ごたいめーん
早いもので時は流れて夏休みへ。
月紫部長の宣言通り二週間に一度は山で滝行を続けてはいるものの、他にやることがあまりない俺はほぼ毎日二神剣術道場へと通っていた。
しかしその稽古内容は予想よりも厳しいというか過激だった。
まず防具とかない。
一般の入門生なら防具を使って稽古をするらしいのだが、俺はあまり認めたくないが一般人からはみ出した退魔師向きの入門者。
霊相手に防具とか役に立つわけねえだろ咄嗟に結界はれないなら避けろというハードモードである。
竹刀を渡され剣の持ち方を教わった次の瞬間「じゃあどつきあってみようか」と言われたときは赤猪さんの正気を疑った。
そして俺が戸惑っている間に容赦なく竹刀で殴りかかってきたのでこの人はヤベエと確信した。
いや素人の俺でも避けきれたので手加減はしていたのだろうが。
「はい大袈裟にのきすぎ! 動作が大きいてことは次の動作に移るまで時間がかかるてことやで!」
「痛ぁ!?」
そして今は手加減を少しやめたらしく、俺が下手をうつと太ももやら胴を打ってくる。
当然痛い。痛いが後にはひかないのでやはり手加減はしているらしい。
その匙加減は流石というところだろうか。
「いや。そこはいくら稽古でもやりすぎやて恨み言の一つや二つ出るとこやないん?」
稽古が一通り終わり道場のすみで休憩をしている間にそんなことを言うと、呆れたように返してくる赤猪さん。
袴姿で正座するその姿は様になっているが、やはり金髪に彫りの深い、いかにも外国人な顔立ちのせいで違和感が大きい。
そしてたまに見かける他の門下生が誰一人そのことにつっこまないので、俺だけ別のものが見えているのではないかと心配になってきた。
見鬼の能力がいらんことして赤猪さんの前世の姿が見えてるとか。
しかし恨み言と言われても。
確かに過激だとは思うが、必要だからこそこんな過激なことをやっているのだろう。
俺がそう返すと赤猪さんの目が呆れた者から生温かいものに変わった。
解せぬ。
「いや、話には聞いとったけど頭が悪いわけでもないのに妙なところで素直やね」
「何でですか」
前に月紫部長にも言われたが、むしろ俺は自分でも結構ひねくれた人間だと思っているのだが。
「でも必要なんだろうと予想はしてるんですが、基礎とかおざなりでこんな実戦紛いの稽古ばかりしてていいんですか?」
「基礎も並行してやっとるやん。時男くんみたいな見える人はいつ何時騒動に巻き込まれるか分からんけんね。悠長に基礎から順番にとか言う間に今の手持ちで対応できるようにしよんよ」
「それでいきなり殴りかかってきたんですか?」
「うん。素人さんにありがちなんは予想外のことが起きたらその場で動けずに硬直してしまうことやけんね。まずは不意打ちでも体が勝手に避けられるようにしよかと」
信用はしていたが最初にヤベエ人認定した所業にもまさかのちゃんとした意味があった。
……いや、気が抜けてきた頃にやるならともかく、最初の一発目でやるにはやっぱり変だろ。
「まあちゃんとした二神流の技とかも教えていくけど、それはもうしばらくしてからかなあ」
「俺ではまだ不足ですか?」
「いや。どっちかというと心構えの問題やねえ」
「?」
心構えの問題。
その割にはその心構えとやらをあまり説かれたことがないのだが、どういうことだろうか。
そう疑問に思ったのだが、その答えと思われるものは案外早く分かることになった。
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夏休みに入り学校へ通う必要もなくなりふしぎ発見部の先輩方と会うことも減った。
なんてことはなく、割と頻繁に呼び出されている。
特に七海先輩。
水着を買うのに何故俺を呼び出す。
俺はアンタの彼氏でもなければ弟でもないぞ。
女性向けの水着売り場を連れまわされるとか何の拷問だ。
一方の月紫部長は恒例となっている滝行や、術方面での修行。俺が知らないうちにどうにかなってないかの確認など真面目な内容が多い。
多いのだが。本日の呼び出しは珍しく退魔とか関係ないものだった。
「盆踊りの準備ですか?」
「ああ。地域の催しだがうちの高校も一枚噛んでいてな。毎年希望者を募って手伝っているのだが、君も来てみないか。手伝ってくれれば当日の屋台の幾つかはタダでものをもらえるぞ」
月紫部長から電話がきたので出てみれば、内容は盆踊りのお誘い。
退魔は関係なかったが、どちらかといえば生徒会長としての行動だった。
やっぱり普段はアレだが真面目だな月紫部長。
「あまり役に立たないと思いますけど」
「やるのは細かな雑用だから大丈夫だ。櫓の組み立てなどは地域の人たちと野球部の連中がやることになっている」
「ああ」
夏と言えば甲子園だが、うちの野球部は予選大会を決勝まで進んだところで見事に敗退し、かといって「来年目指して今から猛特訓だ!」というほど気合も入っておらず現在は休み中らしい。
そのせいか一時期新田が俺の家に頻繁に来ていた。
「負けたのは悔しいけど、みんな気を使い過ぎてて逆に鬱陶しいんだよね」と他人の家で朝から晩まで携帯ゲーム機でモンスターハンティングしていた。
むしろおまえが鬱陶しいわ。
確かに俺の家は親も居ないから居心地はいいだろうが、だからといって入り浸るな。
「じゃあ参加してみます」
「分かった。作業自体は夕方からになる故、それまではのんびりとしていてくれ」
さて。行くことにしたはいいが、そういえば八月の中旬はお盆だった。
親は予想以上に忙しいらしく帰国できないそうなのだが、やはり俺だけでも墓参りには行った方がいいのだろうか。
しかしいざ墓参りとなると何をすればいいのかあまり覚えていない。
そういうことも月紫部長なら分かるのだろうか。
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「確かに決まりごとは幾つかあるが、杓子定規に全てやらずともお参りすることが大事だと思うぞ」
日も暮れ始めた黄昏時。
盆踊り大会が行われるという市の管理する広場で、俺は月紫部長や他の生徒会役員と一緒に提灯を箱から出しては形を整えていた。
ちなみに七海先輩は今は旅行中らしい。
水着を買うのに付き合わされたし、どこかリゾート地にでも行っているのだろうか。
しかし地味な作業だがとにかく数が多い。
提灯を出したそばから飾り付け担当が持って行ってるのに終わる気配がないんだが、幾つあるんだコレ。
――あー、倒れたぞ!
そして少し離れた場所では野球部の面々が櫓を建てる手伝いをしているのだが、何か悲鳴が聞こえてるのは大丈夫なのかアレ。
「とりあえずは供花と線香、あとはライターかマッチでもあればいいだろう。お供えは君の家次第だが、最近は墓地によってはゴミになる故お供え物は持ち帰れというところもある。事前に調べておくといい」
「……お供え物がゴミですか?」
「信じられないかもしれないがそういうところは多い。世知辛いが管理する側というのも大変なのだから仕方ないのだろう。野生動物に食い荒らされたりもするしな」
それなら確かに仕方ないのか。
供える側も動物が持っていくならまだしも食い荒らされて汚されるのは本意ではないだろう。
――また倒れたぞ!
そしてまた櫓の方から悲鳴があがってるのだが本当に大丈夫か。
「だから何でそっち支えとかないんだよ!?」
「はあ? もうこっち支えなくても立ってただろ!? おまえが倒したんじゃねえのか!?」
「だから提灯そっちじゃないって!」
「そのテントは入口の方だって言ってるだろ!?」
そしてついには櫓以外のところからも怒号が響き始めた。
なんだこれ。何でみんなそんなに余裕がないんだ。暑いせいか。
「すまない。少し様子を見てくる」
「分かりました」
流石に心配になったのか、手に持っていた提灯を置いて立ち上がる月紫部長。
しかしいくら経験の少ない生徒が手伝っているとはいえ、作業に慣れた大人たちが監督しているのにそこかしこで問題が起きるか?
そう不思議に思っていたのだが。
「アレ? 問題なかったんですか?」
「……ああ」
案外早く月紫部長は戻ってきた。
しかし何か納得がいかない。そんな顔で。
「望月。広場の周囲に何か見えるか?」
「はい?」
唐突にそう言われて提灯を置いて周囲を見渡すが、作業をしている人がそこかしこにいるだけで特に変わった様子はない。
いや。さっきまであんなに騒いでいたのにいつのまにか静かになっている?
「私が様子を見に行ったら何処も突然作業が滞りなく進み始めた。どう思う?」
「どうって」
生徒会長が見に来たからサボるのをやめた。
生徒たちだけだったらあり得たかもしれないが、地域の人たちも手伝っている以上それはないだろう。
もしかして作業を滞らせていた何かが月紫部長が来たからなくなった?
「微かにだが常人よりも強い霊気が残留していた。盆踊り自体が鎮魂の意味があるのだから、寄って来ていてもおかしくはないのだが」
「作業を滞らせる妖怪とかいるんですか?」
「気を逸らせるだとか散らす妖怪というのはいる。とはいえ考えすぎだとは思うのだが……」
考えすぎでなかったのならまた問題が起きるかもしれない。
もしかしたら起きないかもしれない。
所詮は可能性の問題なのだが。
「じゃあしばらく見張ってみましょうか」
「……そうだな。ありがとう望月」
イマイチ踏ん切りがつかないらしいのでこちらからそう提案すれば、月紫部長は安堵したように微笑んでそう言った。
それだけでちょっと嬉しくなってしまった俺はやはり単純なのかもしれない。
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準備も終わり人の気配が無くなった頃合い。
日は完全に沈み月の光もあまりあてにならないが、離れた場所にある街灯や街の光だけでも案外周囲は見渡せる。
それでも既に紅白の幕のかけられた櫓の影などはよく見えないが。
「何もなさそうですね」
「まあないならないでそれが一番だが」
その櫓の影に隠れて月紫部長と二人で張り込んでいるのは、月紫部長の言っていた霊気が相変わらずまとわりつくように広場からなくならなかったからだ。
もうこれは明らかに何かが居る。
しかし一向に姿を見せない上に霊気の出所もはっきりしないものだから探すこともできない。
故にこうして隠れて待っているわけだが、もうこれ俺たちが居る間は向こうも出てくる気がないのでは。
「そういえば剣術の方はどうだ?」
「ああ……順調ではあるんですけど」
果たして現段階で俺が身に着けているものを剣術と言っていいのか。
避けろ。余裕があったら斬れ。
そんな感じ。
しかし隠すつもりもなかったのだが、俺が剣術の道場の門を叩いたことは月紫部長にあっさりバレた。
これが普通の剣術道場なら俺もあまり気にしなかったのだが、師事することになったのは退魔師の赤猪さんだ。
方向性が違うとはいえ他の退魔師の教えを受けるとか月紫部長にとっては面白くないのでは。そんな心配をしたのだが、別にそのあたりは気にしていないらしい。
「私の家は武術方面はあまり重視していないのは確かだからな。それに媛乃さんなら信用できる」
「そういえばあの人どういう人なんですか。見た目と中身がちぐはぐで一致しないんですけど」
「ああ。あの人はアイスランド人だからな」
「何でアイスランド!?」
もしかすればハーフなのかなとか思っていたら、完全に予想外の国が出てきた。
なんでアイスランド人が赤猪媛乃とかいう純日本人風な名前を名乗ってんだ。
「媛乃さんの両親の代に日本に移住してきたのだ。故に人種的にはアイスランド人だが、生まれも育ちも日本だ。よく『異人さんに話しかけられても私英語わからんっちゅうねん!』と愚痴っているぞ」
「ああ。それは完全に中身日本人ですね」
というか片言も話せないのならそれは見た目で判断されるせいで逆に英語に苦手意識ができているのでは。
とりあえず見た目より愉快な人だというのは分かった。
「とはいえ媛乃さんはあくまで師範代だからな。恐らく君が一通りものになったら道場主に任せるつもりだろう」
「え?」
言われて気付いた。
確かに最初赤猪さんは師範代と名乗っていた。
師範代とは師範の代わりという名の通り師範の次席であり道場の主ではない。
その割にはその道場主を見かけたことがないのだが、もしかして道場主の方は退魔師ではないのだろうか。
「いや師範も退魔師だ。退魔師なのだが……」
「え、何か問題が?」
「いや問題はない。君にも問題はない。時が来れば指導をしてくれるだろう」
そういってどこか焦ったように「うんうん」と頷く月紫部長。
何ですかそのうっかり自分から地雷踏みに行ったけどバレなかったぜみたいな態度は。
しかし今まで得た情報を整理しようとしたら、ポンポンポンと点が線で繋がり一つの予想が生まれた。
別に師としては問題なくて俺の心構えの次第であり不自然に名前すら出されない剣術の師範。
……これもしかして深海さんなのでは。
あの人は所謂テレパスだ。あの時俺が自分に複雑な心境を抱いたことも当然読んでいただろう。
なので俺の中で蟠りが上手く消化できるまで、顔を見せないようにしているのでは。
もしそうなら俺はどんだけ気を使われているのかという話で。
自分が情けなくなってきた。今ならちょっと新田の気持ちが分かるかもしれない。
「どうした望月」
「なんでもないです」
まあ所詮は予想だ。
まったくの的外れで知らない人が道場主の可能性もある。
あの若さで道場主というのも早すぎるだろうし。
そうだといいなあ。
「ッ!? 月紫部長!」
「来たか」
そんな風に勝手に予想して勝手に落ち込んでいたら、広場に漂っていた霊気の気配が突然定まった。
今までは実体化していなかったのか、何かが居る気配が確かなものになりハッキリとその存在を感じ取れる。
「丁度櫓の裏に居ます」
「よし。二手に分かれて挟撃するぞ」
「分かりました」
やることが決まれば行動は速やかに。
立ち上がるとすぐに月紫部長と離れて櫓の裏へと回り込む。
短木刀を握る手に力がこもる。
今までならこういう時は月紫部長が前面に出て俺はサポートに回っていた。
しかし今回は単独行動からの挟み撃ち。それなりに信頼されてきているということだろう。
ならばその期待に応えなければ。
そう意気込んで櫓の裏へと回り込んだのだが……。
「さあ大人しく……?」
「どうした望月!?」
意気込みは目の前に居るものが予想外過ぎて萎んだ。
まず最初に目に入ったのは顔。
というか俺の身長と同じくらいの高さと幅を持つおっさんの顔がそこに鎮座していた。
いや一応手足はあるのだが、顔から直接生えている上に、顔のでかさに比べれば小さく見えるので顔しか印象に残らない。
なんだこのピンク色の星の戦士の失敗作みたいなおっさんは。
おっさん生首の親戚か。
「これは五体面だな」
「一瞬意味が分からなかったんですが、もしかしてそれは名前ですか?」
※五体面(ごたいめん)
人の顔に手足がついたような姿をした妖怪。故に頭と手足で五体とされている。
起源は絵巻物に描かれたものであり、解説文などは一切なくその詳細は謎に包まれている。
近年の解釈では蟹歩きをしているように見える事から、物事の行く先をそらして邪魔をする妖怪なのではないかとも。
「じゃあもしかしてさっきから同じ場所をぐるぐる回ってるのは、逃げようとしてるのに自分が蟹歩きしかできないのを忘れてるんですか」
「自分の進行方向すらそらすとは本末転倒だな。どうやってここまで来たのやら」
額に汗を垂らし焦った様子ぐるぐる同じ場所を回るでかいおっさんの顔。
犬や猫がやってるなら可愛かったかもしれないが、おっさんの顔なので何か怪しい儀式でもやってるようにしか見えない。
あるいは怪異の一人盆踊りか。
「いい機会だ。望月。不動金縛りを」
「了解」
とりあえず逃げられそうにもないので、試しにと月紫部長に言われて不動金縛りをかけてみる。
以前は斎藤さんのくしゃみ一つで吹っ飛ばされた術だが、滝行の効果があったのか見事に五体面は金縛りにかかり、無抵抗なところを「人様に迷惑かけんなコラァ」と追い込んでから解放した。
うん。最近犬神もどきとかサトリのせいで凄い危機感が芽生えていたが、俺の周りに出てくる妖怪って大体こんなのばっかだった。
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「ご苦労望月。こうしてみると自分が成長したのが分かっただろう」
「はい」
相手はぐるぐる回ってるだけのおっさんだったけどな。
物事の行く先をそらすというのが五体面を退治するという行為にまで影響するなら厄介な相手だったのだろうが、そこは意識をそらす程度の力しかなかったらしい。
存在を気付かれた時点で終わりな妖怪とでもいうのだろうか。
「これで明日の盆踊り大会も滞りなく行われることだろう」
「そういえば月紫部長明日は浴衣着るんですか?」
「何だ藪から棒に」
「いえ。月紫部長日本美人だから似合うだろうなと」
「だから君はなんでそう……」
そう言って何故か額を押さえる月紫部長。
何故そんな反応に?
「望月。仮に日向が『明日浴衣着てくるから楽しみにしててね!』と言ってきたらどうする?」
「あーはいはいと流します」
「……」
何故か月紫部長の視線が訝しげなものになった。
解せぬ。
「……まあ私に関しては期待はしないでくれ。あまり華々しい柄のものは持っていないのでな」
「むしろ月紫部長は大人しい色の方が似合いそうですけど」
「なるほど。大体分かってきた」
「何がですか」
何故か唐突に頷き始める月紫部長。
今の会話のどこに納得する要因が。
「やはり君はツンデレだ」
「ツンデレ言うな」
そして何故かそんな言葉でその場はしめられた。
解せぬ。