見える人と読める人2
※牛鬼|(ウシオニ。もしくはギュウキ)
西日本各地に伝わる海岸に現れ人を襲う妖怪。
姿は牛の頭に鬼の体、あるいは逆に鬼の頭に牛の体。牛の頭に人の体など様々。一説には海からやってくる巨大な怪異を総称して牛鬼と呼んだのではないかとも。
「かのゲゲゲな妖怪退治もシーズン度に苦戦して最終的に神頼みするしかない大物だ」
「分かりたくないけど分かりやすい」
月紫部長ですら手におえないということで牛鬼が暴れていた人気のない浜辺を離れた俺たちだったが、そのまま詳しい事情も分からないまま帰るというわけにもいかず俺と月紫部長で町の図書館で資料を漁ることとなった。
七海先輩は帰りが遅くなると家族が心配するということでお帰りに。
育ちが良さそうだし門限とかも厳しそうだしなあ七海先輩。
「でも調べるって何を調べればいいんですか?」
「主に地元の民話の類だが、歴史や近代含む事件など片っ端からだな」
「いや範囲広すぎでしょう」
「この手の調べものというのはそういうものだ。早く終わらせたいなら勘を働かせるといい。私たちのような霊感持ちなら案外とあてになることもある」
「霊視みたいなもんですか」
窓の外から見える町は既に闇に包まれており、図書館の中を蛍光灯の明かりが隙間なく照らしている。
本来ならとっくの昔に閉館の時間なのだが、深退組を通じて無理を言って開けてもらっているらしい。
仮にも公共機関に無理を通すとは。学生に丸投げするようないい加減な組織だと思っていたが、それなりに力と信用はあるのだろうか。
「そう言うな。深退組も牛鬼が出てきたのは完全に予想外だろう。もし知っていたら磯女を完全に無害だとは判断しなかったはずだ」
「え? 何故磯女を?」
「磯女は地域によっては牛鬼と共に行動している伝承もある。その場合は磯女が足止めをしている内に牛鬼がやってきて被害者を食い殺すというものだ」
「殺意全開じゃないですか」
ヤバいやつとヤバいやつの相乗効果で生き残れる気がしない。
そう考えるとこの町の磯女は無害というか大人しいタイプなんだろうなあ。
無視されただけで泣いてたし。泣かしたのは俺だが。
「この町に古くから伝わっている磯女が正体を知らないということは、最近突然現れた怪異か、それとも忘れさられるほどにさらに古いか。それとも何か別のものが変異したか」
「変異ですか? ……アレ?」
地元の昔話が書かれた児童書を読み終わり棚に戻そうとしたところで、死角となっている本棚の裏からバサリと音がした。
「……」
何か居る気配はない。霊気も感じない。
なら何がと警戒しながら回り込んでみれば、そこには古びた新聞紙が同じく古びて今にもちぎれそうな紐で括られて転がっていた。
何故普通の本が並んでいるはずの棚のそばに新聞紙が?
「……こういうのも虫の知らせって言うんでしょうか」
「さて。内容を見てみない事にはって、何十年前のものだこれは。最近はこの手のかさばるものはデータ化されて保存期間などそう長くはないだろうに」
「廃棄する予定のものが紛れ込んでたんですかね。あ、でも平成ですよ日付」
「私も君も生まれていないがな」
紐に括られていた新聞は新聞社も年はともかく日付はばらばらで、とても正規に保管されていたものには見えない。
しかしこれが仮にあの牛鬼に関係していたとしても、この中から探すだけでも骨が折れそうだ。
「いや、あった。やはり今の私たちは何かに導かれている」
「何かって」
随分曖昧な導きだと思いながら月紫部長が示した記事を見てみれば、そこには何やら海沿いの道路工事でもめているような内容が書かれていた。
道路を通す予定の海岸沿いに土砂に埋まった祠が見つかり、業者が工事の続行を拒否していると。
そしてその場所とやらの正確な位置は分からないが、地名からしてあの牛鬼が暴れていた浜辺に近い。
「土砂に埋もれていたということは海と山が隣接した場所なのだろう。牛鬼が暴れていた場所と状況は一致する」
「というか工事業者って祠とか気にするんですね」
「むしろその手の業界は縁起を担ぐぞ。大昔なら安全を祈願して人柱などをやっていたわけだしな。地鎮祭をしないなら着工しないという建設業者もある」
「ああ、まあこの手のものを強引に排除しようとして事故ったとかいう話は聞きますけど」
むしろ怪談などではお約束とも言える。
しかし記事の内容を見る限り何か祟りなどが起こったわけでもなさそうだが。
「移設を検討しているとあるし、ああして道路は完成しているから実際移設されたのだろう。さて望月。この祠とやらが今回の件に関係あると仮定して、あの牛鬼は祠に祀られていたものか封じられていたものかどちらだと思う?」
「え? 封じられた一択じゃないんですか」
そりゃ祟り神の類を祀る場合もあるだろうが、あんなものが祀られていたとしたら今更暴れ出さずに移転の時点で何か問題が起きていただろう。
だから封じられていた方ではないのかと思ったが、先ほど月紫部長が言っていたことを思い出す。
あるいは「変異」したのではないかと。
「……月紫部長まさか予想してたんですか?」
「ああ。牛鬼は一節には正体は椿の古根であり、椿というものは神聖な存在とされることもあることから牛鬼を神の化身とみる場合もある。そして牛鬼には悪霊を祓う力があるとして祭っている地域もある」
「移設された祠が何処に行ったのかは分かりませんけど、もし粗末に扱われていたり、そもそも移設が嘘だったら……」
「怒るだろうな。祟るだろうな。祟り神としての側面を持っていたとしたら尚更だ。しかし牛鬼は海の怪で、山というのは他の神か妖の領域だろう。海と山が隣接しているあの場所だからこそ牛鬼は浜辺から出られない」
「じゃあその山を守護している側と牛鬼のパワーバランスが崩れたら」
「出てくるだろうな。こちら側に」
それは勘弁してほしい。
今でこそアレは浜辺のゴミを蹴散らしているだけの存在だが、恐らく犬神もどきと同じで触れるだけで呪詛に蝕まれる呪いの塊だ。
それにあの巨体。転がり回っただけでもどれだけの被害が出るか。
「というか前の犬神もどきといい何でヤバいやつは頭がないんですか」
「普通の犬神にはちゃんと頭はあるのだが……って望月。あの牛鬼に頭がなかったのか? あの先端が頭ではなく?」
「え? そう感じましたけど……?」
言われてみれば自分の認識が少しおかしいことに気付く。
アレを見た時に俺は「鯨のような体の妖怪」だと思った。
「鯨のような妖怪」だとは思わなかったのだ。
何故さらに頭があるのが当然だと思った?
「でも気にするところですかそこ?」
「君は見鬼なせいかその手の勘や察知能力が異常だからな。日向にもメールを送ったが……来たな。君と同じ印象を持ったそうだ」
着信音の鳴った携帯電話を弄りながら、そう告げる月紫部長。
しかし元々頭があったならその頭は何処へ?
「そこで怪しいのがさっきの祠だが。そろそろ帰り支度をしないと電車がなくなるな。明日も私は調査を続けるつもりだが、君はどうする?」
「今更やめるわけがないでしょう」
既に当初の目的である磯女どころじゃないのだから、もうふしぎ発見部としては手を出さずに深退組に投げ返してもいい状態だろう。
しかし乗りかかった舟だ。このまま何もせずに日常に帰るなんて座りが悪いし、何より月紫部長を放っておけるわけがない。
この人なら一人でも大丈夫そうだが、そこは意地の問題だ。
「そうか。こういう調査では君たちの力は頼りになるから助かる」
だからそう月紫部長に言われただけで少し嬉しくなってしまう俺は、きっと単純な人間なのだろう。
例え七海先輩とセットで見鬼として期待されてるだけだとしても。
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明けて翌朝。
再び桜津寺へとやってきた俺たちは、牛鬼と関係があるであろう祠を探すことになった。
ただし実際に足で探すのは俺と月紫部長で、七海先輩は代わりに資料漁り。
これは見鬼としての能力は俺の方が高いのと、何か見つけたところでそれが触っていいものなのかどうか判断がつかないので月紫部長が同行する必要があるため。
あるためなのだが。七海先輩がぐずった。
子供みたいにぐずった。
なんでこうこの人は俺や月紫部長と違ってぼっちでもないのに寂しがり屋なのか。……ぼっちじゃないから寂しがり屋なのか?
「私も行きたいー! ただでさえ夏休みでトキオくん成分が足りないのに!」
「何だその成分は」
駄々をこねる七海先輩に呆れる月紫部長。
しかしまあ七海先輩がこうやってわがままを言うのは甘えたいときなので分かりやすいというか。
「ちゃんと資料探してくれたら後で遊びでも食事でも何でも付き合いますから」
「大船に乗ったつもりで任せなさい!」
そう言って親指を立て颯爽と歩いていく七海先輩。
だが向かうのは田舎町の小さな図書館である。
「じゃあ行きましょうか。って何ですかその目は」
「いや。君たちは最近ますます姉弟のようになってきたな」
「アレのどこが姉だと……」
むしろ最近は俺が世話をしていることが多い。
普段は普通に頼りになるのに何故俺に対してだけポンコツになるんだあの人。
「それだけ君に気を許しているのだろう。表面的には社交的だが内心は疑り深く気難しい女だからな日向は」
何その俺が知らない七海先輩恐い。
「女は化けるし恐いものだぞ。日向なら大丈夫だろうが、他の質の悪い女に騙されないよう気をつけろ」
「はあ。まあ月紫部長になら騙されてもいいですけど」
「そういう意味で言ったわけでは……」
そこまで言うと手で顔を覆って俯いてしまう月紫部長。
流石に失礼だったか?
「もういい。君が子供だということはよく分かった」
そう思い心配しながら弁解したら、ストンと表情が抜け落ちた顔でそう言われた。
解せぬ。