覗きは犯罪です
深海さんや亀太郎、傘差し狸の助けもあり無事に羅門の襲撃からは逃げられたわけだが、今後もこんなことが続くようならおちおち外出すらできない。
なので「おう。うちのもんに手ぇ出したらタダじゃすまさんで」という警告も兼ねて宮間さんが家に結界をはってくれたわけだが、これが凄かった。
何が凄いって、殺意が凄い。
敵意を持った特定の人物が侵入を試みると拘束、重圧、足止めなど十以上の方法でその場にくぎ付けにし、さらに炎やら浄化やら呪いやら三十以上のありとあらゆる方法で殺しにかかる。
深海さんも「これは羅門でも死ぬね」とお墨付きの強力さだ。
……警告ってなんだっけ。
「姉様は戦闘向きではない拠点防衛向きの術者だからな。現時点での自分の持てる全ての技術を注ぎ込んだそうだ」
「何それ恐い」
羅門の襲撃から二日後。
家の結界を確認し昼休みに毎度おなじみの部室で弁当を食べながら報告すると、月紫部長からそんな答えが返ってきた。
何が恐いって、結界の効果も恐いがそこまでしてくれるのも恐い。
もう全力で俺の囲い込みに来てるし。ここまでされて「俺普通の会社に就職するので退魔師はちょっと」とか言えるほど空気読めなくないし
というかコレ正規の手順で頼んだらお幾ら万円が相場の仕事なんだ。
「普通の学生では逆立ちしても無理な金額だな」
「ですよね」
しかし宮間さんが戦闘向きではなく防衛向きというのがらしいというか。
妹の月紫部長ではなく姉の宮間さんが養子に出されたのは、その辺りの才能の問題だったのだろうか。
「いや。そこは先代の宮間のご当主が高齢だった故、少しでも早く教育ができるようにするためだな。元々私の家は術だけでいえば万能型に近いし、姉様のそれは教育の結果だ。私とは違って退魔師だけやっていればいい立場でもないしな」
「ああ」
そういえば退魔師たちのまとめ役だったか。
深退組の組合長である以上は政治的な手腕も必要とされるのかもしれないし。
深海さんを欲していたのは単なる惚れた腫れただけではなく、その手助けになるだろうという打算もあったのだろうか。
「まあその姉様がしばらくはあれこれ理由付けて接触に来るだろうから頑張れ。あの目は深海さんの時と同じ、絶対にうちに引き込むと決めた時の目だ」
「何それ恐い」
そしてその当の深海さんは、恋愛ごとはともかく退魔師としては深退組にがっちり取り込まれているわけで。
さようなら日常。俺の将来は非日常がお友達になるのが決まりました。
まあ月紫部長に本格的に指導を受け始めた時点で覚悟はしていたが。
そう思っていると、俺の横からにょきっと身を乗り出した斎藤さんが、つまようじの刺さったうさぎリンゴを摘まんでパクリと食べた。
いや確かに斎藤さんにあげるつもりの分だったが。ついに自分でポルターガイスト起こして食べ始めたぞこの地縛霊もどき!?
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「は? 覗き?」
時は流れて放課後。
今日は例によって月紫部長は生徒会の方が忙しいらしく不在なのだが、七海先輩が現れるなり何やら犯罪の臭いのすることを話し始めた。
「女子更衣室が覗かれたのよ。もう今月に入って五回も。先生方にも言ってるのに反応が鈍いのよね」
「それはまた」
確かにこういう時の学校の反応は鈍いというか、犯人が身内かもしれないとか警備に問題がーとかなるので、警察に通報せず内々で済ませてしまいたいのだろう。
生徒側からすれば「んなこと知ったことか」という話だが。
特に被害を受けてる女子生徒。
「そこで頼りにならない教師たちに代わって、私たちで犯人を捕まえようという話よ!」
「いつそんな話になった!?」
それこそ警察の仕事だろ。
そう思ったが、こんなことを七海先輩が言い出すときには大抵裏がある。
「もしかして妖怪絡みですか?」
「ええ。覗いてた窓の位置からして、人間にはちょっと犯行が難しいのよね。校長からもし相手が人間じゃないなら処分も一任すると言質をとったわ」
「処分て」
色んな意味でやる気満々だこの人。
そしてどうもこうもの時もそうだったが、妖怪絡みだと案外話が早いな校長。
自分には手が出せない領分なので丸投げしてるだけかもしれないが。
「でも捕まえるってどうやってですか」
「私が更衣室で着替える。トキオくんが外で見張る。これでOK」
「いやOKじゃないでしょうそれ」
フリじゃ来ないかもしれないから実際に着替えるのは分かる。分かるが、覗かれるの覚悟でやるのはどうなんだ。
しかし俺がそう言うと、七海先輩は感情が凪いだような穏やかな顔で言う。
「もう一回は覗かれたことがあるから大丈夫よ」
それは大丈夫じゃない。
そして気付いた。この穏やかな様子は実際に落ち着いているわけではなく、殺意が限界突破してるだけだと。
もう犯人見つけ出してボコボコのブラッドフェスティバルを開催するつもりだと。
「さあ。いくわよトキオくん」
「了解」
そしてそんな七海先輩に俺が逆らうなどという選択肢は存在しなかった。
とりあえず犯人が現れたら覗く暇もないくらい速攻で捕まえよう。そうしよう。
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「これは確かに人間には無理か」
場所を移動して体育館のそばにある女子更衣室の裏手。
犯人が覗いていたという窓を確認してみると、なるほど位置が高すぎて脚立でも用意しないと覗くのは無理そうだ。
しかし覗かれているのに気付いた女子生徒たちが慌てて駆け付けても影も形もないというのだから、脚立を使ってというのは難しいだろう。
机くらいの高さの台があればあるいはとも思うが、どのみち周囲にそんなものを隠す場所がないので、持って逃げたとするなら目立ちすぎる。
前に大量発生した色情霊の類はまとめて結界の外まで投げ飛ばしたし、少数ならハンドさんやヤンキーさんが叩きだすだろう。
そう考えると普段は気付かれることなく潜伏しているということになる。だから七海先輩はわざわざ自分で囮役を買って出たのだろう。
そんなことを考えながら、少し離れた体育館の裏へと移動し、壁に隠れるようにして窓を見張っていたのだが。
「……ん?」
不意に女子更衣室の窓に何か違和感を覚えた。
いつのまにか窓枠が大きくなっている? いや何か張り付いているのか?
そう思いながら忍び足で少し近付いてみると、窓枠に重なるように堂々と何かが張り付いていた。
「ええ……」
そこに居たのは白い着物姿の、上半身だけの女だった。
長い黒髪を垂らしながら覗いているというか、完全に窓のド真ん前に身を乗り出している。
何で気付かないんだ七海先輩。
いや気付いてて逃げられないようにあえて無視してるのか。
話に聞く限りかなり逃げ足が速いみたいだし。
「――臨・兵・闘・者……」
とりあえずあちらに気付かれないよう、小さな声で九字を唱え術の準備をする。
というかこの女が逃げるところをあまり見たくない。
上半身だけの長い黒髪の女が高速で這いずり回るとかホラー待ったなしだし。
「――オン・ビシビシ・カラシバリ・ソワカ!」
「ぎゃひ!?」
そして不動明王の真言を唱え不動金縛りをかけると、女はビシリと硬直したように動かなくなり、そのままボテリと地面に落ちた。
「えー? 何ー? 何なのー!? すぐそこに美人さんが居るのに動けないなんてー!? この程度で私の欲望を阻めると思うてかー!」
「うわあ……」
そして体を痙攣させながら間延びした声で何か言い出した女に、恐怖とは別の意味でドン引きした。
犯人が怪異とはいえ女だったこともあり、何か理由があっての覗きかと思ったら、完全に俗っぽいそれだ。
まあ誰彼構わず恨んでとかよりはマシかもしれないが。
「でかしたわトキオくん!」
そして慌てて出てきたのか、スカートの下にジャージという妙な格好で駆け付けてくる七海先輩。
そこまで着替えたなら何故どっちか脱いでから来なかった。
「ああー! 着替え終わっちゃったのー!? スカートー! スカートから覗くふとももが見たかったのにー!」
「……何コレ?」
「俺に聞かれても」
しかし犯人(犯妖怪?)の叫びに流石にドン引きする七海先輩。
そっかー。妖怪大好きの七海先輩でもコレは無理かー。
「特徴的には高女かしら?」
「ざんねーん! 私は屏風覗きよー!」
「屏風ねえだろ」
※屏風覗き(びょうぶのぞき)
名前の通り屏風の外側から人を覗き込む妖怪。
話によっては二メートル以上もある屏風の外から覗いてくることも。
新婚夫婦の初夜を屏風の上から覗き込む女の怪異が出たが、屏風そのものを片付けると現れなくなったため屏風の付喪神ではないかという説も。
「付喪神?」
「うーん。この学校の資料室に寄贈されてたんだけどー、何か最近調子良くて本体から離れて動けるようになったのよねー」
「そこで何故女子更衣室を覗く」
「女だってー可愛い女の子は好きなのよー!」
何故威張って言う。
というか屏風の付喪神なのに性自認は女なのか。その上で女が好きってもう分かんねえな。
「とにかく覗きはやめなさい。繊細な子だって居るんだから。恐くて着替えられないって子も出て来てるのよ」
「それはーごめんなさいだけどー。覗くのは私のアイデンティティというかー」
謝りつつも覗くのはやめる気がないらしい屏風覗き。
まあ妖怪は人間に驚かれてなんぼというやつも多いし、やめろと言われて素直にやめられるものでもないのだろう。
ならちょっと痛い目にあってもらおうかと思うが、上半身だけな以外は普通の女性と変わりないからやりづらいんだよなあ。
「そんなに覗きたいなら校長室を覗きなさい!」
「何そのチョイス!?」
校長完全にとばっちりじゃねえか。
いや、もしかして七海先輩、実は校長にも怒ってるのか?
なんだかんだ言って犯人が人間である可能性もあったのに、これといった対策しなかったのは事実なわけだし。
「校長こんな学校に居るのにオカルトは苦手なのよ。覗かれてるのに気付いたらいいリアクションしてくれるわ」
「おっさん相手なのは物足りないけどー、リアクションがいいなら期待できるかもー」
「ええ……」
それでいいのか。
覗いてたのが女子更衣室なのは趣味で、覗けるなら何でもいいのか。
実際それで話はついたらしく、その日を境に女子更衣室が覗かれることはなくなった。
代わりに定期的に校長室から甲高いおっさんの悲鳴が聞こえてくるようになったが、誰も深くは気にしなかったという。
ついでに学校の七不思議が一つ増えたが、元から数が多すぎて百を越えていたのですぐに噂は収まっていった。
改めてヤベエなこの学校と思うと同時に、人の順応力って凄いなと思った。