ホラー作品で大体発生する前兆
※虫に関する描写が出てきます。苦手な人は注意してください
羅門とかいう僧侶に狙われていることが分かったものの、その後あちらから接触があったのかといえば何もなく無事に夏休みを過ごすことができた。
これは深海さんが俺の周りを調べるついでに警戒しているのもあるのだろうが、やはり亀太郎たちが化かしてくれているおかげだろう。
自宅をサトリに襲撃されたときも時間を稼いでくれたし、意外にも狸の化かしはサトリと相性がいいらしい。
心を読むサトリが視覚に騙されるというのも皮肉な話だが。
「というわけで日頃の礼も兼ねて土産をと思ったんだが、買った後に気付いたんだけど狸って揚げかまぼこ食べても大丈夫なのか?」
「おお。ありがてえです。うちらは魚も食うから大丈夫ですよ。そもそも化け狸なんで普通の狸よりは丈夫っすから」
牛鬼が居た港町の名物だという揚げかまぼこを渡すと、亀太郎はぶんぶんと嬉しそうにしっぽを振りながら答える。
いや俺は魚を食うかどうかよりも揚げものが大丈夫かどうかを気にしてたんだが。
しかし考えてみれば狐の好物は油揚げだし別に問題はないのか。
俺がそういうと亀太郎は何故か微妙な顔をして唸るように言う。
「確かに狐どももうちも油揚げは好きっすけどねえ。あれは元々ね……いや何でもないっす」
「言いかけてやめんな」
「いやホント坊っちゃんのお耳に入れるようなことじゃないんで! じゃ! 土産ありがとうございました!」
そう言うと土産を小脇に片手をあげて追及から逃れるように足早に去っていく亀太郎。
何だったんだ一体。
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「ああ。それは鼠の天ぷらのことだろう」
「何ですかそのゲテモノ料理は」
新学期が始まり最初の昼休み。
懐かしさすら感じるふしぎ発見部の部室にて亀太郎の反応がおかしかったことを話すと、月紫部長が自分が茄子の天ぷら食ってるのに平然と言い放ってくださった。
「……」
そして相変わらず俺の背後にひっついてくる斎藤さん。
久しぶりに俺の弁当からミートボールを差し出すと無表情ながらもどこか嬉しそうに咀嚼を始めたが、夏休みの間ずっと一人で寂しいとか感じてたのだろうかこの地縛霊。
「元々は狐の好物は鼠の天ぷらとされていたのだ。代用品として油揚げが使われるようになりそのまま定着したわけだな」
「えー確かにお稲荷さんにお供えするにしても鼠を天ぷらにはしたくありませんけど」
そもそも天ぷらにする前にどうやって調理するんだ。
もしかしてそのまま揚げるのか?
「まあ照明用の油をなめる妖怪も多いし妖というのは油物が好きなのかもしれん。現代では照明も電気になって油を舐める機会などそうないだろうが」
「油の照明ってただでさえ暗いのに消耗早めるって何の嫌がらせですか」
しかしまあ確かに今の時代なら油をなめるような妖怪なんてもう居ないのかもしれない。
むしろ油舐めるためだけに出現する妖怪の存在意義とは何なのか疑問に思ったが、存在意義を問い始めたら意味が分からない妖怪ばかりなので深く考えないことにした。
「さて。君の身辺も落ち着いたことだし改めてその力について話しておくか」
「あの霊力刀のことですね」
羅門との戦いの中で火事場の馬鹿力のように目覚めた力。
羅門はそれを見て目の色を変えていたし月紫部長も珍しいと言っていたが、単なる霊力でできた刀というわけではないのだろうか。
単に珍しいだけなら見鬼みたいに大して重要視されないだろうし。
「まあ外見だけなら他で代替可能かと言えばできなくもない。しかしだ。霊力というのはエネルギーだ。エネルギーである以上は放っておけば散っていくし物質のようにその場に安定して存在することはできない。つまり単に霊力で刀を作ろうと思ったらその刀を維持するために霊力を放出し続けなければならないわけだ」
「何ですかその無駄に疲れそうな力は」
要は炎で剣を作ろうと思ったらガスバーナーみたいに噴射し続ける必要があるみたいなものだろうか。
聞いただけで燃費が悪いと分かる。
「だからこそ君の出したような霊力刀は異質なんだ。在り方としては刀の形をした結界という方が正しい」
「結界ですか」
それなら少し分かるというか。
結界というのは元は仏教用語らしくそこから転じて様々な意味合いがあるが、この場合は刀の形に結界が敷かれその中に霊力という力を持った空間ができているということだろうか。
結界という境界線がなくなれば中の霊力もたちまち霧散してしまうと。
「そして問題になるのがその結界でできているという特性だ。君の霊力刀は出力にもよるだろうが他の結界に直接的に干渉することができる」
「何それ恐い」
つまり考えなしに出したらうっかり何かの境界線切っちゃうかもしれないと。
異界から何かやばげなもの招き寄せちゃったりしないのそれ。
俺がそう聞くと月紫部長はにこりと普段は見せないような笑顔で言う。
「するぞ」
「あっさりと!?」
人がちょっと怖くなってきてんのに平然と恐怖を煽ってきやがった。
いやそれだけ危険な力だってことなんだろうけど。
「そういう意味ではその力に目覚めたのが見鬼である君だったのは幸いだった。どうしても霊力刀を出す必要があるときは周りをよーく見てからにしろ。間違っても神社の中とかで出したりするな」
「了解です」
素直に返事はしたが、神社について言及するということは神域までどうにかしちゃうかもしれないのかアレ。
今まで余計なものは見ないようにしてたがこれからはもっと注意深く生きよう。
そう決意した。
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滞りなく授業が終了して迎えた放課後。
滞りなく授業が終わったことに違和感を覚え何故かと考えていたのだが、そういえばいつもなら授業中も存在を無駄にアピールしてくるハンドさんたちを見かけなかった。
夏休み中暇そうに俺の家にまで来ていたのに一体何処へ。
まさか俺の家に拠点を移したんじゃないだろうな。
「もっちーちょっといいかな」
俺がそんなことを考えていると、席替えで後ろの席になった中里がつんつんと背中をつついてくる。
普通に声をかければいいのに何故つつく。おれは小動物か何かか。
「なんだ?」
「何で顔が嫌そうなの!?」
「地顔だ地顔!」
確かに中里のことは面倒くさいやつだとは思っているが顔に出すほどじゃない。
しかしそんな俺に中里は何やら困ったような顔をすると何故かぽんと肩を叩いてくる。
「もっちーもっと気楽に生きなよ。絶対ストレスたまってるって。顔が悪いもん」
「言い方考えろや」
しかし確かに僧侶やら坊主やら禿のせいでストレスはたまっているのもあるとは思うが、周りを注視しようとするあまり眉間に力が入っているのかもしれない。
さりげなくしつつ注意するって難しいな。
「それで何の用なんだ」
「あ。そうだった。友達が相談したいことがあるらしいんだけど、今日ってふしぎ発見部やってる?」
「やってるが。新学期早々か」
もしかして夏休みの間ずっと悩んでいたのだろうかその友達とやらは。
学校の部活動に頼る前にお祓いにでも行った方が早いのでは。
「分かった。じゃあしばらくしたら行くと思うからよろしくね」
「おう」
まあ相談が来るのは間違いないので中里に別れを告げてさっさと部室に向かう。
さて。そんな切羽詰まった相談でないといいがどうなることやら。
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「電気が勝手に消される?」
しばらくしてからふしぎ発見部の部室にて。
中里の紹介で来たのは俺と同じ一年だが別のクラスの香取という女子生徒だった。
体格は小柄で顔立ちも大人しそうな性格がにじみ出ており家庭科部に所属しているのだと言う。
中里と接点なさそうなんだがどういう繋がりで友達になったのだろうか。
まあ中里は俺みたいなのにも付きまとうコミュニケーションの塊みたいなやつなので、大抵のやつとは仲良くなりそうではあるが。
で、その香取からの相談は夕暮れ時に家庭科室に居ると突然電気を消されるというものだった。
電気のスイッチ自体は切り替え式ではなくプッシュ式なのでそれだけなら誤作動か何かかと思っていただろうが、何と電気が消える瞬間にスイッチの近くに真っ黒な人影が見えるのだという。
しかも電気が消えて薄暗くなった室内に目が慣れるまでの一瞬でその人影は消え失せてしまうときた。
ガチで心霊現象じゃねえか。
むしろ今までよく相談せずに放置してたな。
「しばらくはみんな気のせいかなって思ってたんですけど、一学期の終わりごろにはみんな一回は人影を見ちゃって。そのまま何もできずに夏休みに入ったんですけど、やっぱり家庭科室に近づきたくないって先輩たちすら言い始めちゃって」
「まあ気味が悪いのは当然だな」
そういって納得する月紫部長。
家庭科部なら部員も女子だけだろうし恐さは倍増だろう。
うちの部は女子の先輩二人の方が強いけどな!
「分かった。私たちで原因を探って可能ならば排除しよう。今日は家庭科室には近付かないように部員たちに伝えておいてくれ」
「は、はい。ありがとうございます!」
月紫部長の宣言に感動したように目を潤ませながら礼を言う香取。
そこだけ抜き出すと頼りになる生徒会長に思えるが、実際には夏休み中はお目にかかれなかった学帽マント姿である。
まだ九月上旬なんだがこの人にクールビズという概念は存在しないのだろうか。
「家庭科室って家庭科の授業がないと入ることないわよねー」
そういうわけで場所は変わって家庭科室。
電気が消されるのは夕暮れ時ということでまだ少し明るいにもかかわらず電気をつけて待機しているが、今のところ変わった様子はない。
ちなみにうちの学校は被服室と調理室は一緒くたにされて家庭科室となっている。
そのため教室の隅にあるアイロンやらミシンやらを七海先輩が興味深そうに弄っているのだが、壊さないだろうなこの人。
「でも今回のこれって霊の仕業ですか? 電気を消す妖怪とか聞いたことないですけど」
「電気自体が普及したのが最近のことだからな。それ以前ならば照明や提灯の火を消す火消婆というのがいるが」
「何ですかそのネットで工作してそうな名前」
※火消婆(ひけしばば) 吹き消し婆とも
名前の通り老婆の姿をした妖怪。
妖怪は陰の存在であり陽の気を持つ火を嫌うためにそれを消して回る存在だとされる。
妖怪側のために火を消しているようだが、人間が消し忘れた火も消してくれるという有難い一面も。
確かに火を消すだけなら現代では出番が少なそうな妖怪だ。
だから電気も消すようになっているかもしれないと。
「でも電気が消える直前に見えるのが黒い人影っていうのは何ででしょう?」
「さて。正体を見破られないように偽っているのか……」
「部長!」
月紫部長と話していると突然七海先輩が声を上げ、天井の電気が消える。
「来たか。だが甘い!」
しかし事前に来ると分かっているのに対策をしていないはずがない。
薄暗くなった家庭科室の中、月紫部長があらかじめ用意しておいた懐中電灯を、俺と七海先輩が携帯のライトをつけてスイッチがある場所を一斉に照らしたのだが……。
「……は?」
思わず低い声が出た。
ライトに照らされて浮かび上がった黒い人影。
いや人影というか腕が何本もあるし表面がてかてか光ってるし、そもそもところどころ丸みを帯びたそのフォルムはどう見ても巨大なゴ……。
「こここここれはおそそそらくひひひひまむしにゅううどうだなあぁっ!」
「部長!? 吃音まくってる上に瞳孔が開いてます月紫部長!」
※火間虫入道(ひまむしにゅうどう)
縁の下から現れて照明の油を舐めたり消したりする妖怪。
生前怠け者だった人間が死後に妖となり夜なべする働き者を邪魔しているのだとされる。
また暗い場所から現れることや火虫と呼ばれ油を好む虫がいることから、その虫が化身した存在ではないかとも。
「いや化身というかアレどう見てもまんまでかいゴキブ……」
「その名を出すなあ!?」
「あ、はい」
涙目になりながら叫ぶ月紫部長。
懐中電灯を両手で握り完全に腰がひけている。
「フッ。部長にも恐いものがあったのね」
「七海先輩は平気なんですか?」
「むしろゴキブリとか初めて見たわ!」
マジかよ。流石いいところのお嬢さんだ。
馴染みがなさ過ぎて逆に嫌悪感や恐怖心がないとは。
「ともあれ部長が戦力にならない以上、私がやるしかないわね。てりゃあ!」
そう言って室内だというのに器用に薙刀を構えゴ……火間虫入道に振り下ろす七海先輩。
そして俺は見鬼に目覚めてから暗いとか関係なく霊的なものがよく見えるのを初めて後悔した。
――ぶわぁ。
『ぎゃああああああ!?』
家庭科室に俺たち三人の絶叫が響き渡る。
何が起きたかというと、七海先輩の薙刀が火間虫入道に触れた瞬間、その体が細かく分離していき小さな分身のようなものに分かれていったのだ。
というかやっぱりまんまゴキブリじゃねえか!?
「――お、オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ!」
恐怖しながらも防衛本能が勝ったのか結界をはる月紫部長。
おかげで一斉にこちらへと向かってきた黒い群れは阻まれたのだが。
――びたたたたたたっ!
『ぎゃあああああ!?』
結界の境界線に次々とはりつく黒い物体Xに、近くに居た俺とぎりぎり結界内に滑り込んだ七海先輩の悲鳴が再び響き渡る。
もう本当やだ勘弁して。
「な、七海先輩平気なんじゃなかったんですか!?」
「無理無理無理無理。何あの数でカサカサカサカサってもう他の虫もまともに見れない!」
地面に尻餅をつきながら後退る七海先輩。
これは完全にゴキブリどころか虫全般へのトラウマ植え付けられてますわ。
というか俺も流石にこの数は無理だ。
「トキオくん霊力で剣だせるようになったんでしょう! 結界越しに潰せば――」
「アレ剣の形をした結界らしいんで結界越しに斬ろうとしたらこの結界も斬れますよ」
「じゃあどうしようもないじゃない!」
七海先輩完全に泣きながら絶叫。
実際除霊(物理)が専門の七海先輩はもう戦力外だ。
しかし俺だって攻撃型の術は教えてもらってないし、不動金縛りでこれを全部縛れるか?
そう打開策はないかと考えていたのだが。
「……もう嫌だ」
ゆらりと、月紫部長が立ち上がる。
驚いて振り向けば目の焦点があってなかった。
正気かと言えば多分正気じゃない。月紫部長が壊れた。
「――臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
そしてどう見ても正気ではないまま九字を唱え始める月紫部長。
正気じゃないのにまず九字で身を固めるという基本を忘れないあたり身に沁みついた修練の偉大さを感じる。
「――オン・アミリティ・ウン・ハッタ!」
そして次に軍荼利明王の真言が唱えられ、暗闇を引き裂くように光が炸裂した。
とりあえず相手が本物のゴキブリではなく妖怪なので、後始末をしなくてすんで良かったと思いたくなるような光景だった。
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「……そういうわけで。退治は完了したけど先輩たちも疲れてるから、報告はおまえの方からしといてくれ」
「う、うん」
次の日。
朝登校するなり見かけた中里に結果を告げると、何故かドン引きした様子で返事をされた。
ちなみに相手の正体が何だったのかは言ってない。
言ったら多分家庭科部の面々は二度と家庭科室に入れなくなる。
世の中には知らない方がいいことも多いのだ。
「えっと。もっちー大丈夫? 顔が薄いよ」
「どんな状態だそれ」
幸が薄そうとか影が薄いならともかく顔が薄いとか初めて聞いたわ。
いやニュアンスは大体伝わるが。
「うーん。よく分かんないけどお大事にね。無理そうなら早退した方がいいよ」
「そこまでかよ」
何か普通に体調を気遣われた。
確かに気力は削がれまくったがそこまで酷そうに見えるのか。
ちなみに中里から報告はしてもらったものの、放課後になると香取は律儀にお礼を言いに来た上に手作りのクッキーまで差し入れてくれた。
その思いやりとお菓子の甘さにちょっと気力が回復した。