見える人と読める人4
むかしむかしあるところに一人の少女がいました。
少女は心優しく働き者だったのですが、父親は食うに困り流れ着いた余所者で閉鎖的な村の者たちには嫌われていました。
そのため娘である少女も事あるごとにいじめられており、両親が病で亡くなった後もその扱いはよくなりませんでした。
あるとき村が鉄砲水に襲われました。
幸い人死には出ませんでしたが、田畑は流され道は崩れ、それでも雨は止みません。
困りに困った村人たちは雨がやまないのは水神様が怒っているからだと考え生贄を出そうと誰ともなく言い出します。
しかし誰も生贄になどなりたくありません。
ならあの娘でいいじゃないか。
余所者の娘を生贄にしてしまえ。
どうせ誰も反対すまい。
そうまたしても誰ともなく言い出して、ならば急げと村人たちは少女の家へと押しかけます。
しかしそこはもぬけの殻で娘の姿は影も形もありませんでした。
実はこの時村には旅の青年が訪れており、余所者を嫌う村人たちの世話にはなれず、少女の家へと厄介になっていたのです。
青年は村の不穏な空気に気付いており、このままでは娘の身が危ないと無茶を承知で雨の中少女を連れ出していたのでした。
怒った村人たちは少女と青年を探して駆けまわりました。
旅慣れた青年と言えども共に居るのは村の外など知らない少女。
あっという間に追い詰められてしまいます。
追い詰められた青年は言います。
生贄ならば自分がなろう。だからこの娘を殺してくれるなと。
しかし少女も言います。
いいえ私が生贄になります。無関係の貴方をこれ以上巻き込むことはできませんと。
お互いがお互いを想い自ら死を願う姿に村人たちは躊躇い手出しができません。
そしてその時奇跡が起きました。
それまで夜のように暗かった空が明るくなり、雲の切れ目から太陽が姿を見せたのです。
少女と青年のお互いを想う心に心を打たれた水神様が怒りを沈めてくれたのです。
それを目にした村人たちは心を入れ替え少女に謝罪し、少女と青年は末永く幸せにくらしました。
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「めでたしめでたし」
「いやコレ絶対めでたくないでしょう」
七海先輩が図書館で見つけた地元の昔話。
口頭で説明するのは長いのでメールで送られてきたそれを読み終えたところで深海さんがそうしめくくったが、昔話にしても展開の都合がよすぎる。
絶対にどこか捻じ曲げられて伝わってるだろコレ。
「そうだな。この手の昔話は子供向けに残酷なところは隠されるものだし、何より後ろ暗いことをわざわざ語り伝えたりはすまい」
月紫部長もその考えは同じなのか、俺の言葉に頷くとそう続ける。
大体この昔話が今回の件に関係があり「めでたしめでたし」で終わったのなら、何故目の前にいかにもな祠があるのか。
「うん。当然その話には裏がある。そしてこの祠のことを知っていた老人たちはその裏のことも知っていたよ。青年が代わりに生贄になると言われたから、村人たちは『ならばそうしてくれる!』と彼の首をその場で斬り落としたらしい」
「雑!?」
生贄って文字通り生きたまま捧げないといけないんじゃないのか?
その場で殺していいの?
俺たちが生贄を捧げると決めた時にはもう儀式は始まってるんだ理論なの?
「しかしそれで水害が収まるかと言えばそんなわけがなくてね。村人たちは約束を破って少女も殺してしまう」
「最悪だな」
月紫部長が吐き捨てるように言う。
確かに何の救いもない。いや。村人たちが平然と生きていることを考えると胸糞悪くすらある。
「まあそこで終わってたらこんな祠なんて建てられているわけがない。問題は少女を庇って死んだ青年。彼は実は牛鬼だったらしいんだよ」
「はい?」
旅の青年の正体が牛鬼。
一気に話が繋がったが何故牛鬼が人間の姿に?
そんな俺の疑問に月紫部長が答えてくれる。
「牛鬼が人間の姿に化ける話は結構ある。しかしその手の話では牛鬼は人間の命を助けると代わりに消滅してしまうという結末ですが」
「ああ。だから牛鬼は力任せに少女を助けることができなかったのかもしれない。まあ他にも理由はあるのかもしれないけど、結果的に追い詰められ己の命を差し出した」
「しかし村人は約束を守らなかった。ならその後はめでたしどころではないのでは?」
「うん。それはもう暴れ回ったらしい。頭のない巨大な肉の塊みたいな化け物が」
頭のない巨大な化物。
恐らくは今浜辺でのたうち回っているアレだろう。
頭がないのはそういう理由だったのか。
「その化物は村人に助けを請われた山伏に退治されたらしい。だけど事情を知った山伏は化物と少女を憐れんだ。化物を退治した場所と少女と青年が首を斬られた場所、それぞれに祠を建てて彼らの魂の安息を願ったらしい」
「つまりここがその少女と青年の首が斬られた場所だと」
月紫部長の言葉につられるように壊された祠を見れば、赤い糸が祠の中へと続いているのが目に入る。
命をかけて救おうとした少女。
最初赤い糸を見た時は牛鬼の怨念を表しているようだと思った。しかし少女と繋がっていると考えると別の意味が見えてくる。
青年の姿をした化物は本当に少女を愛していたのだろう。
「さて。話はここまでだけど、この祠にはまだ牛鬼の強力な念を感じる。だから何か残ってるんじゃないかと探したんだけど……」
「何も見つからなかったと」
「うん。俺は聞き込みは得意だけど霊視の類はからっきしだからね」
そう笑って言う深海さんだが、聞き込みって絶対文字通りの意味じゃないだろ。勝手に頭の中読んでるだろ。
「うん。だから聞き込みというよりは読み込みかな」
そして案の定口には出してないのに笑顔で返ってくる反応。
すげえ。この人少しも悪びれてねえ。
一々気にしてたら精神がもたないんだろうけど。
「見鬼の君なら何か分からないかな。ここには牛鬼が執着する何かが残っていると思うんだけど」
「そう言われても」
深海さんに促され祠の中を覗いてみるが、壊された戸の中は空っぽで何かあるようには見えない。
しかし赤い糸。牛鬼の執着が祠の床にあたる板の下へと伸びているのに気付く。
「ここか?」
もしかしてと思い爪でひっかくように板に力をくわえると、それはあっさりと外れた。
中には不自然なほど大きな空間。その奥の奥。陰に隠れるようにして赤い糸と繋がったそれは転がっていた。
「……壺?」
出てきたのは陶器で出来ているらしい手の平に収まるほど小さな壺だった。
蓋らしきものがあるが隙間なくぴったりとハマっている上に取っ手らしきものもないので開けることはできそうにない。
手に持って動かしてみると、それにつられるように赤い糸の終端も動いた。
どうやらこれが牛鬼の執着していたものらしい。
「少女の遺骨か何かだろう。祠を荒らされここには置いておけないと、取り戻そうと躍起になっていたということか」
「先に自分の体を祀った祠も壊されてるから余計に抑えが効かなくなったんだろうね」
「じゃあこれを牛鬼に捧げれば?」
「怒りを収めてくれるんじゃないかな。多分」
多分て。
深海さんの半ば投げやりな言葉に脱力する。
そこは断言してくれよ。
「あの牛鬼の心も読もうとはしたんだけど、怒り狂ってて何考えてるかまでは分からなかったんだ。だからこの祠が荒らされたのが原因だとは断言できない」
あーなんか少しわかったかもしれない。
この人はきっとなるべく嘘を言わないようにしているんだ。
だから曖昧なことは曖昧なまま断言しない。
心を読めてしまうこの人なりの相手への敬意なのかもしれない。
「アッハッハ。……何この子やり辛い」
そう思っていたら深海さんの顔からいきなり笑顔が消え消沈した様子でそう呟いた。
解せぬ。
後に聞いた話だと「心読まれてもあんまり気にしてない上にこっちを気遣ってくるとか何なの」と困惑していたらしい。
別にまったく気にしていないわけではないのだが、そこまでは読めなかったのだろうか。
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「そして最後は蚊帳の外とか」
時間は流れて。
夕暮れ時。俺は牛鬼の現れる浜辺ではなくそこへと続く道路で人が寄り付かないよう見張りをしていた。
もう片側へと続く道は月紫部長が見張り、七海先輩は例によって門限が守れるのか怪しいので泣く泣く帰宅している。
あの牛鬼すら好きの範疇に入る七海先輩の感覚が分からない。
ともかく後は少女の遺骨らしきあの壺を返すだけ。
しかし何があるか分からない上に相手はあの牛鬼だ。
流石にそんな危険なことを学生の俺たちには任せられないという深海さんの言い分は分かるし、見張りと称して現場からすら遠ざけるのもまあ分かる。
しかし今回の件に最初に関わったのは俺たちだし、情報収集にだって貢献してる。
なのに最後の仕上げに関われないのでは不満はある。
そんな考え方はこどもっぽいし、リスクを承知で回避しようとしないのは正に素人だというのは分かってる。
分かってるけど感情は収まらない。
「……なんか最近こういうこと多いな」
頭では冷静に判断してるのに納得できない。
そんなことが増えたような気がする。
感情に振り回されて失敗する。そんな滑稽な真似はしたくないのだが。
「いやいや。感情を抑えて欲を禁じすぎるのもよくないよ。何事もほどほどに中道を保つことが肝心だとお釈迦様も言っていてね」
「……は?」
突如かけられた頭の中身を読まれたような言葉に、知らず間の抜けた声が漏れた。
深海さんじゃない。
その声はもっと低く歳をとった男のもので、何より視界に突然現れたそれは深海さんとは似ても似つかなかった。
「しかし随分と手間を取らされたよ。昨日の時点で接触するつもりだったんだがね。あの狸ども意外に君への忠誠心は高いらしい。駅で待っていたというのに見事に化かされてしまったよ」
片手に頭蓋骨を持った袈裟姿の僧侶。
月紫部長すら知らないと言い、亀太郎たちも本能的に忌避していた胡散臭い坊主。
「だからこうして狸たちの手が出せないこの町まで来たんだがね。こうして一人きりになってくれるまでこれまた待たされた。ああ、深海くんは悪くないよ。彼の力は私には効かないからね」
僧侶の言葉を聞きながら、俺は深海さんも月紫部長も言及しなかったので口にしなかった疑問を思い出していた。
牛鬼が怒り狂うきっかけ。祠を荒らしたのは誰なのか。
祠のあの不自然に広い空間に収められていたのは少女の遺骨だけだったのか。
斬り落とされた牛鬼の首は何処へ行ったのか。
「だが待った甲斐はあった。今度は挨拶ではなく勧誘に来たよ。望月時男くん」
そう言って笑う僧侶の手には、以前と同じ頭蓋骨とは別に、祠で見つけたものより少しだけ大きい壺が握られていた。