腹から声出せ
引き続き二神剣術道場にて剣術を習っているわけだが、最近は赤猪さんよりも深海さんに指導を受けることが多くなってきた。
これはやはり深海さんが道場主であり師範だからだろうか。いや師範代でも指導自体はできるんだったか。
個人経営の道場でそんな細かいこと考える必要などないのかもしれないが。
「ヒメさんは所謂天才型だから手合わせはともかく指導には向いてないんだよね。それに実戦重ねて我流混じりになっちゃってるから、強くなるだけならともかく道場としての指導は任せ辛いかな」
「ああ」
休憩中にそんなことを聞くと、深海さんは苦笑しながら教えてくれた。
確かに心構えやら戦術的な考え方は凄く分かりやすく教えてもらえたが、肝心の剣術は「見せるからやってみ」方式で分かりやすいとは言えなかった。
その点深海さんは体の動かし方などの要点を分かりやすく教えてくれるし、サトリなせいかこちらがどこが分かってないかを言葉にしなくても理解してくれるのでやりやすい。
「まあ逆に俺は基本に忠実で道場剣術には向いてるけど実戦には向いてないと先代に言われたね。サトリでズルしてなければ二流止まりだよ」
そう言う深海さんだが、そのサトリが通じない羅門がガチ逃げしてたので自己評価はあまり信用できない。
というか牛鬼をボコボコにしてたのは完全にサトリ関係ない。
「大丈夫。君もアレくらいできるようになるから」
「マジで」
俺も頑張れば五十メートル近いでかさの化物を刀一本で倒せるようになるのか。
「いや無理だろ」
その場はなんかできそうな気がしてきたが、家に帰って風呂入って寝るころには冷静になりやっぱり無理だという結論に至った。
あの人サトリだけじゃなくて洗脳でもできるのか。
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今日も今日とて学生の本分と授業を受けているわけだが、朝から教室の空気に微妙に違和感を覚えた。
ハンドさんたちも遊びもせずに何やら探し回っているようだし、黛のお猫様もじっと一点を見つめて動かない。
そのためその視線の先に何かあるのかと目を向けてみたのだが。
「中島かよ」
視線の先に居たのは中島。
つい先日風邪をひき「俺は馬鹿じゃなかった!」と豪語したが「でも夏風邪って馬鹿がひくんじゃ……」と新田に言われて轟沈していた中島だ。
もしかしてまた何か巻き込まれてるのか。
本人別に霊感あるわけでもないのに何でそんなに頻繁に怪異にぶつかるんだ。
「……んん?」
そう思い中島を視てみたものの、異常なものは何も見えない。
霊視に切り替えてみたが何か憑りついていたり呪われているような様子もない。
考えすぎか?
しかしハンドさんとお猫様も異常は感じているようだし、お猫様だけが中島に注視しているということは、人間よりも鋭い視覚以外の何かから異常を感じているのだろうか
猫が何もない場所をじっと見つめるのは、別に霊がいるとかじゃなくて虫などが出す小さな音を感知しているからだという話もあるし。
「きりーつ」
結局何も分からないまま授業は終わり放課後になる。
何か差し迫った脅威があるならお猫様が見逃さないだろうし考えすぎか。
そう楽観的に考えて教室を後にした。
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そうしてやってきたふしぎ発見部だが、先輩二人の姿はない。
もうすぐ体育祭ということもあり生徒会の方が忙しいらしく、しばらくはあまり顔を出せないと言われている。
七海先輩も他の生徒からの人気があるためこの手のイベントでは引っ張りだこになり遅れてくることが多い。
逆に俺は体育祭なんぞに積極的に参加するようなタイプでもないので今のところ部活は皆勤賞だ。
応援団やら衣装、設備の準備係からは逃れたし「体育祭に向けて練習するぞ!」とか言い出す熱血馬鹿がクラスにいなくて助かった。
そのため今日も一人で部室で時間つぶしに本を読んでいたのだが。
「……ん?」
ふとおかしいことに気付く。
熱血馬鹿ならうちのクラスにもいた。球技のクラス対抗があったときにやる気が溢れまくっていた中島が。
しかし体育祭が近くなったというのにその中島がハッスルした記憶がない。
野球部があるのだからそちらを優先するのは当然だが、競技分けなどのときにも大人しかったのは今思えばおかしくないだろうか。
「失礼します。あ、望月。今大丈夫かな?」
そんなことを考えていたら部屋の扉がノックされ、練習着の新田が顔を覗かせる。
またおまえか。
何でおまえは俺が一人で依頼を受けざるを得ない状況でばかり来るんだ。
そう思っていたら新田の後ろからもう一人野球部の練習着を着た生徒が入ってくる。
「……」
中島だった。
何故か挨拶もせずに大人しいけど中島だった。
「やっぱりおまえか」とは言えず厄介事の臭いに脱力した。
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「反応がおかしい?」
幸いというべきかあの後すぐに七海先輩が来たので改めて事情を聞く。
中島が最近おかしいのは新田も気付いていたらしいのだが、夏風邪の後ということもあり騒ぐ元気がないのだろうと放っておいたらしい。
だが日に日に口数が減り、自分からは話さない時間が増え、今日はついに返事しかしなくなったという。
しかも返事は全て肯定という全肯定状態で、他の部員のお願いを聞きまくり身動きが取れない状態になっていたと。
「中島くんは元々主体性のない子なのかしら」
「むしろうざいくらい主体性の塊ですよ」
中島は良くも悪くも周りを引っ張っていくタイプだ。
だからこそ今の状態が異常なわけで。
「……」
だというのに本人は喋りこそしないもののニコニコと愛想の良い笑みを浮かべている。
こいつ本当に中島か? いや中島のようなものがもう一人居ても困るが。
「中島。逆立ちして鼻から牛乳飲めるか?」
「やってみる」
「いや冗談だからやらなくていい」
試しにてきとーなことを言ってみたらガタッと立ち上がり実行しようとしたので止める。
というか牛乳何処から持ってくる気だ。
「確かにふざけてやってるわけじゃないなら異常ね」
「でもその肝心の異常の原因が見えないんですよね」
すとんと座り直す中島だが相変わらず笑顔だ。
何か苦しんでいるようには見えないし、七海先輩にも異常なものは見えないらしい。
見鬼二人ともが見逃すとは思えないし、視覚的に見えない上に霊的にも察知し辛い異常とは一体何だ。
それこそ深海さんのような霊的な力の関与しない超能力とかだったら分からないぞ。
「いやもしかしたら」
そういえば中島の異常性に気付いていた存在がいたことを思い出し携帯電話を取り出す。
さて。あれ以来たまに話すことは話すのだが、以前がアレだし素直に協力してくれるだろうか。
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「番号教えたのに全然連絡来ないと思ったらいきなり『部室に来い』って何なのよ」
そう不満そうな様子でやってきたのは黛。
目的は守護のお猫様なのだが、守護である以上は黛から引き離すわけにもいかないので黛ごと呼ぶしかない。
しかし黛は立て看板製作に参加していたはずなので怒るのは当然だ。
「忙しいところ悪い。他の奴には俺からも説明しておくから」
「そうだけどそうじゃなくて……」
俺が謝ると何故か歯切れ悪く否定する黛。
何故だ。
「それはトキオくんが自分で気付かないとダメよ」
「なんでやねん」
何か七海先輩から慈愛に満ちた聖母のような顔で言われた。
解せぬ。
「ともかく黛の猫が朝から中島をずっと見てたんですよ。だから異常の原因が何なのか分かってるのかもしれない」
「なるほど。じゃあ少し猫ちゃん借りるわね黛さん」
「え、あ、はい」
七海先輩に手を差し出されて困惑しながら返事をする黛。
黛の肩に乗っていたお猫様が七海先輩の手に飛び移ったのだが、霊感のない黛には見えなかったのだろう。
逆に霊感があると生きてる猫と間違えそうなくらい存在が強いお猫様なのだが。
「じゃあ異常の原因が何なのか分かるかしら猫ちゃん」
「にゃー」
七海先輩の言葉に「任せなさい」とばかりに返事をすると、じっと中島を見つめるお猫様。
ただその視線は中島を見ているというよりは少し視線が下がっていて、その方向へ七海先輩がお猫様を近付けると嫌そうに顔をそむけた。
「腹か?」
「しかも中かしらね」
確かに腹の中に異常があるのなら視覚的には見えないし、霊的にも中島自身の霊体に覆われていて分かりづらい。
しかし腹限定とは。
何かに憑りつかれたとかではなく腹の中に何か居るのだろうか。
「とりあえず原始的な対処法を試しましょうか」
「何でとりあえずでいきなり原始的手段に出るんですか」
お猫様を黛に返したと思ったら、何やら構えをとり「ハアー!」と息をつきながら気合を入れ始める七海先輩。
それに合わせて霊力が高まっていく。まさか以前月紫部長がやったような気合による除霊をやるつもりなのだろうか。
そう思った俺は先に気付くべきだった。
基本的に七海先輩は除霊(物理)だと。
「せいやァッ!」
「グボゥッ!?」
「やっぱり物理かよ!?」
突き出される掌底。
くの字に折れる中島。
七海先輩の容赦ない一撃が中島の腹に叩き込まれた。
「中島ァッ!?」
「何この人!? 何この人!?」
様子を見守っていた新田と黛も大混乱だ。
本当何なんだろうなこの人。
「何でいきなり物理でいくんですか。霊力叩き込むなら俺が術を試した後でも……」
「いえ。私の予想通りならこれは物理込じゃないと吐き出せないわよ」
「吐き出す?」
一体何を。
そう思っていたら中島が盛大にえずいた。
「おぼえぇっ!?」
そして当然のように吐いたわけだが、吐き出されたのは単なる吐瀉物ではなかった。
――ビタン!
「はい?」
液体ではなく個体が地面に叩きつけられるような音。
何事かと思い視線を向ければ、そこには細長く白いミミズのようなものがビクビクと脈打っていた。
何コレキモッ!?
「それは応声虫ね!」
「逃げながら言わないでください」
やはり火間虫入道の件で虫の類にトラウマができたのか、部室の外から扉に半分身を隠しながら言う七海先輩。
それでも一般人二人を一緒に退避させてるのは流石だが。
※応声虫(おうせいちゅう)
日本や中国の随筆等で語られる奇病、あるいはその原因となる虫。
この虫が体の中に入り込むと本人が返事をしなくても腹の中から返事が聞こえてくる。
また中国では自分の意見がなく付和雷同する人間を揶揄して応声虫と呼ぶことも。
「ちなみにサルノコシカケの一種であるライガンから作られる漢方薬で駆除が可能だとされているわ!」
「じゃあ何で物理でいったんですか」
中島殴られ損じゃねえか。
いや今からそのライガンとやらを用意するよりは手っ取り早いけれども。
「とりあえずこいつを駆除すればいいんですね」
「そうよ。吐き出された瞬間逃げ出そうとしたという話もあるから確実にね」
相変わらず攻撃系の術は使えないので短木刀を取り出したのだが、その短木刀でこの細長い寄生虫みたいなものを潰すのに抵抗を覚える。
「――ハアッ!」
そのため短木刀に力を込め霊力刀を伸ばして一気に貫く。
するとそれだけで応声虫は蒸発するように崩れて消えていった。
「ナイスよトキオくん。記念すべき霊力刀の初戦果ね」
「初戦果コレ!?」
対して動きもしない寄生虫が初戦果。
これは喜べない。
「まあそれはともかく。中島。大丈夫か」
「……無理」
七海先輩に殴られた腹を押さえながら蹲る中島。
しかし否定を返したということは……。
「大丈夫だな」
「何で!?」
応声虫の脅威は去った。
だが中島は不満そうだったので帰りにコンビニで唐揚げを奢ってやったらまた満面の笑みに戻った。
単純すぎて何だか逆に心配になってくる変わりようだった。
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「返事をするどころか宿主の意見を抑え込む応声虫とは珍しいな。少なくとも私は聞いたことがない」
次の日。
昼休みになり弁当を食べに来た部室で昨日会ったことを報告すると、月紫部長は眉をひそめながらそう言った。
「そうなんですか?」
「ああ。そもそも付和雷同するという揶揄は中国での話だし、日本では寄生されると腹に口ができるという話が多い」
「何それキモイ」
腹に口が出来て勝手に話し出す。
見た目にも変化があるとなるとさらにタチが悪いな。
「行動まで操られていたわけではないのだろう?」
「はい。話せないし勝手に返事をされてしまうけど、相手は了承したと思ってるから無視するわけにもいかないと実行してたらしいです。笑顔なのは本人も自覚してなかったので操られていた可能性もありますけど」
「それはまたお人よしというか……」
いっそ言行不一致になっていれば新田がもっと早く異常に気付いただろうに。
いいやつなのは確かだが、意外にそれで普段から貧乏くじをひいているのだろうか。
「しかし行動は自由だったのなら筆談で異常を訴えることもできたのではないか?」
「気付かなかったそうです」
「……」
まあそこは本人も切羽詰まってただろうし仕方ないというか。
単純なことに余裕が出てから気付くのもよくあることだろう。
「しかしどこから寄生したのかは気になるな。本人に心当たりは?」
「ないそうです。少し前に夏風邪ひいてましたけど」
「応声虫に寄生されると熱が出るという話はあるが夏風邪か。まあどうせこの部の活動内容は深退組に報告するのだし、似たような事件があれば連絡がくるだろうが」
「報告してるんですか?」
「ああ。日向も磯女の時に言っていたが、大したことがないと思っていたら実はということがたまにあるからな」
「アレは見事なフラグでしたね」
磯女が無害だと思っていたらまさかの牛鬼。
深退組の方々にはもっと注意深く依頼を回してもらいたい。
「望月―! 応援歌の練習しようぜ」
「嫌だ」
そして応声虫がいなくなり元気になった中島は、以前にも増して俺に絡んでくるようになった。
解せぬ。