深山と深海3
「君の察しは良いのに口が無神経なところは何とかならないのか」
「無神経とな」
俺たちに気を使ったのかそれとも深海さんから連絡でも来たのか、宮間さんが席を外している座敷部屋にて。
いきなり咎められたが先ほどのアレは確かに俺が悪かったというか、そういうセンシティブな話題をよく知りもしない人にふるべきではなかった。
「まあ先ほどは姉様が過剰反応したというのもあるが。まだ姉様は大学を卒業したばかりだから、むしろまだ早いと一笑に付して終わる話だからな」
「え?」
若いとは思っていたが、大学を卒業したばかりということは二十二過ぎくらいか。
何でそんな若い人が深退組の組合長なんかを。
「まず宮間家というのは元はこの街の名と同じく深山と名乗っていてな。要するにこの街の古くからの支配者だ」
「支配者て」
なんだその創作なら味方と見せかけて黒幕みたいなポジションの家。
「その方法が占いなどを使ったオカルトなものでな。次第に裏方に回るようになり退魔師たちの元締めとなったわけだ。しかしどうも最近血が薄れているらしく、後継者に恵まれなかった。そこで養子として迎えられたのが姉様だ」
今時お家存続のために養子とか時代錯誤な話に聞こえるが、オカルトな才能がある人間を外から迎え入れるしかなかったのか。
占いといっても陰陽道とかそういう方向のモノなのだろうし。
「まあ別に接触禁止だとか姉妹と名乗ることを禁じられたということもないのでな。住んでいる家が違うだけでお互いにちゃんと姉妹と認識して育ったわけだ」
「なるほど」
名字が違うのはそういうことだったのか。
では結局結婚に殺気混じりで反応したのは何だったのか。
「あー、姉様はアレでロマンチストでな」
「……」
中二病の妹が何か言ってる。
「先ほども言ったように宮間は元は深山と名乗っていた。裏を担当する家が深海ならば表が深山。深山家と深海家は対となる家だったわけだ」
「それがどう関係が」
「深山家が衰退し姉様がそれを継いだのとほぼ同じくして、行方不明だった深海家の末裔が見つかりサトリとして目覚めた。お花……ロマンチストな姉様の中でどんな物語が展開されたと思う?」
今この人実の姉に向けてお花畑って言いかけたぞ。
いや予想通りなら確かに月紫部長とは別のベクトルにぶっ飛んでるが。
「深海さんに惚れてたんですか?」
「ああ。もうこれは運命に違いないわと私に力説していた」
「うわぁ」
もうそれ恋に恋してしまっている状態では。
いや本人からすれば本気の想いだったんだろうけれども。
「でも深海さんって既婚者では?」
「ああ。今年に入って結婚したばかりだ。報告をされたときの姉様の笑顔は恐かった」
「……」
報告しちゃったのか深海さん。いやしないわけにもいかないだろうけど。
というかサトリなんだから宮間さんの想いに気付いていただろうに、よくしれっと報告できたな。
「深海さんは風邪のようなものだからその内に目が覚めるだろうと言っていたが、先ほどの反応を見るにまだ拗らせているな」
「まさかお相手の女性に何かしたりしませんよね?」
「そんなこと頭の隅でちらりと考えただけでも深海さんが飛んでくるぞ」
言われてみれば。
やはりそういった駆け引きが絡むと強いなサトリ。
「深海さんが放置しているということは、実はそんなに拗れてないんじゃないですか?」
「仮にそうでも恐いものは恐い」
「……」
確かに。
そう思ったが、ここでうっかり返事をしたら聞こえてそうなので言葉にはしないでおいた。
しかし――。
「結婚してるんだよな。深海さん」
ならば死なせてしまった少女のことは吹っ切れているのだろうか。
そう思うと他人のことだというのに少し救われた気がした。
・
・
・
「お客様ですよー」
「はい?」
月紫部長との話が一段落ついたときを見計らったように襖が開いたが、その先にある光景がちょっと予想外だった。
「ぼっちゃーん……」
「何やってんだ亀太郎」
宮間さんに抱えられた亀太郎が居た。
宮間さんのような女性の胸元に抱かれてご満悦かと思えば、何故か涙目になり消沈した様子で、頭には漫画みたいにでかいタンコブが。
何があったおまえ。
「あの羅門とか言う坊主酷いんすよ。いきなり後ろから現れたと思ったら、うちの顔面鷲掴みにして地面に叩きつけて来て」
「あー俺もやられたソレ」
確かにアレは痛い。
やられたすぐ後は怒りやら何やらで痛みが抑えられていたが、冷静になると痛みが大きくなってきてそのまま死ぬんじゃないかと思ったし。
投げるというよりも叩きつける感じだから受け身もとれなかった。
「本当に大丈夫か?」
「いや。それもこれもあの野郎の策に気付けなかったうちが悪いんす。化かすだけで実力行使は控えてたら調子に乗りやがってあのクソ坊主!」
「おお……」
宮間さんの手から降ろされたと思ったら、握りこぶし(多分)を掲げて怒りに燃える亀太郎。
前から思ってたが何でこいつこんなに俺に対する忠誠心みたいなのが高いんだ。
鳥の刷り込みみたいに名前をつけられたら何か植え付けられるのか。
「深海様から連絡がありましたが、羅門は取り逃がしたようです。深手を与えたのでしばらくは動かないだろうということですが」
深手とは。
あの刀でどこかバッサリいったのだろうか。
仮にそうならバッサリされても生きてる上にちゃっかり逃げのびてる羅門は、やはり人間ではないのではなかろうか。
「それと明日には私が望月さんの家に結界をはります。周辺も定期的に深退組の退魔師で見回りを」
「え!? そこまで……」
してもらうわけには。という言葉は尻すぼみになり消えてしまう。
深退組の長である宮間さんが直々に出て来て、さらに傘下の退魔師まで出張ってくるというなら、それは俺に手を出すと深退組が丸ごと敵になるという宣言であり牽制だ。
それ自体はとてもありがたい。
ありがたいのだが、俺一人にそこまでしてもらっても俺には返せるものがない。
「心苦しいと思うのは仕方ありません。目の前で事が起きながら未熟故に手を出すことが許されないというのは辛いものです。私もかつてはそうでした」
「……」
かつてというのは、もしかして五年前に羅門が起こしたという事件のことだろうか。
当時の宮間さんは今の俺や月紫部長と同じ高校生だろう。
ああ、もしかしてだからなのだろうか。
宮間さんが深海さんの存在に拘ったのは。
「無償の施しが心苦しいというのなら、将来性を買ったということにしておきましょう。実を言うと結界を手軽に斬り飛ばせる人間というのは便利なので、是非ともうちに欲しいのです」
「あー……」
そういえば珍しい上に便利すぎて危険なレベルだったっけあの霊力刀。
もしかしなくても囲い込まれてないかコレ。
もう将来深退組で退魔師やるの確定してないか。
「ともかく今日は泊って行ってください。このまま帰すのも危険ですし」
「はい姉様! 私も泊まります!」
「あらいいわね。友人とお泊りってわくわくするものね」
「ちょっと待って!?」
なんか月紫部長とお泊り会な流れになっている。
高校生にもなって別に恋人でもない異性の先輩とお泊り会とか居たたまれないわ!?
「何なら日向も呼ぶか? 喜んで来るぞ」
「やめてください」
あの人なら絶対来るというか、他意もなく一緒の部屋で寝ようとしそうだ。
いや流石の七海先輩もそこまで俺を拗らせてはないと思うが。
そう思っていたが、後日このお泊り会はバレて七海先輩は「私もトキオくんと寝たかった」と見事に誤解を生む発言を校内でしてくださった。
もうこの人わざとやってんだろ。
そしてまた変な噂が流れるかと思われたが、まさかの中里が俺の説明を聞いてそのコミュ力で誤解が広まるのを防いでくれた。
何この子いい子過ぎる。
これからはもっと中里に優しくしようと思った。