迷い道
「やっぱり幽霊見えるようになりたいなあ」
「何でだよ」
放課後の教室にて。
席替えをしたら隣に来たせいで以前にもましてやたら構うようになってきた中里の呟きに、思わず反射的につっこんだ。
いやでも本当に何でだよ。見えたところでいいことなんてほとんどないぞ。
今だって教室の後ろで生首のおっさんが白猫に蹴られて「きゃー!?」と気持ち悪い声をあげながら転がってるし。
ちなみに黛の守護になった白猫様だが、猫だけあって警戒心が強いらしくおっさん生首のような悪霊寄りの存在が少しでも教室に入ると即座に排除している。
おかげで最近暇そうなハンドさんが授業中に黒板の上でラインダンスをしているのだが、非常に鬱陶しいのでついでに追い出してくれないだろうか。
「そうだなあ。最近望月やさぐれてきてるもんなあ」
「え? 最初から割とこんな感じだよもっちー」
「誰がだ」
新田のやさぐれてる発言を否定するどころかむしろ最初からだとか言い出す中里。
というか俺が最初からやさぐれてるように見えたのなら、それはおまえが遠慮しないから俺も遠慮をしなかったせいだ。
「……望月って教室であまり話さないから分かりにくいやつだと思ってたけど、実際に話してみると分かりやすいね」
「だよねー」
「誰がだ」
何故か生温い目を向けてくる新田と、何故か得意気に頷く中里。
ふしぎ発見部の先輩二人と言い、何で俺の周りには俺のことを見守るようなポジションから見てくるやつが多いんだ。
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「だってトキオくん捻くれてるように見えて根が素直なんだもの」
「誰がだ」
ふしぎ発見部の部室にて七海先輩に教室であったことを話すと、案の定な反応が返って来て思わずつっこむ。
ちなみに月紫部長は今日は生徒会の用事で部には出て来ないらしい。
「それに最近何か悩んでるみたいなのも丸わかりだし」
「マジで!?」
密かに悩んでいるつもりだったのに思いっきりバレていた。
何なのこの人。実はサトリで妖怪のサトリあっさり追い払ったのもしかしてそのせいなのか。
「すぐに解決するようなら口を出すつもりもなかったのだけれど、一向に改善される気配がないじゃない。ほらほらお姉さんに話してみなさい」
「誰がお姉さんですか」
そしてこの人は絡み方が微妙にうざいのは何とかならないだろうか。
しかしまあ考えてみれば、薙刀をやっている七海先輩ならどこか実戦的な武術を教えているような道場などを紹介してもらえるのではないだろうか。
「……青春ねえ」
そう思って聞いてみたら、何故か微笑ましそうな目で見られた。
解せぬ。
「剣術……というよりは短刀術かしら。体術も覚えた方がいいでしょうしなら古武術系の……ああ、丁度いい所があるわ」
「あるんですか」
少し考えたと思ったら本当におススメの道場があるらしくポンと手を打つ七海先輩。
そして何やら電話をしたと思ったら、一言二言話しただけで通話を切り立ち上がる。
「じゃあ行きましょうか」
「今のでアポとれたの!?」
どう考えても事情説明する時間なかっただろ。
今から行くねいいよーで終わるて友達か。
「大丈夫大丈夫。話の分かる人だから」
「その人七海先輩と月紫部長で言えばどっちに似てますか」
「私ね」
よし。要するに俺が苦手なタイプか。
速やかにお断りしたいところだが七海先輩がこういう時に意見を聞いてくれるはずもなく、その道場とやらへ向かうため引きずられるようにして部室を後にした。
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「あそこに見える山をちょっと登ったところになるわよ」
「はあ」
学校から歩いて十分ほど。
また山かという感じだが、田舎町というものは中心街から少し離れれば山か畑ばかりなので仕方ない。
むしろ山ばかりだから田舎になるのだろうか。
交通機関が発達する前はさぞ移動が不便だったことだろう。
「でもどんな道場なんですか?」
「二神流っていう実戦的な剣術の道場よ。今の道場主は退魔師の人だからその手の対処法も教えてくれると思うわ」
「え、大丈夫なんですかそれ」
以前月紫部長が、俺たちのような突然変異的に目覚めた異能者は他の退魔師がスカウトしようと狙っていると話していた。
ならその道場主とやらに囲い込まれる可能性もあるのでは。
「大丈夫だと思うわよ。その人退魔師としては外様だから、そういう派閥争い的なものには興味がないのよ」
「外様て」
そんな大名の家臣みたいな派閥があるのか退魔師。
確かにその土地に先祖代々根付いてる家とかは多そうだが。
「それに……あら?」
「どうしました……って」
「ぼっちゃーん!」
不意に七海先輩が何かに気付き振り返ったと思ったら、その方向から二足歩行で走ってくる狸が。
何しに来た亀太郎。
というか昼間から堂々と二足歩行で歩いて大丈夫なのか。
「あらあらあらあら。この子が噂の亀太郎ね!」
「おわっ。美人なお姉さんですやん。お茶でもどう――」
「待てや」
七海先輩に抱きかかえられ即座にナンパを始めた亀太郎を引っ剥がす。
七海先輩妙なところで無防備だから、亀太郎にはあまり会わせたくなかったというのに。
「用があるのは俺だろうが。何しに来た」
「あ、ぼっちゃんそれが大変なんですよ。例のしゃれこうべ持った坊さんまたぼっちゃんの家に来てましてですね」
「あの坊さんが?」
見るからに怪しい上に月紫部長も知らないという謎の僧侶。
一体何の用だ。妖怪が世話になったから来たと言っていた割には、当の亀太郎たちからも警戒されているようだし。
「あの坊さん妖怪とかではないよな?」
「はい。それは間違いないんすけど、どうもこう胸がざわつくというか嫌な感じがするんですよあの坊さん。だからしばらく帰らないようにと伝えようと思って」
「……面倒くさいな」
しかし確かに下手に関わり合いにならない方が良さそうなのは確かだ。
頻繁に訪ねてくるようなら対処を考えなければならないが。
「大丈夫っす。今回は油断しましたが、次からは新顔と組んでぼっちゃんの家には近寄れないようにします!」
「ああ。なるほど」
確かに亀太郎たちの幻術なら足止めは可能かもしれない。
何せ俺や月紫部長ですら正攻法では抜けられなかったほどだし。
「ついでにあの坊さんが何者か探ったりできるか?」
「もちろんでさあ!」
警戒しすぎかもしれないが、亀太郎のいう嫌な感じというのも無視できない。
じゃあそういうことでと話は終わったのだが。
「……トキオくん。何か変よ」
「え?」
七海先輩が周囲を見渡しながら言うのでそれに倣えば、前を見て首を傾げ、後ろを見て即座に異常に気付く。
「……亀太郎。おまえが来た方って一本道だったよな?」
「そのはずっすねえ」
前にあるのは何の変哲もない民家の塀に囲まれた四辻。
しかし俺たちが歩いて来て、亀太郎もやってきたはずの一本道が同じような四辻へと姿を変えていた。
というか前にも後ろにも同じような四辻が延々と続いている。
「また狸か」
「いやいやいやいや。俺っち何もしてないですよ!? 仲間の気配もないっす!」
「でも壁が出て来て足止めするタイプじゃないのよね。やっぱり狸か狐が有力だと思うのだけれど」
必死に否定する亀太郎は置いておいて、一応前へと進んでみたが、いくら進んでも同じ四辻に出るだけで景色が変わる気配はない。
真っすぐに進むのではなく曲がったり後ろに戻ってみたりしても同じ。
四辻を延々と歩く羽目になっている。
「困ったわねえ。道場自体はすぐそこなのだけれど」
「亀太郎。本当に狸や狐じゃないのか?」
「そこは断言できるっす。これはおいらたち狸や狐野郎の化かしとはジャンルが違うっす」
「いやジャンルて」
迷わせ方にもジャンルがあるのか。
確かにその手の話は色んなものがあるが。
「眉に唾でも抜けられそうにないわね。元凶が見つかれば手っ取り早いのだけれどそんな気配もないし。トキオくん見える?」
「ちょっと集中してみます」
ただ単に見るのではなく、霊的な力をもって視る。
周囲の空気に同化し、視覚だけではなくあらゆる感覚を溶かすようにして周囲へと広げていく。
「……ダメですね」
しかし阻まれる。
丁度四辻のあたりで空間がねじ曲がっているかのように探知も曲がってしまう。
そしてその探知できる範囲では何かが隠れている様子はない。
これは完全に外から化かされていると見るべきか。
――フフッ。
「うん?」
しかし一瞬、何かが笑うような声が聞こえた。
鈴を転がすような澄んだ少女の声。それは確かに狸や狐から感じるイメージとは違った。
それどころか。
「……これもしかしたら日本の妖怪じゃないかもしれません」
「日本の妖怪じゃない?」
なんというか。
感じる霊気の質が今まで感じた妖怪のそれとは根本から違う気がする。
神社などで感じるような神霊のそれでもない。
プラスマイナスの違いではなくそれこそジャンルが違うというか。とにかく異質な感じがする。
「大陸の妖怪とかっすかねえ。あっちでも狐は化かすみたいですし」
「それならもっと近しい感じがすると思うんだが」
「外国の妖……なるほど!」
「はい!?」
「おっほ!?」
俺と亀太郎が話していると、何やら考え込んでいた七海先輩が突然合点がいったとばかりに動き出す。
というか脱いだ。
道のど真ん中で躊躇いもなく夏服の半袖セーラーを脱ぎやがった。
咄嗟に視線をそらし亀太郎の目を両手で塞いだが、本当に何を考えてんだこの人は。
「いきなり何やってんですか!?」
「ぼっちゃん! 後生! 後生ですからこの手を離して下せえ!」
「離すわけねえだろこのエロ狸!?」
「トキオくんも脱ぎなさい!」
「脱がしたかったら説明をしろ!?」
大混乱なこっちをよそにマイペースにバサバサとセーラー服を揺らしたと思ったら着直す七海先輩。
いやマジで意味分からんから説明してください。
「脱いだ上着を裏返しにして着るの。多分それで抜けられるわ」
「裏返し?」
どうやら着替え終わったらしい七海先輩を見れば、確かにセーラー服が裏返しになっていた。
それを見て亀太郎から手を離しシャツを脱ぐが、なんだこの対処方法は。
「よし着替えたわね。行くわよ」
「ええ……」
そう言ってずんずんと四辻に歩いていく七海先輩に付いて行くが、本当にこれでぬけられるのか。
見鬼に目覚めてからそれなりに妖怪の類については調べているが、こんな対処方法は聞いたことがない。
「ほら、抜けたわ!」
「……マジだ」
四辻を抜けたところで振り向けば、確かに延々と続いていたはずの四辻が一つだけとなり、後は一本道が続く景色となっていた。
そして前を見れば、四辻はなくなり本来存在したはずの道が続いている。
「トキオくんの感じた通り日本の妖怪じゃなかったのよ。多分妖精の迷い道。ピクシーレッド(ピクシー化かし)とか呼ばれるものね」
「ピクシー……ってイギリスの妖精でしたっけ」
※ピクシー
イングランド南西部に伝わる妖精。
手のひらほどのサイズで姿は青白い顔に赤毛の髪などとされる。
悪戯好きな妖精であり洗礼を受けずに亡くなった子供の魂の化身とも。
基本的には善性の存在であり善人を助け悪人を懲らしめるとされるが、人間の子供を浚う取り換え子(チェンジリング)を行うともされている。
「後は普段は透明で見えないけれど、四葉のクローバーを頭に乗せると姿が見えるようになるとされているわね。私たちでも見つけられなかったのはそのせいかしら」
「なるほど」
何らかの制約の下に発動する異常や術といったものは、その制約通りの対処法以外では破れないことが多い。
しかし肝心のピクシーが見つけられないとなると、何とも消化不良というか。この落とし前どうつけてくれようか。
「とりあえず抜けられただけ良かったじゃない。まったく一時はどうなるかと……」
「そうですねって脱ぐな!?」
話しながらナチュラルに脱ごうとした七海先輩の腕を掴んで止める。
さっきはやむを得なかったから仕方ないとして何故また脱ぐ!?
「だって裏返しじゃカッコ悪くて恥ずかしいじゃない」
「往来で脱ぐ方が恥ずかしいでしょう!?」
「大丈夫よ人通りもないし」
「先輩! 俺! 男!」
何が問題なんだと言わんばかりの七海先輩に思わず片言で叫ぶ。
亀太郎が期待した様子で目をぎらつかせてるがおまえ後で覚えてろよ。
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必死の説得の末、なんとか着替えるのは道場で事情を説明して部屋を借りてからということにできたのだが、結局俺たちを迷わせたピクシーは何処に行ったのか。
そんなことを考えながら到着した道場で、予想外の光景が広がっていた。
「ようこそ。私は師範代の赤猪媛乃。よろしく」
「……」
そう元気に挨拶するのは、二十代中ごろと思われる金髪の女性。
これが染めてるとかだったら「派手な人だなあ」で終わるのだが、顔立ちやオレンジ色の瞳からして完全に外国の人だった。
いかにもな古びた道場と名乗ってる名前に対し違和感ありすぎるのだが、ハーフでもこんな日本人離れした顔立ちになるのだろうか。
「……」
そしてこの場のカオスっぷりをさらにあげているのが、女性――赤猪さんが左手に持ってる少女。
そう持ってる。
手のひらサイズの小人のような金髪の少女が、赤猪さんの左手に握られて不貞腐れたような顔でこっちを見ている。
一体どういう状況だこれ。
「いやーピクシーがお痛してごめんね? 知らん霊気が近づいてきたけん警戒して勝手に追い返そうとしたみたいなんよ」
「えーそれは別に構わないんですが」
そのピクシーは身内なのか。
というか喋り方が思いっきり訛っていてますます外見とのギャップが激しいのだが、どこの人間だこの人。
「この子はうちの居候みたいなもんでね。ほら謝りなさい」
「……」
赤猪さんに言われて不服そうに頭を下げたピクシーだったが「よろしい」と拘束を外された瞬間あっかんべーと思いっきり舌を出してから消えていった。
なんかもういっそ清々しい。俺たちの何がそんなに気に食わなかったのか。
「それで君が入門希望者?」
「はい。望月時男と申します」
そう名乗って頭を下げると、赤猪さんは「うんうん」と満足そうに頷いてみせる。
何故かは知らないが歓迎はされているらしい。
「やる気のある子は歓迎するよ。剣道とかならまだしも剣術やろうて子は少ないけんねえ。月紫ちゃんとこで真面目にやっとるなら大丈夫やろうし」
「月紫部長とお知り合いですか?」
「もち。由緒正しい御三家みたいな退魔の大家のお嬢さんやけんね。色々とお世話になっとんよ」
月紫部長の家がなんか予想以上に凄かった。
そんなに由緒正しい家柄なら、実力はともかく服装と性格はますますどうしてああなった。
「まあ詳しい話はまた後日ということで。改めてようこそ二神剣術道場へ。歓迎するよ望月くん」
そう言って笑う赤猪さん。
見た目と中身にギャップがありすぎる人だが、どうやらいい人らしい。
そうして俺は二神剣術道場で武術を一通り習うことになったのだが、これが実は思いっきり裏で仕組まれていたということを知るのは少し後の話。
そしてそうやって気を遣われるあたり自分はまだまだ子供なんだなあと思い知ることになる。