右も左も分からない
「そういやぼっちゃん。最近また妙なやつが流れてきたんすけど」
「妙なやつ?」
いつものように山の幸を届けに来た亀太郎の言葉に今度は一体何だと思いながら問い返す。
ちなみに夏あたりから山菜は取れる量が減ったらしく、お届け物に川魚が混じるようになった。
折角もらったものを腐らせるわけにもいかず頑張って調理方法を調べたが、食べられる川魚にあんなに種類があるとは思わなかった。
それはともかく。
妙なやつが流れて来たとは。むしろここ最近妙じゃないやつが来たことがあっただろうか。
妖怪やら退魔師やらカルトっぽい団体員やら着実に妙な知り合いが増えてるぞ。
「いや見た目は今時の服装の若い男なんですけどね。ありゃ化けてますぜ。多分うちらたちみたいな化かしのプロじゃないと気付けないほど見事な変形っすね」
「ということはおまえたちのお仲間か?」
「いやーそれがうちら狸や狐の仲間なら正体が見抜けないってことはないと思うんすよね。多分そんなに元の姿からかけ離れてない、人型に近くてその上で術やら何やらの心得がある。天狗や何かじゃないっすかね」
「天狗ねえ……」
一言に天狗と言っても、根っからの天狗の他に元人間で僧が堕ちたものだの自ら天狗になったものだの色々種類があるらしい。
それこそ山の中で修業してる山伏が正体だとされるのもいるみたいだし。
「まあ妙ではあるんすけど悪いやつではなさそうっすよ。怪我の治療をしてもらったってやつもいましたし」
それなら確かに悪いやつではなさそうか?
妖怪の治療をしている時点で間違いなく普通の人間ではないだろうが。
「分かった。いつもありがとうな。これ炊き込みご飯。まだ暑いし痛む前に食えよ」
「おほ! ありがてえです。それじゃあまた!」
いつもの差し入れと情報収集の礼に炊き込みご飯で作ったお握りを渡すと、尻尾をピンと立てながら受け取り上機嫌で去っていく亀太郎。
最初は遠慮されたのだが、あんなに貰っても食いきれんわと言えば素直に持ち帰るようになった。
というか亀太郎におすそ分けでも貰ったのか、明らかに亀太郎以外からの差し入れが増え、周囲の妖怪たちに「何か差し入れしたら料理してくれる人間」と認識されている可能性が出てきた。
そのおかげで友好的な妖怪が増えると思えば餌付けだとでも思っとけばいいのだろうか。
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放課後。
いつも通りに授業が終わるかと思いきや、最近姿を見せていなかったハンドさんが復活。
教室内でビー玉を使ったキックベースを始めるという暴挙に出た。
それはもうハンドさん見えない人にもバレるだろと思ったが、流石に見過ごせなかったのか黛の守護のお猫様によって蹴散らされハンドさんたちの野望は終焉を迎えた。
というか別にハンドさん居るのバレても問題ないんじゃないかなあと思った俺は、意識していなかったが順調に毒されているのかもしれない。
「ねえねえもっちー。新しい保健室の先生見た?」
そして授業が終わるなりつんつん突いてくる中里は俺を何だと思ってるのだろうか。
別に物理的な干渉がないと無視したりはしないぞ。
「見てない。というか保健室自体行ったことがない」
二学期に入り養護教諭――いわゆる保健室の先生が変わったというのは聞いたが、今言った通り俺は保健室の厄介になったことはない。
病気には滅多にならないし大きな怪我をするようなこともないのだから当然だ。
なおこの前思いっきり後頭部をアスファルトに叩きつけられて死にかけたのは、もう学校とか関係ない非日常なのでノーカウントとする。
「それがさあ、昼休みに見に行ったんだけど新しい先生男の人だったんだ。珍しいよね」
「男?」
それは確かに珍しいというか、保健室の先生と言えば女性という印象が強い。
もっとも看護婦を看護師と呼ぶ昨今ではそんな認識自体が差別的だと言われるのかもしれないが。
「若くてカッコ良かったんだけどねー。それはそれで保健室行きづらいなって」
「あー……」
そりゃ女子が保健室に行くとすれば女子特有の事情が絡む場合もあるので、相手が若い男だと話しづらいのは当然だろう。
ただでさえ思春期でそういう話をするのが恥ずかしいという生徒もいるだろうし。
もしかしてそのために保健室の先生というのは女性が多いのだろうか。
「……というか今のでもっちー察したの? 本当に男子?」
「なんでや」
そう思って納得したら何故か性別を疑われた。
解せぬ。
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「は? 養護教諭が妙?」
ふしぎ発見部にて。
いつも通りに部室に来たらまたしても妙なことを言われたので思わずオウム返しに聞き返す。
また妙なやつが増えるのか。
むしろこの世界に普通の人間は存在するのだろうか。
「ああ。何でも養護教諭なのに医師免許を持っているらしくてな」
「……それ普通じゃないんですか?」
養護教諭というのは前述の通り所謂保健室の先生のことだ。
医師免許くらい持っていそうなものだが。
「いや私も勘違いしていたのだが、養護教諭というのはあくまで養護教諭の免許を持った教員であって医者ではないらしい。教員免許の類である以上は医師免許と同時に取得するのはほぼ不可能だし、別々にとったにしても普通は医者になるだろうと」
「なるほど」
考えてみれば体調が悪かったり怪我をして保健室に行っても、やってもらえるのは応急手当までで本格的な治療や診断が必要ならそのまま病院行きだ。
仮に医者でもない養護教諭がそれをやってしまったら医師法やら何やらにひっかかるのだろう。
「でも数が少ないだけでいないわけではないのよね?」
「ああ。だが珍しいと思った学校側が経歴を調べたら、資格があるのは確かなのに経歴が辿れないというおかしなことになったらしい」
「はい?」
七海先輩の疑問に答える月紫部長だが、その答えがおかしいので思わず間の抜けた声が漏れた。
資格は確かにあるのに経歴が辿れない。
それヤバい方法で取得した免許なのでは。
いやでも養護教諭になるのにわざわざ必要ない医師免許を偽造するか?
「経歴が嘘だったとかじゃなくて辿れなかったんですか?」
「ああ。卒業した大学などは確かに書かれているのに、問い合わせをしようとしたらその大学が何処なのか分からなくなるらしい」
「あからさまにヤベエじゃないですか」
偽造なんてチャチなもんじゃなかった。
もう催眠とか洗脳とか明らかにヤベエもんが絡んでる。
「まあそういうわけで私たちの方で軽く探りを入れられないかと言われたわけだ。もちろん危険がない範囲でだがな」
「履歴書を見せてもらえれば私とトキオくんなら読めるんじゃないかしら?」
「それが法的には微妙だがやはりプライバシーの問題で履歴書は見せられないと校長が」
マジかよ校長。
危険がない範囲でと念を入れたり、こんな毎日が妖怪カーニバルな学校の校長やってる割に常識人だな。
「まあ日向が体調不良を理由に保健室に行ってみて、それで何もないようなら手をひこう。経歴を探るとなると私たちでは無理だからな」
「はあ。でも経歴をごまかしてるだけなら本人見ただけで何か分かりますかね」
「校長も深入りはさせたくないようだし、分からないなら分からないで構わないだろう。頼めるか日向?」
「任せなさい!」
そう言って何やらやる気満々な七海先輩。
ここで同じ見鬼でも俺ではなく七海先輩なのは、俺が仮病とか使っても即座にバレそうだからだろう。
異性な七海先輩の方があまり深くつっこまれないだろうし。
「じゃあ行って来るわね。……失礼しまーす」
そしてやってきた保健室。
流石七海先輩というべきかいつもより弱弱しい声で入室の挨拶をしながら扉を開けたのだが――。
「失礼しました」
何故か即座にいつもの調子に戻って扉を閉めた。
何事? まさか誰もいなかったのか。
「……どうもこうもだわ」
「はい?」
「どうもこうもなのよ!!」
「何が!?」
何やら興奮した様子で叫ぶ七海先輩だが意味が分からない。
「どうもこうもない」ならまだしも「どうもこうも」て何!?
「何騒いでんだうるせえなあ」
そして七海先輩の叫び声につられたのか保健室の扉が開き養護教諭らしき男が出てきた。
切れ長の目に少しパーマの入った長めの黒髪と、確かに今時の若者といった感じの男だ。
「保健室の近くでは静かにしてね」
「……は?」
しかしガラの悪い声で文句を言ってきたと思ったら、穏やかだが同じ声で窘めてくる男。
いや。声は同じだが明らかに別人が言ってる。
というか体は一つしかないのに二人いる。首から下は白衣を着た普通の男性のそれなのに、首から先が二つに分かれて頭が二つある。
何だこの男。
「なるほど。どうもこうもか」
「どうもこうもでしょう!」
「だからどういう意味!?」
何故か納得する月紫部長と興奮する七海先輩。
後輩が置いてけぼりなのでもう少しテンション抑えてくれませんかね。
※どうもこうも
一つの体に二つの頭を持つ妖怪。
絵巻物に描かれた妖怪だがどのような妖怪なのかは分かっていない。
「どうもこうもならない」という言葉の語源には双子の医者が関わっているという民話もあるが、妖怪どうもこうもとの関連はないとされている。
「ちなみにその民話では『どうも』と『こうも』という名前の双子の医者がお互いの縫合技術を競うためにお互いの体を切り合って縫い合わせていたけれど、最終的にお互いの首を同時に切っちゃってどちらも縫合することができなくなり『どうもこうもならない』という言葉が生まれたとされているわ!」
「へー詳しいねこの子」
「何で十代の女子がんなことに詳しいんだよ」
七海先輩の説明に素直に感心する穏やかそうな顔とドン引きするガラの悪そうな顔。
どうやらそれぞれの頭で性格も違うらしい。
「それで貴方たちはどうもこうもで合っているのか? それに何故養護教諭などに」
「あーふしぎ発見部とかいうやつかおまえら」
「こんな早くにバレるなんて。本当に特殊な学校だねここは」
月紫部長の問いに納得したような様子の男たち。
普通に話ができているし危険な妖怪ではないらしい。
「俺は『どうも』。さっきの民話が俺たちの成り立ちに関わってるかどうかは知らないが医者なのは確かでな。なるべくなら医者として活動したいわけだが」
「僕は『こうも』。だけど人間相手だと何かあったときに追及されて正体がバレる可能性が高いんだよね。それに僕たちは実体があるからいざという時に隠れるのも限界がある」
「だからこの学校で表向きには大人しく養護教諭やりながら妖相手に医者をやれねえかなと思って来たわけだ」
そう説明するどうもこうも。
どうやらガラの悪い方が「どうも」で穏やかな方が「こうも」らしい。
あとついでに人間としては「堂本恒」と名乗っているらしい。
……何その安直な偽名!?
「まあ偽名も本来の名前から離れすぎると存在が揺らぐという話もあるからな」
「そうなんですか?」
よく創作で出てくる人外のバレバレな偽名にそんな意味が。
てっきりあからさまに伏線はってるのかと。
「ということは教員免許と医師免許も偽造か?」
「いやそこはちゃんと大学行って正規に取得したんだけどな」
「医師免許取ったのって結構昔のことだから、馬鹿正直に書くと書類上の年齢と見た目の年齢が合わなくなるんだよね」
免許ちゃんと正規の手順で取ったのかよ。
いや戸籍とか住民票あたりはどう足掻いても偽造なんだろうけど。
「免許はちゃんとあり人間としての社会的地位も一応はある。問題はないか」
「ないの!?」
このまま保健室の妖怪先生誕生するの確定なの?
何処に向かってるんだこの学校。
「最終的に決めるのは校長だが、無害な妖怪なら基本的に来るもの拒まずだからなこの学校は。普通に教員として最低限のことをやってくれるなら受け入れるだろう」
「へえー。噂には聞いていたけど本当に変な学校だねここ」
「なら俺からも腹割って校長と話しておいた方がいいかもなあ」
妖怪から変な学校とか言われた。
いや間違いなく変な学校だがその変な学校に通っている生徒の身にもなってほしい。
「安心しろ。君も一般人からすれば変な人間枠だ」
「それの何処に安心しろと」
言われていることはもっともなのだが認めたくない若さ故。
とりあえず校長への報告は月紫部長がすることになり、結果そのまま採用ということで妙な養護教諭問題は解決した。
そしてそのまま養護教諭を続けているどうもこうもだが、気さくながら気遣いのできるカッコいい男性教諭ということでそれなりに人気らしい。
一般人には頭が一つに見えているのだろうが、明らかに別々に話してるのはどう聞こえているのだろうか。
気にはなったが下手につっこんで問題が表面化するのもアレなので聞くに聞けなかった。
真実が見えるからこそモヤっとするっという理不尽を感じた。