座るとそんな評価をもらった。
しかし言葉にした通り、深海さんの攻撃を全然避けられるようにならないし、避けられたと思ったら見逃されたと分かるような状態ばっかりなんだよなあ。
「見逃されたと分かるだけでも上等だよ。それに徐々に俺も加減抜きにしてるから、そりゃ簡単には避けられないよ」
何その鼻先に人参ぶら下げられた馬みたいな状態。
こっちが進んだら目標も遠ざかるって一番キツイ状態じゃねえか。
「まあ望月くんなら大丈夫だろうとは思うんだけど。思春期の男子って下手に強くなったの自覚すると馬鹿やるようになるからね」
「……」
そう言われてしまうと何も言えない。
強くなったと自覚したら、いい所見せようと無茶しないとか断言できない。
俺だって男の子だし。
「うん。青春だねえ」
そんなことを思っていたら、例によって勝手に心を読んだらしい深海さんにそんなことを言われた。
解せぬ。
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羅門の襲撃から数日が経ったが、深退組が俺のガードに入ったせいかそれとも深海さんから受けた傷が深かったのか、羅門がもう一度襲ってくるような気配はない。
それはそれで不気味というか。
グレーゾーンに片足つっこんでるだけの退魔師ならともかく、完全にアウトローな羅門がそんなに簡単に諦めるだろうか。
それに所属している組織とやらの影がさっぱり見えないというのも不気味だ。
いっそハッタリで一人で動いてるとかだったら嬉しいのだが。
「あの……望月くん。ちょっといいかな?」
「え? ああ。大丈夫だけど」
放課後。
色々考え事をしながら荷物をまとめていると、意外な人物に声をかけられた。
「でも俺に? 新田ではなく?」
「うん。その……篤士くんのことなんです」
そう躊躇いがちに話すのは、新田の恋人であり、呪殺特化という物騒な異能に目覚めた国見さんだ。
あの事件以降も月紫部長が異能が暴走しないように指導しているらしいが、野球部のマネージャーということもありふしぎ発見部には関わってこないので、普段はそれほど会う機会はない。
まあ新田との絡みでそれなりに話すことはあるが。
「というか新田のことで? まさか浮気でもした?」
「そうじゃないんですけど……いやある意味そうなのかも」
冗談で言った言葉が地雷をピンポイントで爆破したらしく、少し俯いて陰鬱な空気を漂わせ始める国見さん。
何やってんだ新田。下手をすると死人が出るから女関係には気をつけろとアレほど。
大丈夫コレ? 実は呪いが周囲に漏れてない?
「最近毎晩篤士くんの部屋に窓から白い女が出入りしてるんです」
「どこからつっこめば」
まず毎晩って見張ってるのかとか、見張ってるにしても新田の部屋の窓をどうやってとか、そもそも白い女って何だよとか。
「私の部屋から篤士くんの部屋が見えるんです」
「あーなるほど」
そういやこの二人幼馴染だったわ。
まさか部屋がお互いから見えるほどのテンプレな幼馴染だとは思わなかったが。
それでも毎晩白い女が出入りしてるのを把握できるほど見張ってるのはどうなんだと思ったが、これ以上下手につついて蛇に出て来られたら恐いのでスルーした。
「それにしても窓からって。この時期に窓開けっぱなしなわけはないよな」
「開いてないし開けずにすり抜けてました」
オイ。そこ一番重要な情報だろ。
薄々予想はしてたけど明らかに人外の仕業じゃねえか。
しかし中島もそうだけど、霊感あるわけでもないのに何でそういうのに度々絡まれるんだ
「でもそれで何故浮気という発想に?」
「その白い女。入る時より出てくるときの方が存在が濃くなってるんです」
「……」
うん。それはアレだな。
新田から何か吸い上げてるな。
霊力とか血とか下手に言葉に出したら十八禁指定になるようなものを。
本人が不調なようには見えないから、命に係わるレベルではないのだろうが。
「いやでも新田が同意してないなら浮気じゃないんじゃあ……」
「同意がなくても他の女にされてたら許せません」
マジかー。意外にというかむしろ予想通りだが独占欲強いなー国見さん。
誤解だったとはいえ同性の俺でも嫉妬して殺しに来たもんなー。
「落ち着け。俺も調べてみるから。冤罪かもしれないから落ち着け」
「じゃあお願いしますね」
そう言うとぺこりと頭を下げて去っていく国見さん。
あれ? 意外に聞きわけが良いというか、よく考えたら何故この話を普段から顔を合わせているであろう月紫部長ではなく俺に?
もしかして狙い通りに動かされたのでは。
そう思ったが追求するのが恐いので深く考えないことにした。
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「その話なら私も聞いている。だが実際に調査するとなると望月の方が適任だからな。話を通すようにと言っておいたのだが」
ふしぎ発見部に出るなり先ほど国見さんに相談された件を話すと、月紫部長からそんな答えが返ってきた。
やっぱり月紫部長には相談済みか。
「状況が状況だけに同性の君の方が対処がしやすいだろう。それと夜に男の下へ押しかけるとなると真っ先に思い浮かぶのはサキュバスだが」
※サキュバス
夢の中で男と交わり精を得るとされる存在。
精を吸いつくして男を殺してしまうという伝承もある。
夢の中には男の理想とされる美しい姿で現れるが、現実では醜い姿であるとも。
うん。もし白い女の正体がそれなら、もう国見さん間違いなく呪殺にかかるわ。
……むしろそれで解決なのでは?
「そういうわけにもいかないだろう。もしかしたら別物で何か厄介な後遺症でも残される可能性もある」
「結局調べてみてからですか」
あと新田が気付いているのか。
どのみち見張るなら本人の同意を得ないといけないので、この後新田を呼び出して話す必要があるだろう。
新田に心当たりがあるなら話が早いのだが、霊感のないあいつが自分からその手の存在をひっかけてくるとは思えない。
「何かあれば私に連絡してくれ。深夜だからと遠慮してくれるな。むしろ起きてスタンバっておく」
「いや寝てていいですから」
そして最近月紫部長が俺に過保護になっている気がする。
深海さんには強くなっていると言われたけど、月紫部長からすればまだまだ頼りないんだろうなあ。
そう思うとちょっと凹んだ。
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「え? 俺の部屋に女が?」
「えーいいなあ」
時は流れて。
野球部の練習が終わった後に学校近くのファミレスに新田を呼び出したのだが、何故か中島が付いて来てる上に何か羨ましそうにしてる。
というかこいつら何で当たり前のようにカレーにラーメンとか重い食事をそれぞれ二人前頼んでるんだ。
運動部だからなのかもしれないが、俺は剣術始めても食べる量増えてないし個人差なのか。
「国見さんが何度も見たらしいぞ。しかも明らかにおまえから何か吸い上げてるって」
「え? もしかして最近怠かったのそのせいかな」
自覚あったのかよ。
いや、気のせいかなレベルだったんだろうが。
「何か心当たりはないのか?」
「んーないなあ。俺女の子は口説かなくても向こうから寄ってくるから」
「そうか。国見さんに報告しとく」
「やめてくださいお願いします」
何かカッコつけてほざいてるので、国見さんの名前を出したら即座にテーブルに頭をぶつけて謝罪してきた。
まあムカつくがそれも事実というか、文車妖妃の件といいこいつ人間以外にもモテる体質なんだろうなあ。
「それで。月紫部長とも相談したけど、とりあえず俺が泊まり込みで見張ろうかという話になってるんだが」
「それはこちらからお願いしたいけど、一人で見張るのか?」
「どうせ明日は休みだし一晩くらい大丈夫だ」
逆に言えば一晩で終わらなかったら面倒くさいことになるが。
まあ実際に見てみない事には何とも言えない。
「分かった。親に友達が泊まると連絡しておく」
「頼む」
そうして新田の家に泊まり込みとなったのだが、果たして何が出てくるのやら。