頑固なー
「ナンパ師が出現しているらしい」
「……はい?」
秋も深まり暑さもやわらいできた今日この頃。
ふしぎ発見部に顔を出したら、月紫部長の口から似合わない話題が飛び出してきた。
ナンパ師て。
いやナンパってカタカナにすると新しい言葉なイメージがあるが、軟派という漢字もあるんだし大正時代にも存在していた言葉なのか?
別に月紫部長は大正時代からタイムスリップしてきた女学生ではないが。
……いや着てるもん女学生ですらねえよ!?
「しつこいナンパは軽犯罪とかになるんじゃなかったですっけ? というか何故そんな話を」
「それが声をかけられた女子が例外なくそのナンパ師に惚れる上に、すぐに姿を消してしまうため恋に焦がれて体調を崩す者が続出しているらしいのだ」
なんじゃそりゃ。
すぐに姿を消すなら実害はない……いや体調不良は実害と言っていいのか?
それに例外なく惚れるとは。単に惚れなかったら話題にすらあがらないだけでは。
「それが深退組が念のために調べると、ナンパ師に惚れた女子から精神操作の痕跡が見つかったらしい」
「え、それヤバくないですか?」
本人たちが報告しないだけで何かされているのでは。
そう思ったのだが、月紫部長は何故か疲れたような様子で首をよこにふる。
「むしろ『何故何もしなかったのか』と怒っている者もいた」
「……」
もしかして月紫部長も事情聴取に参加していたのだろうか。
お疲れ様ですとしかいいようがない。被害者に被害者の自覚がないって話を聞くのも疲れそうだ。
「それで深退組でおとり捜査をしようとしたのだが問題が出た」
「どんなですか」
「ナンパ師は女子高生しかナンパしないらしい」
「……」
その情報に俺は何と返せばいいのだろうか。
ちなみに合意の上でも遊びの関係で未成年相手にあれこれするのは犯罪になるらしい。
もう最初の方から思ってたけど、相手が精神操作なんぞしてなければ警察の領分だろこれ。
「じゃあもしかして月紫部長が囮を? 大丈夫なんですかそれ?」
「ああ。そう深退組から依頼を受けた。相手は霊力を使って精神操作を行っているようだから、私のような人間には効きづらいだろうしな。だがどう考えても性格的に向いてないので日向の力を借りようとしたら『今日は家の用事があるからごめんなさい』と何故か笑顔で断られた」
なるほど。それで今日は七海先輩がいないのか。
確かに七海先輩ならそういった相手のあしらい方は心得ていそうだが、用事があるなら仕方ない。
何で笑顔だったのかにはつっこみたいが。
「じゃあやっぱり月紫部長が?」
「……望月。君よくみると女顔だな」
「いや無理だろ」
何を言い出すか予想がついたので即座に否定しておく。
というか相手が人間じゃなくて妖の類なら見破られる可能性高いだろ。
そもそも人間にも見破られるだろ俺が女装しても。
「それに深退組からの依頼ならちゃんと正規の退魔師が援護に来てくれるんじゃないですか?」
牛鬼の件があったのだ。
流石にまた丸投げということはないだろう。
もしそうなら俺はもう深退組という組織を信用しない。
「ああ。深海さんと赤猪さんが来てくれることになっている。深海さんはサトリである副次効果で精神操作が効きづらいし、赤猪さんとのコンビは深退組でもトップクラスの物理的殲滅力を誇っているからな」
「また物理か」
俺が知っている深退組の退魔師はあの二人だけなのだが、もしかして物理除霊が主な退魔師ばっかりなのだろうか。
確かにいちいち術使うよりは手っ取り早いだろうが。
「じゃあやるしかないじゃないですか。二人を待たせるわけにもいきませんし」
「だなあ。気が進まない」
そうぐずっている月紫部長をたきつけて、待ち合わせ場所だという繁華街へと向かう。
ちなみに学帽とマント羽織ったまま行こうとしたのではぎ取っておいた。
いくらなんでも学帽マントの女子高生ナンパするやつはいねえよ。
・
・
・
そんなこんなで繁華街へとやってきたわけだが、普段俺はこの辺りには近寄ったことがない。
同じ市内とはいえ学校とはまったく別方向にあるし、家の近くに大型のショッピングモールがあるので繁華街にわざわざ出てくる用事がないのだ。
まあ中島によく絡まれるようになってから何度かひっぱられるように来たことはあるが。
今も学校帰りらしい学生たちをちらほら見かけるし、そういったところを被害者たちもナンパされたのだろうか。
「いや時男くん若いのに枯れすぎやない? 高校生とか遊びたい盛りの馬鹿全盛期やん」
「いえ。男は小学生から成人に至るまで常に子供な馬鹿全盛期ですよ」
そんな繁華街の一角にあるオープンカフェにて。
呆れたような赤猪さんと笑いながら返す深海さん。
常に子供な馬鹿全盛期て。いや男の買うものは何年経っても値段が高くなるだけで基本は玩具だなんて言葉を聞いたことはあるが。
ちなみに二人とも黒スーツである。仕事中は基本的に黒スーツらしいのだが、幽霊の相手もするので喪服のようなものなのだろうか。
稽古中の袴姿の印象が強いのだが見事に着こなしている。武道をやっていて姿勢がいい上に上背もあるためだろうか。
というか黒スーツの男女二人に男子高校生のグループって傍から見たらどんな集団だ。
「しかし月紫ちゃんああしとると絵になるねえ」
そう言って赤猪さんが視線を向けた先には、俺たちからは離れた席について本を読んでいる月紫部長。
確かに絵になる。普段はあのエキセントリックな格好と言動のせいで忘れがちだが、黙ってれば美少女だしあの人。
しかしだからと言ってナンパ師が都合よく月紫部長を標的にするだろうか。
そんな疑問を口にすると、赤猪さんが何故か苦笑しながら言う。
「それがナンパされとんの全員黒髪ロングな大和撫子系なんよ」
「あー。なるほど。それで月紫部長」
「他にも深退組の関係者の中で高校生の女の子は居たんだけどね。大和撫子といえば高加茂さんちのお嬢さんだよねとみんなしてね」
そんな全会一致で決められる程深退組の中で有名なのか月紫部長。
というか月紫部長最初に七海先輩に押し付けようとしていたけど、七海先輩黒髪じゃないからどのみちダメだったのでは。
「でも見た目はともかく言動アレですよ月紫部長」
「深退組では年上ばっかりで基本的に敬語だからバレてないんだよ」
またしても納得。
そして深海さんには当然のようにバレていると。
まあこの人に隠し事とかするだけ無駄なんだろうが。
「シッ。来たで。当たりかな?」
不意に赤猪さんがそう言うので不自然でない程度に月紫部長の方を流し見ると、確かに白いスーツを着た派手な男が月紫部長に声をかけていた。
いや本当に派手だな。髪も青みがかってるし、染めているのかそれともやはり人外か。
そう思ってよく視てみると、その姿が微妙にブレて少し小さな影が見えた。
これは何かが化けてるタイプだな。
「当たりっぽいね。うわ……」
「どしたん?」
「いえ。口説き文句が『天使』とか『空から落ちてきて帰れないのかい』って、女性なら憧れるんですかそういうの」
「ないわー。それこそ恋に酔ってないと無理やわー」
どうやら何を話しているのか読み取ったらしい深海さんの言葉に、鳥肌でも立ったのか両腕を擦る赤猪さん。
確かに歯が浮くというか、そんな口説き文句で惚れたのか他の被害者。
「あ、ヤバいかもコレ」
「何がですか」
「高加茂さん思いっきり精神操作くらってる。事前に知らなかったら疑問に思わずに落ちてるだろうってぐらいに心が揺れてる」
「は?」
思わず低い声が出た。
霊力持ちでそれなりに耐性があるであろう月紫部長でもダメなのか。
というか何してくれてんだあのキザ男。
もう正体人外で精神操作してるの分かったんだから〆てもいいのでは?
「流石にこんな衆人環視の中で斬り捨てるのは待ちいや」
「いやいやいや。話を聞きたいからなるべく斬り捨てずに確保したいんですけど」
「は? あんな女の敵斬り捨てるしかないやん」
「なるほど。人選をミスっていたことに今気付きました」
俺と赤猪さんを交互に見て何かを諦めたようにため息をつく深海さん。
別に俺もいきなり斬り捨てようなんて思ってないんだが。
ただ少し話して月紫部長を解放する気がないならもうやっちまうしかないと思ってるだけで。
「うん。君と会ってから初めてというくらい殺意に溢れてるから説得力ないよ」
「ほら、移動始めたで。逃がさんように追いかけんと」
「もう斬るのは諦めましたから、せめてトドメはささないでください」
キザ男に手をひかれて連れていかれる月紫部長を追い席を立つ。
さて。どうしてくれようか。
・
・
・
「そこまでや!」
それからしばらくして。
追跡を続けていると人気のない路地裏にまで辿り着いたので、三人で一気に駆け寄り取り囲む。
「え? 何? いやマジで何!? ここ平和な国日本だよね!?」
そして邪魔が来たとばかりに煩わしそうに振り返ったキザ男だったが、俺たちを見た瞬間目を見開いてあからさまに狼狽えだした。
まあ深海さんと赤猪さんは竹刀袋に入っていた刀を出して抜刀してるし、俺は俺で短木刀から霊力刀伸ばしてるしで完全に臨戦態勢だし当然か。
そういえば深海さんたち普通に刀持ちだしてるが、銃刀法とかどうなってるんだろう。
「大人しくお縄に付きいや!」
「今二十一世紀だよね!?」
人外に時代を確認された。
いや確かに時代錯誤な状態ではあるが。
そんな混乱した様子のキザ男だったが、不意に何かを思い出したようにハッとすると得意げな様子で言う。
「そのまま動かないでもらおうか。悪いけどこの子を人質にさせ……あれ?」
そう言って隣に居る月紫部長に手を伸ばそうとしたキザ男だったが、その手は虚しく空をきった。
当の月紫部長はと言えば人質にされそうなのを察知したのか、手を伸ばされた瞬間こちらへと走り出していた。
そしてそのまま俺の方へと駆け寄ってきたのだが。
「……え?」
何故かそのまま縋りつくように胸元に飛び込まれた。
何コレどういう状況?
「すまない望月。抱きしめてくれ」
「……はい?」
待って。
ちょっと待って。
「このままでは邪魔をしてしまいそうなんだ」
「……あー」
なるほど。
精神操作を受けているのは自覚しているが、それでも抗いきれそうにないから拘束しておいてくれと。
しかしいきなり抱きしめてくれと言われても。
そんな風に躊躇っている俺に、深海さんが苦笑しながら言う。
「言う通りにしてあげてくれないかな。精神操作に抵抗してるせいで酷く心が揺らいでる。落ち着いてもらうためにもね」
「それなら俺じゃなくて赤猪さんの方がいいんじゃあ……」
「ごめん。今赤猪さん待てをされた猛獣状態だから無理っぽい」
「待てて」
そう深海さんが言うので赤猪さんの方へと視線を向ければ、相変わらず刀を構えたままな上に目が獲物を狙う獣のそれだった。
もしかして月紫部長と赤猪さん仲が良いのだろうか。
下手をすればさっきまでの俺より殺意高いんだが。
「……失礼します」
「ッ……」
一応断りを入れてから月紫部長を抱きしめると、微かに身を固くして震えたものの徐々に力が抜けていくのを感じる。
……何か色々ヤバいので早く終わらせてくれませんか!?
そう俺が念じると、深海さんは苦笑しながら赤猪さんの隣に並びキザ男へと刀を向けた。
「さて。人質がなんて?」
「ひぃ!?」
「なるべく穏やかに終わらせたかったんだけど、予想以上にタチが悪そうだなおまえ」
刀をもった黒スーツの男女に壁際へと追い詰められるキザ男。
今この瞬間に警察が踏み込んできたらこっちが取り押さえられそうな光景だが、深く考えるのはやめておこう。
「まって! もう二度としませんから」
「ちなみに俺は心が読めるからな。嘘をついても分かる」
「な……」
反省の言葉を口にしたキザ男だったが、その場しのぎの嘘だったらしく深海さんが心が読めると告げると二の句が継げず沈黙した。
そして話し合いによる解決は無理だと判断したのか、赤猪さんが一歩踏み込んだのだが――。
「ひぃ!?」
次の瞬間キザ男の体が靄のようなものに包まれ、そこにはまったく別の姿の存在が居た。
「待って。待つんじゃ! 本当に二度と人間に手は出さんから殺さんでくれ!」
「ええ……」
姿を変え必死に命乞いをするのは、先ほどまでの若く気障な男の印象など欠片もない髭を生やしたしわくちゃの老人だった。
話し方まで変わっているがこっちが本性か?
「ガンコナーやん。何で日本におるん」
「ガンコナー?」
※ガンコナー
アイルランドに伝わる妖精。
パイプをくわえた若い男の姿をしていることが多いが、本来の姿は老人であり魔力を用いて口説いた女性を惚れさせる。
女性を口説いた後ガンコナーは姿を消すが、彼に口説かれた女性は恋焦がれたまま死んでしまう。
「え? 死ぬんですか?」
「うん。こりゃ甘く見ずに捜索しといて正解やったねえ」
赤猪さんの説明に驚いて聞き返すと、ガンコナーとやらを睨みつけたまま刀をさらに喉元へと近付けている。
惚れさせて失踪する迷惑なだけの存在かと思ったら、予想以上にヤバかった。
具体的にどの程度で死ぬのかは分からないが、もしかすれば被害者の中にはギリギリな状態だった人もいたのかもしれないのか。
「本当だな? 今までの被害者への精神操作も解けるんだな?」
「解く! 解くから勘弁してくれ!」
「……嘘はついてないですね」
「なら斬るのはやめとこか」
深海さんの言葉を受けて赤猪さんが刀を鞘に納めると、ほっとしたように息をつくガンコナー。
しかしそんなガンコナーの首筋に、深海さんが刀を突きつける。
「おまえの心は『覚えた』からな。これからは常に監視されていると思え」
「ひぃ! 分かった! 分かったから!」
「よし」
追い打ちで釘を刺した深海さんが刀をひくと、ガンコナーはよろめきながら走って逃げていった。
なんというか。直接向けられたわけでもないのに二人とも殺気が凄い。
まともに受けたガンコナーは生きた心地がしなかったことだろう。
だからと言って本当に大人しくしているかには疑問が残るが、深海さんが監視するらしいのでまあ大丈夫だろう。
「ん……ありがとう望月。もう大丈夫だ」
「あ、はい」
「お二人とも、ありがとうございました」
ガンコナーの精神操作が解けたらしく背中に回していた腕を離すと、月紫部長はいつも通りの様子に戻って深海さんと赤猪さんへ礼を言った。
凄いな月紫部長。俺に弱みを見せるくらい揺らいでたのにもう立ち直ってる。
そんなことを思っていたら、何故か深海さんが呆れたように首を横に振っていた。
何故だ。
「深退組への報告は私らがやっとくけん、二人はそのまま帰りや」
「ちゃんと高加茂さん送ってあげてね望月くん」
そう言って去っていく赤猪さんと深海さん。
言われてみれば日が暮れるのも早くなってきたせいか薄暗くなり始めている。
しかしこの場合送るってどこまで送ればいいんだ。
それほど親しいわけでもないのに家まで送って良いものなのか。
「望月。別に送らなくても私は大丈夫だぞ」
(って高加茂さん言ってるけど、本当はちょっとまだ不安定だからちゃんと送ってあげてね)
悩んでいる俺に気付いたのか月紫部長がそんなことを言ってきたが、間髪入れず頭の中にこの場に居ないはずの深海さんの声が響いた。
そういえば貴方受信だけじゃなくて送信もできるんでしたね。
というか今のこの状況も覗いてんのかよ。
「送りますよ。俺じゃ頼りないでしょうけど」
「いやそういう意味ではないのだが」
俺の言葉に何故か躊躇う様子を見せた月紫部長だったが、一つため息をつくと素直に歩き始めた。
やっぱりこういう時って同性が付き添った方がいいんじゃないか?
そんなことを思っていると月紫部長がまたため息をついた。
「大丈夫ですか?」
「いや。中々貴重な体験だったというか。あの気持ちが恋だというのなら、私はまだ恋をしたことがなかったのだろうな」
「……そうですか」
その言葉を聞いてなんだかもやもやした。
嬉しいのか気落ちしたのか、自分でもよく分からない。
ただ少し安心した。そんな気がした。




